第二話…「買い出しと休日」【1】
綺麗好きな人間なら、入った瞬間に不快になるかもしれない程に散らかった家を掃除している中、俺から離れた場所でガシャンッと盛大に何かを落とす音が、その空間に響き渡った。
「・・・」
理由があって散らかってはいるが、今は何かが壊れて散乱しているわけではない。
「また失敗か」
俺は少々残念そうな表情を浮かべつつ、箒を片手にその惨劇に目を向ける。
いくつもの鍋やらお玉やら、調理道具が四方八方に散乱し、それを見ながら申し訳なさそうに頭をかくジョーゼの姿がそこにはあった。
「ただ物を浮かせておくだけなんだがな。…ヒノ…カムイノミ…シュウィナー…エイワンケ…」
---[01]---
軽いため息をつきつつ、お手本代わりに呪文を唱えると、散乱した物の中から1つの鍋が誰も触れる事なく浮かびあがる
腰の所まで浮かんで来た鍋を取り上げ、それを見せびらかすようにジョーゼに突きつけた。
「こうやるんだよ」
「そう言われても…」
それを見たジョーゼは、不貞腐れたように唇を尖らせる。
「せっかく魔法を教えてくれるっていうから来たのに…、こんなんじゃいつまでたってもおにぃに勝てないじゃん。もっと戦いに役立つ魔法を教えてよ!」
今度はわがままを言いながら地団太を踏み始め、その光景を見て、またため息がこぼれる。
これにはこの家の家主も苦笑いだ。
---[02]---
「倒すべき相手に役立つ魔法を教えろって…。そんなもん、はいそうですか…ていく訳がないだろう」
昨日、無理やりこの家の片付けの手伝いをすれば魔法を教えるとの約束で、今日も手伝いをさせていたが、魔法魔法と駄々をこねるので試しにとやらせた結果が今の状態だ。
物を浮かせる魔法をチョイスしたのは、浮かせている間に床を綺麗にする…なんて安易な算段があったからだが、どうやらその計画は建てた時点で破綻していたのかもしれない。
「つか、ただ物を浮かせるって簡単に聞こえるかもしれないが、基礎として重要だぞ?」
「どこが~? ただ浮かせるだけじゃん」
---[03]---
「・・・それすらできていない奴の言葉とは思えんな」
「む~…」
俺は家主に少し時間をくれと言って、ジョーゼに専念する事にする。
こいつの俺を倒す…なんて、どこまで本気で言っているかは知らないが、魔法を学ぼうという姿勢は、過去の自分を見ているようで共感ができた。
「要は想像力の問題だ。ただ呪文を唱えるだけじゃ使った魔力分しか効果が発揮されない。呪文を唱えて魔法を行使する、その点はもうできてる。後はその魔力をどう効率よく使うか、その魔法がどういう形で作用しているかだ」
「ん~、よくわかんない」
「この鍋が、この位置までどうやって来るかを想像するんだよ」
そう言って、俺は手に持った鍋を胸の高さや腰の高さに上下させる。
「今、俺がやっているように、手で持ち上げているか、それとも…」
---[04]---
近くにあった椅子を前に置き、その上に鍋を置く。
「鍋が何かに乗っているか、はたまた、天井から何かで吊るしているか…。ただ呪文を唱えるだけじゃ、他人にアレをやってくれと頼んでるようなもんだ。それじゃ、上手く行く時もあれば、思い通りに行かない時もある。だがちゃんとどうなるか…を想像してやれば、自分でやってるように上手くいく。思い通りにできる」
「つまり?」
「ちゃんと考えて、その魔法がどういう力を持っているのかを想像しろって事」
「・・・なるほど」
ポンッと握りこぶしで手の平をジョーゼは叩く。
本当に分かってくれたのか心配ではあるが、俺自身、これ以上説明のしようもなかった。
再び、魔法の練習に戻るジョーゼを横目に、俺は掃除に戻る。
---[05]---
『あのガレスが、魔法を教える側になっているのは、新鮮だな』
しかし、それをガタイの良い家主の方から止めてくる。
適当にあしらう事もできたが、言い方が何か引っ掛かり、そうする事が出来なかった。
「あの…てなんだよ」
「少し前まではお前があの立場だったからな。今のを見ていて、ついつい昔を思い出したって事だ」
「少しじゃなくてかなり昔の話だ。こちとら成人の儀を終えてかなり経つんだぞ? 教えられる側だったのはそれよりももっと昔に終えてるっての」
「それでも、俺からしたら少しなんだよ」
「そうかい。・・・なんかジジィ臭いな」
「ははっ。まだガキができたばかりだ。ジジィと呼ぶにはそれこそかなり早い話だぞ」
---[06]---
「外側はな」
「なんだと? 言ってくれるじゃねぇか」
「まぁ、自分が教える側になってるのは、俺自身も違和感があるっていうか、こそばゆいっていうか…」
「教え側になりゃ、嫌でも自分に不足している部分が見えてくるからな。いっそ、うちのガキもガレスに教えてもらおうか」
「勘弁してくれ。教えている最中に周囲を吹き飛ばされたら困る」
「だっはっはっ。違いねぇ」
「爆発させたの、今回で何回目だったっけ? 掃除を手伝い過ぎて忘れたぞ」
「10回は超えてんなぁ。魔法を覚えたのはいいが、これじゃあ先が思いやられる…。まさか魔法が苦手って部分が俺と似るなんてな」
---[07]---
家主は面白おかしく笑いながら頭をかく。
彼は魔法が苦手で、昔は自分の子供と同じように、予期せぬ爆発をさせていたと話に聞いた。
その代わり、弓術を鍛え、そこに自分の出来うる限りの魔法を組み込む事で、今では村一番の狩人なんて呼ばれてる。
「おっと、そうだ。話は変わるが今年の祭の買い出し、家の中を吹っ飛ばされ過ぎていろいろと入用でな。買う物…うちは家具を一式揃えてもらいたい」
「別に構わないが、それだと他に買える物が無くなるぞ? 家具だったら適当に作った方が早い、買ってくるとなると早くても一週間以上かかるから」
「分かっちゃいるが、それで構わん。せっかくガキが魔法使いとしての第一歩を踏み出したんだ。いつもとは違うモノにしたいのさ」
「わかった」
---[08]---
魔法使いの民族なだけあって、魔法を使えるようになる…という事は、成人するのと同じぐらい特別な事だ。
家主の言葉を聞いて、改めてそれを思い出す。
魔法使いとしての一歩、俺も初めて魔法を使えた時は婆ちゃんに祝いだって豪華な飯を作ってもらった、そんな記憶が残ってる。
俺は他の連中よりも環境が環境だったから、早くから魔法を教わって使えるようになった。
魔法を初めて使えた時の喜び、それは自分が大人に一歩近づいたと実感できるモノ。
早く一人前になりたい、なんて事を考えてた頃だったから、使えた事が嬉しくてたまらなかった。
---[09]---
そういや、俺が始めて使った魔法、物を浮かせる魔法だったな。
まぁ発声魔法なしで直に魔力だけを使ってやらされて、発声魔法の存在は知っていたが、呪文の方を教わってなかったから、それ1つでさえできるまでに苦労した。
魔力の扱いから、その制御、練習のし過ぎで、頭が割れるほどの頭痛に襲われて数日寝込むなんて事もよくあったけど、その苦労ができた時の喜びを大きくする材料になったんだろうな。
「なんだ? 急にぼ~っとして」
「いや、自分が初めて魔法を使えた時の事を思い出してた」
「そうか」
「ああ。じゃあ長々と休憩しちまった。早く片付けに戻ろう」
「お、いけねいけね。ついつい会話に花が咲いちまったな。片付けが進んでねぇと母ちゃんにどやされる」
---[10]---
『そうそう。さっさとやってかないと昼飯か晩飯が無くなるぞ?』
「勘弁してくれ」
その家主と、別の所の作業をしていた少しふくよかな奥さんが顔を出す。
2人のやり取りにひとしきり満足がいくまで笑い、片付けに戻った俺たちだったが、その直後、まるで見計らったかのように周辺に物を散乱させるジョーゼ、その流れが何回か続き、気が付けば昼飯抜きで長々と掃除を続ける結果になっていた。
「はぁ…」
結局、家の中が綺麗になる頃には日が傾き、周辺の家からは夕餉の支度が、匂いと共に伝わってきていた。
なかなか進まなかったのも問題だが、途中からの家主の女房からのお叱りの長さも大概だ。
---[11]---
「何とか終わったな」
「本当だったらもっと早く終わるはずだったんだ。こりゃあ母ちゃんの説教が長いせいだな」
『ふざけた事ぬかしてっと晩飯抜きにすっよ!?』
「か、勘弁してくれよ、母ちゃん!」
夫婦の痴話喧嘩を音楽に、仕事終わりの一杯といった感じにお茶をすすり、空っぽの胃袋に熱いお茶が染み渡らせる。
仕事を終え、次に考える事は自身の夕飯だ。
家にある物を頭に思い起こし、そこから飽きがこない程度にどういうものを作るか、頭を巡らせるも空腹度が度を過ぎているのか、何でもいいから腹を満たしたい気持ちが強かった。
どうしてもそれで結論づきそうになる。
---[12]---
『あの~?』
その時、家の入口にそっと1人の少女が顔を覗かせる。
『おにぃとジョーゼ…、いますか?』
後ろで1つにまとめた赤髪ロングヘアーでダークブラウンの目の少女。
俺はお茶をすすりつつ、彼女の探し相手がいる方を親指で指す。
とうのジョーゼはと言えば、難しそうな表情で、自分の胸付近で浮いている鍋を凝視しながらうなっていた。
「あいつは魔法の練習中だ」
「そう、みたいですね」
「迎えか?」
「いえ、ジョーゼがおにぃに魔法を教えてもらうって言っていたから、そのお礼をと思ってご飯を作ったんだけど…、家に帰ってなかったらこっちに」
---[13]---
手に持った鍋を俺に見せるように上げる。
「あ~、そりゃあ悪かったな」
「いえいえ」
この少女、名前を「ヴィーゼ」と言い、ジョーゼの姉だ。
ガシャンッ。
「おねぇ!」
「え? おわぁつ!?」
姉がいる事に気づいたジョーゼが、鍋を放り出してその懐に飛び込んでいく。
ヴィーゼは、突然の事に驚きつつも、鍋を上に持ち上げて妹から離した。
「ふぅ」
軽く肝を冷やし、どちらも無事だった事に息を吐く。
「ジョーゼ、危ないじゃない!」
---[14]---
「あ~、ごめんなさい!」
口ではそう言っているものの、姉の胸に顔をうずめる事をジョーゼはやめなかった。
『ヴィーゼじゃないか。ジョーゼの迎えかい?』
『ヴィーゼ姉ちゃん、ちーーっす!』
そこへ、台所からこちらへと来る家主の奥さんとその子供の男の子、ヴィーゼは両手が塞がっているため、お邪魔しています…と挨拶をしながら軽い会釈をした。
「おにぃにも用事があったから、ちょっと」
「そうか。じゃあ、ついでに夕飯食べていきな。あんた達、今日は家に2人だろ?」
「そうだけど、ジョーゼがお世話になったのにご飯までもらうのは悪いよ」
「子供が遠慮とかしてんじゃねぇよ。2人共ご馳走してもらえ」
---[15]---
残っていたお茶を飲み干し、姉の胸に顔を埋めるジョーゼの頭を撫でつつ俺は言った。
しかし、そんな俺に奥さんはあきれ顔でため息をつく。
「何言ってんだい? あんたもだよ、ガレス」
「いや、さすがに俺までご馳走になるのは悪いって」
「あたしからすりゃあ、あんたも子供さね。ご馳走になるのが嫌なら、今日手伝ってくれたお礼だ」
「強引だな」
「世話になりっぱなしは嫌だからね。じゃあ、あと少しでできるからちょっと待ってな。ヴィーゼ、その鍋温めなおしてあげるから持ってきぃ」
「あ、はい」
クスクスと俺の顔を見ながら笑ったヴィーゼは、抱き着いたままの妹を放して、奥さんの後を追う。
---[16]---
残された俺たちは、ジョーゼのこの日1日の練習の成果を確認しながら時間を潰した。
普段1人で食事をとる身としては、それ以上の人数で食卓を囲むだけでにぎやかに感じる。
実際、今晩のその食事の場は賑やかで明るく、とても平和な空間が出来上がっていた事だろう。
ジョーゼは、おばさんのクルミパンが美味しいと大口で口いっぱいに頬張り、ヴィーゼはそれを喉に詰まらせまいと妹の世話をして、奥さんはもっと食えと俺の皿に料理をこれでもかと大盛り状態にしてくる。
それを見ながら家主は笑い、その横で好きな料理ばかりを食べている息子を怒るのだ。
---[17]---
ガレスは何でも沢山食うから魔法が上手くなるんだと、俺をダシに使いもしていた。
そして食事を終えた後も、話が尽きる事はなく、話題は今度行われる排炎祭になる。
「そういやぁ、ヴィーゼちゃんは今年で15になったんだよな」
家主が、制限されている麦酒をチビチビと呑みながらヴィーゼに聞く。
彼女も、はい…と答えながら頷いた。
「じゃあ、今度の排炎祭に出て、いよいよ成人だな」
「は、はい」
排炎祭は一種の成人の儀を兼ねたモノになっている。
15歳になり、排炎祭の「狩り」「手入れ」「調理と宴会」その3つの工程のうちの2つ、狩りと封印の杭とその近辺の手入れを熟す事が出来て、それで晴れて村では一人前の大人として認められる。
---[18]---
成人の儀と言っても、1人でそれら全てを熟す訳ではなく、他にも15歳になっている者がいれば、そいつらも必然的に参加するだろうし、安全を考えて大人も行く。
狩りはいずれできるようにならなければいけない事、手入れは封印の杭の守護をする上で必要な事、この村で生活する上でできなければいけない事ができるかどうかを見るだけで、対して難しい事を強要される事はない。
魔法使いの村ではあるが、素質が無くて魔法が使えない者もたまにいて、そんな連中でもこれには参加するし、村の人間でそれをよく思わない者もいない。
そんな感じで取り決めはあるが、結局それも厳しいものではなく、誰に聞いても同じような事を返すだろう。
だから緊張する必要もない。
ないのだが、ヴィーゼからしてみればそんな事はなかったようだ。
緊張しているのか、浮かべた笑みはぎこちなく、口元が軽く引きつっていた。
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