第十三話…「少女の好奇心と不審」
本に綴られ、語り付かれるような出来事があった訳じゃない。
決して、運命的な出来事が、ティカとご主人との間にあった訳じゃない。
キャロちゃんに聞かれたから話す。
その…何故…の部分を話す。
自分の事だからか、それを話そうとするティカの唇は震えた。
普段の陽気で、元気だけが取り柄のような自分には、不釣り合いで、全然らしくない恥じらいだ。
それはティカ自身が、普段から、誰かに何かをする側の人間だから。
それが勝手な…、勝手な思い込みであっても、誰かから何かを受け取った時の話は、誰かに何かをしてもらった側の話は、とても恥ずかしい。
今から話すのは、あくまでティカが、勝手にそう感じた…というだけの一方通行な話なんだけど、心の支えになってる部分はあって、だからこそ気恥ずかしさを感じた。
---[01]---
それを証明するかのように、頬がいつもより熱く感じる。
唇の震えも、柄にもなく緊張している事の証明だ。
ティカは一度深呼吸をする。
話をするにしても、度が過ぎた緊張は、相手に誤解を生む。
これから話す内容は、決して目の前の少女が思い描くような内容ではないのだから…、それなのに下手な緊張で、しどろもどろな話になってしまえばややこしい事になる。
ゴホンッと大袈裟に咳ばらいをして、ティカは語り出した。
あれは数カ月前…というか、ご主人とジョーゼちゃんが、屋敷に来た日。
見慣れぬ男性に、ティカは警戒心もあってか、ご主人様たちが慌てたように話をしている中、一歩引いた位置でそのやり取りを見ていた。
---[02]---
ジョーゼちゃんの方は、身体のあちこちに薬草やら包帯やらが巻かれて、見るからの重体…重傷を負っているのが分かった。
でも…。
そんな少女を抱える男性…ご主人の手も、見るからに重傷で…、他人の事を心配するような状態じゃない事は見て取れた。
重傷具合…火傷の深刻度で言えば、ジョーゼちゃんよりもご主人の方が、医者に診てもらった方がイイんじゃないかとすら思えたぐらいだ。
でも彼は譲らない。
この子を診てくれ、この子を助けてくれと、ご主人様に訴えていた。
自分の身を顧みないその姿は、尊敬にすら値する姿だった。
2人を医者に診てもらい、安静を告げられた日から、ティカが専属で世話をする事になる。
---[03]---
そこが始まりだと思う。
その頃は、ご主人様の命令から来る責任感から、2人の世話を見ていた。
ご主人は、眠るジョーゼちゃんに付きっきりで、ご飯だってまともに食べないし、そもそも休む事さえしない。
何がどうして、彼をそんなに突き動かすのか、それが不思議に感じた…、同時に、昔、小さい自分の目に映る父親の後姿が重なった。
ティカのお母さんは病弱で、お父さんは寝込むお母さんの看病をずっとしていた…、その後ろ姿と重なった。
その時のお父さんと、ご主人は、同じ顔をしてたんだ。
何があっても、家族を守ろうとする優しい目。
でもお母さんは死んで、お父さんも、無理が祟って後を追った。
そんな事があったから、お父さんと重なってみえたご主人が放っておけないのだ。
---[04]---
この人は自分の身を顧みない…、その先に何があるかは置いておいて、結果が見えた時、もしかしたらいなくなってしまうかもしれない。
そう思った時、ティカは全力でお世話をすると決めた。
それは、助けられなかったお父さんやお母さんへの罪滅ぼしかもしれない。
何もできなかった子供の自分の、後悔からくるモノかもしれない。
ご主人を介して、間接的に、あの時できなかった事をやって、その傷を癒してる。
キャロちゃんが求めてる答えは…、流れ的に世話を焼かせる男性への恋心とかの話。
でも実際は、自分のためな自己満足だ。
世話をする…て形をとってはいるけど、実際はそれで、自分自身を慰めてる。
与える事に慣れているから、ご主人に自覚は無くても、与えられている事になっている事実に、その事を話すのが、ティカは恥ずかしかった。
「む~…」
---[05]---
使用人が持ってきたお茶をすするジョーゼちゃんに、不服そうに頬を膨らませるキャロちゃん。
少女の顔はまさに求めていたモノと違う…と不服だと感じている顔だ。
「だからキャロちゃんが聞きたいような事ではなかったと、言ったのに」
不服顔に対して、言い訳がましく、慰める事しか、ティカにはできない。
「でも、支えたいと思う気持ちは、つまりそういう事では?」
「まだあきらめないのかッ!」
この王様、なかなかに強情というか、頑固な人だなッ。
「じゃ…じゃあだよ。そこまで人の恋路が気になるキャロちゃんはどうなの?」
「えッ!? わたくし…ですかッ!?」
「ハッ!?」
---[06]---
自分ばかり聞かれ続けるこの状況に、嫌気がさしたのもあったけど、周りに親しい相手がいないという子に対して聞くモノでもなかった。
ぬかった…と、自分の衝動的な言動に反省をしたが、ティカの心配とは裏腹に、王様から返ってくる反応はなかなかに乙女だ。
「わたくしは~、その…」
こちらと視線を合わせないように逸らして、もじもじし始めるその姿は、まさに乙女。
ジョーゼちゃんには無い愛くるしさが満載だ。
「え…、マジな感じ? キャロちゃんには思い人がいるの?」
「は…はい…、お恥ずかしながら」
喜ばしい事ながら、年下な女の子に好きな人がいて、自分にはいない事実に敗北感を禁じ得ない。
---[07]---
「そ…そのお相手は、だ…誰なの? この王宮に勤めている人の誰か?」
「そ、そうです。あまり外に出られないわたくしに、外の話をしてくれたり、何かと良くしてくれて」
王様に対して、良く接する事は当たり前ではあるが…。
「キャロちゃん的に、他の人とは違う優しさを感じたという事だな」
「はい。その通りです」
この部屋とか、使用人の彼女への対応から言って、優しくない接し方をするなんて考えづらいからな~。
同じ優しいではない、優しさか。
悪意ではなく好意で受け取れているのなら、その想い人には善意しかないんだろう。
「ティカの事なんかより、そっちの方がうらやましい事になっているじゃないか」
---[08]---
「いえ…いいえ。それは違いますよ、ティカさん。わたくしは別に羨ましいなどと言われるような状態ではありません。言うなれば…そう、今のわたくしは停滞状態なのです。どんなにわたくしがあの方の近くに行ったとしても、結局は王と臣下であり、それ以上でもそれ以下でもない。かんっぺきなまでに線引きをされていますので」
「いや、それはそうだよ」
想い人は臣下で、歳が近い相手がいないとくれば、相手は大人。
王と臣下の禁断の恋なんて、家事を熟して暇を持て余す奥様方の大好物でしかないよ。
もし王と臣下でなくても、子供と大人であっても…、どっちみち駄目だ、むしろ外聞としてはもっと駄目だ~。
「ティカさんまで、周りのメイドたちと同じ事を言うのね」
「でしょうね~ッ」
---[09]---
使用人たちは、過保護な面はあるけど、駄目なものは駄目だと言えるだけの常識人であるようだ。
実際にどういう言われ方をしたかはわからないけど、ちょっとだけ安心した。
…話、おわった?…
ティカとキャロちゃん、その間で起きていた話がひと段落し、お互いがお茶に手を掛けたのを見計らってか、ジョーゼちゃんの文字が浮かび上がる。
恋心ではないにしても、ジョーゼちゃんにとっての一番はご主人。
そうでなければ、彼女はこの場にいないのだ。
キャロちゃんと違って、恋愛話にも興味なさげだし、退屈だったのかもしれない。
ジトッとした目で、少女はティカ達の方を見てきた。
「終わり…なのか? どうなのかな、キャロちゃん?」
ティカとしてはもう終わりにしたい所だ。
しかし、話を続けるかどうかの主導権はこちらには無く、それを持っているのはキャロちゃん。
---[10]---
とうの本人は考える素振りこそ見せたものの、隣に座るジョーゼちゃんに見つめられ続け、屈服した。
「そ…そうですね。少々話に熱が入り過ぎてしまいました…。この話はこの辺で終わりにしましょう」
胸元で手を叩き、まるでお願いでもするかのように、キャロちゃんはジョーゼちゃんに首を傾げて見せる。
ジョーゼちゃんはと言えば、そんな彼女の言葉に、間を開ける事無く…よろしい…と返すのだった。
余程退屈をしていたのかもしれない。
別の話題で話をする事も考えたけど、そんな彼女の様子を見て、その考えは一瞬にして消え去った。
ご主人が彼女にとって一番身近な存在だというのなら、そんな彼に少なからず似ているのかも。
何かをしていないと落ち着かない性分なのかもしれない。
---[11]---
話が終わった後、休憩がてらティカとキャロちゃんはお茶で口を…喉を潤している中、ジョーゼちゃんは、席を立ち、部屋を彩る花達を見て回っていた。
落ち着かないという点は、そもそもジョーゼちゃんの性分からの影響もあるかも。
行動力がある子だし、そう言う点で話をし続けるというのは、きっと窮屈なのだ。
「ジョーゼちゃんは、こんな大きな建物に入るのは初めてよね?」
ティカも大人ながら、話を燃え上がらせた側の身、そのせいで退屈させてしまった子がいるのなら、少しでも挽回したい。
結局話をする事になるけど、ジョーゼちゃんのしたい事を聞き出さなければ。
コクッとこちらに視線を向けて頷く少女に、攻め所はここだと悟るティカ。
「じゃあ…、キャロちゃんが良ければ…だけど、王宮の中を案内してもらうというのは、どうだろうか?」
ここは王宮、友人関係だと言ってくれるのは嬉しいが、部外者をおいそれと案内する事は出来るとは思えない…がしかし、一旦…一旦だが、身体を動かす事で、気分を改めるのは、きっと良い事だろう。
---[12]---
そして、これはメイドたるティカとしての立場だが、この部屋、きっと用意してしまった方々は、この状態を維持している事に気が気じゃないだろう。
張り切り過ぎた結果、怒られたのだ。
それこそ、名誉挽回の機会を今か今かと伺っているに違いない…、いや伺っているはず。
なんせティカだったらそうするからさ。
ここでもし、部屋の外へと出る機会を作れれば、その間に使用人たちは、部屋を相応な場にしてくれるはずだ。
だからこそ。
「実を言えば、ティカもこの王宮に興味があってね」
嘘じゃない。
ここの部屋に至るまでの自然を感じられる廊下や広間は、とても素敵な作りだった。
他にもそういった場所があるのなら、見てみたい。
---[13]---
「そうですね~。王宮内の見学…ですか」
ティカの提案に、キャロちゃんは首を捻る。
しかし、その表情には難色の色は無かった。
「はい。大丈夫ですよ」
そして、さほど時間を空ける事無く同意してくれた。
それを聞き、ジョーゼちゃんは…お~…と期待の籠った声を上げる。
「見学と言っても、さすがに全てという訳にはいきませんが」
それはそうだろう。
王宮なのだから、見られたら困るモノとか、隠し通路とか、あっても不思議じゃないんだから。
そして、善は急げ…との事で、すぐに行こうという話になったのだが、その前にキャロちゃんはお着替えの時間だ。
---[14]---
ここで話をし続けるのならまだしも、動き回るとなると、今の格好はそぐわない。
そんなキャロちゃんに連れられて行ったのは部屋の外ではなく、部屋の奥にあった扉の先だ。
そこには、ティカの予想通り、ズラッと…多種多様色鮮やかな衣装が並ぶ衣装室があった。
「すごい量だ」
アリエスご主人様の衣装室も、これほどの量は無い。
10着20着なんて些細な数で、その辺の金持ちの部屋で言うと、客室程の広さの部屋が、そっくりそのまま衣装室になったぐらい、どこを向いても衣装があるほどに大量だ。
さすが王様と言っていいだろう。
「使用人たちを呼ぶのも時間を取りますので、ティカさん、着替えを手伝ってもらえますか?」
---[15]---
「喜んでッ!」
誰かに助けを求められる…、そのなんと心地よい事か。
キャロちゃんのお願いにも、ティカは即答で首を縦に振る。
「せっかくですから、もしよかったらジョーゼも何か来ますか?」
ジョーゼちゃんの今の格好は綺麗にしてあるとはいえ、チェントローノで調達した外服だ。
汚れてもいい服で、旅をする事も考慮したモノだけに、どこかその鮮やかさ…花が無い。
王宮にそぐうかどうかで言えば、考えるまでもなく、ここはキャロちゃんの好意を全身で受け止めるのがいいだろう。
幸い、2人の背格好は大して変わりはなく、きっとキャロちゃんの方もそれを踏まえての提案だ。
しかし、提案された当人は、いかにも嫌そうな顔で、1歩2歩と引いた。
---[16]---
初めでメイド服を着せた時の事を思い出す。
あの時も、なかなかに着る事を拒絶され、着た後もティカの後ろにしがみついて出てくる事をしなかった。
メイドの格好でも普通でいられるまで、それ相応に時間を有した事を覚えている。
「ジョーゼちゃん、そういう格好は苦手だから」
「そうなの? 似合うと思うのに」
キャロちゃんは手に持っていたドレスを見て、残念そうに俯いた。
「でも、ジョーゼはティカさんのもとでメイド見習いをしているんですよね? その時もああいった格好を?」
「いや、その時はメイド服かな」
「なぜっ!?」
言いたい事は十二分に良くわかるよ、キャロちゃん。
「ティカも、似合うと思うんだけど…、駄目そうだね」
---[17]---
視線を合わせようとしたのに、それが交わろうとしたその刹那、いともたやすく行われる視線外し。
そっぽを向いた少女の目には、その事への罪悪感は一切ない。
「仕方ありません。ではわたくしだけ。ティカさん、お願いします」
「はいは~い」
では…。
本来の役目の使用人たち、ここはティカが責任を持って着替えさせるから、安心するんだぞ。
しばらくして、ティカ達が泊っている宿に来ていた時と同じ服に着替えたキャロちゃんと、一緒に部屋を出る。
「こちらです」
そう言って先導を始めるキャロちゃんの後姿を見つつ、ティカはスッと後ろへと体を向ける。
---[18]---
すると、通路の至る所に飾りとしての置物に身を隠す使用人たちが、様子を伺うように一斉に顔を覗かせた。
そんな使用人たちに、ティカは無言のまま、役目を果たし、達成感に満ちた表情を浮かべて、握り拳を前に突き出して、グッと親指を上へと立てる。
意図を汲み取り、隠れていた使用人たちも、笑顔を浮かべて、握り拳に親指を立てて、こちらの意思を受け取った。
『ティカさん、どうかしましたか?』
立ち止まって後ろを見続けるティカに、不審げに問いを投げてくる声、同時に顔を出していた使用人たちは身を隠し、ティカはそんな声へ、問題ないと告げるのだった。
鉱山から出た面々の顔は暗く、どこか不完全燃焼で、やりきれない…と言ったような表情を浮かべていた。
---[19]---
『負傷した人はすぐに野営地へ行き、治療を行ってください』
状況に流される事なく、少し離れた場所で、譲さんは部下達に指示を飛ばしていた。
そんな彼女を尻目に、俺は鉱山の入り口付近に運ばれた男の死体の前で、ただ立ち尽くしている。
その死体を見下ろして、何度も何度もその違和感に…不審点に目を向け続けた。
男…ヴィーツィオの死体…。
日差しが降り注ぐ場所に運び出した事で、その光を反射する白い肌が、どこまでも不気味さを醸し出す。
その見た目だけで、不健康だとか不気味とか、その人間の異変に誰もが気付く事だろう。
しかし、俺が今見ているのはそこではない。
---[20]---
俺が見ているのは、そんな男の顔だ。
荒れた肌に乾燥して切れた唇…、不健康を体現した状態の男の容姿に、俺は目を奪われていた。
俺はこの顔を知っている。
毛の1本も無い体、真っ白な肌、そんな知り合いはいない…と、村でもオースコフでも、どこでも、そんな知り合いはいないはずなのに、知っている。
その顔は見た事がある…、よく知っている…、彼の人柄を知っている。
この違和感は何だ?
俺の知っている彼と、目の前の死体は別人のはずなのに…。
俺はなんで、こんなにもこの男に惹かれるのだろう。
なんで、こんなにも感情を揺れ動かされるのだろう。
なんで…。
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