第十一話…「メイドと王」


 ご主人たちが、世界の為、苛烈な戦いに挑んでいる中、そんな彼らを支えるメイドもまた、苛烈な戦いに身を置いていたのだった…。

「むむむむ…」

 ティカの目前にある骸骨、目ん玉もないくせに、ティカに無言の敗北宣言を突きつけ、変わらないその顔に、笑みすら浮かべてるように思うそいつの…なんと憎たらしい事か。

 テーブルを挟み、自分と向かい合う様に座った2人の女の子は、意味ありげに笑みを浮かべるだけ。

 可愛いけど怖い。

 ティカに敗北を告げる事を至福とするかのような、トゲのある美しき花のごとし。

 女の子が欲するのは、ティカのハートを1つ。


---[01]---


 女の子が欲しないのは、ティカの命を握った骸骨1つ。

 本心を言えば、最後のハートをあげたい、むしろ献上する事もやぶさかではないんだけどね…、それをできないのが勝負の世界。

 食うか食われるか、白か黒か、勝ちか負けか。

 2つを得る事叶わず、どれか1つがお互いに与えられる悲しき世界だ。

 だからティカは唸る。

「むむむむ…」

 ハートを渡すか、骸骨を渡すか。

 その2つのどちらを選ぶかは、ティカではなく女の子が選ぶことなれど、もどかしい、もどかしいぞ、この時間。

 いっそ、どれが全てを決するモノなのか、顔色を変えて教えようか…。

 ダメだッ!


---[02]---


 それは駄目だぞッ!

 勝負の世界に慈悲は無し。

 相手に与えるは自身の真剣なる精神、慈悲によって曇った勝ちに意味は無く、そこに喜びを覚えるは恥を知らぬ駄犬だけだ。

「じゃあ、これにしますね」

 そう言って、女の子の1人がティカへと手を伸ばし、手に取ったのはハートが1つ…。

 ティカの手にあった札2枚、骸骨とハート、それぞれが書かれた札の中、五分五分の正解1つ、女の子はその賭けに見事勝って見せ、その手に勝利を手にした。

「負けた…」

 嬉しいのやら悲しいのやら、試合に負けて勝負に勝った?

 もうどっちかわからないッ。


---[03]---


 勝利を分かち合い、お互いの手を叩いて歓喜する2人の姿は、ティカの敗北の事実を隠すための甘味…。

 これを見られたなら、負けたティカにも意味はあったと思える…。

…またティカの負けだ…

 空中へと描き出される文字が、ティカへと追い打ちをかける。

「ぐぬぬぬ…ぬぅ~…。こんなはずでは…、こんなはずではないのに~…」

 自分の口から出る声は、まさに敗北を悔しがる声だ。

 どう取り繕っても、やっぱり悔しいものは悔しい。

 ティカはまた1つ学んだ…、いや、思い出した…か。

「ティカさんは、顔に出にくいように見えて、正直な顔をしていますね」

 ちょっと言ってる意味が分からない子や。

 はははっと、そのやり取りを見て、屈託のない笑いをする…ジョーゼちゃん。


---[04]---


 それに釣られて、顎付近に手を当てて可愛らしく笑う…キャロちゃん。

 その可愛らしい2人の笑みは、見れて嬉しいと感じる部分もあるけど、この子達に負けに負けて、もう負けた回数は覚えていない状態、さすがのティカも悔しさでお腹いっぱいだ。

「もう一回だぁッ!」

 そうして再び始める札遊び。

 絵柄5種、その中の4種類にはさらに数字が刻まれ、さっきまでやっていた死神探しは、交代に皆の手札を取り合って、手札と同じ数字の札と一緒に捨てる、5種類目の数字の無い骸骨の札を最後に持っていた人の負けな…簡単だけど奥が深い遊びだ。

 そして、ティカは未だ白星無し、永遠の敗北者である。


---[05]---


 ティカの可愛い妹分なジョーゼちゃんは、もっと体を動かす事をしたいみたいだけど、見知らぬ土地であるオーロヴェストで、そんな事をさせて迷子にでもなったら…、ご主人に顔向けができない。

 それこそ…腹切り…して詫びるほかなくなってしまう。

 そして、アリエスご主人様の隊が部屋を借りている宿、その一室で札遊びに興じている理由の1つ。

 この場にいるもう1人の女の子、キャロちゃんこそ、青空の元で遊ぶ事の出来ない一番の理由だろう。

 それはもう色んな意味で…。


 それはこのオーロヴェストへと向かう途中、2日目が3日目ぐらいだった頃、日が暮れ、野宿をする事になった時だ。


---[06]---


 ティカ達は夜ご飯を作ろうと、野宿用の携帯かまどを取り出し、焚火に火を付けた所から全ては始まった~。

 いや~、始まったのは正確に言えばチェントローノから…なんだけど、今はそこを割愛して…、そんな夜ご飯を作り始めた時、数人の兵士を連れて、キャロちゃんは現れたのだ。

 近くに居たアリエスご主人様、その他ご主人様の部下などなど、皆がどよめく。

 何せそのキャロちゃんが連れていた兵士たちは、何を隠そうオーロヴェストの精鋭集団たる王族専属の守護兵…その人達だったからだーッ!

 金と銀の装飾が施された甲冑、見ているだけでお金持ちにでもなったかのような気分になれる鮮やかさが、空は暗くなってきているというのに眩しく、ティカは直視できなかった。

 まぁそれは置いといて…、その兵士たちが現れた事で、腹減った~とか呑気な声は一切聞こえなくなり、同時に察する人もまた増えていく。


---[07]---


 王族の守護兵たる兵士たちがいて、それを従えるキャロちゃんに、みんなが驚くのだった。

 そう、チェントローノで迷子になり、お腹を空かせていた可愛らしい女の子、キャロちゃんは…オーロヴェストの現国王…だったのだ。

 これに驚かない人が、普通いる訳が無い。

 でも、その普通ではない例外は案外近くにいて、ご主人は興味ないのか、あまり驚いた様子を見せなかったのだ…。

 おまけに、キャロちゃんに向かって物おじせずに、今回は迷子になってないな…なんて別の意味でどよめく事を口走ったおかげで、アリエスご主人様を中心に空気が凍り付く結果になった。


---[08]---


 かくいうティカは、相手が誰であろうとそのやり方を変えるつもりはない、自分に敵意を持って襲ってくる相手でもない限りは、全力でメイドとしての責務を果たすのみ、確かに驚きはしたけど、だからと言ってキャロちゃんに対しての接し方は変わらないのだ。


 いやはや世界と言うモノは広いようで狭いモノであるな~。

 偶然見つけた迷子の方が、一国を背負う王であるとは、さすがに想像もしないぞ。

 じゃあなんで専属の守護兵が居たのに、キャロちゃんは1人迷子になってたか…て疑問に至る訳だが、いつも閉鎖的な空間…自室にいる事を余儀なくされているキャロちゃんは、外へのあこがれを捨てきれず、身の回りの世話をしてくれる人達…守護兵の人も含めて、人知れず隠れて外へと旅だったからだ。

 自国ではなく、人員は少なくなくとも、その勝手の違いから、作戦は成功してしまった。


---[09]---


 まぁその結果は言わずもがなだった訳だけど、ご主人が相手をしてくれなかったら…なんて思うと、もう怖いを通り超して失神モノよね、お世話をする人たち。


 とにかくそれが、外へと行けない理由、大体の察しが付く頃、王族が遊びたいからって外へ出るなんて、想像もしたくない事だ。

 国民だって唐突に表れた王様に目を回しちゃうわッ!

 というのは本音ではあるが全てではい、実を言うとキャロちゃんは身体が弱いのだそうだ。

 本人から聞いた。

 だから部屋にいつもいる。

 でも今はここにいる…、王たる者、その身を置くべきは一介の街宿ではなく、王宮とかお偉いさんたちがいっぱいいる場所だが、今のキャロちゃんはお忍び、そして黙って出てきた訳でもない。


---[10]---


 王であるが故のしがらみ…責務はあっても、まだ幼く、部屋に缶詰めな状態が続いている事に、思う所があったのだろう。

 キャロちゃんは身を隠しながら、手紙と共にこの宿へと現れた。

 歳の近い友人ができてうれしいし、王の街を見たいという願い、外に出て精神面で療養してもらいたい、護衛もつけるから王の相手をしてくれまいか…。実際こうやって書かれていた訳ではないが、大体内容はこんな感じだ。

 王だからこその難題として、外に出るといっても、結局は王宮の外というだけで、現実問題室内での遊戯に励む今日この頃。

 そして、それらを思い出してしまったからこそ来る緊張感…緊張感ッ。

 改めて思うけど、今のティカ、すんごいお役目を任されてないかい?

 だって王様ぞ?

 札遊びで熱中したあまりに、勝ち負けへの気持ちが強くなっちゃったけど、ティカは今すごい事をしているな。


---[11]---


 ティカの人生の中で、のしかかる責任感の強さだけで言ったら、きっと最上級だ。

「・・・ティカさん、大丈夫ですか? さっきから満面の笑みで、小刻みに体を震わせていますけど…」

「も…ももも問題ないぞッ!」

 意図しない震えが…。

「ゴホンッ!」

 ティカらしくない…、ティカらしくないぞ。

 ティカは、いつも全力で身の回りの世話をするメイド、ここで王様の圧力に屈しては、文字通り負け犬の張り紙をされてしまう。

 大袈裟としか思えない咳ばらいを噛まして、ティカは気持ちを切り替える。

「ティカはいつも通りでございますよ、ご主人様ぁ」

 完璧。


---[12]---


 ティカはやればできる子なのだから。

 ジョーゼちゃんの不振がっている視線がすごく痛いけど、ティカはそんな視線には屈しない。

「そうです、ご主人様ぁ。そろそろおやつの時間…お茶の時間に丁度良いとおも…思うのですが。何か食べられないモノはおありでございますでしょうか?」

「食べられないモノですか? いえ特には。わたくしの体の弱さは病弱とか、そういう類のモノではありませんので、変なものでもない限り、食べ物で体調を崩す事はありません」

 あ~、肩にのしかかっていたモノが少し無くなった気がする。

「お茶の時間と言っても、何があるのですか?」

「なに…が…。ハッ…」

 ぬかったか…、ぬかってしまったのかティカ。


---[13]---


 相手は王様、そこいらの茶葉では納得しないのでは?

 茶菓子だって右に同じ…とくれば、これは見事な墓穴…と言うやつではないだろうか。

 ティカは、もしかして試されてる?

 メイドたる実力を見られてるというの?

『なんか…、ティカさんがまた笑顔のまま体を小刻みに震わせています…』

 どんな状態でもメイドたれ…、執事長の言葉がティカに刺さる…。

…ティカは真面目だから、色々と考えるんだよ…

 キャロちゃんの不安そうな表情に、助け舟と言わんばかりのジョーゼちゃんの言葉が、ティカを泣かせに来るよ…。

 ティカは心を落ち着かせ、呼吸を落ち着かせ、自分の頬をパンッと部屋中に音が響き渡る様に、力強く叩く。


---[14]---


 王様が何ぼのもんだ。

 相手が王様であれ…、女王様であれ…、一家の大黒柱であれ…、奉仕する事になれば、等しくご主人様、王様だから…なんぞと怖気づいては、メイド魂が廃るだけだ。

 こんな可愛い王様にビクビクビクビク…と…、小動物に怯える犬か何かか?

 まったく。

「一応、今日のおやつ用に茶菓子は作ってあったのだが、それはあくまでティカとジョーゼちゃん用…というか、いつも通りのモノだ。量も少ない故、キャロちゃんの分を追加で作るのなら、いっそのこと3人で何か別のモノを作ろうではないか」

 なんかまだ変な汗が出てくるけど、それでも変にかしこまる事は無くなった。

…いつもの調子に戻った…

 そうとも…、そうとも…、これぞティカである。


 そこからはもう…何の問題も無く、平和だった。


---[15]---


 牛乳に卵に小麦粉…砂糖で作られた菓子のケーキは、素朴ながら、優しい甘さがキャロちゃんのお口に合ったようだ。

 普段は、豪華に果物一杯なケーキばかりを口にしてきたらしいキャロちゃんだが、むしろそればかりだったからこそ、素朴なものも悪くないと太鼓判を押す。

 今、ティカの肩に責任という重しは一切なくなった。

「わたくし、自分でお菓子をつくるなんて初めての経験です」

「自分で作るというのは、作る楽しみもあるが、やっぱり自分好みの味にできるのが大きいな。そして今まさに作られたケーキを食べていて思うが、キャロちゃんは甘いものは好きではないのか?」

 一口分に切り分けたケーキを口に運ぶが、そこに普段食べる茶菓子のような甘みは無い。


---[16]---


 無いと言っても普通の茶菓子と比べて少ないというだけだが、何度食べてもやはり控えめな味付けだ。

 その代わり、お茶の方は砂糖に牛乳に甘さ全開な訳だけど。

「わたくし、甘いお菓子というのはちょっと。飲み物の方は好きなのですが。あ、おかわり、いただけますか?」

「よしきたッ!」

 空になった茶呑みに、甘々なお茶を注ぐ。

 キャロちゃんはお菓子よりも飲み物が好き…を、自分で証明せんばかりにそれを飲む…、今飲んだモノで実に4杯目だ。

「なんですかね…、飲み物だからこそ、口全体で甘さを堪能できるというか、そこがたまらなく好きなのです」

「わかる、わかるぞ、キャロちゃん」


---[17]---


 王様というが、その瞬間のキャロちゃんの表情は、まさに好きなモノを前にした女の子だった。

…そういえば、キャロは友達だからここに来たって言ってたけど、他に友達はいないのか?…

 え…?

 ジョーゼちゃん、それを聞くのか?

 王様とか関係なく、禁忌に触れる質問じゃ…。

「・・・」

 気にならないと言えば、嘘になる…、ティカだって気になった事だしな。

 でもよりによって本人に聞くなんて…。

「ええ、居ません」

 そしてキャロちゃんからの返答も、なんと悲しい事か…。


---[18]---


「王族という事と、体の問題で寝ている事も多かったので。何より身近に近い歳の子供がいなかったのも理由です」

 なんと大人びた説明だ。

 わかりやすいけど、子供の口から聞くにはなかなかに重いぞ。

「一番近くても5歳以上離れていて、友達…というよりもお兄さんお姉さんという方達ばかりです。だからチェントローノでの別れ際、ジョーゼちゃんが言ってくれた…今度はいっぱい遊ぼ…という言葉がわたくしには深く心に刻みつけられました」

 確かに言っていた気がする…、正確には言った…ではなく送っただけど。

 でもあの時はキャロちゃんが王様だなんて、あの場にいた人達は誰も想像すらしてなかったし、それを知ってたらジョーゼちゃんだって、そんな事言わなかったんじゃなかろうか。


---[19]---


「チェントローノでは、迷子になってしまったわたくしへの対応ばかりで、かくいうわたくしも遊びとか、そういう事を考える余裕がありませんでしたから、わたくしが王である事を知らないとしても、遊ぼうと言ってくれたジョーゼちゃん…いえ…ジョーゼの言葉が嬉しかった。もっとお話をして、遊んで、いろんな事を知りたいと思ったの。・・・おかわりちょうだい?」

 甘々茶を幸せそうに飲みながら、キャロちゃんはジョーゼちゃんへ嬉しそうに笑みを浮かべる。

…あたしは、王様とか、そういうのはよくわからない…

「それなら尚更、わたくしは嬉しいわ。わからない…知らないからこそ、何の壁も作られずに話をしてくれるのだから」

…そうなの? あたしは遊びたかったから、遊ぼって言っただけだ…


---[20]---


 なんと純真無垢な言葉だろう。

 ジョーゼちゃんが書き出す言葉の、なんと眩い事か…。

「うん。だからジョーゼがここにいる間だけでも、沢山遊びましょ?」

…いいぞ。おにぃがいないと魔法の修行も出来ないからな…

「じゃあ決まりね。今度は王宮へ来てちょうだい? お菓子のお礼をさせてもらうわ」

コクコク…。

 自分の感覚がマヒしてきたのか、目の前で凄い事が話されている…ような気がするティカなのだった。


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