第十話…「ヴィーツィオと終わり」


 巨体は動かず、私の剣が刺された発光していた何かは、その光を失い、もやもやとした何かが洩れ出て、その不気味さからか、動かなくなったというのに、体を走る悪寒が一向に消える事はない。

「・・・」

 そもそも、まだ戦いは終わっていないのだから、体の機能としては、全く間違ってはいないだろう。

「隊長ッ!」

 息つく暇もなく、部下の言葉は、再び私を戦いへと駆り立てる。

 今まさに戦いが繰り広げられている方を見れば、逃げるトイウナの群れの間を縫うように迫る黒い影が目に入った。

 無理をした結果、少し動くと激痛とは言わないまでも、それなりの…動きを鈍らせる程度の痛みが、自身の左手に走る。


---[01]---


「つ…ッ」

 顔は痛みに歪み、何とかその痛みから逃れたいと…、自由に動く手でその左手を手当てしたいと、そこに握られた剣を放しそうになる。

 ダメ…、それはしてしまったら…、私はこの場での戦いを放棄するのと同義…だ。

 それだけは駄目だと、左手の痛みを堪え、剣を強く握る…。

『大丈夫か?』

 痛みに勝る意思…で、私は意を決し、仲間たちの下へ走ろうとすると、肩を掴まれ、視界にサグエが入ってきた。

「無事で何よりです…、サグエさん」

「…そういうのはいいから、どこが痛む?」

「治療はいいので、皆の援護に…。・・・魔法使いはどうしたの?」

「集中力が散漫になってるんじゃないか? ちゃんと順を追え。・・・左腕をやったのか」


---[02]---


 そういってサグエは、私の左側へと回り込む。

「ちょっと…サグエさん…イタッ…」

 彼は私の左手を取り、その拍子に再び強い痛みが走る。

「我慢しろ、隊長。・・・魔法使いなら大丈夫だ。仲間達も問題ないだろう。ほんの少し…時間を取られてるぐらいで、やられる連中じゃない。それは譲さんが一番わかってるだろ。安心しろって、そんなに手間はとらん。持続的な回復効果を付与して、後は痛みを和らげるだけだ」

「・・・」

 仲間を…部下を信じない?

 そんな事は…ない…、ただ心配なだけだ。

 だからこそ、彼の言葉は私に刺さった。

 上に立って居る人間が、苦しさを抱えながら無理をしてたら、仲間だって思う存分戦えない…、それ所かそんな私を庇って、被害が大きくなる可能性だって…。


---[03]---


「魔法使いは魔法で動きを封じたはいいが、俺が近づけないように魔法を使ってきた」

 トイウナの女王との戦いで、そちらの…サグエと魔法使いとの戦いに意識が向けられていなかった。

 最後に私が彼らの戦いを視界に入れた方向、そこへ視線を向ければ、壁に背を預けて動かない魔法使いが…。

 でも一番に目に付くのは、そんな魔法使いの姿ではなく、その彼女の周囲を覆う魔法だ。

 自分へと相手を近づかせないため、魔法使いは、自分を覆うように円柱状の壁を自身の周囲に作っていた。

「体を動かせないとはいえ、相手は魔法使いだ、戦えない訳じゃない。それでも、できる事は大きく限られるがな。不安はあるが、動けるようになるまで、もう少しだけ掛かるだろう。・・・これでいい」


---[04]---


 そう言って、彼は自身の血が付いた布切れを、私の左手に結び付ける。

「これは…?」

「さっき言った通り、回復と痛みの緩和を譲さんの手に掛けてる。汚いからって、ソレ…取るなよ? ソレがあるから、俺の意識外でも魔法が効果を発揮するんだから」

「と、取りませんよッ。あなたがこんな状況で無意味な事をするとは…思っていませんから」

「なら良し。痛みの方も、さっきよりマシなはずだ。だが、治ってる訳じゃないから、無理すんなよ? できるなら、絶対安静だ」

「無理です」

「…まぁ…そうだな」

 サグエの視線は既に、部下達へと襲い掛かる影…、輪郭のはっきりせず…魔力に覆われた犬の獣たちへと向いている。


---[05]---


 見るのが初めてではない魔物だ…。

 随分とマシになった左手の痛みがどれほどか、少し動かして確認し、私は仲間の下へと走った。

「遅くなってすいませんッ」

 仲間の一人に襲い掛かろうと飛び掛かる魔物の首を、横から斬り飛ばす。

「隊長は無事ですか?」

「大丈夫、まだ戦えます」

「わかりました」

 焦りの混じる声を上げ、部下が私の方を見てくる。

 私はできる限りいつも通りを装って、そんな部下にできる限りの微笑みを向けるのだった。

 トイウナやその女王、その敵と比べれば、この犬の魔物は動きこそ速いものの、小細工無しで剣の刃がすんなり通る。


---[06]---


 数体の魔物が視界に入っているが、次々とそれらは狩られ、1体2体と数を減らす。

 最初は、前線で戦う私達の数よりも多かったが、もうその数…戦力は逆転し、数体を残した所で、攻めるのではなく、主人を守る様にヴィーツィオの近くに集まっていった。

「見事…と言えばいいのかな…、さすがだよ。俺達自慢の子も任されるとは…」

 ヴィーツィオの視線が、サグエの元、捕まりこそしていないものの、身動きの取れない魔法使いへと向く。

 そして心底残念そうにため息をついた。

「やはり、まだ実戦には早かったか。あの子達の元で、人間性を取り戻しこそすれ、戦闘面との共存が完璧ではなかった。人間性に引っ張られ、戦う事に消極的になるなんて…、予想外だよ。それでも無理に戦える状態にしたけど、結局仲間に対しての無慈悲さに欠け、力を抑えるなんて…」


---[07]---


 まるで自身の状況を理解していないかのように、ヴィーツィオは不満を口にしながら、首を横に振る。

 側近か右腕か…言い方は様々だが、貴重な戦力である魔法使いは制圧され、数を揃えたトイウナも女王がやられた事で逃げていった。

 犬の獣ももう数は少ない。

 隠し玉…それが無いかを警戒しているけど、むしろそれが一番警戒しなければいけない事だ。

 戦いの場としては不釣り合いな隙の大きさを見せるヴィーツィオに、むしろそれが不気味に見えて、警戒心だけが山のように積もっていく。

「気付いていたかい? うちの子…、トイウナ達が君達の元に集まり過ぎた時、わざわざ魔法の威力を抑えていたのを。まぁ自身の力を隠すって意味では、それもありか…と思ったけど、それで負けていたら意味が無い。常に10割…すべての力が使えなければ…。結局それも出来ずに、あの様だ。往生際の悪さも見せる始末…まぁ見せられないよな、その顔は…」


---[08]---


 何が言いたいのか…。

 ヴィーツィオという存在は、この大陸に宣戦布告をした存在、何を考えているのか…それを考えても、常人には理解できる訳もないが…、それでも今、彼が魔法使いに向けている意は、仲間に向けるべきモノではない。

 わかるのは、あの魔法使いが、ヴィーツィオとは別の意味で訳アリの可能性があるかもしれないという事だ。

 魔法使いの方は、サグエが目を光らせているから、自由に動く事は出来ないし、彼の話ではそもそも今はまだ動けないはず。

 残る相手はヴィーツィオ…。

「隊長…」

 私と並ぶ部下も、指示を求めて私を呼んだ。

 どうする…。


---[09]---


 相手とこのまま睨み合っていても、この状況は絶対に変わる事はない…、むしろ時間を与えるだけだ。

 あの奥の手、多くの人を動けなくした何か…、アレがあるからこそ、下手に手を出せないと決断を鈍らせられるが…、アレは出した者勝ちの、戦況もへったくれもない、理不尽そのもの。

 あの時、サグエを含め、アレが出ていても動ける者はいた…。

 そして今、ここには動ける人間が2人いる。

 それに、あれだけの理不尽、その辺の雑草をむしる様に容易く…条件なしに使える代物じゃない…はず。

 ヴィーツィオの無駄にダラダラと言葉を並べる行為も、もしかしたら時間稼ぎが目的か?

 魔法だって、強力な魔法程、使えるようにするまでに時間が掛かるモノ…、それはサグエの魔法の使用を見て常々思う事だ。


---[10]---


 なら…。

「考えている場合じゃない…」

 相手がこれ以上何かする前に…捕らえる。

「まだ戦える者は左右に展開。同時に仕掛け、相手を無力化します」

「了解」

 私の指示を聞いてすぐ、部下はヴィーツィオを囲うように展開していく。

 その動きの早さに、彼らがまだ戦える事を再認識できたし、それに対して安心感も覚えた。

「行きます…」

 まず先に私が動き、それを合図に、他の部下達もヴィーツィオに向かって走り出した。

「・・・そろそろ「コレ」は潮時…か」


---[11]---


 ヴィーツィオの口元が笑う様に歪む。

 その不気味さに、嫌な汗をかき、剣を握る手にも力が入った。

 相手の足元を黒く染める影が、何の前触れもなく広範囲に広がり、その地面を闇へと落としていく。

 まさか…と、私の頭に最悪の状態が巡る…、出せないと思っていたモノが出てくるのか…と、自身の判断…決定を間違えた…と、後悔先に立たず…、自分の失敗が胸に刺さった。

 影は上へと膨れ上がり、まるで何かが出てこようと地面を押し上げているようにも見える。

 出されたら終わる…、その言葉だけが、この瞬間、警鐘をガンガンと鳴らし、その度に頭へ浮かび上がった。

 止めなければ…、どうやって…。


---[12]---


 今、目の前で起きている事は、火打石で焚き木に火を付けるのとは訳が違う。

 普通ではない何か…、それは魔法に類する何かなのか…。

 魔法も剣と同じ、全ては使う者の意思、剣は振るう者がいなければ相手を傷つけない…、魔法も同じはずだ。

 使う者がいなければ、魔法は使われない…、ならソレを使う者は?

 ヴィーツィオか…、それともあの魔法使い?

 前者なら、目の前のその張本人を止めれば終わる…、後者なら目の前の相手を止めた所で止まらない…、結果…こちらは全滅の可能性が大だ。

 後者ならどうしようもない…、なら…少しでも先に残せる事を成すまでも事…。

「討てッ! 相手に何もさせないでッ!」

 どうせ倒れるなら、その芽吹いた悪の根源を摘み取るまで…、兵の命を預かる身として、彼らを無駄死にはさせない。


---[13]---


 膨れ上がったその闇…影はいくつにも枝分かれし、それは1本1本…人の形を作り出す。

 あの犬の魔物と同じ…、輪郭はハッキリとせず、モヤモヤと形も定まらない。

 それでも犬の魔物と同じように、その動きは機敏で、体が作り出されたモノから私達へと襲い掛かった。

 襲い掛かるソレを斬り伏せ、私はヴィーツィオの目前まで迫る。

 時間稼ぎか…、ソレに私を止める力はなく、主人を守ろうとでも言うのか、何体も私の前に出てくるが意味は無い。

 仲間達も他のソレらを食い止め、私の前に出るソレは打ち止めされる。

 苦し紛れに、ヴィーツィオは自身の周りに戻していた犬の魔物をけしかけてくるが、私はそれをことごとく蹴散らした。

 時間がない…、これ以上余計な事はさせない、その大本を断つのみだ。


---[14]---


 犬の魔物を斬って…蹴って…、自分の周りから離す。

 ヴィーツィオは、その手を自身の腰へと回す…、そして視界に入るのは、鋭利な光る何か…。

 私へと向けられる凶器を剣で払い飛ばし、今度こそ私とヴィーツィオ、その間に割って入るモノは何もなく、私の剣は…その切っ先は、相手の胸…、皮を断ち…肉を断ち…、その命を破壊した。



 貫かれた胸は、その鮮血でもって、そのボロボロのマントを赤く染め上げる

 魔法使いに邪魔をされないためにと、その存在を警戒しながら、俺はその譲さん達の戦いに、一歩引いた位置で対峙していた。

 地面を覆う魔力を帯びた影…、どういう代物か…、ソレが俺にはわからないが、あの闘技場で使われたモノと同じように見える。


---[15]---


 だが、そこから出てきたモノは違う…、闘技場の時のソレは、まさに人間…だった。

 体毛は無く、不気味なほどに真っ白な肌…、気持ち悪く思う箇所はあったが、アレは人間だ。

 しかし、今目の前から現れたモノは、アレとは別のモノ…、あの犬の魔物と同じ…、実体の無い魔力体のようなモノ…。

 今まさに、譲さんがヴィーツィオの胸を貫いた剣を引き抜き、一歩二歩と後ずさる。

 地面を覆った影は、まるでガラスが割れるように、パリパリ…と音を立てながら割れ、そして消えていった。

 そこから何が起きるか…と、魔力の変化を探りながら、警戒するが、何かが起こる気配はない。


---[16]---


 アレが魔法なのか何なのかはわからないが…、その影に含まれていた魔力は、ただ自然へと帰っていく。

 周囲の魔力の変化は、感じ取り続けるだけでかなりの神経を使い、その間は戦闘するという点でかなり不利になるんだが…、その心配はいらないようで、やはりヴィーツィオの方に変わった様子はない。

 そう…、あくまでヴィーツィオの方には…だ。

 自分の後方、魔法使いの方に魔力の変化を、俺は感じ取る。

 強い魔力の流れ、周囲の魔力が、魔法使いの方へと流れる感覚…。

 俺はすぐさま振り返るが、その時には魔法使いは立ち上がり、肩で息をしながらこちらを見ていた。

 そこから何かをする…という様子は無く…、俺の魔法が切れて自由に動けるようになったというより、自身の魔法の力を使い、何とか立ち上がった…と言った感じだ。


---[17]---


「お前の・・・、どういう関係だったかは知らないが、ヴィーツィオは終わりだ。投降しろ」

 この魔法使いには、当然聞きたい事があるとして、その存在そのものに興味がある。

 魔法使いとしての興味も然り…、だからこれ以上危害を加えたくなかった。

 敵に対して甘いのでは…と思わない訳じゃない…、相手が子供だから…?

 いやそれこそ、そのマントを取り、素顔を見てみないとわからない事だ。

「・・・」

 だが何だろうか…、それ以外…、何かもっと別の意味で、あの魔法使いに攻撃したくないと感じているし、それをしようと思う度に、胸が締め付けられている気もする。

 さっきは頭に血が上り、それ所じゃなかったのもあるが、殺伐とした殺し合いという空気が和らぎ、今はその感情に判断を鈍らされそうだ。


---[18]---


『終わった…か。ここまで長かった…な』

 膝を付き、血反吐を吐くヴィーツィオの声が、不気味に俺の耳へと届いた。

 体の向きはこのままで、視線だけをその相手へと向ける。

 剣の刺し痕…、明らかに命の火を穿つ位置だ。

 それでもなお、まだ息をし、そして声を出す。

 到底人間とは思えないしぶとさだ。

 今、アイツを治療してやれば、延命させられるか?

 逃げるのなら足を切り、剣を持とうとするなら手を…。

 さっきの魔力を帯びた影…、アレを使っておいて、闘技場と同じ状況を作られなかった。

 こちらの動きを封じる絶対的な理不尽を使わなかった理由は?

 犬の魔物、それに類するであろう人型のモノも出しておいてこの様、アレで動きが封じられない人間が俺と譲さん…2人いるからか?


---[19]---


 そんなの、譲さんの仲間を止めて、数で俺ら2人を押しつぶせばいいだけだ。

 自分の身で体験したから…あの人の動きを止める理不尽が、それをできる事を知っている…。

 ヴィーツィオに剣を突き刺そうとした時、まさにあの理不尽は身を挺してそれを防いだ。

 人間2人なんて、そんな理不尽からしてみれば、虫けら以下だろう。

 ここまで来てそれをしない理由が見当たらない、それはつまり、それができないという事に他ならない。

 それはきっと…譲さんもわかっているはずだ。



「あなたはここで…、何をしていたのですか?」


---[20]---


 膝を付き、息も絶え絶えな大陸の敵に対して、私は自身の剣を向けた。

 容赦なく、人の死を意味する位置に剣を刺したのに、この男はまだ生きている。

 幸は不幸か…。

 なんにせよ、もう命絶える身、失うモノが無い身だ…、話せる事だけでも聞き出したい。

「は…ははは…、歓迎会を…ちょっとね…。招待客は…喜んでくれた…。良い顔で…俺達に剣を向けている…はは…」

「ふざけないで…」

 手がかりなんてほとんどない…、そんな状態で、私達はおかしな事が起きているからと着た場所で、大本命と遭遇するなんて…、話が出来過ぎているとしか思えない。

 その命を狙う者は…、ヴィーツィオからしてみれば、私達は会いたくない存在のはず…、それこそ邪魔者で、遭遇したくない相手…、自分の身を自ら危険に晒す道理はないだろう。


---[21]---


 だというのに、この男は自分達を待っていたかのような事を口走る…。

 それを虚言と思わず何と言う?

 ここで何かをしていた…、その結論に至るのが普通だ。

 あのトイウナの女王…、普通とは違う状態だった事は、剣を交えたからこの身で体験している。

 それもヴィーツィオの仕業に違いない…。

「はぁ…はは…。騎士様は、ここがどういう場所だったか…知っているか?」

「・・・」

 ここ…とは、この広い空間の事か…。

 どういう場所か…、鉱山であり坑道を進んだ先にある場所というのなら、この空間もそれに類する…関係した場所だろう…。

 しかし、いくら採掘量が増えたからと言って、こんな広く天井の高い空間を必要とするものだろうか…。


---[22]---


「気付いた…か…。採った石ころなんぞ…さっさと外に出せばいい…。いつ落盤するかもわからない場所で…ちんたら現物確認なんて…、笑い話ダ…。その辺の坑道よりも…落盤ノ危険を…高める意味モない…。そう…、ココハ採掘する事が目的ノ場所じゃない…。賭博場…裏闘技場…言イ方ナンてどうでもイイが…、ココは違法な場所だ…金が飛ビ交う…、命の奪い合いが行ワレル場所。今でコソ使われなくなったが…、ここで何人死んだ事カ。この土が…、一体イクラノ血を吸ッテきたか……」

 ヴィーツィオは深々と被っていたフードを外し、その不気味な真っ白な肌を露出する。

 口元は血で赤く染まり、顎へと滴って、垂れ落ちたソレはマントを汚し…地面を汚す。

 あの闘技場に出現させた人を動けなくする魔物…、それは人の集合体ともとれる姿をし、今、私の目の前で命の灯が小さくなっていく男も、その集合体の1体とそう変わらない容姿をしていた。


---[23]---


 しかしその事にはそこまでの驚きはない。

 マントから見え隠れする男自身の体で、大体の予想は付いていたから。

 私はヴィーツィオの胸倉を掴み、苛立ち始めてそれが籠る目で、男を睨みつける。

「怖い…怖イ…。ソウ睨むな。ここで何をしていたか…ダッタカ? 答えてあげるよ…。ここで行ワレていた理不尽ヲ…、この世界にある理不尽を壊すのさ…」

「理不尽?」

「力アル者が力無キ者を使う…。至福を肥ヤス為…、暇を潰すため…、強者ガ強イル…弱者ヘノ理不尽を…壊ス…。強者がいるから…弱者がいるから…ワルイ…。だからソレをナクス…。ダカラじゃまナンだ…。ソレヲカノウにする…カミをシバル…クサリガ…」

 神を縛る鎖…、それは間違いなく封印の杭の事…、ここでそれを成す準備をしていたと?


---[24]---


 ならなおの事…、私達がここに来る事は願っていない事ではないのか?

 ヴィーツィオの言動を鵜呑みにはできない、理にかなっていない…、目的と行動…言動が全て同じ方向を向かず、明後日の方向を向いている。

 しかし、今となってはソレもどうでもいい事か…。

 男の目から、完全正気が消え、虫の息となる。

「あなたの目的が、この国の杭の破壊だったとしても、その大陸を敵に回した野望は、ここで終わり…」

 終わりだ。

 首謀者であろうヴィーツィオが倒れれば…、全て…。

 この男がもし首謀者で無かったとしても、そこに近い人間だったのは間違いない。

 私達は確実に、そこに近づいている。

「は…は…ハ…。きも二…めい………じ…て…オコウ…」


---[25]---


 胸倉を掴んでいる手に、どんどん男の体重が乗ってくる。

 息も絶え絶えに、途切れ途切れの中、先の無い人間は未練を残すかのような言葉を残し、その灯は…消えた。

 私が掴むのを止めれば、その体は自然に逆らう事をせずに、地に倒れ伏す。

 これが全ての幕切れなのか…。

 相手が相手だっただけに、胸の中で燃え盛る意志は、未だ消える事を知らない。

パリンッ…。

 少しでも情報があれば…と、その動かなくなった骸を調べようと…、一歩歩み出した時、まるでガラスが割れたかのような音が、自分の耳へと届く。

 同時に、背中を刺すような殺気を感じ取る。

「…ッ!?」

 額を冷や汗が垂れる程、その瞬間に私を襲ったソレは、身体全ての危機に対しての神経を敏感にさせた。


---[26]---


 自身に対しての殺意が飛んでくる方へ、身体を動かせば、そこに見えたのは、動く巨体…。

 死に絶えたはずのトイウナの女王の顔が、間近にまで迫ってきていた。

 咄嗟に横へと避けると、その女王はヴィーツィオの骸を食い掴み、高々と持ち上げ、それをまるで憂さ晴らしでもするかのように、壁へと投げつける。

 グチャッ…と肉を潰すような不快極まる音が耳を揺らし、次に女王が向いた方向…そこにはサグエと魔法使いの姿が…。

 彼が女王へ対応しようとした時、その後ろで好機とばかりに魔法使いが動いた。

 魔法で作られた壁は砕け、同時に女王も動き、サグエを挟み込める形を作る。

「いけないッ!」

 いくらサグエと言えど、あれをまとめて相手にするのは無理…、鎧を通して体を強化し、出来る限り全速で、彼の下へと向かおうとするけど、到底間に合うものでもない。


---[27]---


 最悪を覚悟した私の考えとは裏腹に、全てが逆の方へと動く。

 魔法使いはサグエを攻撃せずに、私達がここへ来た場所とは反対の通路らしき坑道へと逃げようと動き、女王もそんな魔法使いを逃がすまいと追った。

 迫る女王の顔を、魔法で強化したであろう魔力を纏った拳で殴り飛ばすが、その巨体は、のけ反りはしても勢いを止める事なく、今度こそ、その口で魔法使いを食い掴む。

 なおも暴れる魔法使いを他所に、女王はそのまま、自身がここへと現れた時にできた穴へと入っていく。

 しかしその直後、もう少しで残った全身が入ろうとした時、その動くは止まった。

 ブチブチ…と、その巨体から棘が突き出たのを最後に、何も聞こえなくなって…、全ての戦いが終わった…。


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