第八話…「魔法使いと魔法使い【上】」


「師匠」

 一応の弟子であるアレンの声が耳へと届く。

 一体全体、ここで何が起きていると言うのか…。

 見つけた道…通路を進んでいけば、その先で何かしらの戦闘の音が、坑道内に響いていたし、そこへ行ってみれば鉱山の中だってのに明るいわ…、アレンが魔物に襲われているわ…、情報が多すぎてその整理が頭の中で追いつかない。

 戦いが起きていた場所に出れば、そこには鉱山の外のように明るい広い空間が1つ。

 無数の魔物と共に、セスが少し離れた場所で戦闘をしていた。

 アイツも一応弟子だ…、心配していない訳じゃないが、そんな気持ちを消し飛ばすかのように、俺の視線はこの空間の中央に釘付けにされる。


---[01]---


『やあやあやあやあ。よく来た。よく来てくれたよ。魔法使い。嬉しいったらないなぁ、ほんと。時間はあるかい? あるならお茶でもどうかな? こんな血肉が踊りそうなジメジメした場所で悪いんだけどね。何せ、太陽の光が苦手なもんでさ、眩しくて。まぁとにかく嬉しいよ。一応言っておくけど、俺達だけじゃない…、この子もとても喜んでる…そうだろ?』

 ボロボロのマントを纏った男、それはその隣にいる同じくマントを纏う子供であろう者へと、手を向ける。

 だが、その子供から、何かが返ってくる事はない。

 男は、何かを聞こうとでも言うのか、その耳を近づけるが、男の思惑とは違って、子供の方は一歩二歩と後ずさる。

 だが、子供の動きなんて、子供の…事情なんて、考える余裕は瞬く間に頭からこぼれ落ちて行っていた。


---[02]---


 所詮は俺も未熟者。

 自分が師匠だとか、弟子がいるだとか…そんな事は関係ない。

 そこに「敵」がいる。

 俺は右手で腰の剣を抜く…、躊躇なく左手の平をその刃で斬り、体が本来感じるべきでない感覚に鳥肌を立てるのも気にする事なく、左手を振りかぶった。

 何かを投げつけるかのように動く体。

 手の平に溢れ出る赤黒い血が、伝いに伝って指先へ…、しかしそれが地面に跳ねる事はない。

 蒸発するかのように空気中へと溶けていき、赤い光と共に火の玉が作り上げられる。

 俺が相手に向かって手を振り切る時には、その火は大人の頭ほどの大きさへと膨れ上がり、一直線に投げられた玉のように男の方へと飛んでいった。


---[03]---


 その最中も火の玉は大きく…大きく、その形を膨れ上がらせる。

 そして容赦なく、男を火の玉の作り出す炎が飲み込だ。

 遠くはない…にしても、その炎の熱気が自分の肌を焼き、若干の痛みを覚えさせた…、その空気を吸った喉や肺も若干の痛みを覚える。

 ただの人間だったら、これで全てが終わりだ。

 それを証明するように、近くにいた蟻の形をした魔物達はその炎から逃げるように、その身を焼かれながらも、炎の中心から必死に離れていく。

 だが、その大半は炎から逃れられず、その体を炭に変えながら息絶えた。

 感情的に、無意識な全力で血制魔法を放ったからか、無駄の多い力加減で、俺は息を上げる。

 肩は上下し、口の中は一瞬で干上がった。

『落ち着きなさいッ!』


---[04]---


 ゴンッ!と金づちで叩かれた鐘のような音が、後頭部への衝撃と共に襲い掛かってくる。

 鐘は言い過ぎかとも思うけど、今まで味わった事と無い頭への衝撃だった事は確かだ。

 そして、徐々に沸き上がる後頭部への痛みは、斬った左手の平の比ではない。

「むやみやたらに事を成しても、良い事は無いですよ」

 そして、後頭部の痛みを和らげようと、魔法の治癒を掛けている俺の横に出てきたのは譲さんだ。

 盾を腕に固定する留め具を弄っている所を見るに…、いや確認するまでもないが、後頭部への攻撃は、間違いなく譲さんだろう。

「把握しなければいけない事は多くあります。サグエさんらしくないですよ、落ち着いてください」


---[05]---


「あ…ああ」

「敵は個ではなく多…、視野を広く持ってください」

 譲さんがそう言った瞬間、一瞬だけ視界を何か黒い物体が2つ…宙を舞う。

 それが何なのかは、すぐにわかった。

 ここに来た時、その仲間を1体、炭に変えたし、なにより嫌でも目に入る。

 魔物の群れ、その中の1体を譲さんが斬り飛ばしたんだ。

 頭に血が上り、衝動の赴くままに動いてしまったが、頭への一撃が俺の冷静さを取り戻させる。

 自分に向かってくる魔物から距離を取るべく、俺は後退りながら、左手を振るう。

 白紙に筆でなぞったかのように、俺の左手が通った場所に赤い線が浮かぶ、それはまるでジョーゼに教えた文字を書く魔法の様…、しかしこれはそんな生易しいモノじゃない。


---[06]---


 浮かび上がった赤い線は、瞬く間に火花を散らしたかと思えば、裂け目から漏れ出る樽に入った水のように、赤い線からは炎が溢れ出る。

 あの男に使った魔法…というか炎に比べれば弱火に近いけど、それでも自分の前方…近くにいる魔物を焼くには十分だ。

 焼ける魔物、その間に幾ばくかの余裕、俺は軽い深呼吸と共に踏ん張る。

 そして、押し込む様に左手を前へ力強く突き出すと、何か見えない壁にぶつかったかのように、迫ってきていた魔物が動きを止め、今度は砂埃と共に、その魔物達が後方へと突き飛ばされた。

 数が数だけに、1体1体倒すのも手間だし、かといってまとめて一網打尽…にするにしても魔物が近いわ…、それをやるにしても、ここは窮屈すぎるわ…で、条件が厳し過ぎる。

 今度は右から左へ、まるで机の上のモノを床へと薙ぎ落すように、左手を振るう。


---[07]---


 突き飛ばした時と同じように、今度は箒で掃かれる埃のように、前方にいた魔物達が転げ退かされた。

「怪我はないか?」

 砂埃が舞う中で、魔物の数が薄まったと見るや、離れた位置にいたセスが合流する。

 左手の平を流れていたはずの血が干からびている中、視界に映ったセスに、俺は声を掛けるが、こちらの心配を知ってか知らずか、セスは不服顔だ。

「はぁ…、ブレないな…」

 近場にいた魔物達は排除した…といっても、倒してはいないから、その数が減った訳じゃない。

 体勢を立て直した魔物から順に、またこちらに向かって動き始めていた。

 また徐々に手の平を濡らし始めた血の感触が、痛みと共に伝わってくる中、俺はこの空間の中央へと視線を向ける。


---[08]---


 今もなお炎が天井へと火柱を上げている中、その中心では動くモノ、まだ動けるモノがいる事を、俺はこの目でしっかりと確認していた。

 襲い掛かる魔物に対し、左手を振り下ろせば、何かに踏み潰されているかの如く、一匹の魔物がその甲殻を不格好に変形させる。

 そこで今度は左手で何かを握る動きをすれば、その魔物の体は拾い上げられた小石のように不自然に宙を舞った。

 掴んだ…。

 その魔物は、文字通り、俺の手の中に…。

 感覚としては、石を紐に括りつけて振り回す感じか?

 実際に掴んでいないし、掴めるわけがないモノを魔法で掴む…、多少のずれは当然だ…、でもそのズレもまた許容範囲。


---[09]---


 敵で襲ってくる存在である魔物を、今度は自分の武器に…。

 そんな強いものではないが、自分達に襲い掛かる魔物の数を間引く事は出来る。

「譲さん、後は任せるぞ」

「無茶が過ぎます」

 今は譲さんやその部下がいるからこそ、その補助をする。

 魔物を魔物へぶつけて弾き飛ばし、それでも攻めてくる魔物を、譲さん達が倒していくのが視界に映った。

「クリョシタさん、プディスタさんの治療を。魔法による治療は最低限、それ以外の応急処置をしてこちらの援護を。アパッシさんは自身の安全の確保。フォルテさんは、まだ戦えるなら戦闘に加わってください」

『は、はいーーッ!』

 こっちは、アレンが怪我をしている事はわかっていたが、目の前の魔物への対処で手一杯、そんな俺の代わりに、譲さんがフォーやシオ、セスへと指示を出す。


---[10]---


 器用なモノだ…と思わなくもないが、これは器用というより、経験の差か…。

 その時、空間の中央で、何かが光るのが見えた。

「…ッ!?」

 同時に、全身鳥肌が立つ。

 譲さんも何かに気付いたのか、盾を構えるが、それじゃまるで足りてない。

 魔法で掴んでいた魔物を、その中央…炎の中に力一杯投げつけて、俺は全員の前へ。

 一際大きな光が周囲を照らし、一瞬で投げつけた魔物が灰塵へと化すと、俺達の方へ魔法の熱線弾が飛んできた。

「…ぐッ!?」

 左手を前に突き出して、盾を頭の中で想像する。

 赤い光と共に俺の前へと赤く半透明の盾が作り出され、飛んできたそれを受け止めた。


---[11]---


 ボボボッ!と、その盾を焼く音が耳へと届く。

 身に着けたローブが焼ける匂い…、肌か毛か、自分の何かが焼ける匂い…、鼻に香るそれは一生慣れる事のない何かを抉る臭いだ。

 魔法は全て防ぐ事は出来ず、漏れた魔法は周りに飛び火して、近くにいた魔物を焼いて行く。

 状況的に魔物は連中が使役している…ように見えてただけに、その存在を意に介さない攻撃に、多少の不快感を覚えた。

 こちらが攻撃を防がないとでも?

 完全に防ぐであろう前提でやって来たのなら、それはそれで不快だ。

「と…らえ…たッ!」

 想像以上にその魔法の威力は高い。

 このままで防ぎ続けたとして、槍と盾、どちらが先に壊れるかと言えば、それは恐らく俺の盾…。


---[12]---


 だから防ぎ続ける以外の方法を取った。

 俺は相手の魔法の真を、魔法の盾越しに掴む。

「なん…の…ッ!」

 そして、まっすぐこちらに飛んできていた魔法を…、射線をずらす。

 文字にすれば簡単だが、少し気を許せばさっきの魔物の後を追って灰塵になるだけ…、体を魔力で強化…、盾が壊れないように常に補修…、捉えた魔法を手元が狂わないようにしっかりと掴んで…。

「フンッ!!」

 まるで大岩を横へとずらすが如く…、左手に力を掛けて、左側へと魔法の進行方向ずらす。

 なんとか自分達をまきこませずに魔法を後方へと飛ばさせたが、壁にぶつかった炎の魔法はドガンッという音とともに、その壁を抉り、真っ黒に土壁を焼いていった。

「ふ~…」


---[13]---


 気づけば、最初に俺の放った炎は無くなり、その中央に立つ2人の姿が、はっきりと見えるようになっている。

 考えたくはないが、今の魔法はそいつらのモノ…、俺の放った炎も結局は魔法の炎…つまりは魔力の塊、恐らくそれを利用された。

 魔力として使えないとしても、その炎の魔力を自分達の攻撃魔法に変換した…と見て間違いない…と思う。

「ちッ…」

 そんな芸当、どんな魔法を使えばできるって…。

 再びこちらに向かってくる魔物達をあしらいながら、少しでも戦いを有利にできる情報を…と頭を巡らせる。

 杖魔法は論外…、相手の魔法を利用して自分の魔法に変えるなんて芸当できる訳がない、もしやるとすれば、それこそ城並みの大きさの場を設ける必要があるだろうさ。


---[14]---


 同じ理由で発声魔法もあり得ない…、決まった形のモノを別の形に変えるのに、一体どれだけの呪文を用意すればいいんだか…、全く持って実用的じゃない…。

 他は…、精霊魔法か?…、使役魔法か?…、それとも具現魔法?

 いや、具現魔法が発現できるのなら、その苦労を考えれば少しでも力を節約するにしても、俺の魔法を利用したとして、その節約度合は微々たるもの、それなら最初から相応の力で上からねじ伏せた方が得も大きい。

 なら残り2つか…、それとも…。

『いやいや、いきなりだな、魔法使い。ただでさえ、この子が気乗りしない相手なんだからさ…君は。もう少し余裕を持たせてもらえないと困るよ。あの熱い火の海の中で、どれだけ長い時間この子を説得しなきゃいけないんだよって話だ。まぁでも、安心してくれていい、俺達は元気だ。もちろんこの子もね』

 そして考えたくない事の1つがはっきりとした。

 さっきの魔法…、何の魔法を使ったかは置いておくにしても、かなりの高威力に加えて、他人の魔法の利用と変換…、それだけの腕を持つ奴がいるのなら、その腕はなかなかだ。


---[15]---


 少なくとも腕前だけで言ったら俺よりも上。

「腕の良い魔法使いがいるもんだ…」

 左手の、血を出すための切り口に加えて、火傷も加わり、その痛みを和らげるために、魔法で治癒力を高める。

 魔法は発動者によって、その形がまちまちだ。

 何の魔法を使ったかもそうだが、その発動者の癖やら魔法の質やら属性やら、割合やら、同じ事を魔法で成しても、全てが一致する魔法なんぞ存在しない…、それを理解しないと、魔法の形を変える事なんて不可能、出来たとしても威力は減退するし、失敗すればその場で暴発…なんて事だってある。

 そんな条件を全て突破して、あいつらは俺の炎を自分達の攻撃魔法として返してきやがった。

 飛んできた魔法を防いだ時、俺自身の魔力を確かに感じた。

 正直、相手にしたくない相手だ。


---[16]---


 返された魔法が、その魔法使いの命令によって動く駒になっているのなら、それは使役魔法だが…、今の所その様子はない。

 壁に当たった魔法はそこをただ燃やすか、燃やしきっただけだ。

 なら残る可能性は精霊魔法…。

 精霊の、存在そのものが魔力の集合体という特性を使って、無理矢理俺の魔法を自分の魔法に変えたか?

 精霊の力は強大だ。

 魔力量も、人間と比べれば桁違い、多少の失敗も上からねじ伏せて完成に近づける…なんて芸当も、出来ない事は無いだろう。

 そう言った事を踏まえれば、相手が使った魔法が精霊魔法だという可能性は高くなる。

 だが、最悪…俺の知らない魔法という可能性もあるし…、それに俺と同じ血制魔法…て事も…。


---[17]---


「いや…それはない…」

 血制魔法を扱える人間は俺と、可能性としてジョーゼだけ。

 それ以外は…全員死んだ。

『悩む悩む。ガレスの頭は今、必こちらの魔法の正体を暴こうと必死だ。そうだろうな。魔法によって、出来る事が大きく変わる。使う魔法が何なのかを知っているかどうかで、その対処難度が違うんだから。そんな君に、俺達からの助言だ。あまり考え過ぎない事だ。あり得ないと決めつけて、その可能性を否定するのはよくない。』

 こちらの事は全部お見通しか?

『まぁ、蟻たちと戦いながらでは、頭の回転も鈍るか。・・・なら、少しでも答えに近づけるよう俺達も戦いに加わるか。一度見るだけではわからなくとも、それを何度も見れば自ずと答えに辿りつくだろう。準備はいいかい、俺達の魔法使い達? その力、彼に見せてあげたまえ』


---[18]---


 他人の魔法を自分の魔法に変える魔法使いだ…、使う魔法がどうであれ、そんな奴から目を離す事なんてできない。

 魔物群れと対峙しつつも、その姿を必ず視界のどこかに置き、少しでも魔法を撃つ素振りをすれば反応できるように、常に意識していた。

「…ッ!?」

バンッ!

 それでもなお、再び放たれた魔法に、俺は反応しきれずに遅れを見せる。

 一瞬だった。

 あの魔法使いがこちらに手を向けた時、一瞬の発光の後、高速な魔力弾が撃ち出される。

 咄嗟に左手に魔力を纏わせ、それに直接触れず弾き、射線を外させたが、それを成した左腕にはジンジンと痛みが走り、魔法の威力を痛み越しに伝えてきていた。


---[19]---


 俺の魔法を返したモノよりも威力はだいぶ劣る。

 純粋な魔力量の差だろうが、精霊魔法にしてはその規模は小さいように見えた。

 当たり所によっては最悪を考えなければいけないが、即死級の威力ではない…。

 高度な魔法技術を持ち、即死級の魔法を使えることを見せた後でのこの魔法…、殺す気があるのか無いのか…。

「…遊んでるのか…、この状況で」

 連続で撃ち出される魔法…、その速さから防御のための魔法を使う余裕が無い…、かといって左手で弾き続けるのも、痛みの蓄積で魔法の感覚が鈍って、うまく魔法に対処できない可能性が出てきてむしろ危険だ。

 加えて連射される魔力弾、元々全てを左手だけで弾くのは難しい、何発か避けたが、後ろにいる譲さん達の横をすれすれで飛んでいく魔力弾に気が気ではない。

 場所を変えないと…。


---[20]---


「譲さんッ! そっちに魔法が飛んでいくから気を付けろッ!」

 全てを対処するのは不可能。

 なら何かを妥協する。

 大丈夫、譲さんなら…、譲さん達なら…。

 確証はないが、俺はそう信じる。

 相手の魔力弾を弾くための魔力の保護を止め、腰から杖魔法の杖を取り出す。

 飛んできた魔法は弾かない。

 体を捻り、それが当たらないように位置取りして、俺は杖を相手に向ける。

 とにかく、何かを成すための時間を作るため、少しでも長く、相手には動きを止めてもらう。

 それは盛大に放てば放つだけ効果は大きいはずだ。

 瞬間的に流し込める魔力を、とにかく目一杯杖へと流し込む。


---[21]---


 目に見えてわかる…杖にできはじめた亀裂。

 そこから魔力が漏れ、カーテンの隙間から洩れる朝日のように、光が洩れ出した。

 気にしても仕方がない…、自分にそう言い聞かせ、俺は魔法を放つ。

 自分へと飛んでくる魔法と比べれば、とにかくお粗末だ。

 相手の魔法が竹筒で作った水鉄砲の水なら、俺の魔法は桶に入った水を力任せにぶちまけているだけと言っていい。

 自分の前方へ、放射状に吐き出される魔力、同時に使った杖は弾けるように割れて使い物にならなくなるが、魔法は砂ぼこりを上げながら、突風程度の威力の衝撃を放ち、相手を襲う。

 当然、相手を止める効果なんて、期待できたモノではないが…。

 目隠し程度には使えるだろ。

「小細工…、いいぞ。戦いに決まりなんてないのだから、自分が優位に立つ手段はいくらでも使うと言い」


---[22]---


 もとより手段を選ぶつもりはない。

 砂埃舞う中、相手が自分を見失うこの瞬間、俺は、自分が少しでも戦いやすいようにと、この空間の奥へ。

「…ヒノ…カムイノミ…ミ…シュターク…マグシクラフト…セ…」

 自分の足を発声魔法で強化しながら、その砂ぼこりの中を突き進む。

「一つだけ確認させろッ!」

「・・・何かな」

「お前はヴィーツィオかッ?」

「だったら?」

 最初の魔法こそ、衝動的に、その容姿に反応して、感情に任せた行動を取ってしまった。

 だが、男のその返答に、頭が冷えてしまった今だからこそあった引っ掛かり、それが取れた気がする。


---[23]---


 男といるあの魔法使い、あれは町で俺にスリを働いた子供…、その関係性が気にならない訳じゃない。

 でも今は、それよりも優先すべき事がある…。

 砂埃を抜けるその刹那。

 俺はヴィーツィオ達の真横まで進む。

 右手に持っていた剣を左手に持ち替えて、その切っ先を相手に向けた。

 魔力に任せ過ぎた力は、自分の首を自分で絞める結果になりかねない。

 なら、そうならない…、そうさせない方法で、強い攻撃を…。

 想像するのは弓…そして矢だ。

 手に持った剣が魔力を帯び、その魔力が俺の身長を大きく超える大弓へと姿を変える。

 もう俺が剣を持っていても仕方ない…、手を離した剣は矢がつがえられるように魔法でできた弓の弦へ勝手にあてがわれた…。

 次に何が起こるのか、それには相手の魔法使いも気づき、ヴィーツィオの前に立つ。

 俺が砂ぼこりから出た、ほんのわずかな…、その一瞬の間に、両者の魔法使いは、お互いに相手が何をするのか、それを理解するのだった。


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