第六話…「暗闇と宣戦布告者」


 鉱山だからこそ、採掘した鉱石を荷車で外に運ぶ、そのための坑道はその1つ1つが大きくなっていた。

 もちろん全ての道がそうではなく、あくまで荷車は途中まで、枝分かれするように幾多にも伸びた坑道には、それ程までの道幅はない。

 道幅が広い場所なら、魔物のトイウナを避けながらでも通れる。

 でもそれが…、道幅が狭くなっている場所だったなら…。

 鉱山の出入り口とは反対の方へと進むウチ達。

 奥に進めば進むだけ、その道幅は狭まり、人同士がすれ違うのが難しくなり始めた時には、当然トイウナが待ち構えていたら、そいつを倒すか、それとも別の道へと入るか…になる。

 道幅はもうかなりの狭さに…、それこそ、短剣を振るうのだって、相手を斬るのではなく壁を斬ってしまいかねない狭さだ。


---[01]---


 思う存分に得物を振るえない環境では、自然と戦う選択肢が消えていく。

 そしてフォーが、もう限界だ…と音を上げ始めた頃、右も左も、そして上も下も土の壁に覆われた世界が一変した。

 とにかく窮屈だった視界が開ける。

 当然真っ暗で、周囲の様子は持っている杖魔法の光では、十分に照らせずに、ただ広い空間であるという事だけがウチ達に伝わってきた。

「なんだぁ?」

 セスが少しでもこの場所を把握しようと、右へ左へと杖を振って何か目立ったモノが無いかと光を当ててみるが、それらしいモノはなにもない。

「だが…好都合だ。これだけ広けりゃ、剣でも鉄棒でも、思う存分振ったって問題ねぇ」

 やる気満々らしい。

 ここは明らかに坑道…、掘り進められた道とは違う。


---[02]---


 左右を見ても壁は見えない、天井を見てもうっすらと見える…ような気がするけど、それもはっきりしない。

 確かに戦う事に支障はない広さのはず…。

 セスは、鉄棒の柄部分に杖を、懐から取り出した手拭き布で無理矢理括り付け、そのまま握り込む。

 得物を振るいつつも杖魔法を絶やす事はない…、理にかなってはいるけど、手拭き布を持っている事に、ウチは驚いてしょうがなかった。

 だがしかし、こっちの事は当然眼中にない男だ。

 ウチらの横を通り抜け、ここに出た坑道へと向き直る。

 ウチは膝に手を突いて肩で息をするフォーを、少しで手助けできればと、近くまで寄って、来るであろうトイウナの出現に備えるのだった。


 油断はできない。

 相手はウチらを獲物、食い物としか思ってないんだから…。


---[03]---


 それか、自分達の住処に来た侵入者…。

 どっちだったとしても襲う理由には十分。

 死にたくない…、このままは嫌…、痛いのは嫌…、置いて…自分だけいなくなるなんて…もっと…。

 トイウナの群れが押し寄せてくる…、その脅威に立ち向かう…、その流れに乗って身構えて…、剣を握ったのに…。

 問題の群れは一向に現れない。

 群れどころか、その1匹すら、姿を現さなかった。

「・・・」

 フォーも気づけば、息が整い、いくつかの杖を取り出して臨戦態勢に入っている。

 それだけの時間が経過してもなお、この場にトイウナの姿は1匹だって見る事なかった。

「おい…、どうなってる?」


---[04]---


「僕に聞かれても…。可能性として言える事は、逃げ切れた…のでは?」

「すぐ近くの分かれ道にだって、居やがったじゃねぇか。それで逃げ切れただと? 寝言は寝て言いやがれ」

「あくまで可能性を言っただけです。でも、これだけ待ったのに来ないのなら、その可能性は高いと僕は思いたい。少なくとも、時間があるのなら、ただ待ち構えるのではなく、状況の整理をしましょう。だいぶ奥まで来てしまいましたし、場所の把握だって必要です」

「・・・チッ」

 逃げ…切れた…?

 本当に…?

 実際どうかわからない…けど、そうであってほしい…、そう信じたい…。

ガクッ…。

 少なくとも、この場で、すぐに戦う事はないのだ…、そう思った時、ウチの視界は揺れ動いた。


---[05]---


 落ちるかのように視界が下へ…。

 無意識的にその場に座り込むと同時に、剣と杖を持っていた手が震えた。

「…あれ?」

「シオっち、だ…大丈夫か?」

 そんなウチにすぐ反応したのは隣にいたフォーだ。

 その仮面越しにこちらの顔を覗き込んでくるのは、どうにも落ち着かなくなるけど、知った存在がすぐそばにいてくれる…それを再認識できて、少しだけ落ち着ける。

「シオさん、落ち着いて。まずは深呼吸してください」

 フォーに続いて、アレンも、ウチの異変にすぐに反応する。

「ウチ…、落ち着いて…る」

 ウチの視線に合わせるように膝を付き、ウチが持っていた剣を取って鞘へとしまい、杖をフォーに預けると、アレンは腰に携帯していた水筒を取り出して、ウチの前に差し出した。


---[06]---


「いいですから、まずは飲んでください。シオさんは、4人の中で一番気を張っていたように思えますから、きっとその疲れが一気に来たんだと思います」

「う…うん」

 そう…なのかな。

 確かに、どうにかしなくちゃ…て、気持ちばかり前に出てたような…そんな気がするけど、こんな…。

 アレンに言われるがまま、水筒の中の水を一口飲んで…、それでも、このままではいけない…と立ち上がろうとするけど、思う様に力が入らず、呆気なく尻餅をつく。

「慌てないで。落ち着いて…」

 なんだ…これ…。

「フォーさん、肩を貸してあげてください。壁際までシオさんを運びまず。」

「合点承知の助だぜぃ」


---[07]---


 右側をアレンが、左側をフォーが持ち、ウチはうまく力の入らない足を、何とか動かそうと頑張りながら、ここに来た時の道の入口、その近くの壁際に腰掛ける。

「ごめん…」

「いいえ。慣れない事をしたせいで疲れも多く出たんだと思います。次の問題が起きるまで、少しでも体力を回復させましょう」

「…うん」

 理由はわからないけど、こんな状況になって、何か情けない…。

 アレンの優しい言葉は、嬉しい反面、自分が情けなく感じて、胸が痛かった。



「チッ…」

 イライラが止まらねぇ。

 何かを言う事はねぇが、溢れ出る感情が舌打ちとなって出る。


---[08]---


「セスさんは大丈夫ですか?」

「ああ? 誰に聞いてんだ? あんなひ弱な野郎とはちげぇよ」

 入ってきた道から見えない様に横にずれ、俺は背中を壁に預ける。

 チラリと横を見て、仮面女に看病される底辺野郎を見やった。

「疲れが出た…て言ってたな?」

「そうですが」

「本気で言ってんのか?」

「・・・」

「アレは腰が抜けてんだろ。魔物を前にしてよぉ。自分が戦わなきゃなんねぇ状態だってわかって、最初こそ夢中で走ってきたが、ここに来て、ピンと張ってた糸が緩みやがった。無意識に押さえつけてた恐怖が一気に来て、今度は立てません…だ。どうするつもりだ、アレ?」


---[09]---


「それは…」

「魔物連中が来ねぇ。さすがに俺もこれ以上、堂々と連中がぞろぞろ来るのを待つのは下がる」

「…その件で少しお話が」

「ああ?」

「今、自分達の位置を確認できないか、地図を確認してみたんです」

 確認してなんになるのか…、そう感じはしても、これだけ特徴的な場所に行きついたってんなら、どう進んできたかわからなくても、この場所ぐらいはわかるか。

「しらみつぶしに隅々まで見た結果…ですが」

「・・・」

「こんな広い場所、地図のどこにも記載がありませんでした」

「はぁ?」


---[10]---


 耳を疑った。

 地図に載ってねぇだと?

「いくら古い鉱山、古い地図だからって、そんな事あってたまるかよ」

「しかし、事実です」

「貸せッ!」

 アレンの手から地図をふんだくる様に奪い、鉄棒に括りつけた杖の光に当てる。

 ここを細かく調べたわけじゃねぇ。

 それでもここが広い場所なのはわかる。

 あのガキ共がいた住処と比べりゃ、断然こっちの方がでけぇ。

 そんな場所が…、地図に乗らねぇ訳がねぇだろ。

 自分が通ってきた道を細かく覚えてはいねぇが、とにかく奥へ入って来たのは確かだ。


---[11]---


 だが…ない。

 地図の奥の方にはそれらしい場所の情報はねぇ。

 奥じゃなく、入口の手前付近から奥まで、全部の道を見ても、何も…。

「どうなってやがる…」

「考えられる理由はいくつかありますが…。この鉱山が閉鎖された後、この場所が作られたとか…、元々あった場所ではあるけど、地図に記載できない理由があったか…、逆に元々あったこの場所を掘り当ててしまったか…」

「1つ目と2つ目はわかるが、3つ目は何だ?」

「それはですね。元々この広い空間があって、そこに掘り着いてしまったという事で…」

「何の問題がある?」

「…僕は鉱山で働いた経験はありません。そこにどういう問題があるかまではわかりませんが…、もし掘り当てたこの場所に何かが居たら…という話です」


---[12]---


「何かいたら…だと?」

「例え話ですよ。たとえ話」

「・・・」

「しかし、人の手でこの空間を作り出したとしたら、それも驚く事ですが、鉱山の奥深く、こんな場所にこのような空間を作り出して、一体何をしようというか?」

「知るか…。こんな事に金をつぎ込んでたって言うなら尚更な」

 ここが何に使われたか…、何のために作られたかなんざ考えるだけ無駄だ。

 問題は、自分達の場所が分からねぇって事だ。

「こうなったら…、無理を通してでもあの魔物共の群れを突っ切るか?」

「早く出る事を優先するなら、それがベストだと、僕も思います。こうなっては、子供達を探すのも無理でしょうし」

 アレンとは、意見が一致するようだ。

 問題は、あの底辺野郎がどう反応するかだが…。


---[13]---


「腰が抜けて動けないのなら、丁度いい」

 何を言おうと担いで持っていけばいいだけ…。

『帰り道…一緒に探してあげようか?』

ゾクッ!

 耳元で誰かが囁くように、その声は俺の耳に届く。

 全身の毛が総毛立ち、嫌な汗が頬を流れ落ちた。

 アレンも何か異変が起きたのか、焦りが混じり、その腰の剣を引き抜いている。

「…聞こえたか…?」

「セスさんも…ですか?」

 嫌な事だが…空耳じゃねぇみたいだ。

 俺は、自然と鉄棒を構える。


---[14]---


『随分な反応じゃん。俺達は、君達が困ってるみたいだから、手を貸してやろうと思っただけなのに。いや…、ただ驚いてるだけだったりするのか? なんせこんな場所だ。誰だって心細くなるよな。仲間が一緒に居たって関係ないくらい、怖く感じるよな。お日様が恋しくなるよな。暗闇は何が出てくるのかわからないから、・・・不安…だよな?』

 近くで話しかけられてるように、耳に声が届いてるっていうのに、見える場所にはそれらしい姿は見えねぇ。

 声の聞こえ方からして、杖の光が届く所にいるはずだ…、なんで何もない?

 光が届かない所にいるなら、この声の聞こえ方はおかしいだろう…。

『そこの大きい君、そんなあちこち見回ったって意味ないぞ? 俺達はさっきからずっと動いていない。むしろなんで見つけられないんだ? それでもあの魔法使いの弟子達か? いやはや情けない。情けなくて涙が出てくる…が、まぁ仕方ないか。まだまだ半人前…、いや、半人前以下の君達じゃ、これが限界だろう』


---[15]---


「なんだと…? そのよくしゃべる舌を叩き切ってやろうか?」

『お~、怖い。俺達、これでもしゃべるのが大好きでねぇ。普段喋らない分、こういう時にしゃべり倒さないと大変なんだよ。だから、舌を無くすのは痛い、いろんな意味で痛いぞ。第一…、舌を切ったからって声を発せられなくなる訳じゃないだろう。切った後で口を縫い合わせるぐらいしないとさ』

「狂ってんのか? 普通じゃねぇ…」

 誰だか知らねぇが、話してくる内容が普通だとは到底思えねぇな。

『でも、そうだな。このままじゃ、君達は舌どころか、俺達にかすり傷すらつける事は出来ないかもしれない。それは嫌だ。面白くない。誰が…? 俺達が…だ。せっかくの客人だし、歓迎に次ぐ歓迎で楽しまなきゃ。と言っても、俺達だけが楽しんでもしかたないな。楽しむなら皆と…だ』

「…チッ…。無駄にベラベラと喋る口だな」


---[16]---


「ですが…、これだけ長く話をされても、どこにいるのか全く分かりません。魔法の類で声だけ飛ばしているとしても、僕達の事が見える場所にいるとは思うんですが…」

 こっちは一方的にだらだらと、聞きたくもない話を聞かされるだけでも、何もできないってか。

 …反吐が出る。

『そうだね。確かに、一方的に話をするというのは、平等じゃない。かくいう俺達も、こうやって君達に延々と話しかけ続けるのが寂しくなってきた所だ。やっぱり独り言で終わらせずに話し合いをするのは大切だよね。この前は王女さんと話した…あれはとても楽しかったね、楽しかった。うん、わかる、わかるとも』

 その時、まだ進んでいなかったこの空間の先に、1つの光が灯る。

 それは松明1つ分の光。


---[17]---


 青い炎がその周囲を照らした。

 火の玉と言っていいのか…、それはそいつの手の平に灯された光、青いからか、放たれる光もどこか暗く、不気味に姿を照らし出す。

 全身をボロボロのマントで覆い、青い炎を灯す手は、見るからに細り、骨と皮と言われたって、驚かねぇぐらいだ。

「おい…アイツ」

 そして、俺が何より驚いたのが、その既視感からだった。

 ボロボロのマントに細い腕…、俺は奴を知っている。

「ヴィーツィオ…」

 忘れる訳がねぇ。

 あの負けて終わった騎士団の入団試験、試合直後に現れたアイツの姿…、それと全く同じだ。

 薄暗いせいで、細かい所まではハッキリとわからねぇが、確かにアイツは、そのヴィーツィオと酷似してやがる。


---[18]---


「ヴィーツィオ? あの入団試験の時に、邪神竜を復活させると宣言した人ですか?」

「同じ奴かは知らねぇ…。俺もあの時はうっすらとした見えてなかったからな」

『あ~、そうだよね。僕の名前を知っているのも無理はないか。あの時は驚かしてすまない。飼い犬が人を咥えてる姿を見せてしまった。驚いただろう。察するよ…。でもあれは必要な事だった。あの大衆に俺達の存在を知らしめるために必要な事の1つ。欠かす事は出来なかったんだ』

 相変わらず、こっちが聞いてねぇのにベラベラと…。

 だが、野郎はゲロッた。

 奴はヴィーツィオだ。

『さてさて、じゃあ、もう少し明るくしよう』

 ヴィーツィオがそう言った時、手の平の炎は、上へ上へと上がっていく。

 青い光を放っていたソレは、この空間の天井まで行き着くと、その天井全てに燃え広がって、全てを照らし出した。


---[19]---


 この空間の全体がようやく見えてくる。

 ただただ広い円形状の空間。

 壁の高い所には、所々に横長の穴が空いているが、自然にできたモノとは思えない。

 それ以外にも、俺らが入ってきた坑道…それと似たような坑道が反対側にも1つだけある。

 ここの広さは…と言えば、多分だがオースコフにある騎士団の訓練場と同じぐらいの広さがあるだろう。

「これで少しは見えるようになった? 俺達の舌を切るなり、口を縫い合わせるなり、好きにできるぐらいの明るさになったと思うよ? 最近は、ずっと暗い場所にいたから俺達からしてみれば、これでも明るいぐらいなんだけど…、君達にとっては薄暗いかもしれない。でも、そこは我慢してほしい、ここは一級品のランタンも松明もない場所だ。明るくなっただけマシだと思ってくれると助かるよ」


---[20]---


 確かに明るくなったが…、これが相手の罠じゃないとどうして言えるってんだ。

 天井のほとんどを覆う様に燃え広がった青い光、いかにも怪しいソレを、ただの光と思えだとか、到底無理な話だろうよ。

「セスさん、早まっては駄目です…」

「・・・何か策があるってのか?」

「いや、それは…。ですが、無暗に飛び出しては、それこそ相手の思うつぼではないでしょうか。相手の言動はそういう事を誘うような…そんな雰囲気を感じます」

「チッ…」

 こいつの言いたい事はわかる…つもりだ。

 あの入団試験の時の事が、脳裏をチラつく。

 よくわからねぇ死人みてぇな連中の数えるのも嫌になる量の群れが、1つの生き物みてぇに動いていた。


---[21]---


 今、あれを出されたら、確実にこっちは何もできなくなるだろう。

 それがここにいるかはわからねぇが…、あんな対処のしようがない存在がいると脳裏を過るだけで気圧される。

「あ~、君はもっと熱血漢だと思っていたが…、いや熱血漢というより戦闘狂か? まぁどちらにしても攻めてこないなら、少しは話ができるか。話したいというのは他でもない、君達がここにきた理由だ。いやいや、全員が全員、同じ使命を胸に…なんて、これっぽっちも思ってない。本当だよ? だって、子供のためにとか、辛い事に耐えてる人がいる…みたいな動機で動くような玉じゃない人とか、居るでしょう? 人間、数が揃うとそういう人も増えていくもんだ。ここに来た理由…、命令だからか? それとも、本当に子供達の事が心配になって? それか、他に理由でも? 気になる…すごく。でも、今はその話をするのはやめよう。今話したい話題じゃない」

「チッ…」


---[22]---


 明らかに俺に対して言ってきているソレに、ただただ苛立ちが溜まっていく。

「俺達が話したい事ってのはね。他でもない、さっきから話に出てくる子供達の事さ。わかるだろ? 君達がここに来た理由だよ? 忘れてないよね? それが仕事…任務なんだから。ハハハッ」

 その言葉の後、奴の後ろに複数の人影が現れる。

 ヴィーツィオと同じく、ボロボロのマントを身に纏う奴が1人、その後ろに3人…人の影が見えた。

 いや…、1人、誰かをおぶっている様にも見える…、だから4人か…。

 俺の目の錯覚でなければ、その5人はガキだ。

「見間違いじゃないな?」

 何が…なんてこっちに聞き返す意味もない。

「…はい」

 アレンは頷く。


---[23]---


 あのヴィーツィオが、国が追っているヴィーツィオなのか…それは知らねぇが、小動物を追っていたと思えば、たどり着いた場所は獰猛な大型の肉食獣の巣穴だった…てか…。

 もし、捕まえる事ができれば、手柄…を貰えるなんて程度の話じゃねぇ、昇格待ったなしの担ぎ上げだ。

 そうなりゃ、強くなる云々すっ飛ばして、力を手にできるって話だが…分が悪すぎる。

「おい…。ここから全員が逃げ切る方法…あると思うか?」

「え? …あ…その…、相手次第…ですかね。普通に考えれば無理です。僕達が来た坑道には魔物の群れ、目の前には、ヴィーツィオ…本人なら世界の敵です。前も後ろも…そして鉱山内という事で八方塞がりです」

「チッ…」

 聞くだけ聞いたが、結局そうなるってか。


---[24]---


『なんでッ! その子達がお前と一緒に居るんだッ!?』

 お互いに様子を伺う状態で、真っ先にその空気をぶち壊したのは、隣で立ててねぇ底辺野郎。

「なんでって…、それ今聞く事かい? というか、その聞き方だと、まるで俺達がこの子達に悪事を働いてるみたいじゃないか…。失礼しちゃうったらない。俺達がいつ…この子達に酷い事をしたって? それとも…今はしてなくても、今後する…とか? ハハッ! 何様だよ、君。この子達の名前も声も、性別すら知らない君が、何を知っているっていうんだ?」

 あの野郎、余計な事を言いやがって。

 度合いはわからねぇが、奴の機嫌が悪くなったように見えるぞ…。

 嘘か真か、奴は話がしたいだけにも見えない訳じゃない。

 戦わずここから出られるのなら、それに越した事はねぇだろうが。


---[25]---


「まぁこちらの予定が狂ってるのは認める。君達がここに来る予定じゃなかった。結局、俺達の放任主義が招いた結果だし…そこで君達を攻めるつもりはないさ。なに…、それが人を動かすって事だよ、それこそ人だ。思う様に動かないのは世の常。何も知らず吠えるだけの子犬がいるのも仕方ない。俺達の知らない所で、この子達が、君達がここに来る原因を作ってしまったのも、仕方ない。ちょっと不快な声が聞こえても、俺達の蒔いた種だと諦めよう」

 その時、隣の子供達と一緒に居るマントを纏った奴が動く。

 手の平に作り出される光の玉…、それを上へと投げ、ヴィーツィオが付けた火を消したかと思えば、別の光源を作る。

 まるで、真昼間の外にいるかのような明るさに変わった、

「え? それ今やる事? すっごい眩しいんだけど? 暗かったってか? いやいやいや…。君ってそんな性格だっけ? いや後遺症みたいなものか…まだ安定していないとか。まぁそれなら納得だ。君の力を上げるためにあれやこれやと、あちこちから持ってきた知識を詰め込んだから、そのせいで性格とかが元の状態より変わっちゃってるかな」


---[26]---


 揉め事か?

 唐突のマント同士で話し始めやがった。

 だがそれは好都合だ。

「アレン、今の内にここから出るぞ」

「…はい」

 どちらにも敵がいるとして、入団試験の時の事を思えば、あの野郎とやり合うよりも魔物を蹴散らして逃げる方がまだいい。

 気が楽だ。

 ヴィーツィオがこちらから視線を外す。

『え!? ちょっと!?』

 その隙にアレンは底辺野郎たちの方へと向かい、そして動けないそいつを担ぎ上げる。

 底辺野郎の意思なんて関係ねぇ、これ以上この任務を続ける意味もない。


---[27]---


 ガキ共はヴィーツィオと繋がっている…、その報告を相手が信じるかどうかは、どうだっていい。

 この場での仕事は終わりだ。

 他の3人の準備ができるまで、俺は奴らから目を離さなかった。

 だから見えた、もう1人のマントがこちらに顔を向ける。

 フードを深々と被って顔はよく見えねぇが、そいつは確実にこっちを見た。

 次にこっちに手を向けた時、赤く見える光を、その手は放つ。

『どこへ行く?』

 同時にヴィーツィオの声が再び耳元で聞こえたかと思えば、俺の前には誰もいないってのに、その首を誰かに捕まれた。

 視線を落とせば、赤い半透明な腕が、俺の首をがっしりと掴んでいる。

「な…」


---[28]---


「来てくれたからには歓迎する…、そう言ったはずだ。言わなかったか? まぁそんな風な事は言ったからいいじゃないか。とにかく、帰るなんて事はゆるさないよ。少なくとも次の団体が来るまでは、ここにいてもらわなきゃ」

『セスさんッ!?』

 息苦しさが限界に達する時、体が持ち上げられ、あのマントの奴の動きと連動しているみてぇに、自分の方へと引く動きをされたら、俺を掴んでいる腕も、ヴィーツィオの方へと引き寄せられ、最終的には投げ捨てられるかのように、俺の体はヴィーツィオの方へと飛んでいった。


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