第四話…「鉱山孤児と未熟な指揮者」


 頼りになるのはいくつか壁に付けられたロウソクの明かりだけで、周りは薄暗く、じめじめして、その狭い空間には、物理的にも、精神的にも、どこまで行っても息苦しさを付きまとう。

 話に聞いた場所、鉱山を掘り進めるうちに繋がった空洞は、自然にできたにしては整った形をして、綺麗に円を描くように、その中央を広く開けていた。

 家1件分は入るであろう広さだ。

「サグエさん、どうですか?」

 この空間を興味深そうに見渡すサグエに、私は歩み寄る。

「気持ちが悪いな。この場所に続く坑道を歩いてくる時からそうだったが、魔力の濃度が濃い」

「私は…、何か特別に感じるモノはありませんが…」

「普通の人間に影響が出る程のモノじゃない。だが、自然と魔力がこれだけ溜まるとも思えないな」


---[01]---


「じゃあ…」

「結論を出すにはまだ早計な気がするが…。自然とできたモノでないなら、一体どうやってできたっていうんだ? 掘り進めてようやく…偶然見つかった場所だろ?」

「魔法でどうにかなったりしませんか? 地面の中に道を作るとか」

「え?」

「なんですか?」

 明らかに嫌そうな顔だ。

 でも話の流れ的には、きっと嫌と言うより、私の発言を実現する場合の労力を考えての顔だろう。

「いや…、うん。できなくはないだろう。物理的に不可能と思える事を可能にするのも魔法が魔法と呼ばれる理由の1つだ。まぁ、実現できるかどうかは別として、魔法に不可能はないだろうさ」


---[02]---


「結局どちらですか?」

「・・・できない事はない。それを行うだけの力は想像を絶するモノを要求されるが…。俺にやれと言われても、干からびて死ぬのが関の山だ。挙句の果てに失敗するだろうさ」

「ですが、ドラゴンが空を飛ぶ時代が到来しているかもしれない時です。常識的に考えて、不可能だからと切り捨てる方が早計です」

「そうかもな。…ヒノ…カムイノミ…ゴーニグ…シュランツ…グロー…キヤイ…ゴーニグ…ヴァイト…ゴーニグ…バイバハルトン…タマ…カラ…」

 サグエは、左手を天井へと向けて呪文を唱える。

 サドフォークからチェントローノへ向かう途中、魔物に襲われた時に周囲を照らすために使った魔法、その力を抑えたモノだ。

 その魔法のおかげで、外にいるかのような明るさが、この空間を包む。

「まずはここを調べてからだ。考えにくいが、自然にできた場所の可能性も捨てられない…からな」


---[03]---


「はい」

 その空間の中心に足を踏み入れる。

 周囲の壁は、何か削られたような跡があるだとか、そう言う事はなく、大きな岩だったり、土だったり、どこにでもある洞窟のソレと変わりはない。

 不自然さを感じさせるものは、今まさに自分が立っている足元の開けた場所、円を描くように…まるで岩を削って作ったかのような硬さの窪みだ。

 靴で地面を叩くように踏みつければ、足を通じて石を蹴っているかのような音が耳へと響く。

「まるで、用意された土台みたいですね」

 私は、腰に携えた剣を抜き、その切っ先を地面に軽く突きつける。

 でも、その結果は靴の時と同じ、まるで岩のような硬いモノを突いているようだ。

 しかし、しゃがみ込んで地面に触れてみると、その感触は岩ではない…その辺の地面と一緒でじゃりじゃりとするような肌触りだ。


---[04]---


 同時に爪で軽く叩けば岩のような衝撃が爪へと響く。

「不思議…」

「それはたぶん、土属性の魔力が地面に集中しているからだ。土属性の魔力は、モノを硬化させる力を持っていて、砂地で足を持っていかれる時、土属性の魔力を使う事で、石畳を歩くように足場を安定させたりできる」

 コンコン…と、サグエが地面を手に持った自分の背丈ほどある杖の先で叩く。

「他には固定とか、重量増加とか…色々と使い道はあるが、多分この足場は硬化と固定の二種類の魔力で模られた場所だろう」

「・・・」

「この場に人が直接手を加えたかは別として、形作りとか、足場の安定化とか、自然と出来上がるにしては無理があるな。問題は…」

「人為的なものだとして、何のためにこんな場所を用意したのか…ですね」


---[05]---


「俺達の問題と繋がってるなら良し、繋がっていないなら俺達の山じゃない」

「わかった事が増えると同時にわからない事も、増し増しで増えた感じですか」

『隊長、ちょっと来てくれ』

 問題に首を捻る中、一緒に来ていたレッツォの声が耳へと届いた。



「あそこですか?」

「入口はいかにもおんぼろで、入ってはいけません感半端ないんだけど、シオっち…マジなのか?」

 坑道の入口がいくつもある道、それを一際奥へと進んだ先に、周囲は背の高い雑草まみれで入口もボロボロに朽ちかけている廃坑が、寂しくポツリとその口を開けていた。


---[06]---


 それを離れた位置から隠れるように、ウチ達は様子を伺っている。

「町の連中の話じゃ、一番古い坑道なんだってさ。中の方もボロボロで、普通だったら近寄らないとか」

「だったら私達も近寄らない方がいいんじゃね?」

「だからこそだ。基本的に人は近寄らないし、盗人のガキ共相手に行くような場所でもない。下手したら自分達の命が…てやつ。それはつまり、あそこにいる限り、町の人間に襲われる事は無いって、油断しきってるって事だ」

「そうかもしれませんが、それだけ危ないという事では?」

「てめぇらの話に付きあってたら、日が暮れる」

 そこに行けば確実に問題の子供達と接触はできる、でも場所は危険だ。

 行動はとにかく慎重を要し、ウチ達は班で行動している以上、話し合いは重要、にもかかわらず少し離れた場所で話を聞いていたセスは、堪忍袋の緒が切れたかのように、こちらの制止を聞かずに廃坑の方へと歩いて行ってしまった。


「暗…」


---[07]---


 止まる事無く、ずかずかと廃坑の中へと入っていくセスの後を追って、自分達も続けて入っていくが、少し進んだだけで何も見えない程の暗闇に包まれる。

 鉱山の入口から入ってくる光のおかげで、何とか個々の姿を捉える事は出来るけど、自分達が進もうとしている先は何も見えない。

 廃坑で明かりなんて当然ないし、暗いのは当然だが、ここまでとは。

「仮面野郎、明かり」

 先頭で止まっていたセスは、こちらを見る事なく、指図してくる。

「私かいッ!?」

「てめぇ、さっきあの野郎から杖とかいろいろ渡されてたろ。その中に使えるモノとかねぇのか?」

「言い方よ。言い方なんだよ、セスっち。誰かに何かをやってほしい時は、もっと優しく言わないと…」


---[08]---


「うるせぇ。無駄口叩いてないでさっさとしろ」

「…はいは~い」

 ごそごそとフォーが自身の荷物漁り中、その手元から光が溢れてくる。

 その時、彼女の腰にいくつもの杖が携えられているのが見えた。

「はい、お待ち。これでいいかね、セスっち君」

「よこせ」

「どうぞどうぞ」

 差し出された杖、光を放つ事の出来る杖魔法の杖をぶん取る様に受け取って、セスは自分達がこれから進む坑道を照らした。

 再びこちらの意思とは関係なく、セスが歩き出そうとするのを、今度はアレンが呼び止める。


---[09]---


「待ってください、セスさん」

「今度は何だ?」

「廃坑とはいえ、町の人の話では蟻の巣のようにいくつも道が枝分かれしているらしいので、闇雲に進んでは一生外に出られなくなってしまいますよ。一応、この鉱山の地図を町の人から預かっているので、それを見て、ある程度子供達がいるであろう目ぼしを付けてからの方がイイと思います」

「・・・チッ…。それを早く言え」

「すいません。カヴリエーレ隊長から、出来る限り見守ってあげてという命を受けていましたので」

「・・・」

 セスが不満げな顔を浮かべ、坑道の壁に背中を預ける中、アレンは背負っていた鞄から、年季の入った地図を取り出す。


---[10]---


「にしたってアレン、準備がいいな」

 ウチは、そんなアレンの手に持った地図を覗き込む。

「いえいえ、どこへ行くか、行く場所によって何を用意すれば万全と言えるのか、それを常に考え、メモとして残してきたので、それに沿って用意したまでですよ。ですが、この地図に関しては鉱山がだいぶ昔に廃坑になっている事もありまして、持っている人がいなさ過ぎて大変でしたね」

 フォーが新しく、セスに渡した杖と同じ効果を持つ杖で地図を照らす。

「子供達がどういう生活をしているのかはわかりませんが、そこまで奥の方に住処を構えているとは思えないのですが、どうでしょうか?」

「あいつらも自分達が追われるような事をしている自覚はあるだろ。なら、入口から一番近い生活できそうな場所には、腰を据えないはずだ。かといって近くなくても単純な道順で行けたら意味無いし…」


---[11]---


 顎に手を当てながら考え込むが…。

 出てくる案、出てくる案、全部アリそうで、結局の所結論に至る事はない。

「まぁ、近い所から順に見て行きましょう」

「そうだな」

「ふんッ。アレンはともかく、下の出は結論出せず…か。待って損したな」

「なんだと…」

 こっちの顔を見るや鼻で笑うセスに、ウチは怒りをあらわに睨みつける。

「落ち着きなって2人共、アレっちは2人よりも経験豊富なんだから、同じ班だからって一緒に比べてもしょうがないって」

「そういう話をしてるんじゃないんだよ、フォー」

「でも、このままじゃセスっちの言う通り、何もできずに失敗になっちゃうんだよな~。怒りたい気持ちは一旦別のやる気に注ご。仕事へのやる気窯とかにさ」


---[12]---


「・・・わかった」

 いや、もともとわかっていたはずだ。

 セスの言葉は昔からウチの感情を逆なでしてくる事ぐらい、わかりきっているはず。

 感情的になり過ぎるのは、ウチの悪い所だ。

 パンパン…と頬を叩き、感情を切り替えんと痛みを贈る。

「セスさん。セスさんの武器ではこの坑道内で戦闘になった場合、剣身が壁に当たったりして力を存分に発揮できません。なので、これを使ってください」

 アレンは、自分の剣に括りつけていたモノを取り、それをセスへと渡す。

「…なにそれ?」

 剣…とは違う棒状の何かに、ウチは首を傾げた。

「棍棒です、棒に鉄で補強した鉄棒…とでも言えばいいでしょうか」


---[13]---


「なんでまた鉄棒なんだ?」

 狭い場所で剣をちゃんと震えない…というだけなら、それこそ短い短剣とかで事足りると思うけど。

「はい、これはカヴリエーレ隊長の隊の先輩から聞いた話の受け売りなんですが、洞窟や坑道の中などは狭いのもありますが、気温が一定の為、体温調整の出来ない魔物や魔人が住み着く事があるとか。そんな魔物の中には皮膚を硬い鱗等で覆っているのも多くいて、斬る事よりも打撃によって強い衝撃を与える事が有効なのモノが多いそうです」

「へぇ~」

「強い火を起こすのも有効打の1つらしいですけど、これは最終手段ですね。できれば全員分の鉄棒を用意したい所だったのですが、コレ、鉄で補強している分、結構重いので、普段から重い武器に慣れているセスさんが使って、僕達は使い慣れたモノを使うのが良い…と。フォーさんなどは剣や棍棒よりも魔法を使った後方支援の方がイイとの事です」


---[14]---


「・・・なんかグゥの音も出ない程納得のいく話で、むしろ気持ちが悪いな」

「僕は直剣とは別に短剣を持っているのでそれで…、シオさんの剣は短剣とまではいきませんが、元々剣身が短いモノなのでそれで、もし不安なら僕の短剣と交換をしましょう」

「いや、このままでいいけど…。よくこの短時間でここまでまとめたな」

「隊の皆さんは経験が豊富で真面目な方が多いですから、僕の力だけではとても…。皆さんも、困った事があった時に話を聞いてみると、後学のためにとても有意義な時間を過ごせますよ」

「う…うん、考えとく。…フォー、光を出せる杖って、あと何本ある?」

「あと1本かな」

「1本か…う~ん、じゃあセスが先頭でフォーがアレンと一緒に真ん中、その1本で地図を照らして、それから…、ウチが後ろで後方警戒…かな」


---[15]---


「はい、それでイイと思います」

「私は何でも。真ん中の方が何かあった時に、前からも後ろからも守ってもらえそうだし」

「てめぇは前後で問題があった時にどちらにでも行けるようにする遊撃だろ、寝ぼけた事ぬかすな」

「言い方ッ! セスっち! もう少し言い方に気を付けて、私の心を気遣って~」

「ふん、何より、てめぇは前よりも後ろを気にかけとけ。臆病風に吹かれて、真ん中が一番後ろになってるかもしれねぇからな」

「・・・」

 我慢…我慢…。


---[16]---


 せっかく話がまとまって来たのに、また感情に任せたら、さすがにフォー達に申し訳ない…。



「焚火の跡だ」

 レッツォの足元、そこには何かが燃やされた跡が残る。

「密閉された場所で焚火…ですか。正気の沙汰とは思えませんね」

 私はレッツォの横を抜け、その焚火の前でしゃがむと、そこに手を伸ばす。

 砂とは違うススの感触が指先に伝わる。

 その跡は時間が経ち過ぎて、熱は一切感じない…、炭になった木材の欠片をつまんで持ち上げようとすると、その形を崩してぽろぽろと落ちて行く。

「他に何か、この周りで気になるモノとかありませんでしたか?」

「気になるモノ…ねぇ」

 レッツォは少し考える素振りを見せた後、ポケットから出した何かをこちらに差し出した。


---[17]---


「なんですか、コレ」

「知らん」

「・・・」

 出されたのは、半透明の結晶のような小さな石だった。

 頭に疑問の二文字がデカデカと浮遊しながらも、私はそれを受け取る。

 首を傾げつつも、それを光に当て、何か手がかりが出てこないかと探りを入れてみたが…、結果は言わずもがなだ。

「ただの石では? 水晶の欠片…とも言えなくはないですけど、あまり価値はなさそうですね」

「まぁ価値が無けりゃ、用済みになった後で売っぱらう事も出来ねぇからな。後処理に困る。その辺に捨てるしかねぇな」

「別にそこまで言っていませんが…」

 私はそれを鉱山で働くここまで案内をしてくれた人に、こういったモノが今まで掘り出された事はあるか…と聞いてみるが、首を横に振られて返される。


---[18]---


 石を掘る専門家なら何か知っているかも…と思ったが、それも空振りなようだ。

「何かあったか?」

 そこにサグエが近寄ってくる。

「レッツォが水晶のような結晶を見つけましたが、鉱山で働く人も見た事がないようです。単純に気にも止まらない程、どうでもよい石…であればいいですが、こういう調査の時は、なんでも意味のあるモノのように見えて大変ですね」

「そう言うもんじゃないのか? 見落としが無いように細心の注意を払う、辺りに落ちている獣の毛1本から大本に行き着くとか、そのぐらいの事をやってこその調査だ…てフォーに借りた本に書いてあったぞ」

「それはそうですが、言うは易く行うは難し…です。・・・と、レッツォが見つけた石がこれです。魔法使いからの意見を聞かせて下さい」

 私は石をサグエに渡す。


---[19]---


 彼は最初、幾ばくか驚いたような表情を浮かべた後、懐から今渡した石とよく似たモノを取り出す。

「譲さんから見て、コレとコレ、どう思う?」

「よく似ていると思いますが…、その辺に転がっている石ころが全部同じに見えるのと一緒では?」

「見た目は、そうかもな」

「まさか、魔法に用いる特別な道具だったりするのですか?」

「いや、全然。少なくとも、俺はこんな石ころを使った魔法の類は聞いた事がない」

「そうですか…」

 意味深に聞こえる言い方をされるものだから、何か特別な道具だったりすると思ったのに、彼が否定するのならそうなのだろう。


---[20]---


 魔法において、この場で彼以上の知識を持つ人間なんていないのだから、出来る限り信用を置いて行く。

「まぁ、これが獣の毛1本なのかどうか…、それを調べるのは悪くないかもな」

「どういう事ですか?」

「俺が持っていた方は、封印の杭の所で見つけたモノだ。その時、僅かだが魔力を石から感じた。譲さん達が見つけた方には、全く感じないが…。似たモノが見つかっただけでも、調べる価値があるだろう」

「・・・ん~…確かに?」



 あ~言っても、結局それが気になっているのは俺自身だ。

 ただの石ころに、魔力は籠らない。


---[21]---


 何か外的要因でモノに魔力が籠る事はあるだろうが…、それこそ特殊な鉱石でもない限りはそれ単体が魔力を集めるという事はないはずだ。

 そして、俺が学んできたモノの中にこんな石はなかった。

 ただ俺が忘れているだけか、新種の何かなのかはわからないが、片方に魔力が籠っていた事には何か意味があるはずだ。

「他に何か気になるモノはあったか?」

 焚火跡のあるレッツォの所まで、俺は行く。

 こちらの質問に彼は首を横に振った。

 焚火の跡があるのだから、ここに誰かがいたのは確実で…、何の目的があってここにいたかは依然不明…。

「わからないな…。ここまで変わった場所に誰かが居ただろうに、残っているのは焚火の跡に石ころ…変わっているように見える窪みだけ…」


---[22]---


「まぁ何かをしていたにしちゃあ、不気味なぐらい何もないわな。そんで、逆に焚火の跡が残っているのも、思わせぶりと言うか、わざとらしい。ガレスはそこんとこ、どう思う?」

「誰かが何かを企んでいるとして、俺達を誘い込むための罠…てのが一番しっくりくるんじゃないか? あとは、その誰かの仲間がすごいずぼらか、見つけてほしくてわざと残したか…」

 譲さんがさっき言っていたように、全てに意味があるように見えて来る…。

 焚火の跡も何の変哲もないモノ、これ自体に特別な事はない。

 周りを見回しても、何か変わったモノは無いし、謎ばかりが残って八方塞がりだ。

 人と言う枠で考えていても、これ以上の答えは出てこないだろう…。

 人力ではなく魔力の何か…。

 そういう観点での意見が欲しいから、譲さんは俺を同行させている。


---[23]---


「やってみるか…」

 俺は、腰に携えた直剣とは別にナイフを抜き、何の躊躇もなく、その刃を左手の平に通す。

「おいおいっ!? お前何やってんだ!?」

 近くにいたレッツォや隊員達は驚きの声を上げるが、こちらに歩み寄ってきた譲さんは、俺の行為を止める事無く、視線を向けて頷く。

「人の手でどうにかなる限度を超えた空間だし、それ以外…魔法とかで可能性のある事を試す…」

 手の平から流れ出る血が、溜まりに溜まって地面へと垂れ落ちて行く感触…。

 ポタポタと地面に落ちる血の雫は、血溜まりを作るでもなく、落ちたそばから蒸発するかのように、空気中へと消えていった。


---[24]---


「少しの間、この空間から出ててくれ」

 俺の言葉に、譲さんは隊員達へと指示を出す。

 この空間から坑道へと、俺を残して全員が外へ出たのを確認し、俺は深呼吸を1つ置き、自分の周りに自分自身の魔力が集まっていくのを感じながら、それを…撫でるように壁へとぶつけていった。

 誰かが穴を掘って、用が無くなったから穴を埋めて…、そんな事をやっていたら、絶対に誰かが気付くはず。

 でも、誰も気づいていないのなら、元から何も無いのか、それとも…。

 本来魔力は目に見えない。

 もし…魔力…魔法で無理矢理道を作ったりしていたのなら、必ずその痕跡が残るはずだ。

 魔力による痕跡、普通に探したってわかる訳がない。


---[25]---


 最初に不可能じゃないが無理だ…と言ったモノの可能性が強くなっていくのは、正直複雑だし…不安だ。

 自分には無理だと思っている事、それをやってのけている奴がいるかもしれないという可能性…。

 それを成せるだけの腕を持つ何者か…、魔法使いかそれに類する誰かか、そんな奴を相手にする不安…。

 そして、魔力を壁、天井に当てながら、普通とは違う…魔力の溜まり場を見つけ、俺は息を飲む。

 焚火の跡があった場所の近く、坑道からこの場所を掘り当てた入口とは反対側の壁に、他の場所よりも多くの魔力が溜まっているのを感じ取り、俺はその正面に立つ。

 左手をその壁に当て、物は試しと、深呼吸で気持ちを落ち着かせながら、魔力を流し込んだ…。


 その瞬間こそ、何も変わった様子を見せなかった壁は、俺が離れた矢先、ズルズルと何かを引きずる音と共に大人が余裕を持って通る事の出来そうな道を、ゆっくりと作り出していくのだった。


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