第二話…「辿る糸と見知らぬ町」
「村にあったモノはもとより…、それどころかオースコフにあるモノよりも大きい。1つの魂がいくつかに分かれて杭になったわけではなく、1つの魂をそのまま杭に変えたモノ…。その大きさもさることながら、その中にため込まれた魔力量も桁違いだな」
オーロヴェストにある封印の杭…、その大きさは人間なんて米粒に等しい程。
見上げているだけで首は痛くなるし、その大きさに圧倒される。
今俺のいる場所は、封印の杭の根元…というかなんというか。
杭が刺さっている場所は大きな湖のド真ん中、杭の場所まで行けるように石橋が架けられ、杭の周りを一周するように石畳で足場も設けられている。
そんな足場に立ち、俺は自身の左手で杭に触れ、その状態を診ていた。
診ると言っても、大したことはしていないが…。
---[01]---
杭の中にため込まれた魔力に異物が混ざっていないか…、おかしな流れを作っていないか…それを見ているだけ…というか、感じているだけだ。
『どうですか? 何か異常はありましたか?』
そんな俺を急かすように、この国のお偉いさんだか何だか知らないけど、初老の甲人種の爺さんが声を掛けてくる。
「正直、こんな大きな杭の状態を診た経験はないし、そもそも今までだって…。いや…、とにかくざっくり診る限りじゃ、変な所はないな」
「左様でございますか。それは…一安心でございますな」
「安心されても困るんだが…。俺はその辺の専門家じゃないし、一回詳しい人間に来てもらった方がいい」
「助言、ありがとうございます。専門家…の件は、他国に要請しているのですが、なかなか」
---[02]---
「そうか」
甲人種は、魔力の扱いが難しい種族だ。
だからこそ、この国にサドフォークの杖魔法といった国独自の魔法は存在しない。
体の作りの問題なのか何なのか、魔法使いの少なさを生んでいるし、専門家…、封印の杭の状態を確認し異変を見つける事の出来る人間が、この国にいないという結果も生んでいる。
じゃあ、俺はどうなんだという話だが、このどでかい杭とは全然違う、もっと小さい杭であっても、その守護を任されていた村の人間でもある訳で、成人の儀を終えた後、杭を守護する人間の仲間入りをした時、その辺のやり方をあらかた教わっていた。
何も知らなず、やった事がない魔法使いや、魔力の扱いに長けているだけの人間と比べれば、出来る事は多いだろう。
---[03]---
今回のオーロヴェストへの派遣は、この杭の異常が発端で、少なからず経験のある俺が、まず一度封印の杭を調べてくれ…という話になった。
「この国に来る途中と、来てから…、話に聞いた魔力震を感じていないけど、頻度はそんなに多くないのか?」
「ええ。この数日は全く。チェントローノの会談へ陛下たちが発たれる前には2日に一回の感覚で起きていたのですが…」
「・・・。魔力震は、簡単に言えば、魔力が多く集まる場所での魔力の異常が原因で発生する地震だ。集まった魔力とその土地の魔力が喧嘩するとでも言えるかな。まぁ俺は知っている事なんて、その辺はたかが知れているが」
「では、封印の杭は魔力を集めるものですし、元々魔力震が起きやすいのですか?」
「いやそんな事は。現に魔力震を異変と思う程、今まではそういった事が多くはなかったんだろ?」
---[04]---
「は、はい、確かに」
「封印の杭は魔力を貯めるが、それはすぐに杭の中に吸収され、封印に適した形に変わると同時にチェントローノの邪神竜の封印「封印の鍵」へと送られる。魔力が集まって来たって、その土地の魔力が喧嘩する相手はすぐに封印の杭って建物の中に入る…、つまりは喧嘩する相手はいないって事だ」
「なら、なぜ魔力震が…」
「そもそも魔力震を魔力震と判断したのは誰だ?」
「オーロヴェストといえど、甲人種だけしかいない訳ではありません。軍に所属している中には甲人種以外の者もいます。その中で魔法や魔力に心得のある者達を集め、調査させました。その報告を元に魔力震という結論を。元々、専属の杭の管理をする者がいたのですが、病で…。その後に先代の王の件も重なり、後任の選定に難航している次第です。外の国から誰かを雇うにも事が事ですのでなかなか…」
---[05]---
「なるほど。まぁ封印の杭の管理なんて、高い金を積まれてもなかなか人が集まらないだろう。集まったとしても、そこからさらに優秀な人材…無害な人間がいるかどうかがわからない。思いのほか問題が重なってるな…。・・・その辺は心中察するとして、その調べた人達に後で話をさせてくれないか?」
「かしこまりました」
「で、次だが、封印の杭に小さな亀裂が入ってるって話だけど、それはどの辺?」
「それは杭を中心として南西側にございます」
爺さんが先導をするように、杭の周りを歩いて行く。
杭の周りを半周する勢いで進んだ先で、爺さんは止まり、上を見上げてあそこです…との言葉と共に指差す。
その先に視線を向ければ、そこには杭に一本の線を書いたように、目を凝らしてみないとわからない程の亀裂が走っていた。
---[06]---
「よく見つけたな」
「甲人種ではない魔法や魔力に長けた者達と言っても、魔法使いと言うにはほど遠く、彼らが自分でできる最善を尽くしてくれた結果でしょう」
大陸の命運を担う封印といえども、その杭だって、研がれ削られ…凹凸のない綺麗な円柱という訳じゃない。
凸凹とした凹凸まみれの円柱とは言えないモノだ。
それでも、表面は水晶のようにツルツルとしたモノ、その表面にある亀裂は気づきにくいようで、そこにあるとわかってしまうと気になって仕方がない。
まぁそういうのは、これに限った事でもないと思うが…。
大事なモノの異変であるのなら尚更気になってしまうものだろう…。
他に異常はないか…、亀裂はもちろん、欠けていたりしないか…。上から下へ見て行くが、その亀裂以外に異常と呼べるようなモノは無い。
---[07]---
「ん?」
下まで見終わって、視線が自分の足元へ及んだ時、何か光るモノが目に入る。
「どうかなさいましたか?」
ここは周りを湖に囲まれた場所だ。
話によれば、封印の杭に近づくには国の許可を取らないといけないらしいし、杭に近づくための石橋の入口は兵が常に警備していて、湖を船で渡るなんて事も難しい。
だから余程の偶然が重ならない限り、何かが落ちているという事は無いだろう。
左手で拾い上げたそれは、半透明でちょっと黄色い結晶の欠片だ。
「それは?」
「なんだろうな」
親指程の大きさのソレ、見た目からは全く怪しいモノには見えない。
---[08]---
何か魔法で罠の類が仕組まれている様子もなさそうだ。
感じるのは、この欠片自体に微かに魔力を感じるだけ…。
「・・・しばらくの間、自分が預かっても?」
「構いませんが…、何かわかった際には、こちらとの情報の共有をお願いします」
「当然だ」
欠片を、持っていた手ぬぐいに包み、懐へとしまう。
「ちなみに杭を中心に、亀裂が入っている方角に、何かあったりするか?」
「何か…とは?」
「人が住んでいる村なり町なりがあるとか、祭事をするような変わった場所があるとか…、そんなモノ」
「それでしたら、小さい鉱山があり、豊かではありませんが小さな町もありますが…それが何か?」
---[09]---
「封印の杭は全方位から魔力を集めるものだ。もしその集めている魔力に異常があったなら、その亀裂はその方角に位置する場所の異常で生じたものかも…と思っただけだ」
「なるほど、そうでしたか。では、すぐに調査の準備をしましょう」
「そうだな。多分、俺の隊は調査に行くと思うが、そっちから兵は出してもらえるのか?」
「当然です。これはこの国の問題でもあるのですから」
「じゃあ、さっきの話を聞かせてほしい兵の件、その調査の隊に入れてもらえるかな?」
「かしこまりました、すぐに準備をしましょう」
「ああ」
「隊長先生、私はもう…だめかも…しれん…うぷ…」
「もうその台詞も聞き飽きたな」
---[10]---
馬車を降りたフォーの第一声は、お決まりと言っていい程、その台詞から始まる。
馬車での移動が続いている状態だと、もはや耳にタコだ。
「・・・うぷ…」
口元を押さえるフォーは立っている事もキツイと言う様に、膝をつく。
演技か本気か、その姿に呆れてため息を吐きつつ、シオにその介護を任せて、俺は譲さんの元へと向かった。
「今回はジョーゼさんを連れてこなかったみたいですね」
「何が起こるかわからないからな。本当なら、チェントローノでサドフォークに帰ってほしかったが…駄々をこねるし、もう馬車に忍び込む…なんて行為を実行もしている。勝手に付いて来られるぐらいなら、連れてきた方が楽でいい。ここまできたティカも、その方が楽だろうからな。でも…ここに来るのは別の話だ」
---[11]---
「はは…。お気遣いありがとうございます」
「礼を言うのはこっちの方だ。ティカのおかげであいつを1人にしなくて済む」
心配がなくなる訳ではないにしろ、その事を深く考えなくて済む状態に感謝しつつ、改めて到着した場所に視線を向ける。
1つのさびれた町…。
王都を最初に見たからこそ、その賑わいの差に目を引かれた。
活気と呼べるモノは、正直無いと言っていいだろう。
あるのは何処か疲れたような雰囲気を見せる住人たちの姿だ。
王都の方は大きな川と隣接していたからこそ、緑もそれなりに多かったが、この場所は近くに水場が無い事から、その辺が少ない。
山と山の間に位置しているからか、影が多く、それも相まって町全体の雰囲気を暗くしていた。
---[12]---
「王都とはだいぶ雰囲気が違うな」
『そりゃそうだ。向こうは安定した鉱石の採掘ができて、王都だからこそ人の出入りが多いから仕事も多い。こっちは…、街道からちょっとばかし入った場所にあるし、王都以外の町と比べたら、鉱石とかの採掘量も安定しない』
王都との差に眉をひそめていた所に、レッツォが俺の肩に手を置いて、重心を寄せてくる。
「その割には、人が少ない訳じゃない気もするが…。町になる程度には人がいるし」
「それはここの鉱山が安定こそしてなくても、当たりさえすればガッポガッポの大儲けができるからさ。嘘か真か、前に王都にある鉱山の半年分の利益を一ヶ月で出したとか出してないとか」
---[13]---
「それが本当ならすごいな」
「まぁそれに関しては噂でしかねぇけどな。とにかく当たる時は本当に当たるらしい。一発大穴を引き当てようって人はそれなりに集まる。でも不発が続くから、少しでも当たりを引こうと躍起になって無理をする訳だ。男はそうやって体に鞭を打ち、女はそんな男連中のために食の当てを得ようと、出稼ぎやら農作業やら身を粉にする。あれもその1つだ」
そう言って、レッツォが指を指した先は町の背にある山、その中腹には、農作業をする人の姿がチラホラと見える。
「まぁこの町が暗く感じる理由は他にあるんだがな。財布の紐はギュウギュウに、開けるのにも苦労するぐらいに締めとけ。後は、それを落とさない様に体に括り付けとくのを勧めるぞ」
---[14]---
不敵な笑みを浮かべたレッツォは、俺の肩をポンポンと叩くと、その場を後にした。
「意味ありげな事だけ言って…」
「あまり気にしないで…とは言えませんね。頭の隅に置いておきましょう」
「ああ」
町と言うだけあって、食事処に、鍛冶屋に食料店、必要最低限のモノは揃っている様子だ。
王都以上に、そう言った店の人達の視線が鋭く俺達を射抜いている事は…、正直気になってしょうがないが…。
「で…、来たはいいが、調査をするにしても拠点?だったか? それはどうする?」
---[15]---
『町を越えた先、坑道の入口に向かう途中の道に空いた広場があります。井戸も近いですので、そこにテントを張る事をお勧めしますよ』
オーロヴェストからの兵が、手を上げる。
人種の…名前を確か「エーク」という男。
「あなたはこの町に詳しいのですか?」
譲さんの質問に、男は苦笑いしつつ頷いた。
「はい。実は、軍に入る前は、ここで暮らしていて」
「土地勘のある人がいるのは心強いですね。…ではその広場の方へ行きますか」
「ええ。こっちですよ」
エークが先導し、譲さんの指示で皆がその後を追う。
整備こそされていないものの、石畳が敷かれて歩くのに困る事はない。
所々管理が行き届いていない面が見受けられるが、それは許容範囲だ。
---[16]---
『戦兵さん戦兵さん。宿を探しているならウチにしてくんない? 安くしておくよ?』
『人の客取ってんじゃねぇぞ、このアマッ!』
『何言ってんだ。こういうのは早いもん勝ちだよッ!』
「すいません、今回は遠慮させてもらいます。次があればその時は…」
『じゃあせめてなんか買っていくぐらいはしてくんないかい?』
『こっちも頼むぜ、若い戦兵さん、なぁなぁ』
「え、ですから」
王都と比べて客引きの押しが強いようだ。
「ごめんごめん、おっさんにお姉さん。俺ら立て込んでてさ、急いでるんだよ、今回はわりぃけど無理だ。また今度な」
丁寧に断りを入れる譲さんに対して、迫りくる客引きを無理矢理引きはがすレッツォ。
---[17]---
舌打ちと共に自身の店に戻っていく客引きを見送る。
小さな難が去ったと言うべきか…、なんだか軽くホッとした。
「慣れてるな」
「ちょっとでも迷いを見せたら…、飲まれっぞ? 断る勇気ってやつが大事、はっきりと…いりません…を言ってこそだ」
「さすが地元人…てやつか」
「いや、昔、ああいう客引きの誘いに乗って楽しんだら、財布が死んでな。賃金が支給されたその日にだぞ? 良い連中もいるが、まずは断る所からだ」
「頼りになるのかならないのか、疑いが残るな」
「まぁ俺の事はどうでもいいのさ。それよりも、広場にテントを張ろうって言った奴、本当の地元民だけあって、むしろ向こうの方が頼りになるぞ」
---[18]---
「本当にそうなるかもな」
町を抜けるまでに、一体何件の店に呼ばれた事か…。
宿に食事処に、干物屋に鍛冶屋まで、そこで客商売をしている店全部に声を掛けられたんじゃないだろうか。
来てくれればいいな程度の客寄せではなく、もう自分の店にそいつを連れ込むほどのモノまで、なかなかに気の強い町だ。
今後、街へ調査に向かう場合は単独行動をしない方が…。
「…ッ!」
町を抜け、背の低い雑草や砂地が目立ち始めた時、これから町ではどう行動して行こうか…そんな事を考えていた時、不意に背中を刺すような何か…が俺を襲う。
糸のように細い針を無作為に背中へ刺されたかのような痛み…、一か所二か所ではなく数か所だ。
---[19]---
風が吹いている訳でもないのに何かに押されるかのように、体が前に倒れそうにもなる。
「サグエさん、どうかしましたか?」
「いや…」
急に足を止めた俺を心配して、隣を歩いていた譲さんが、顔を覗き込んでくる。
譲さんへの返事もほどほどに、一番手の届きそうな痛みを覚えた場所…左の肩甲骨付近に左手を伸ばす…。
比較的肩に近い場所だったために、容易に届きはしたが、当然と言えばいいのか、そこには針なんてない。
表面的に残るのは、ジンジンと人に皮膚をつねられた後のような鈍い痛みだけ…、それもどんどんと消えている最中だ。
物理的なものではない。
---[20]---
その痛みの残る場所に、痛み以外に残るモノ…、かすかに残る自分のモノではない魔力の痕跡。
誰かが狙ってやった行為なのか…?
自然とその犯人を捜すように、視線が通ってきた町の方へと向く。
しかし、そこには通ってきた見慣れぬ町があるだけで、何かをこちらに仕掛けようとするような、怪しい人間の影はない。
「譲さんは何か感じなかったか?」
「何かとは? 私は別に何もないですけど」
「そうか」
「問題が?」
「落ち着ける場所ができた後で話す」
隣を歩く譲さんが感じず、周りにいた隊員達も異変を感じたような素振りを見せていない。
俺個人を限定して襲ったのか…それとも、何かもっと別の…魔法使いだからこそ感じられる何かか…。
それが警告なのかなんなのか…、見えぬ何かに到着早々一抹の不安を覚えるのだった。
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