~魔法使いと中央国~エピローグ


…ふぅ……

 娘は全てを読み切って、厚い本を閉じる。

 小声でとはいえ、音読していったために、彼女は達成感すら感じられていた。

 おまけに疲れから喉も乾いている。

 水筒に入った水を飲み、喉を潤しながら見上げた空、背中を預けた巨木の枝や葉っぱの間から見える空の色は、すっかり赤く染まってきていた。

 娘は自分の喉に触れ、その疲れを実感していく。

 昔はよく父親や母親に、本を読んでとせがんでいた事を思い出す。

 当時、両親が同じ疲労感を味わっていたと思うと、娘は感慨深くなり、視界が僅かにぼやける。

 その疲労感は確かに辛い。


---[01]---


 でも当時の両親と同じ状態になる事で、その時の2人の思いを強く感じ取れたような…そんな気がする。

…また読んで欲しいな……

 体を起こし、彼女は、目の前の墓石を優しく撫でる。

 当時の父の肌の感触、指に絡む髪の感触、爪に引っ掛かる長くなく短くもない髭の感触、それらを思い出す。

 子供の頃は父親がいなくなった事自体に悲しんでいた娘も、成長し、会えないという事そのものの辛さを理解できるようなっていた。

 受け入れられた悲しみ、それとは別に胸にできた新たな悲しみに、感情を締め付けられる。

…お父さまなら、こういう時…なんて言ってくれるのかな…


---[02]---


 想像しようとしても、父親にそう言う事を言われた記憶はない。

 悲しみに暮れる娘は父親の前にはいなかった、父親がいる時にはそういう事無かった、それは親孝行になるだろうか、それともいろんな顔を見せられない親不孝になるだろうか。

 父親に話の続きを…と、口実を持ってきたけど、ここに来た事で自分が父親に何かできただろうかと悪い方へと考えてしまう。

 この苦しみを忘れたいと思う事もあるけど、この気持ちがあるからこそ、この気持ちを知っているからこそ、娘は立ち上がった。

 自分は悲しんだ、その悲しみを知っている、それは人が抱えてはいけない苦しみ、寿命を迎えた事による別れではない、他者に蹂躙される事による別れ。

 それはあっちゃいけない、無理矢理引き離されて感じる悲しみを知ったからこそ、他人にそれを味わってほしくはない。


---[03]---


 父親を奪われた、好きだった場所を壊された、その悲しみが怒りとなったのも事実、それが巫女の下に行く理由になった理由も事実。

 でも娘は、今はその必要性を知っている。

 何のために戦う必要があるのかを知っている。

…はぁ情けないかな…、私って。ここに来なきゃ自分の覚悟も再確認できない…

 溜め息が漏れていく。

…あ~、そうだ。忘れてた…

 娘は横に置いてあったバスケットから、食べカスの乗った皿とは別に一本の瓶を取り出す。

…これ、お父さまが好きだったお店のお酒。あまり詳しくないから、これが好きなモノかはわからないけど、持ってきた…


---[04]---


 落ち込んだ気持ちを晴らそうと頬を叩く。

 酒瓶を墓石の前に置き、娘は立ち上がった。

…悪い方へ考えていっちゃうのは、悪い癖ね。そう言う所は直していかないと…

 硬くなった体を解すように伸びをする。

…まぁ自分が頑張る理由を思い出せた…と思うから、またしばらくは頑張れるかな…

 力を求めた理由…思い出したくない理由、戦う理由は捨ててはいけないモノ。

 胸元で握りこぶしを作って、娘は深呼吸をする。

…私、頑張るよ、お父さま。まぁこれからもここに来るかもしれないけど。また新しい本の続きを持って来られればいいな。でも巫女様はすぐに次の本くれないから、読んであげるのは遅くなるかも…


---[05]---


 本をしまって帰り支度を整えながら、次の事を考える。

…次はお母さまと一緒に来るのもいいかもね。昔みたいに、一緒に本を読むの…

 昔の、3人で本を読んでいた時の事を思い出し、自然と笑みが零れる。

…でも、その前に巫女様に説明する内容を考えないといけないな…

 本を読む前、巫女に言われた理由の事を思い出すが、娘の顔から笑みが消える事は無い。

…じゃあまたね、お父さま。次に来る時は、もっと大人の女性になった私を見せるから、そして、いつかお父さまのような、「巫女様にも認められる立派な騎士」になってみせる。そこから見ててね…

 空が黒く染まっていく中、父の墓石に別れを告げ、娘は丘を降りていった。



…魔法使いと中央国、終わり…

…運命の竜、つづく…


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