第十四話…「会談の終わりと次への始まり」
「では、女王様。そちらが創設された調査部隊、その助力、我々に預けてくれる…という事で」
オーロヴェストの代表代理は重ねて問う。
「今回の件はあくまで調査、少数精鋭で動いていただきたく思います。その調査部隊の規模は聞いていますが、もう少し、こちらに導入する人数の削減をしてもらえませんか? その分、こちらからの支援は惜しみませんし、要請があれば我らの軍を動かすのも可能です」
「よい。そちの言いたい事はわかった。妾としても、自国に他国軍の人間がわらわらと押し寄せて、民草に余計な不安を煽るような事をされたいとは思わん。何より調査するだけならば、人員もそこまで割く必要もなかろう。もしそうなれば調査に組まない人員を他の杭の調査に向かわせられる」
---[01]---
チェントローノの議事堂の一室、今は各国の代表者同士の話ではなく、各国の中で、真っ先に協力の要請をしてきたオーロヴェストと話の場を設けていた。
その場に、私は立ちあっている。
「カヴリエーレ隊長、部隊の編成は貴女に任せるわ」
我が国の王、ロッサ・ブレンドは、視線をこちらに向ける。
「は、はいッ!」
騎士団に属してからこれまでの中で、一番の大仕事、大陸の命運がかかっているかもしれない場にいる事に緊張し、王への返事すら若干の言葉の詰まりを見せた。
いつもなら、すぐに頭の中で部隊の割り当て等を考え始められるんだけど、それができず自分の緊張具合を実感する。
「その緊張ぶり、初々しい限りよな」
---[02]---
「え、あ…、す…すいません」
「よいよい。周りの人間は、大半が堅苦しい連中か、地位欲しさの媚売りだけで、つまらんからな。そちみたいな者が近くに居ると、こちらも落ち着く」
「ん…」
なんて返していいのかわからずに、苦笑を浮かべる事しかできない。
「王よ。他国の代表もいる席ですので、そのような戯れは御控えください」
そんな状況を見かね、王を挟んだ反対側に立っていた総長のレジエンが止めに入る。
「お前は堅いな…」
王は、それに不服そうな態度を見せるが、呼吸を整えるとすぐに元の雰囲気を取り戻す。
---[03]---
「見苦しい所を見せてしまってすまないな」
「いえ。お構いなく。我らの王も、いずれその様に部下の方達と話ができれば…と、その光景を想像してしまいました」
「そう言えば、そちらの王はまだ若いと言っていたが、歳はいくつなのかしら?」
「今年で10になられました」
「ほぅ、確かに若い。いや、若すぎると言えるな。そこに体の弱さも加わっては、その身に余る重荷ですわね」
「はい。先代の件が急な事もあって、心身共に余裕がありません」
「わかった。妾の所でできる支援は多くはないが、そちらの王の負担を減らすために何かできる事があれば言ってくれ。できる限り力になろう」
「それは…、願ってもない事です。すぐに何を…とはいきませんが、力が必要な時はぜひ。・・・所で、そちらの方がもしや、此度の調査部隊の指揮をとっておられる方ですか?」
---[04]---
「ええ、名をアリエス・カヴリエーレ、将来有望な隊長だ」
「アリエス…。では、あなたがあのアリエス・カヴリエーレ殿ですか? あなたの話はよく聞いています」
仏教面と言うか、堅い表情だった代表代理にわずかに笑みが零れる。
「・・・え?」
しかし、私は彼が何を指しているのかがわからず、反応も遅れた。
そんな見当がついていない私に対して、その状況を察した彼は、ハッと何かを思い出す。
「これは失礼しました。まだ名乗る事もしていませんでしたね。恐らく自分の名前を聞けば、意味も伝わりましょう。自分はアット・バイネッタと言います」
「アット? ・・・バイネッタ…? バイネッタ!」
---[05]---
その名前には聞き覚えがある…というか知っている名だ。
「あ…、急に声を荒げて申し訳ありません」
恥ずかしさに頭を下げる中、頬が赤らむ。
「構いません。いつも弟がお世話になっています」
そう言って彼も頭を下げた。
まさかこの場でその名を耳にするとは思っていなかったため、まさに寝耳に水だ。
バイネッタ…、私の部下にその名を持つ男が1人いる。
よく見れば、軽装備として身に着けている甲冑と思っていたモノ、籠手の指部分のソレは、鎧ではなく、甲人種特有の爪と鱗と甲殻、彼と一致していた。
鱗等の色も同じで、絶対ではないものの、血縁者である事をほのかに示している。
一番驚く事はと言えば、自身の部下の兄…血縁者がこれだけの大物だった事。
確かに、オーロヴェスト出身という事は知っていたけど…、これは宿に帰った後、詳しく話を聞かねばならない。
---[06]---
「ほう、妾達にそのような繋がりがあったとは、カヴリエーレよ、これで向こうに向かう隊に組む人間が決まったな」
「は、はあ…」
「ではカヴリエーレ隊長には、その準備を早急に進めてもらう事にしましょう」
「ええ、そうね。ではバイネッタ殿、ここでの話はこの辺にしようか。今後の方針が決まった所で、各国にその件、話をしなければ」
「ええ、そうですね」
そうして、国の代表者2人が席を立つ。
「ではカヴリエーレ隊長、王がお話になった通り、貴殿はこれからこの場の護衛を離れ、次の任務の準備に当たってもらう」
「は、はい」
---[07]---
「身構えるな…とは言えないが、もう少し肩の力を落とす事だ」
総長は、私の肩に手をポンッと置く。
「では会議室までの護衛の後、その作業に当たれ」
「はい」
代表者たちを外敵から守る様に歩く。
総長は肩の力を抜けと言うが、今自分の肩にかかっているのは、今までで最も重く、今後その重さを越えるモノは現れないだろうと言い切れる重荷だ。
肩に力が入ってしまうのは仕方がない。
総長もそれは分かっていると思うけど、言われたから、わかっているからと言って、そう切り替えができる訳もなく…。
護衛を終え、宿に戻るまでの道、その重荷がより一層重く感じられた。
---[08]---
宿のある酒場…、今は昼間だから食堂へと入る。
時間としては、そんな昼間の食事の忙しい時間、その山場を越え、人の波が収まってきている頃合いだ。
食事を取っている人の姿はチラホラしかないけど、その代わりに自分の隊の人間が1つのテーブルを囲って集まっているのが目に映る。
その姿が酒盛りで騒いでいる絵面だったなら、怒る事をしただろうけど、そもそもここは昼間にお酒を出す事は無いから、その心配はない。
レッツォなら別の場所で買ってきたお酒を呑んでそうだけど、幸いそんな姿を見る事はなかった。
だから、部下達が節度ある行動を取っているという事で、私はそんな部下達の集まっている方へと足を進める。
---[09]---
「どうかしましたか?」
その集まりは、当然今の任務に参加している全員ではない。
でもその数は、一か所に集まるにしては、少々多い量だ。
「あらお姫様、お早いお帰りですわね」
私の声に反応してか、部下の人達が私に対して会釈をした後、ドルチェが少しだけ困り顔で、その集まりをかき分けて顔を覗かせる。
「何かあったの?」
「大事ではないと思いたいのですけどね。面倒ごとを抱えてしまった事は間違いありませんわ」
「面倒ごと…ですか」
「ええ」
---[10]---
テーブルを囲っている部下達から聞こえてくるのは、どうする?…だとか、このままじゃいけないよな?…とか、早いとこ探してやらないと…とか、面倒ごとではあっても、確かに大事があったようには聞こえない。
ドルチェが思っている事と、周りの部下の思っている事、恐らくそこに違いはないだろう。
まぁなんにせよ、ここで集まった部下達の話に、耳を立て続けても話が前に進まない。
前の部下にどいてもらって、面倒ごとの渦中へと、私は入っていった。
この店で使われているテーブルで食事を取る少女2人の姿、その相手をするように隣の席に座る大人の男女2人。
その4人の内3人は、知った顔、サグエにティカ、ジョーゼの姿だが、最後の1人は見覚えのない少女だった。
---[11]---
「誰ですか、その子は?」
『さて、誰なんだろうなぁ』
誰に聞いた訳でもなく、分かる人よ答えてください…みたいな願いと共に発した言葉は、サグエの返答で叶う。
「じゃあその子は? 迷子か何かですか?」
「そのまさかだ」
「ではお名前は?」
「名前か? 名前は確か…」
私の問いに応えようとしたサグエの口が止まる。
そして、困ったようにその視線はその少女の方へと向けられた。
器用にスプーンを使ってスープを飲む少女は、その立ち振る舞いから町娘としては少し外れているように見える。
---[12]---
サグエと初めて食事をした時、行儀の良い綺麗な食事姿を見た時の様だ。
サグエの視線に気づいた少女は、手ぬぐいを使って自身の口元を綺麗にふき取ると、しっかりとこちらを向いて会釈した。
「わたくしの名前は「キャロ・ディ・ルーナ」と言います。覚えづらい場合は、キャロルナ、もしくはキャロとお呼びください」
「え、あ、これはご丁寧に。私はこの周りを囲っている人達の隊長、アリエス・カヴリエーレと言います」
「はい、よろしくお願いします、カヴリエーレさん」
礼儀正しい子だ。
食事風景もそうだが、そのしっかりした様相と反比例するように、町娘相応の服装をしているのが、むしろ目立つというか目に付く。
---[13]---
「食事中にごめんなさい。少し話がしたいのですが、いいですか?」
「はい。この方たちはわたくしに良くしてくれましたから、わたくしも、それに応えます」
「ありがとう。一番聞きたいのは、この状況の事なんだけど…」
チラッとサグエの方へ視線を向ける。
「俺達が大商業市場通りの方を見て回っていた時にな。困った様子で、周りを見ていたから話しかけたんだ」
「お恥ずかしながら、見知らぬ土地で人込みに呑まれ、自分がいる場所が分からなくなってしまったのです。そこへサグエさんが声を掛けてくれまして。あと…、これもお恥ずかしいお話なのですが、その時にお腹が大きく鳴ってしまい、それほどまでに動いていた事にも気づいていなかったわたくしを気遣って、他の人達と共にわたくしをこちらに案内してくれたのです」
---[14]---
「つまり、腹を空かせた迷子って訳だ。この街の住人じゃない…な」
部下達の話声でだいたい想像はついていたけど、それは的中したようだ。
「こんなにお腹が空いたのは久しぶりで、わたくし感動です。それに、ここのお食事も個性があって美味しい。わたくし、大変満足です」
「はは…、それは良かった」
ぜひとも店主に聞かせてあげたい言葉だ。
でも私の方は、そんな少女の反応に苦笑を浮かべる事しかできなかった。
「まぁ話を聞くに、この国の人間じゃないし、旅人とかなら、この子の保護者もきっと必死に探しているだろう。飯が終わったらこの子を連れて探しに行くつもりだ」
「そ、そうですね。それがいいです。ではその手伝いにドルチェを連れて行ってください」
---[15]---
『えっ!? あたしですの?』
「当たり前です。私の隊の中で、一番この街に詳しいのはあなたなのですから」
『むむむ…』
ドルチェの事だ、帰ってきた私の世話をするつもりでいたのだろうけど、私の事よりも迷子のこの子だ。
不安そう…な雰囲気は全く感じないけど、内心どう思っているかはわからない。
善は急げだ。
「所で、今日も護衛だと聞いていたが、譲さんはなんでまたこんなに早く帰って来たんだ?」
「え? あ~、やる事ができたと言いますか、新しい任務ができたというか…、その準備のために今日は速めに戻ってきました」
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「そうか。その準備に俺は必要か?」
「いえ、私の方もやる事があるので、それが整い次第、隊の人間に指示を出します。サグエさんはキャロルナさんの保護者を探すのを手伝ってあげてください」
「わかった」
「では、あとの事はよろしくお願いします。私は準備の方へ取り掛かりますので。・・・、ここにいる方達も、この子の手助け…お願いできますか?」
「「「了解しましたっ」」」
周りの部下達にもキャロルナの保護者の捜索の手伝いをしてもらう様に指示を出し、こちらを見ていたドルチェにも…お願い…と伝えて、私は自室へと戻っていった。
魔法使いのサグエ、同じくドルチェ、ティカも恐らくサグエについて行くだろうし、それに加えて部下達数人も捜索に当たる。
---[17]---
そんな些細な面倒ごとはきっとすぐに終わるだろう。
どうなるかと思ったソレも、解決の目途が立った…と思えて、私は安堵する。
これからいよいよ特殊部隊として、杭関連の問題事に当たっていく。
今回の護衛任務は、特殊部隊に当てられた本来の任務という訳じゃない、オーロヴェストへ行く事、そこからが本当の任務だ。
それを考えると不安が重くのしかかってくるけど、そんな不安に立ち向かわんと自身の頬を叩いて、自分の心を奮い立たす。
失敗は許されない問題への対峙だ。
使命感を胸に抱きながら、私はその準備へと取り組んでいった。
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