第十三話…「五神竜と邪神竜と失敗話」


 人竜…人の身でありながら、その身を竜へと変え、邪神竜と戦った者。

 封印の間、その中央にある結晶の中の人影は、間違いなくその人竜のなれ果てだろう。

 文字通り、その時、その瞬間を生きた人、その人を結晶に閉じ込めたという言葉がしっくりくる、そんな姿。

 ドラゴンの装飾が施された槍の切っ先を、下へ、結晶の下の下、邪神竜がいるとされるあの闇の中へと突き出す姿は、戦っていた当時の姿そのままなのだろう。

 ボロボロの鎧、傷だらけの体、苦労し、何かに耐えるように歪む顔、人と呼べる女性の体…部位は残っているけど、背中から生えた体を軽々覆い隠せるであろう大きさの双翼に、人の身長ほどある長い尻尾、肘から手先、膝から足先、それらは人のソレから大きく外れ、白い線の走る黒い鱗や甲殻に覆われたドラゴンの手や足へと姿を変えている。


---[01]---


 五神竜にまで上った人の姿、なれ果て、知識としては持っているソレは、人竜としての姿だけの話をするなら、想像以上に人の姿を保っているように思う。

 しかし、それもまだ変化の途上であるのか、人間としての姿を保ち、その肌を晒している場所は不規則にドラゴンと混ざり合っているような痕が見えた。

 腕や足に至っても、ここからここまで…という規則的な変化の仕方ではなく不規則だ、それもあってドラゴンへの変化が途中ではないのか、そんな印象を受ける。

 そして、それらはあくまで人竜として見た場合のモノ。

 感極まっている訳じゃない、この場の空気に怖気づいている訳でもない、

 人竜の姿を見た時から、何故か胸が締め付けられる。

 その…人としての姿は、年齢で言えば、俺よい年上で、譲さんに近いぐらいか少し上程、筋肉の付き方は可もなく不可もない、でも正直戦いに出るような姿ではない様に思う。


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 金髪に近いように見える茶髪、少し癖のあるように見える長い髪…。

 不思議なモノだが、その髪は何処となくなつかしさを感じるモノだ。

 顔なんてほとんど覚えていない母親も、あんなくせ毛だったように思う。

 だからなのか…この胸の苦しいような感じは?

 母親の姿なんて、思い出そうとしてもおぼろげで、所々虫食いのように黒く塗りつぶされている。

 似てるかどうかなんて、今の俺には判断のしようがないけど、髪の事もふまえて記憶の曖昧さが、その人竜の姿に面影を見てしまったのかな。

『握りこぶしを作って、それを胸元に当てて、何を呆けているのかしら、この男は…。正直気持ち悪いわね』

 ・・・ひどい言われようだ。


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 封印である結晶、それに視線を釘付けにされていて、周りの事がさっぱり頭から抜けていた事は認めるが、そこまで言われるのはあんまりだと思う…。

「あなたに聞く気が無いのでしたら、勝手に進めさせてもらいますけど、それでもよろしくて?」

「すまんすまん。聞くから、そう言わないでくれ」

 少しでも気を抜けば矢が飛んでくる勢いだな、まったく。

 こちらの返答にストレガは溜め息を吐きつつ、言葉を続けた。

「どうでしょう? プディスタは、まだ説明し足りなかったりします?」

「え? ここも僕がしていいんですかッ!? ・・・あ、いやダメです。ここは大聖堂…いえ、この大陸の未来に関わる大事な場所、未熟者の僕では力不足だと思います」


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「はぁ…、相変わらず堅いですわね、あなたは。いいですわ。力不足と言うのなら、今後も精進してもらうとして、あたしが説明しましょう。ジョーゼさんも大丈夫かしら? 疲れているのなら、もう少し休憩の時間を作りますわよ?」

 そう言って、ストレガの視線は、俺の腰に怯えるようにしがみつく少女へと向けられる。

 ジョーゼは、きっとこの場そのものに怯えている、なら休憩しようがこの状態が回復する事は無いだろう。

 説明ぐらい、ここから離れてでも出来はするが、ここでされるからこそ、その説明に意味が付くはずだ。

 一生に一度の経験でもいい、ここでこの場所の説明をしてもらう、それはきっとこいつの力になるだろう。


---[05]---


 だから、ほんの少しだけ、もう少しだけ我慢してほしい。

 俺は、ジョーゼが少しでも話に集中できればと、しがみ付いている側の手を少女の頭に乗せ、優しく、いっその事くすぐったさを感じる程の力で撫でる。

 少しの間それは続き、若干の震えを見せていた少女の体は、落ち着きを取り戻し、ストレガに向かって首を小さく頷かせた。

「よろしい。では説明と行きましょう」

 ストレガがその結晶の方へと近づき、それに釣られるように俺達も近づいて行く。


---[06]---


「この封印の結晶の中にいるあの人とドラゴンの間に位置する姿を持つ方こそ、五神竜の一角「ドシュナーク」様、「雷」と「共存」を司る黒色の人竜。他の五神竜の方達のように最初から竜…ドラゴンとしてこの世界に存在した方ではなく、人の身でありながら唯一五神竜へと昇華した女性。そのためか、司るモノとして雷と共存が出てきますが、他の五神竜様達とは違い、善神悪神としての恩恵等を受けられるわけではありませんわ。受けられる恩恵を強いて挙げるなら、種族間を越え、邪神竜へと立ち向かわせて、その封印を成した事、それは共存としての力、恩恵と言えなくもありませんわね。その成果あってこそ、この大陸は存続し、各国の人間の集まるこの国が誕生し、今の今まで揺らぐ事なくあり続けている。そんな感じかしら。国家間の結束、五神竜様達との共闘、それら全て人竜ドシュナーク様が五神竜であった邪神竜をその座から引きずり降ろして、その座に就く力にもなっている」


---[07]---


「人の身で、それを成す、どれだけ辛い事だっただろうか…」

 大陸を救うため、生きとし生ける者を救わんと立ち上がった1人の女性。

 邪神竜を倒し、それを封印するまで戦い続けた女性…。

 封印を施し、その瞬間で自身の時間もまた止まった女性……。

 この地で生きる者として、その偉業を称えない奴なんていないだろう。

 でも、彼女は何かを得られたのだろうか。

 封印…、その結晶が体を包むその瞬間まで、苦痛に顔を歪ませ、必死に戦い続けた彼女は…。

「わかりませんわ。所詮わたし達はただの人間、人竜…五神竜の座に就いた人が何を思っていたかなんて、考える由もない」

「・・・」


---[08]---


「それでは、次の説明を。…邪神竜エヴォールについての説明をしましょう。それが終われば、ここでの見学会は終わり、次に行く事になりますわ」

 ストレガは、一度咳ばらいを挟み、身だしなみを整える。

「邪神竜「エヴォール」、この大陸ズィーグルを襲った「厄災」。「力」と「進化」を司った元五神竜の一角。このチェントローノがある場所を守護していた二足竜ですわ。それがこの大聖堂、目の前の封印の結晶の下、その奥深くに封印されている。弱き生き物を進化させる力を分け与える善神としての姿を見せた一方で、力に見せられた存在を作り出し、戦いを招く悪神としての姿を持つ者。生き物の進化を促していた五神竜と言われていますわ」

「そして最後には、自分がその進化を促す材料になったんですね」

「どういう事?」


---[09]---


 ストレガの話を聞いたアレンのポッと出た言葉に、シオは首を傾げる。

「生き物が次の段階に行くためには、脅威が必要って話だ」

 シオの疑問に答えるように、俺は口を開く。

「例えは何でもいいが、雨風という脅威から自分を守るために、人間は家を作る事を覚えた。飢えという脅威から命を守るために、獲物を狩る事を覚えた。それを効率化させるためや、猛獣から自分の命を守るため、人は武器を作る事を覚えた。言うなれば次の段階に進む事。エヴォールの言う所の進化の形の1つだ。自分が邪神竜となって厄災を引き起こし、人々の脅威となる…それは、進化の条件の1つ、アレンが言いたいのはそれだな」

「じゃあ、邪神竜はウチ達に力を与えるために、自分を糧にしたって事?」

「結果的には」


---[10]---


「それもまた1つの仮設ですわね。邪神竜が何を思い邪神竜へと落ちたのかはわかりませんわ。他は、・・・たぶんこれが有名ですわね。五神竜であるエヴォール自身が壊れた」

「壊れた?」

「ええ、文字通りね。大陸どころか、世界そのものが誕生した時から五神竜は存在していると言われていますわ。人の身では計り知れないほどの時間、五神竜達は世界を作り続けた。その中でエヴォールの司る力と進化、五神竜の中でも特別なモノ。一度力を振るえば、その生物の生物としての存在を一変しかねない力ですわ。だからこそ、その力は強大であり、それに耐えうる体を作るため、エヴォールは自身もまた進化させ続けた。全てはこの世界の為、自分達の子供とも言える生きとし生ける者達の為…。弱き物には直接力を使い進化を促し、力あるモノには試練を与え、全ての存在に進化の可能性を示してきた。でも、神と言われた存在ですら、生き物の限界を迎える。自分自身の進化の破綻。度重なる進化の果て、その体にほころびが生じ、壊れた結果、「進化させる」という目的が先行し、手段や結果が歪んだ。その結果が、厄災、ですわ」


---[11]---


「人間を含めた生き物達の変化。魔物や魔人の数、種類が極端に増えたのはその時からだ」

「そう。それまでの魔物は、あくまで生き物を次の段階に進めるための、用意された存在。異質な姿もしていない、それこそ猛獣程度、動物の変異種程度の存在でしたわ」

「それがエヴォールの件が原因で異質な進化を施され、人や動物とはかけ離れた存在に変化したモノ、それが魔人であり魔物だ」

「魔物達の変化がエヴォールの影響だという事はわかったけど、今も変わる事なく存在しているのは、なんで?」

「それは、魔物も魔人も、生物だからですわね。まぁその枠から外れてしまった連中もいますけど。…とまぁ説明はこんな所ですわ。気になる所とかあったかしら?」


---[12]---


 やりきったと主張するように、ストレガは脱力するように肩を落とす。

 アレンやシオ、ジョーゼやティカを一瞥して全員の反応を見た後、問題ないと受け取り、ほっと息を吐くのだった。

「ご苦労さん」

「あなたにねぎらいの言葉を掛けられるような事はしていませんわ。わたしはあくまでお姫様のお願いを聞いたまで」

「そうかい。でも、それが役に立ったのなら、礼は言わないとな。ジョーゼもいる事だし、見本にならないと」

「はぁ…。そんな事、よく本人の前で言えますわね。まぁいいですわ、今回ばかりはその言葉を受け取っておきます。では次に行きましょう」

「次は何処へ?」


---[13]---


「大商業市場通りですわ。各国の品物が並ぶズィーグル一の商業通り、各国の事を勉強するのによい場所です」

「なるほど」

 ストレガが歩き出す時、チラッと人竜ドシュナークの姿が目に入る。

「ご主人、どうかしたか?」

 足が止まり、横を歩くティカが首を傾げた。

「いや…。・・・ちょっと先に行っていてくれ。もう少しだけ、ここにいる」

「ん? そうなのか? じゃあティカも一緒に居るぞ?」

「いや。せっかくストレガが案内をしてくれているんだ。俺1人の都合でその足を止めさせるのも悪い」

「確かに…そうだが」


---[14]---


「なに、すぐ追いつくさ。ちょっとだけ思う所があるだけだよ。何より、俺の都合でジョーゼをここに長居させるのも気が引けるしな」

「ん~。うむ、承知したぞ、ご主人」

「ジョーゼもそれでいいか? すぐに追いつくから、俺のわがままを聞いてくれ」

コクッ…。

 幾ばくかの間を置いて、ジョーゼは小さく頷き、俺から離れるとティカへと近寄る。

「でも、これから人が多い場所へ行くのに、後から来てティカ達を見つけられるか、ご主人?」

「まぁその辺は大丈夫だ」

「ん?」


---[15]---


「チェントローノに来るまで、ジョーゼの肩に乗ってた小さい奴がいるだろ? 用事が済んだら、そいつに探させる」

「あ~なるほど」

 ティカが疑問が晴れ、その表情にも笑顔を浮かべる。

『あなた達、何をやっているのかしら?』

 そんなやり取りをしているうちに、封印の間の入口まで進んでいたストレガが、こちらに呼びかける。

 すぐに行く、ティカがそれに返事をして、俺へ小さくお辞儀をしてから、ゆっくりでもいいぞ…と小声で言った。

「ああ…」

 ちゃんと理由を言っていないのに、こちらのお願いを聞いてくれて、有難いばかりだ。


---[16]---


 皆が封印の間を出て行くのを見送って、俺は結晶の方へと振り返る。

「結晶だけ見れば、綺麗なもんだが…」

 ここに来てから感じる嫌なモノ、その発生場所は間違いなくここだ。

 魔法使いだからこそ、魔力に対して敏感だからこそ…感じるモノ、周りの人間が平然としているのは、その辺の差があるんだろう。

 ストレガも魔法を使うと聞いているが、その辺はどうなんだろうな。

 疑問に思ったからと言っても、こちらの質問に答えてくれるとも思えないし、答えは闇の中かもしれない。

「・・・」

 一見綺麗な結晶に見えて、大陸の平和の証にして最後の砦か。

 ドシュナークの存在もあって、当時の戦闘をそのまま保存した資料とも言える、これ1つに多くのモノが詰まり、そのせいもあってちゃんとその重みを測れない。


---[17]---


 そんな大事なモノなのに、その封印の結晶自体からは、魔力と呼べる俺自身が親しんだ力を感じなかった…。

 それは人智を越えた力だからか、それとも封印と言う力が原因なのか…。

 封印から感じるのは、足元から順に全身を襲う悪寒を感じさせる何かだ。

 意識しなければさほど気になるほどのモノでもないが、ジョーゼの反応からして、アイツは俺以上にこの影響を受けていたのかも知れないな。

 下から感じるだけあって、この嫌な感じは邪神竜の力なのかどうなのか…、もしそうなら体を襲うモノに付け足して、そこに恐怖も含まれ始める。

 最初からそうなのか、それとも徐々にそうなって来たのか…。

 邪神竜の厄災は子供の頃から聞かされている話の1つだ。

 いくら本当の事だと大人達に言われても、そんな事は無いと子供の俺は笑い、昔話…娯楽の1つとしか思っていなかった。


---[18]---


 大人になった今でも、そう思わない事は無い。

 いくら本当にあった事だと言われても、それを肌に感じるモノが無かったし、興味もなかった。

 でも、ここに来て初めて、邪神竜という存在が、身近にある脅威なのだと実感させられる。

 結晶の下…この下に邪神竜がいる…、手が震えた。

 ドラゴンという存在を目の当たりにして、その力を痛感して、力だけで言えばさらにその上には邪神竜と言う存在がいる…、死んだ訳じゃない、この世から消えた訳じゃない存在が、ここに…。

 商業国家だからか、人の行き来が多く、この場にも旅装束を着た人がチラホラ見える。


---[19]---


 一種の観光地のようにも見られている現状、自分達もさっきまで案内と言って、同じような事していたが、そんな気分は一瞬にして消え去った。

 この周りに、この封印に関しての問題を知る者は、俺以外にはいないだろう。

 だからこそ、いつも通りの平凡な日常としてここに人が集まっている。

 そんな状態でいられる事が、今はとにかく羨ましい。

 もう失いたくないからと、立つ事を決めた。

 仇を打ちたいから、この現状を作った奴に一発、重い一撃を喰らわしてやりたいから、俺はここにいる。

 この手の震えは恐怖か?

 いや、武者震いだ…きっとそうだ。

 自分に言い聞かす、恐れてはいけないと、この場の力を感じるからこそ、封印の杭は無くしてはいけないのだと実感する。


---[20]---


 周りの人間に、自分と同じ思いをさせたくない…なんて、そんな正義感は抱いちゃいない。

 同じ思いをしたくない…、もう失いたくない…。

 それを成すための一番の手段がこの立ち位置…立場だと思った。

 だからここにいる。

 結局は自分の為だ。

「あんたとは大違いだな」

 時の止まったドシュナークに視線を向ける。

 自分はドシュナークほどできた人間ではない、力もない。

 でも、その胸に抱く願いが自分本位なモノだとしても、その結果がもたらすモノは、あなたの望んだモノに近いはずだ。


---[21]---


 人が他人に寄ってくる羽虫を軽く払う程度の助力でもいい、贅沢は言わないから、力を貸してほしい…。

「・・・」

 こちらがいくら願おうと、向こうからは当然何も帰って来ない。

「何やってんだか…」

 産まれてから今まで、神なんてモノに信仰と呼べるモノを捧げた事の無い自分が、ここぞとばかりにお願い…とは…虫が良すぎるな。

 ズキッと右腕に痛みが走る。

 ここに来て何回目だ?

 右腕が重症な理由は自分自身ではあるけど、それを負うきっかけになったのは、あの村でのドラゴンとの一件、だからこそ、ドラゴンという存在、封印の杭という存在に深く関係しているこの場所に反応している…とでも言うのか?


---[22]---


 魔法が使えなくなっただけでも死活問題だというのに、この右腕はまだまだ問題を抱えていそうだな。

『おやおや、ガレス君じゃないか~。奇遇だね~』

 自分の右腕に視線を落とした時、不意に声を掛けられる。

「どうしたの? 自分の右手なんてまじまじと見て~。まぁ包帯グルグル巻きだし、気になる気持ちはわかるけど」

「アルキーさん?」

 チェントローノに来る時とは違う、この街の住人かのような軽装のアルキーが、そこにはいた。

「昨日ぶりだね~。おはよ~…というかこんにちはかな~? ま~いいや、君はここで何をしているのかな?」


---[23]---


「皆で見学に来ていて」

「みんな…といっても、他にみぃの知る顔は見当たらないがな~。もしかして迷子?」

「誰が…。ちょっと思う所があって、先に次の場所へ行ってもらっただけだ。アルキーさんの方こそ、どうしてここに?」

「ん~、みぃの場合はいつも通りの日常…習慣ってやつかな~」

「習慣? お祈りとか?」

「ソレとはちょっと違うかな~。何と言えばいいか…。ん~…。自己満足の定例報告…かな」

「・・・?」

「いやいや、深く考える意味ないから。今回の仕事はこうだったとか、勝手にここへ報告に来ているだけ」


---[24]---


「なるほど…。言いたい事はわかったけど、なんでまた? 仕事関係とかだったら、オーロヴェストのスクルーアの方じゃないのか?」

「そういうのとも違うってだけさ~。ここじゃなきゃいけないのだよ~、ここじゃなきゃ…ね~」

「・・・?」

 アルキーは俺から視線を反らし、封印の結晶の方、ドシュナークの方へと視線を向け、俺も釣られるようにそちらを見る。

「みぃは図鑑士以外にも依頼を受ける事があってね~」

「そうなのか?」

「うむ。魔物討伐とか、荷物輸送とか、要人の護衛とか、それはもう色々やったモノさ。まぁ最近はほとんど受けてないけど、その関係でちょっと引きずってる事があって~、その結果なんだよな~」


---[25]---


「失敗…か。良かったら、その話を聞いても?」

「別に面白くもない失敗話だよ~。ま~君に話をして、心に残る罪悪感をも少しは軽くなるか…。うむ。失敗したのは要人の護衛の依頼。命を狙われたその人を護衛してとにかく遠くへ逃がす事が目的だった。でもその途中に相手に見つかってね~。数も多くて逃げきれないと悟ったみぃ達は、しんがりとして敵を迎え撃つ事にしたのさ。その時に同伴してた仲間の魔法使いの力で、相手が要人の後を追えない様にしてね~」

「それだけ聞くと、別に失敗していない様に思えるが」

「ま~要人を守り契約上の距離まで逃がす事は達成したからね~。でも完璧じゃなかった。護衛対象の命は守れたけど、それ以外がダメだった。その人には生まれたばかりの子供がいたんだけど、相手から逃げてる途中、馬車が攻撃された時にね」

「亡くなったのか?」


---[26]---


「いんや。その時点では生死はわからなった。攻撃された時に馬車が大きく揺れたんだけど…、それこそ横転するんじゃないかってぐらいね。その時に赤ん坊が馬車から落ちてさ。すぐに助けようとしたけど、追ってくる相手も多くて、それもままならなかった。乳離れも出来ていない赤ん坊が馬車から落ちた、それだけでも正直絶望的なのに、みぃ達がその落ちた場所に戻れたのは何日も経った後だ。相手に追われていたのが夜だったから、場所も正確にはわからなくて、出来る限りの捜索をしたけど、その子は見つからなかった。要人の護衛って事もあってできる限り主要な街道を使わず、あまり使う人も多くない道を選んだし、普段その道を使う人達に馬車とか服まで譲ってもらって偽装もしたんだけど、それが仇になった形だ。主要な街道程、魔物とか猛獣とかの駆除も進んでいなくて、赤ん坊の姿はないけど、魔物か獣か、それに類する足跡とか、血痕もいくつか見つけたりはした。人の足跡もあったけど、近くに集落はない場所で、襲ってきた人たちも探したんだろうって結論になった。調べた結果、赤ん坊の生存は絶望的、それを伝えた時の要人の表情は忘れられない思い出だ」


---[27]---


「・・・」

「とま~、これがここに来る原因になった失敗話で~、ここに来る理由は本当に自己満なんだけど、人竜のあの女性様がその要人の人に似てたから。その要人の人に言われたんだ、あなた達は頑張ってくれた、誠意をもって事に当たってくれた、だからあなた達は悪くない、今後もそんな自分を絶対に見失わないで…て。その失敗の罪悪感もあって、今どこで何をしているかもわからないその人を思って、その人に似た人竜様にみぃは今も自分を見失わず、人の役に立っているぞ…て報告をしているのさ」

 習慣化する程の失敗だ、それは軽いモノではないだろう…そう思いはしていたが、その内容は思っていた以上に重いモノだった。

 彼女は少しでも気持ちを落ち着かせる意味を込めて、俺にその話をしてくれたみたいだが、むしろ聞いたこっちが罪悪感に苛まれる。


---[28]---


 彼女の今抱いていた罪悪感を、そのまま受け取った感じとでも言えばいいだろうか。

「アルキーさんにとって、ここでの事は相当大事な事だったようで、余計な事をしてすまない」

「いやいや、人に話すというのは、心の治療に少なからずつながるし~、みぃとしてはガレス君がここにいてくれて助かったよ。今はそういう話をできる人が近くに居なくて」

「そういえばさっきあなた達…て言ってたけど、仲間って言うのはロレンサの事か? でも話せる奴がいないって事はまた別の?」

「ろれんさ?」

「昨日一緒に酒場で一緒に酒を呑んでたろ? うろ覚えだが、それなりに親しそうに見えたが」


---[29]---


「ん~…。あ、あ~~、あの子の事か。あの子は友達。依頼を一緒にやってたのは別の人なんだ~。ロレンサ…ちゃんの方は、何回か話して相談に乗ってもらったりはしたけど、あの子今忙しいから、出来る限り手間を取らせたくないって感じ」

「そうか」

「みぃの話はこれでおしまい。ガレス君は、ここで何を思っていたのかな~?」

「俺? 俺は、その…、ここに来て邪神竜という存在を何となく感じる所があって、自分ができる事は何かあるんだろうかと…、後はドシュナークにその辺の事に力を貸してくれないかなと…」

「お祈りって事かな~?」

「まぁそう捉えてもらっても構わない」

「大事な事だと思うぞ~。自分は感じてなくても、人は誰だって何かに支えられて生きているからな~。お祈りは神様に拠り所を得る事も出来るし、潰れる前に預けられる場所を作るのは大事な事だ」


---[30]---


「ん~…、そんな大層なものではないんだが」

「そうなのか? ま~なんにせよ、その祈りが届くといいね~」

「自分勝手な祈りだから、そんなモノを届けられても神様は困るだろうけどな」

「何もしないよりはマシさ」

「そう…だな。・・・」

 自分のやっている事を肯定されるというのは、なんだか歯がゆいモノもあるが、同時に安心できる。

 その瞬間は、この封印の間という負を感じる場所の気持ち悪さを忘れられた。

「じゃあ、自分はそろそろ行くよ」

「そうかい? この国は良い所だし、次の依頼が来るまで満喫するといいぞ~。これは先人としての助言だ」


---[31]---


「…ああ、覚えておくよ」

 アルキーが見送りに手を振り、俺もそれに答えるように軽く手を振って、ドシュナークの姿を一瞥しつつ、封印の間を出て行った。

 大聖堂から出ると、体に纏っていた嫌な空気は消える。

 それが意味する所を改めて考えつつ。ジョーゼ達が向かったであろう場所へと、俺は足を進めるのだった。


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