第十二話「五神竜と封印」


 土の間に祭られた五神、大木と見間違えそうになる程の太さの双椀を持つ竜。

「すごい供え物の量だな」

 同じ五神竜でも、ブレンニーダーとの姿の違いに驚きつつ、像の周りを囲うように置かれた花やら食べ物やら、そのお供え物の量に、思わず声が漏れる。

 しかしそれを聞いて、ストレガの方からは溜め息が漏れるのだった。

「確かに量は多いけど、それはさっきの炎の間も同じでしょ。あなたさっきの間で何を見ていたの?」

「色々と見たつもりだったが、ブレンニーダーの像に釘付けだったよ」

 そのブレンニーダーの姿に既視感があったし、どうにも目を離せなかった。

「まぁその事はいいよ。それで? 供え物はやっぱり信仰者の連中が?」

「何を当たり前のことを言っているのかしら」


---[01]---


「・・・、それは改められなくてもわかってる…」

 我ながら、苦しい言い訳だと思うからな。

「はぁ。供え物は、信仰の為である部分も当然あります。他には、その五神竜が守護する国の出身者が、遠征などでこの国を訪れた時、この先の安全を願う事もありますわ。そもそも大陸の中心に位置するこの国は、そのおかげもあって行商なども各国に向かう際に必ずと言っていい程に中継し、必然的に商業国家として成長してきた国。そのため、国民の出身地がバラバラなのも当たり前ですし、信仰対象が変わるのもおかしくありません。そういった方達の信仰を捧げる場としても、ここは大切な場所です。自国を守る五神竜への信仰、そもそもの五神竜達に対しての信仰、五神竜が司るモノの力にあやかりたいという気持ち、それらを形として残す場として、お供え物の1つや2つ、あって当然ですわ」


---[02]---


「ちなみに、この五神竜は何を司っているんだ?」

「オーロヴェストを守護するスクルーア様は土色の双腕竜、「土」と「安定」を司る五神竜様、決して不足する事のない恵みをくれる善神としての姿を見せる一方で、地を裂き、山を崩し、全てを塗り替える悪神としての姿を持ちますわ」

「ふむ。じゃあさっきのあやかる事に対して、この五神竜に望むモノは、安定、この国で言うと商売安定とか、これからも今までのように問題の起こらない安定した生活を…て事か」

「ええ。単純な解釈で言うならそうですわね。ちなみに、ブレンニーダー様は再生を司るという事で、怪我をされた方達が早く良くなる様にと祈りに来たりします」

「なるほど」

 無宗教の人間としては、それに意味があるのか…と疑問を投げかけたくなるが、祈って何かが得られるのなら、そんな霞みたいな可能性にも手を伸ばす、その気持ちは俺でもわかる。


---[03]---


「それにしても、ブレンニーダーとはだいぶ姿が違うな」

「完全に別な存在なのだから、姿が違うのは当然ですわ」

「それはそうだが。その姿になった意味がもしかしたらあったりするのかと、そう思っただけだ」

「興味がおありなら、あなたの人生の研究対象にしたらいかが?」

「俺は魔法使いで、学者じゃない。そういった事はそれ相応の連中に任せる」

「そう。・・・、話を戻しますわ。スクルーア様は、邪神竜との戦いでは、共に邪神を討たんとした人々をその悪から守るための盾となり、肉体が破壊されてしまったと聞きますわ。戦いの終結と共に、肉体の無くなったスクルーア様は、その魂を二つに分け、封印の杭となってオーロヴェストに打ち込みましたわ」

「人々の盾に…か」


---[04]---


 見るからに強靭そうな姿、だからこそ仲間を守るため、自分がその攻撃を受ける事に決したんだろう。

 それでも耐えきる事は出来なかった。

 弱っていたのか、それともそれ程までに邪神竜が強大だったのか…、規模が大き過ぎてその力を測る事は出来ないが、大きな力に対する恐怖は、想像からでも伝わってくるようだ。

 作り話ではなく、今まさに現実で起きている封印の杭の消失、その行き着く先が邪神竜の復活だとしたら…。

 盾になった…。

 邪神竜の攻撃を受けたとはいえ、五神竜を屠るだけの力を持つ邪神竜に、ただの人が太刀打ちできるのか?


---[05]---


 考えてもしょうがない事か…、そうならない様にどう動くのか、それこそ俺達が考えなければいけない。

「では次に行きますわよ。次は、あたしの故郷「アルドア」を守りし五神竜「ヴェレトール」様の祭られている「水の間」ですわ」

 一人邪神竜に対しての恐怖を感じている中、次の間へ行こうとするストレガは、先ほどまでと比べ、どこか楽し気だ。

 というか、目が輝いている…ように見える。

 まぁ当然と言えば当然か。

 言うなれば自分の出身国の顔を紹介する訳だし、張り切らなかったら、それはそれでどうなの…とは思う。

 そういう点で、ストレガの反応は正解だ。


---[06]---


 炎の間から土の間へ移動したように、横の廊下を通って別の広間へと向かう。

 廊下のほうに至っては、別段変わったモノがある訳でもなく、ただただ広い廊下、通路が弧を描くように続くだけだ。


 そんな廊下を手持ち無沙汰に進み、青を基調とした広間へとたどり着く。

 中央には同じく五神竜を象った像に供え物がある

「これがあたしの国の守ってくださっている五神竜ヴェレトール様ですわ」

 ストレガは像の前に立つと、手を上げてその像を強調するかのように手を向ける。

 その五神竜の姿は、まさに巨大な蛇だ。

 他の2体の五神竜は、見た事の無い普通の動物とは違う姿を取っていたが、この五神竜はその姿のおかげか親近感すら湧いてくる…。


---[07]---


「イタッ…」

 もっと近くで見ようと、その像へと近づいた時、右腕と頭、同時に痛みが走る。

「ご主人、どうかしたか? 二日酔いでも再発したか?」

「いや、そういうのじゃないんだが」

 文字通り、その痛みは走っただけで、痛みが続いている訳じゃない。

 二日酔いの方は、ティカのハーブティの効果か、ほとんど生活に支障が無い程度に収まっている。

 元々そこまで酷い二日酔いでもなかったし、今更動きが鈍るほどの痛みとかが来るとも思えない。

 左手で頭を軽く障りつつ、右手に視線を向ける。

 両方とも分かってはいたが、何か外傷のようなモノがある訳じゃない。


---[08]---


 まぁ右腕は包帯グルグル巻き出し、正確に診るなら取らなきゃいけないが、そもそもそう言う痛みじゃないから調べるだけ無駄だ。

「調子が悪いのなら、宿の方へ帰ってくれてもよろしくてよ?」

「大丈夫だ。もう何ともない。それにジョーゼ達を残して、自分だけ変える気にもなれない。俺も色々と興味もあるしな」

「そうですの。ならくれぐれも体調管理をしっかりなさい。無理をして体調が優れなくなれば、あなただけではなく、周りも迷惑するのですから」

「はいはい。わかってる」

 ストレガの言っている事は真っ当なのに、責め立てられているせいで気分は優れなくなる。

 誰にも悟られないよう、小さいため息をついて、俺は再び像の方へと向き直った。


---[09]---


 像自体は何の変哲もない、他の広間にあったモノと形が違うだけで、そう大差はないだろう。

 でも…、さっきの痛みの事があったからか、どことなく、何の変哲もない石を削っただけの像のはずなのに、本当に見られているかのような凄みを感じる。

「水を差して悪かった。もう大丈夫だから、説明を再開してくれ」

「・・・」

 きっとストレガは不服そうな表情を浮かべているだろうと思うから、視線を下に下げる事ができない、というかしたくない。

「では。・・・この方は、先ほども言いましたが、チェントローノよりも北に位置する国「アルドア」を守護する五神竜にして青色の蛇竜「ヴェレトール」様ですわ。「水」と「守護」を司る五神竜様。いかなる外敵からも守ってくれる善神としての姿を持つ一方、一度怒らせれば大津波を巻き起こし、全てを水の底へと静める悪神としての姿を併せ持つお方」


---[10]---


「その守護を司る力から、騎士として力を掴みたい人が、訓練として度々遠征に出るそうですよ」

 ストレガが説明を終えると共に、アレンが手帳を開きながら、そこに付け足していく。

「アルドア自体が北に位置し、高い山々も多くあるので、冬季は豪雪で知られ、その極寒の環境が精神の鍛錬にも丁度良いと、よく聞いております」

「よく勉強していますわね」

 そんなアレンの姿に、ストレガは溜め息をつく。

「はい。皆さんのお役に立てるよう日々頑張っていますから」

「じゃあ、問題を出してあげますわ。その鍛錬に丁度良いと言っている連中の出身は何処か答えなさい」


---[11]---


「それはエヴェント出身の方達です」

「そう…そうなのですわ…。全く修行馬鹿な方達ときたら…」

「その鍛錬には何か問題があるの?」

 アレンの話を聞くや、心底嫌そうな表情を浮かべるストレガ、そんな彼女の反応にシオが首を傾げる。

「アリもアリ、大アリですわ」

 そう言って、ストレガは両手を広げて、大きな問題なんだと、少しでもこちらに伝えようとする。

 小人種だからか、あまり大きさを強調できているようには見えず、その小さな体も相まって子供のHPありはしゃぐ姿のようにも見えた。


---[12]---


「修行として良いと言っているのは、あくまで環境だけですの。別にアルドアの国の兵達がめっぽう強い訳でもありませんし、何か特別な訓練方法がある訳でもありませんわ。人口の大半が小人種である我が国では、肉体の能力的に他国と劣る。それが残念ながら必然。あくまでそんな国に来る方達は、その極寒の地で己を極限まで追い込む事を目的に来るのですわ。その結果何が起こると思います? 遭難やら凍傷による治療の増加やら、最悪の場合、向こうの国で言う所の仏へと変り果てる事もしばしば。雪が降る様になれば、いつ急患が運ばれてくるか、アルドアの医療の道を歩む人達は気が気ではなくなりますの」

「それは…また…」

 大変だな…そんな言葉をこぼしそうになって、寸での所で止める。

 俺以外の面々も、そんなストレガの姿に苦笑を返すばかりだ。


---[13]---


「はぁ。まぁ無茶をせず、自己管理を行える方々が来てくれるのなら、国の商業も潤いますし、歓迎なのですけど」

 極寒の地での自身の追い込み…か。

 想像するだけで体温が下がりそうだ。

「はぁ…。話を戻しますわよ。ヴェレトール様は、五神竜の中で唯一、ご存命の五神竜様と言われていますわ。邪神竜との戦闘において、最後まで戦い抜いたヴェレトール様、封印が施された時、自ら己が魂を二分し、片方を封印の杭へと変えた。そのため、五神竜としての全盛期時代と比べ、当然力も衰えて、今ではそもそも生きているかどうかもわからない…なんて言う人もいるぐらい」

 アレン達から、へ~…と感服したように声が上がる。

 唯一生きた五神竜…か。


---[14]---


 そのヴェレトールは、今のこの状況をどう思っているのだろうか。

 周りが声を上げる中、そんな事を、俺は1人頭の中で問いかける。

 不意に痛みを覚えた右手の手首を掴み、何も返して来ない像をただただ見続けた。

 もし生きているなら、会ってみたいモノだ。

 あんた達が命懸けで作り上げた世界、それが姿を変えようとしている…。

 それをどう見て、どう思っているのか…。

 お門違いかもしれないが、あの時、村での一件があった時、生きているというのなら、何故、何もしてくれなかったのか、それを聞きたい。

 魂を半分に分けて、弱体化していたとしても、五神竜だろうに…。

「…ッ!」

 手首を掴む手に力が入り始めた頃、横から、ジョーゼが俺の服を引っ張って、不安そうな表情でこちらを覗き込んできた。


---[15]---


「あ…。・・・何でもない。ちょっと考え事をな。気にするな」

 そう言って、少女の頭に手を置く。

 服を引っ張るジョーゼの手が、軽く震えていて、一瞬にして頭の熱が冷めきってしまった。

 この大聖堂に対して、何か不安を感じているこいつを差し置いて、自分の世界につかりきってどうする…。

 自分の背負うモノ、手放してはいけないモノを忘れてはいけない。

「ご主人、次へ行くみたいだぞ?」

『何をしているの!? 早く行きますわよ!?』

「あ、ああ」

 こちらに笑顔を向けて、ジョーゼの手を握るティカが、ストレガの方へと歩き出す。


---[16]---


 咄嗟に、ジョーゼの空いている方の手を握り、俺もその歩みに合わせて歩き出した。


 緑を基調とし、他と比べて観葉植物だったか…室内に飾るための植物が彩る広間。

「ここが「風の間」、エヴェントを守る五神竜「ヴェンター」様が祭られた間ですわ」

 翼の無い四足のドラゴン、しかし、ドラゴン相応の刺々しさや並ぶ鱗や甲殻、これで4体目の五神竜の像だが、他の竜とは引けを取らない姿だ。

「そうですわ。ヴェンター様の説明、プディスタがやってみなさい」

 今までと同じように、俺達の集まりから像の方へ数歩に出た所で、ストレガは今思いついたと言わんばかりに、胸の前でポンッと手を叩き、アレンの方へと視線を向けた。


---[17]---


「え!? 僕ですか?」

「あたしが説明してもいいですけど、せっかくですから。魔法の訓練にうつつを抜かして、あなたの良さだと思っている勉学がおろそかになっていないか、それを見せてもらおうと思いまして」

 俺は、チラッとこちらに視線を向けるアレンに、いいじゃないか…と返す。

 正直、この五神竜の説明1つで勉学の怠り等を見れるとも思えないし、ストレガがそれを望んでいるなら、やらせてみてもいいだろう。

「わかりました。僕はあくまでお誘いをいただいただけで、あくまで主役は師匠とジョーゼさん。あまり口を出すのはどうかと思っていたのですが、師匠がそう言うのなら、僭越ながらその務め、熟させていただきます」

 以外にやる気満々だ。


---[18]---


 アレンはストレガの横に立つと、礼儀良くお辞儀をして、手帳を開く。

 口出し云々に至っては、さっきの広間でしゃべっていたし今更だよな。

 まぁそれを口に出す事は無いが。

「ヴェンター様は、緑色の四足竜、エヴェントを守る五神竜の一角の方です。五神竜として司っているモノは「風」と「豊穣」。風は命を運び、豊穣の力があるからこそ、エヴェントは緑豊かな地になった…とも伝えられていて、その豊穣の力のおかげか、豊かな自然が育むエヴェントの農業は、美味しく、栄養価も高い野菜を作ってくれると言われています。しかし、国のほとんどを深い森が覆うエヴェントの地は、ヴェンター様の育んだ地として、大規模の開拓が成されていません。そのため、質は高いものの大量生産ができない欠点もありますね。量が作れないからこそ、1つ1つの作物に力を入れられるのだ…と、そういった見方をする人もいます。そういった理由から、美味しくモノは良いけど高い…と、この国で野菜類を取り扱う方が言っていました」


---[19]---


「そんな店まで昨日見てきたのか?」

「はい。見た事の無い物がありましたので、見物を兼ねて」

「よく動くな、お前」

 ヴェルターの説明と言うより、エヴェントの説明の割合の方が多い印象だが、騎士団に力を貸している間、いつか行くかもしれない国だ、知っておいて損は無い。

 と言うか、今のアレンの説明を聞いて、幾ばくかの興味が沸いた。

「豊穣、多くのモノを育み、その森に自生する食物も多くある事、深く広い、大きな樹海である事も踏まえ、エヴェントは魔物や魔人の生息数もズィーグル大陸随一です。だからこそ、アルドアに修行をしに、強さを求めて多くの人達が訪れるのかもしれません。そもそも国と言っても、多くの部族の集まりなようで、他の国とはまた違う様相をしている国でもあります。最近ではその部族間同士で揉めていて、国が二分される可能性があるとか、そんな噂もありますね」


---[20]---


「そ、そうか」

「次…は…と。ヴェルター様ですが、先ほども話しましたが、豊穣の力によって、豊かな恵みを育む善き神の姿を持つ一方で、嵐を呼び、全てを吹き飛ばす、そんな悪しき神としての姿を持つそうです。邪神竜との戦闘の時には、力を使い果たして倒れる事になりました。邪神竜の封印後、朽ちていく体に死を悟ったヴェルター様は、その肉体を捨て、自身の魂を封印の杭へと変え、エヴェントの地に刺したそうです」

 アレンは、手帳を閉じる。

「以上が、僕の知る限り、調べてある限りのエヴェント、そしてヴェルター様の説明になります」

 そして、終わりを告げるように、アレンは頭を下げるのだった。

「よろしい。まさかエヴェントの内情まで話すとは、正直予想外でしたが、まぁそれ以外は、概ね正解、間違っている所はありませんでしたわ」


---[21]---


 しゃべりたくてうずうずしているような印象を受けたし、枷が外れた事で、持っている情報を全部出した感じか?

 まぁそれでも大きく逸れ過ぎないようにはしていると思うが。

「すいません、つい喋り過ぎました」

「別にいいですわ。沢山話す事は悪い事ではありませんし、後は聞いた側がちゃんと、頭で処理できるかどうか、それが大事ですもの」

 チラリとストレガは視線をこちらに向ける。

 そんな意味深に視線を向けられてもな。

 どういう意図で見てきているのか、正直さっぱりわからん。

「では次に行きますわよ。次はいよいよこの国、いえ、この大陸の全ての中心、「封印の間」ですわ」


---[22]---


 ヴェルターの像の横を通り、外周の通路ではなく、中央へと向かう扉を、ストレガの後に続いて通る。

 ストレガの言う封印の間へと続く通路を歩く中、肌に触れる空気が、冷たくなっていくような感覚に襲われた。

 特に右上半身にその気持ち悪い感覚が強く、次に左腕にも。

 川辺の体を冷やしてくれるような空気じゃなく、冬の体の体温を奪うソレに近い冷たさ。

 でも右上半身と左腕、それを感じるのはそこだけで、他は別段何も感じない。

 その普通とは違う違和感が、何とも言えない気持ち悪さを感じさせる。

 自分の左手を握る少女の手に力が入るのにも、俺は気付かずに、無意識に力を込めて握り返した。


「・・・」

 一際広い場所、中央には巨体な結晶が天井を貫かんばかりにそびえ立つ。


---[23]---


 と言うか、天井はその結晶に合わせるように、その高さを上げているようだ。

 封印の杭にも似ているような気がしないでもない結晶、でもそれが封印の杭とは違うとすぐにわかる。

 見た目だけでも、その透明度も高く、ぼやけていてもいいなら、反対側にある明かりが見える程度に透明だ。

 そして、この場に来て感じるのは、その結晶の中に吸い込まれるかのような錯覚。

 これが封印なのだ…。

 この結晶が、全ての要だと、俺自身の体が反応している。

 結晶自体に魔力の流れを感じるのが、それがただの結晶ではない証拠だ。

 大きさはどのぐらいだろうか、オースコフにある封印の杭並み…、それよりも一回り大きいぐらいだろうか。


---[24]---


 その結晶は、地中深くにまで突き刺さっているように見えるが、実際にその深さをここから測り知る事は出来そうにない。

 深い…深い…、とにかく深い井戸の底を覗くような感じだ。

 透明度の高いソレも、深く地面に突き刺さっているからこそ、その下は闇に飲み込まれている。

「その下に、邪神竜「エヴォール」がいると言われていますわ。・・・いえ、封印の杭なんて物的証拠があるのですもの、はっきり言いましょう、その下、闇の中に邪神がいる」

 これ以上立ち入り禁止…と、その封印まで近寄れない様にしてある柵超しに下を覗こうとする自分の横に立ったストレガは、今日一番の真剣な表情で、そう言った。

 その真剣さは伝染でもするかのように、こちらの身も引き締まる気分だ。


---[25]---


 下を覗きたい…そんな気持ちが胸の中で幾ばくか大きくなる中で、まるでそれに比例するかのように、右腕と左腕が感じる寒さが痛みを覚え始めた。


 そして、そんな気持ち悪い感覚を少しでも和らげようと、その封印から離れた時、結晶の一点に目が止まる。

 さっきから見えていた、見えていたはずなのに…、何故か見たくないという気持ちが、俺の視線を外させていた。

 結晶の中にある人影。

 俺はそれを見た時、胸を締め付けるような、切なさを感じずにはいられなかった。


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