第十話…「集まる者達と一つの休息」


「にわかに信じがたい」

 チェントローノにある議事堂、その会議室にて、集まった者の多くがそう口にする、あり得ないと。

 サドフォーク側の情報共有は、その一言で、なかなか先に進まない。

 各国の代表がこの場に集まっているというのに、その話の進まなさに、ここは酒場の酔っ払いの集まりか…と錯覚すら覚える。

 妾事、「ロッサ・ブレンド」は、その押し問答に嫌気と共にため息を吐いた。

「妾の国でも、最初は多くの者が…あり得ない…と信じようとしなかった。だが、これは調査した上での話。その辺の噂話とは違う。信じる信じないの話ではないのだ。今この瞬間、こういう事が起きている、それを前提に話を進ませていただきたい。信じるかどうか、それはその後で、各々妾の国を訪れ、その真意を確かめればよい。封印の杭の位置は、各国が共有するモノ、もちろん、アレは動かせるモノでもないのだから、見に来るだけで、妾達が言っている事は真実だと、わかるであろう」


---[01]---


 こちらの話を信じるかどうか、そんな事を話しに来たわけでは断じてない。

 そんな事を心配する時間など、とうの昔に終わりを迎えているのだから。

「我々はサドフォークの話を信じようと思う」

 代表連中と言っても、1人で来ている訳ではなく、各国数人の要人が来ているモノだから、余計に話の進まなさに拍車をかけていた。

 そんな中で、1人の男が声を上げる。

「見ない顔ね。こういった場に来るのは初めてかしら?」

「はい。お初にお目にかかります、サドフォークの王よ。自分は「オーロヴェスト」にて、軍の総指揮を務めております、「アット・バイネッタ」と申します」

 赤い長髪を揺らしながら、男は右手を胸に当てて、綺麗なお辞儀をして見せる。

 オーロヴェスト、チェントローノの西側、サドフォークからは北西に位置する国。

 鉱山が多くある国で、その輸出量もさる事ながら、それを利用した武具から農具、家具に至るまで、さまざまな道具を作る事で富を気付いてきた国だ。


---[02]---


「先代の王がお隠れになられ、後を継ぐ事になった「女王陛下」は、まだ幼く、体も弱いため、自分が代表してこの場に」

「そうか。そちらの国の先代には世話になった。その辺の事、後で詳しく話をさせてもらえると有難い。して、周りの者が信じがたいと手をこまねく中、そちらは何故こちらの言葉を信じるに至った? 今のままでは話が進まぬし、少しでも話を進めるため、話せる範囲で申してみよ」

 妾の言葉に、アットと名乗った男は頷く。

「まず言っておく事として、我々の国の封印の杭は健在です。しかしその封印の杭にて、異常な「魔力震(まりょくしん)」が発生しました。同時に、封印の杭の表面に対して、僅かですが、亀裂も確認されています。その異常が発生した日時が、サドフォーク側から話の合った、ヴィーツィオなる者の出現時期と一致します。それ以降、封印の杭を中心に魔力震…地震に近いモノが大小関係なく発生しています。記録上、邪神竜封印以降にそういった事の発生記録は確認できませんでした。我々だけの国の話なのであれば、原因究明に時間もかかったかもしれませんが、同時期にサドフォーク側でも封印の杭に関する問題が発生しているのであれば、何かしらの関係があると考えるのが妥当でしょう。答えを急いている部分はあるでしょうが、サドフォーク側の話を信じるには十分な問題かと」


---[03]---


 妾の国の問題は、ヴィーツィオという外的要因によるところが大きいが、まさかオーロヴェスト側でも問題が起きていようとは。

「そちらにヴィーツィオを名乗る者の情報は入っていて?」

「いえ、こちらで発生している問題は、封印の杭自体の異変が全部で、今の所、外敵からの干渉による影響かどうかは判断できていません」

「そう。他の国の皆さんは、その辺、どうなのかしら? なにか有力な情報等、持っていません?」

 長い年月続いた平穏から来る不信。

 封印の杭が無くなったなど、信じろと言われて…はいそうですか…と鵜呑みにできるモノではない。

 だが、オーロヴェスト側の発言が、幾分かの進展を見せた。

 各国、難色を見せながらも、こちらの話に耳を傾ける気になったか、妾の質問に対して若干の反応も見せてくれる。


---[04]---


 それでも、返ってくる内容には、こちらが喜ぶモノは無かった。



「中は、予想通り難航しているみたいだな」

 会議室の外にて待て…と言う王の命令により、護衛として付けられていた私と総長は、不安を滲ませていた。

 私の場合、その大半はここにいる事自体に対しての、緊張による所が大きいけど。

「私達は、中に入らなくてもいいのでしょうか?」

「王が自分1人でいいというのだから、護衛とはいえ下の人間である我々に何かを言う隙間はない」

「しかしそれでは護衛の意味が」

「・・・。いや、今の王なら問題はない。しっかりと自分の責務を全うしようとしている王は、むしろ周りに誰か近い人間がいない方がその力を発揮される」


---[05]---


「そもそもですが、何故私なのでしょうか? 普段から護衛についている者達も、こここいるというのに、私が指名された理由が少々わかりかねます。例の特殊部隊の件を考えての事なら、護衛という形にする必要は無いでしょうし、それならそもそも外で待っていろと言わずに、中へお供するのでは…」

「カヴリエーレ隊長の感じているものは、自分もわかるつもりだ。特殊部隊に関して、各国にそれを伝え、協力を仰ぐのも今回の目的の1つ。だが、恐らくそれは今日じゃない。人が多く集まれば、必然的に話はまとまらない。それが、普遍的に自分達の足元を固めてくれていた土台を破壊するモノであったならなおの事、話など進むわけがないのだ。だから、今日じゃない」

「つまり今日は特殊部隊の説明を各国にする程、話が進まないと…」

 そんな事…と、言いたい気持ちはあれど、何となく察してしまう自分がいる。

 何の前触れもなく、今まで当たり前にあったモノが崩れたと言われて、信じれる人間が何人いる事か…。


---[06]---


 特殊部隊の説明がされない理由はわかった。

 では、特殊部隊ではなく、護衛としてここにいる理由はいったい…。

「護衛の件は、ヴィーツィオ出現の際、その時の状況を考慮した結果だ。多くの人間が動けなくなっていた中、自由に動ける者がいて、その中に貴殿、カヴリエーレ隊長がいた。隊長としての能力も申し分ない。指名する理由としては十分だ」

 動けた人間か…。

「アレは、どういう仕組みだったのでしょうか…。魔法か…、それともまた別の何かか…」

「それを調べるのも、今後の課題だろう」

「・・・。話は戻りますが、何故一緒に会議室に入れてもらえなかったのですか? その動ける人間の中に、王様も含まれてはいますが、護衛を用意している以上、壁越しではなく、部屋に入ってお守りするべきでは?」


---[07]---


 私の質問に、隣に立つ総長は、思わせぶりな笑みを浮かべ、軽く肩をすくめる。

「貴殿は存外に緊張しているようだ」

「ん…、それは…否定できませんが…」

 むしろ緊張しないというのが無理な話だ。

 一介の隊長が、自身が所属する団の頂点に立つ人と、その騎士団が仕える王の護衛をする…、まるで夢でも見ているのではないかと思える状況、頭でそれを理解できても、体は頭を抱える正直さで、失敗しないように…失礼をしないように…と不安だけを溜め込むのだ。

「いやなに、カヴリエーレ隊長は、王の護衛は初めてだろうし、知らないのも無理はないとは思う。しかし、普段の貴殿なら、護衛に選ばれた理由ぐらい、自分に聞かずともたどり着く答えであったと思うがな」

「それは…」


---[08]---


「普段通りでいろ…などという助言は、反って貴殿を縛る言葉か。今のサドフォークは、未だ親の七光りで上がってくる者も少なくない。しかし、実力で上がってくる事の出来る道を、王は作った。貴殿は、その道を通りここまで来たのだ。この護衛に選ばれたのは、ただの偶然かもしれない。だが、その実力は評価できる。胸を張れ」

「は、はあ…」

「して、貴殿の疑問だが、王は自国の人間がいると少しでも…良い姿でいよう…と気を張る癖があってな。カヴリエーレ隊長も聞いた事があるだろう、王にあるまじき珍事を。アレの影響のしっぺ返しを自分で自分にやっているのだ」

 珍事と言っていいのか…。

 その件に関しては、聞いた事がある程度の段階を、優に超えているのだが。

「用は、我々がいると、必要以上に調子に乗ってしまう…という事だ。止める者がいるからこそ、止めてもらう事を前提に、自分で自分を止める事を捨てる。だから一緒に部屋へ入らない。止める者がいない。それはすなわち、自分を自分で制御しなければいけないと、そういう状況を作る事だ。貴殿の何故という疑問も、答えを見てみれば大層くだらないモノだよ」


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 総長がため息と共に、困ったような表情を見せる。

 何か特別な理由があるのだと、私自身勝手に思っていただけに、それを聞いて困惑し、総長へ気の利いた言葉を返せず、苦笑を返す事しかできなかった。

 緊張のせいにしたいけど、これに関してはそれが無かったとしても、同じ結果になっただろう。

「王として頼もしくある部分は確かにあるが、それ以上に珍事を含めて、頭を悩ませる種が多い。それが、我々の王だ」

 総長の印象も、この僅かな時間、その中でした会話で、だいぶその様相を変えたようなそんな気がする。

 こうして総長と話をする機会なんて今まで無くて、遠目から一団員として彼を見ていた時の印象とはだいぶ違う。

 いつも凛々しく、堂々と、その存在感を確固たるものにしていた人、隊長になってもなお、遠い存在だと感じていた相手、上に立つ者としての苦労は、どんな人でも持つモノなのか…と、どことなく親近感こ感じる事ができた。


---[10]---


 会話を通して、少しずつ緊張がほぐれてきた時、バタンッと勢いよく会議室の扉が開く。

 そこから出てきた自分達の王に対して、慌てて姿勢を正し、頭を下げる。

「話は終わりですか?」

 総長の言葉に、王は大きなため息をついた。

「時間が掛かりそうですね」

 それが何を意味するのか、それを察してか、総長はまた苦笑を浮かべるのだった。



 自国の王が頭を抱えんとしている頃、チェントローノの街にガレス・サグエ達の隊がようやく到着した。


「はぁ…」

 やっとついた…、それだけでもなかなかの苦労を有し、本来の目的の1つを達成できたことに、俺は安堵して、思わずため息を漏らす。


---[11]---


「ではサグエ殿、我々はこれで。討伐任務の報告は、カヴリエーレ隊長を通して我々の方に届けてください。我々の分と合わせて上に報告させていただきます」

「あ、ああ」

 街に着くや否や、示し合わせたかのように、ジエンの下へ、知り合いなのか召使なのか、数人の人間が寄ってきて、その人達に自身が乗っていた馬を預けると、俺との会話もそこそこに、新たに表れた馬車へと乗り込み、その場を去っていく。

 まるで何かの演劇を見ているかのように、それが当たり前と言わんばかりの流れ。

 こちらが長時間馬に乗っていた事による節々の痛みを我慢しながら、地に足を付けた時には、彼はもう去っていく寸前だった。

 難しい任務ではなかったが、一歩間違えれば命の危険すらあるモノ、それを共に熟した者同士、落ち着いて話でもしたかった訳だが、無駄のない一連の流れが、その友好の弊害となって大きな壁を作る。


---[12]---


 討伐任務後の移動中は、彼は仲間内で話をする程度で、こちらとのかかわりを持とうとしなかったし、休憩時間も言わずもがな、ティカがその本業の力を生かして接触した以外に、こちらの人間との接触を見る事は無く終わった。

 譲さんは何だかんだと交流を図る事もしてくれたが、ジエンのアレが、もし騎士団内の当たり前だとしたら、なかなかに分厚い壁だ。

「サグエさん、こちらです」

 そして、そんな事は日常茶飯事…と言わんばかりに、ジエンの事など気にも止めず、譲さんの部下達は、ジエンが去って行った方向とは違う方向へと先行していった。

「何処に行くんだ?」

 不要な心配だが、行き先を知らずにただ付いて行くというのは、それはそれで不安に感じるため、馬を引きつつ、ほんの少しだけ歩く足を速めて、その隊員の横へと並ぶ。


---[13]---


「我々の隊が、チェントローノ近辺で任務を行う時、よく利用する宿屋があるのです」

「ふ~ん。そう言うのは、国が用意してくれたりしないのか?」

「ないですね。自国が要請すれば手配してくれはしますけど、相手に手間を与える事になりますし、友好関係にあるとはいえ、下手に貸しを作るのは良くありません。その相手が受けた手間が、いずれ自分達へと帰ってきますから」

「こんな事で貸し借りの話になるモノか?」

「塵も積もれば山となる…ですよ。一回やれば、次も…また次も…と、それはいずれ見上げる程の山になってしまうかもしれません。だから、基本的に各国に自分達が任務で行ったとしても、寝泊まりする場所は自分達で用意するのが普通です」

「なるほど…、それで今向かっているのは?」

「我々の隊が贔屓にしている宿屋で、なんでも、隊長の父親であるパード様が、騎士団にいた時から使わせてもらっている場所だとか」


---[14]---


「どんな場所なんだ?」

「ありふれた場所ですよ。一階が酒場になっていて、二階から上が宿屋になっています。他と違う事を強いて挙げるなら、変わった食事を出すことぐらいでしょうか」

「変わった食事…。それはどういうモノだ?」

「それは…。いや、私の口から言うのはやめておきます。隊長が伝えていないのであれば、出てきた時の反応を楽しみにしている可能性がありますから」

「いやいや。譲さんに限ってそんな事はないだろう…」

「まぁその辺はおいおい。着いてからのお楽しみという事で」

 絡みづらいな…、譲さんの隊員。

 村という小規模間での交流生活をしてきたがために、魔法一筋な人が大半な場と比べると、この隊の人間だけでも一癖二癖ある感じだ。


---[15]---


『遅かったですわね』

 話に出た宿屋が切り盛りしている馬小屋に馬を預け、隊員の後を追っていった先、1つの酒場の前で知った顔の小人種の女が、俺達を出迎えるように立っていた。

「ストレガさん。お疲れ様です」

 その姿を見るや、周りの隊員連中は決まっているかのように頭を下げる。

「お疲れ様。当面あたしたちの隊はお役御免、遅れて来た分、しっかりと休息をとるといいですわ」

「「はい」」

 隊員達は、返事もそこそこに酒場の中へと入っていく。

 ストレガ…、正直苦手な相手だ。

 第一印象こそ、村で譲さんを心配する姿から、良いモノがあったけど、俺に対しての当たり方がキツい。


---[16]---


 たまにこいつから飛んでくる視線も痛いモノがあるしな。

「ちょっといいかしら?」

 隊員達の後について行こうとすると、そのストレガが俺を呼び止める。

「お姫様から頼まれ事をしました」

「は、はあ」

 その小さい体から、一瞬恐怖すら覚える視線が飛んでくる。

「明日、この街をジョーゼさん達のために案内してあげて欲しい…との事ですわ。あくまでできる範囲で…ではありますが」

「有難い申し出だが、なんでまた?」

「あたしがこの街に一番詳しいから。あたしとしては、お姫様の頼みである以上、拒むつもりもありません。そちらがどうするか…ですわ」

「こちらとしては、願ったり叶ったりな話だ」


---[17]---


 俺はチラッと横に視線を移す。

 ティカにおぶられながら寝息を漏らすジョーゼの姿、元々いろんなモノを見せるつもりだった。

 当てもなく手当たり次第に行くよりも、効率的にも、ジョーゼの為になるだろう。

「有難くその申し出を受けよう。そうだ。シオもどうだ? ここに来るのは初めてだろう?」

 さらに視線を動かして、後ろの方へ事の成り行きを見守っていたシオに誘いを入れる。

「アレン達もどうだ?」

 アレンはお供すると答え、セスは…知るか…と手短に突っぱねると一人で酒場の中へと入っていった。

 2人とも予想通りの返答だな。


---[18]---


 フォーは、疲れているのか、少々息も荒く、肩を揺らしながら、首を横に振った。

「ウ、ウチもいいのか?」

「迷惑がる理由も無いだろう。見聞を広めるという意味で、良い経験になる」

「じ、じゃあ、お願いします」

「決まりだな」

「では、あたしからの話はこれで終わりですわ。明日、朝食後に酒場で会いましょう。あなた達に割り当てられた部屋は中で聞きなさい。宿代に食事代、全て隊の資金から出るので懐を気にせず、かといって羽目を外し過ぎずに、節度を持った行動を」

 当たりは強いが、自分に課せられた使命はちゃんと熟す辺り、彼女自身は几帳面で悪い人間ではないのだろう。

 というか、譲さんの部下にその辺を心配するような輩はいないか。

 酒場…というか、宿の中へと入ると、割り当てられた部屋へ直行し、まるで何かに誘われるかのように体は休息を求め、俺もその流れに逆らう事無く、近場のベッドの中へと倒れていった。


---[19]---


 その結果、昼過ぎに着いたはずだが、ベッドの上で目が覚めれば、日は完全に落ち、自分の目は寝起きという事もあって近くを照らしていたロウソクだけでは心もとない状態だ。

 自分の部屋は、一人一部屋なんて贅沢な部屋分けがされている訳ではなかったはず。

 弟子連中含め、全員が同じ部屋になっていたと思うが、並べられた二段ベッド等、人気は全く感じられなかった。

 段々と頭が覚醒していく中で、下の階で人の声が聞こえてくる事に気付く。

 活気づいた食事処の音。

 それを聞き、夜更けの変な時間に目が覚めた訳ではないという事に、若干の安心を覚えた。

 規則正しい生活を謳うつもりは毛頭ないが、灯りを有する暗い時間ではやる事が限られるし、それで寝付けなくなるのは困る。


---[20]---


 下の声は、そうならなくてよかったと実感する音だ。

 俺は、決して強くない明かりを頼りに、酒場である一階へと降りていく。

 酒場は満席と言わないまでも、大勢の人間で賑わい、料理やら、酒の匂いやら、いろんなもので大混雑を起こしていた。

 というか、当然と言えば当然だが、そこに居る人間のほとんどは、譲さんの部下の連中だ。

 ここまでの道中、気を張り続けた事による反動、その場の熱気は今の所収まる所が全く見えない。

 チラホラ見える隊の人間以外の客、その一組とジョーゼとティカ、セスを除く弟子面子がテーブルを囲っていた。

『ジョーゼちゃん、そんなに沢山口に入れると詰まらせちゃうぞ!?』

『あっはっはっ! さすがの育ち盛り。良い食いっぷりだなッ!』


---[21]---


 その面子の中でも、フォーだと思っていたマントを羽織っている人間。

 彼女の笑い声が、その場の空気をより一層賑やかなモノへと変えていく。

『それなら、呑みっぷりの方も、さぞいい事だろう。呑んでみるか?』

 そう言ってテーブルの上に置いてあった、瓶の中身をコップへと注ぎ、それをジョーゼに渡そうとするが、受け取ってしまう前に俺が取り上げる。

「それは駄目だ」

 そして、その中身を眠気覚ましにと、一気に呷る。

 口いっぱいに広がる生臭さと酒の匂い、あと血のような濃い鉄の味…。

「・・・マズ…」

 吐く事こそしないものの、その独特な味わいに、隠す事はせず率直な感想は出てしまう。

「ふふ~ん。その気持ち…よくわかるよ、魔法使い」


---[22]---


 口元に付いた酒を袖で拭うと、ジョーゼにこれを渡そうとしていた女が、こちらを向いて口元しか見えないソレに笑みを浮かべる。

「あんたは…、確か…、ロレンサ」

「・・・、ロレンサ? あ~、そうそうロレンサだ。よく覚えていたな、ガレス」

 そのフードを深々と被った女性は、前に行き付けの酒場で会ったロレンサだった。

 口元しか見えなくても、その口元の焦げたマントが特徴的で、あの場で会ったという事自体が印象を強める一因となっている。

「会ったのが印象深い場だったからな」

『ご主人、立って話すのもなんだ、座るが良いぞ』

「ああ、ありがとう」

 ティカが別のテーブルから持ってきた椅子をジョーゼの横に置いて座る。

 少しばかり落ち着いた所で、さっき呷ったコップに目が行ってしまう。


---[23]---


「これは何だ?」

「名前は忘れたが、何かの蛇型の魔物を使った酒らしい。何か変わった酒はないかと聞いたらな、苦笑いをしながらこれを持ってきてくれた」

 そう言って、新たなコップにそれを注ぎ、一口二口と、ロレンサは口へと運んでいく。

「よく呑めるな」

「周りの趣味なのか、普段は身の回りに上品な酒しかなくてな。呑み慣れていないこの酒は、なかなかに興味深い。店員いうには、その辺に売っている物ではなく、店主の自作らしい。どうだ? もう一杯?」

「いや、遠慮しておく」

 怖いもの見たさでもう一杯…と気持ちが流れそうになるが、酔いも回っていない気分で呑む酒ではないと、理性がそれを拒む。


---[24]---


「ご主人、お腹は空いているか? ティカに世話をさせるのだ」

 こちらの状況を知ってか知らずか、ティカは気を使っていると思わせておいてからの、いつも通りの流れを作る。

「皆はもう満足している感じか?」

 適当にやってくれ…と、ティカに任せ、ジョーゼや他のアレンとシオ、そしてなぜかここにいるアルキーへと視線を向ける。

「いえ。僕とアパッシさんはクリョシタさんと外に出ていて、今着いたばかりです。食事を取ろうとしたら、ロ…ロレンサさんとジョーゼさん達が一緒に食事をされていたので…」

「我が一緒に呑もうと誘ったわけだ」

「そうか。フォーの奴はどうした?」

「クリョシタさんは、出ていた先で気に入った本屋があったのか、先に行っていてほしいと。探し物があるなら手伝うと言ったのですが、なんでも子供には早い…とかで」


---[25]---


 フォーのしたい事の意図はいまいちわからないが、問題なくいつも通りといった所か。

「まぁ本人が早いって言っているんなら、早いんだろうさ」

 アレンもシオも、騎士団に所属する同僚ではあるが、年齢はまだまだ…、そんな連中に見せられないのなら、まぁそうなんだろう。

 にしても、アレン達に見せられない本屋か。

 本を貸してもらう約束をしている身として、それが意味する所が、何とも心配である。

「じゃあ、ジョーゼ達はなんでロレンサと…。というかなんでロレンサがここにいる?」

「なんでここにいるかって? 我は旅人ではないからのぅ。仕事というか用事があったからだ。この酒場にはたまたま寄っただけ…、酔っ払いだけにな。そしたら知った顔がいたもんだから、一緒に皿を突く事になったわけだ。あ、この肉はなかなかにイケるぞ。小さい魔法使いもがっついていたしな。味は保証されているようなものだ」


---[26]---


「もう結構酒が回っているみたいだな」

「酒は飲んで何ぼだ。我慢などする意味がありんせん」

「そうかもしれないが」

「我の事はいいのだ。さ~呑め呑め」

 前に会った時は、もう少し落ち着いた印象だったと思うが、今日の彼女はなかなかに上機嫌らしい。

 呑み食いし過ぎて吐く未来が、ちらほらと頭を過る。

 長くなりそうだ…と感じながら、気を使いながら呑んで行こうと、そう自分に言い聞かせるのだった。


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