第二話…「魔法使いと師匠の悩み」【1】
「…ヒノ…カムイノミ…グロー…レラ…カラ…」
左手に意識を集中させ、何かを投げつけるかのような動きで、前方へと手を振るう。
その直後、手を振った方向へと、大きな団扇、それも人が扇いだモノではない、言うなれば巨人が扇いだかのような風が、前方へと吹き荒れる。
人に対しての効果だけ見れば、それは堪えてさえいれば人を転倒させる程の風ではない。
しかし、その風が、人に対して影響を与えるという意味では、ある意味で効果は少なからず出るだろう。
この訓練場においては、その風はそれなりの細々とした砂を巻き上げて、視界を遮り、呼吸を妨げ、何より服やら鎧やらの隙間に入り込んだ砂は、ただただ気持ち悪い。
---[01]---
威力を上げれば、それだけ舞い上がる砂は多くなるし、使いどころ次第では、それは決定打になるという事だってあるだろう。
といっても、結局の所、その場しのぎの悪足掻きでしかないモノだが。
「…ヒノ…カムイノミ…アラカ…タマ…カラ…」
でもまぁ、一瞬…、ほんの少しであっても、相手の動きが止まる、ないしは鈍らせる事ができれば、次の魔法の呪文を唱える時間を少なからず得る事ができる。
魔法使いにとっては、その場しのぎ、悪足掻きの時間も貴重なモノだ。
砂埃から飛び出してくる鎧を着た数名の隊員。
相手は俺だが、一瞬、ほんの一瞬だけ、俺を見失い、その隙を見逃さず、左手の平に作り出された赤い魔力玉を1人の隊員に向けると、撃ち出す意味を持つ発声魔法を唱えて放つ。
---[02]---
その射撃精度はと言えば、まだまだ良いとは言えないだろう。
隊員の頭を狙ったはずが、命中した場所は左肩、しかもギリギリ当たった感じで、その中身にはそれ程の衝撃を与えていない。
俺としては、当たっただけ進歩と言えなくもないのだけど。
村では、躾の為だとかなんとか言って、よく使われていた通称躾玉だったが、まさかこんな形で使う事になるとは、露ほども思っていなかった。
譲さんに剣の訓練を受けた日、フォーを訓練に参加させてほしいと頼んだら…。
『ちょうどよかった。じゃあサグエさんも良ければ一緒にやりませんか? 対魔法使いの訓練を常々やりたいと思っていたのですけど、なかなかそれに見合う人がいなくて…』
と言われ、俺自身も時間があれば剣の練習に付き合ってもらう形で承諾してもらった。
---[03]---
フォーがちゃんと訓練に参加しているのかを、この目で確認ができるし、魔法使いとして、魔法の練習の場と考えれば、これはこれで有用だ。
何より、剣の腕を上げる場所として、現状これ以上に良い場所はないだろう。
「…ヒノ…カムイノミ…シュターク…ショック…カラ…」
1人の隊員に躾玉を当てて、その隊員はよろめき尻餅をついたが、他の連中はこちらへと向かってくる。
3人、1人は俺の後ろを取り、残りは俺を挟み込む様に正面に立つ。
相手は新米隊員だって聞いてはいたけど、それでも俺1人が相手をするには手に余る気がしてならないな。
魔法を使う事を禁止した剣の訓練の次は、魔法だけしか使えない訓練と来た。
まぁ2つを合わせた戦い方は、両者とも使いこなせてこそ、合わせた時に力を発揮する。
---[04]---
その譲さんの言葉には同意する。
あとはどっちつかずにならない様に、頭の中で切り替えをしていくだけだ。
まぁそれはいいとして、俺を囲んだ隊員たちが、なかなか次の手に打って出てこない。
魔法使いが相手…というだけで、やりづらさはあると思う。
新米って事で、どこまでやればいいのかわからないとか、加減が分からないとか、考えだしたらキリがない。
訓練だからこそできる事であり、訓練だからこそ見えてくるモノだ。
使っている剣も刃は無いにしても、実剣と同じ重さのせいで下手をすれば、軽傷で済まない可能性もある。
だからと言って、訓練で迷いを生じさせるようじゃ、実戦で間違いを起こしかねない。
---[05]---
こればかりは他人事ではなく、自分が部下を、弟子を持つ身になり、その事を強く意識するようになったからこそ感じる問題だ。
あいつらが、こいつらみたいに、敵前、魔物や魔人、敵と言える人間達を前に、躊躇するような事があったらと思うと、自分に課せられている責任と言うモノを実感させられる。
だからこそ、あいつらにそうさせないために、この隊員達にも加減をするつもりはない。
元々、小数対多数の戦いだ。
強い風を吹かせ、躾玉で1人を出遅れさせた。
それだけでも不利は変わらないが、この不利の度合が和らいだ状態を、いつまでも待ってやる道理もない。
---[06]---
待ってやった方だ。
あと余談だが、譲さんに、怪我をしない程度で、容赦せず思い切りやってくれと頼まれている。
期待に応えるとしよう。
「…ヒノ…カムイノミ…ケマ…ミ…マグシクラフト…セ…」
恨むな新兵、恨むなら、譲さんと魔法使いに猶予を与えた自分を恨め。
ぼそぼそと自分にだけはっきりと聞こえるように、俺は呪文を唱える。
さっき使った魔法も、攻撃してきた時の迎撃用だったが、この際、攻め手の1つとして使わせてもらう。
その魔法を強く意識し、左手の平に力が入る。
今使った魔法の効果で、足の力の沸く感じも上々だ。
---[07]---
躾玉で出遅れさせた奴が、こちらに向かってくるのが見え、待つのも限界。
行くぞというように、前方の連中に対してそれらしい構えを見せて、その瞬間くるりと反転、後ろを取っていた隊員に向かって地面を蹴る。
3人の間合いの取り方が、もう少し俺に近づいていたら、攻撃を仕掛けても次の手に移るまでに積み、しかし、この剣の間合いよりも数歩引いた場所に陣取ってくれたおかげで、その心配はない。
隊員達も、俺の動きに戸惑いつつも動くが、それよりも先に俺の手が、その隊員の体に振れる。
その瞬間、ドンッ!という音と共に、俺が触れた隊員の体が後方へと吹き飛ばされた。
勝負事だったら、こんな事をせず力を増させた腕で思い切り殴ってやるんだが、正直あれはできる限り遠慮したい選択肢だ、ただただ痛い。
---[08]---
今の魔法は、強い衝撃を与えるだけで、吹き飛ばされても鎧を着ていれば、何ら問題はなく、地面を転がる程度、少なくとも入団試験でセスを思い切り殴った時ほどの衝撃はないはずだ。
そして、俺は吹き飛んでいった隊員の状態を確認する事なく、前へと跳ぶ。
見なくてもわかる、さっきまで前方にいた隊員達が迫ってきている、だから距離を取るために跳んだ。
魔法で足の力を強化してあるおかげで、相手と十二分な距離を取るのも、楽々ひとっ飛び。
「…ヒノ…カムイノミ…テク…ミ…マグシクラフト…セ…」
跳んでいる途中、少しでも着地時にこちらへ向かってくる隊員達の方を向けるよう、体を捻り、左手に強化の魔法をかける。
---[09]---
ザザザッと、跳んだ勢いを、地面を滑りながら殺し、隊員へと少しの間も置かず飛び込んでいく。
その速さは走る馬のソレに近いモノが出ているはず、思い切り飛び込んだおかげで、足の強化は魔力が切れたが、それでも余りある有利を獲得する。
一瞬にして間合いを詰められた隊員は為す術もなく、剣を振るのも間に合わずに、俺はその隊員を横切りながら、鎧を左手で掴む。
そして、体が前へ前へと行こうとする飛び込んだ勢いと、強化された左腕の力を使って、隊員を投げ飛ばす。
理想としては、俺自身はちゃんと踏ん張って、隊員だけを投げ飛ばしたかったが、足の強化が切れ、男2人分を支えるだけの力が出せずに、隊員を投げた後、俺も地面を転がる羽目になった。
---[10]---
しかも、転がった先は、最初に躾玉で出遅れさせた隊員の近く。
戸惑いが見える隊員だが、俺に向かってくる姿勢、戦う意志はゆるぎなく、剣を構え向かってくる。
今の俺のように、剣が手元の無い、得物を防ぐ手段のない魔法使いは、迫ってくる相手が間合いに入る前に止める事が、何よりも重要だ。
強化で身体能力を強化し、自分の皮膚を岩の如く硬くする術もあるけど、それをしている間に相手の攻撃が自分に届く。
それに痛い、痛みを消す為に魔法をさらに使ってしまえば、尚更遅れる。
呪文を唱える暇がないと悟った俺は、おもむろに左手を腰の方へと回した。
試しに作ったモノではあるけど、これがなかなか使い勝手がいい。
親指程の太さの棒状の何か。
---[11]---
それを腰から取り、俺は向かってくる隊員へと向けた。
棒状のそれは、赤い光を放ち、次の瞬間、隊員を後方へと吹き飛ばす。
俺が瞬間的に使える魔力量に、それの耐久性、色々と問題があって、その瞬間的に使える魔力量から出せる威力が、そのままそれの出せる最大火力。
隊員を吹き飛ばしたそれは魔法であり、俺の左手が持つ杖から放たれたモノ。
この国で一番主流な魔法、杖魔法だ。
今吹き飛ばされた隊員を除いて、この瞬間に残った相手は1人。
俺は立ち上がりながら、息を殺し、不意を突こうとしていた隊員に向かって、杖魔法を放った杖を向ける。
たかだか大の大人を吹き飛ばす程度…とか、そんなに威力が出ない…とか、そういう事をいうつもりは毛頭ないが、この唯一立っている隊員には、味方が吹き飛ばされている光景が脳裏に焼き付いているはずだ。
---[12]---
それがこの瞬間だけのモノだったとしても、決定打であり、勝負を告げる合図となる。
杖を向けられた隊員は、案の定動く事ができず、完全に戦意を喪失していた。
杖に仕組まれた魔法自体は単純、さっき左手に付与し、振れただけで隊員を吹き飛ばした魔法を撃ち出せるようにしただけ、威力も手に付与したモノよりも劣る。
それでも、それが瞬間的に使えるというのは強いの一言。
怪我をさせる程の威力は出ない、体の大きさによっては吹き飛ぶかどうかも怪しい、だが、相手をひるませるないしは、それ以上の効果を得られる事が強い、何よりそれが一瞬で出せる事が強みだ。
発声魔法で同じ事をしようとすれば、衝撃と発射で二つの呪文が必要、それが魔力を流すだけで瞬時に出せるというのは便利としか言いようがない。
---[13]---
確かに、これが普及してしまえば、簡単な事をするだけなら他の魔法なんて必要なくなる。
「ふぅ…」
俺が杖をしまうと同時に、自身の負けを察し、状況を把握した最後の隊員も剣を収める。
そもそもの話だが、対魔法使いの訓練で俺を採用するのは間違っていると思うんだよ。
魔法使いである事に違いはないが、俺は一般的な魔法使いのソレとは違う。
魔法使いは、魔法を使うまでの隙の問題から、前に出る事は無い。
出てくる魔法使いは、基本が使い魔かそれに類する自身を守る存在がいるか、とにかく魔法使い単騎で出てくる事なんて、余程切羽詰まっている時ぐらいしかないだろう。
---[14]---
それが魔法使いの普通であり、そこから逸脱した戦い方をする俺は、今回の目的である対魔法使いの戦闘という目的から外れているとしか思えない。
『魔法使いだって、時代が変われば戦い方、やり方が変わると思いますよ』
そこへ、俺の考えを読んだかのような事を言いつつ、隊員達に休憩の指示を出しながら、譲さんが近寄ってくる。
「強化して物理で殴るのが、当たり前な戦い方に変わるって?」
「そこまでは言いませんけど、いろんな戦い方に慣れるのが大事です。私達の隊は遊撃部隊なので、臨機応変な対応が求められる立ち位置にいるし、サグエさんのような戦い方をする相手が、今後出てこないとも限らないでしょ?」
「それはそうだが…。正直、俺にはいつか来るかもしれないなんて漠然とした事に、並行して何かをしていくのが難しい」
---[15]---
「今はそれでも問題ないです。そういう所を補うのが仲間と言うモノですから。サグエさんにそういう事ができる余裕ができたら、余裕が無い人に手を差し伸べてあげればいいです」
「そうか。・・・。それで、今の訓練は何点だ?」
「ん~…。合格点にギリギリ行かないといった所ですかね。新米隊員という事を加味したうえで」
「厳しい採点だな」
「それはもう。訓練だからと甘く見てしまえば、本番、実戦でその隊員達の命に関わるから、採点はとにかく厳しめですよ」
実戦…、弟子達もいずれは実戦で魔法を使う時が来る。
村では必然的に長期間でモノを測ってきたが、こっちはできる限りの短時間、俺も少しは厳しめに言った方がいいのだろうか…。
---[16]---
「所で、話は変わりますが。クリョシタさん、ちゃんと訓練に顔を出してくれましたよ?」
「そうか。こっちはこっちの訓練で全く気付かなかった」
「それも無理はありません。サグエさんが、彼女はとにかく体力面が厳しいと言っていたので、とりあえず訓練場の周りを隊員達と走らせ続けました」
「そ…そうか」
いつもの姿で走っている光景を想像すると、なんとも言えない感情が込み上げる。
「今はあそこでプディスタさんが看病を」
そう言って、譲さんが指さした先には、衣服が汚れる事もお構いなしで、その場に座り込むフォーの姿があった。
その横では、アレンが持ってきた水を彼女に手渡している。
---[17]---
「結局あの格好か…」
いつもの全身を覆うマントに仮面、明らかに走り込みをする格好ではないソレに、呆れて込み上げてきた感情がため息になって、表に出る。
「もう少し踏み込んで接するようにしていかないとダメなのかね」
お世辞にも弟子達との距離感が近いとは言えない関係だ。
あのフォーの格好に関しては、また別の理由なのだろうけど、信頼関係とかそういう面での不安はいつまで経っても拭える気配すらない。
「サグエさんはそういうのが苦手なのですね」
「苦手というか…、そうだな、得意とは言えない」
「まぁサグエさんの下に就いた人たちは、そもそも一癖も二癖もある方達なので、よりそう感じる事はあると思います」
---[18]---
「今の所、抑えるというか、何も大きな事は無いが、いつ爆発するかと思うと気が気じゃない」
「でも、それをどうにかするのも上に立つ人間の役目ですよ。部下がどういう人間で、どういう性格で、どういう悩みを持つのか、それを理解し、その人に合った接し方、教え方をしていかないと」
「やめてくれ。肩の荷が重くなる。今はとにかく、出来る事を全力でやるだけだよ。というか、そういう譲さんは、隊員1人1人接し方を変えているのか?」
「できる限りは。と言ってもだいたいは対応の仕方を変えるだけですよ。例えば、さっきサグエさんが戦っていた隊員達、最後まで立っていた彼、パーチェさんは、平民の出で王都外の村出身です。村で初めて騎士団に入った人で、それを重く感じていて、所々意識だけが前のめりになって硬くなります。そんな彼には、強く当たっても裏目に出る可能性があるので、出来る限り優しく接し、少しでも緊張がほぐれるように努めています」
---[19]---
「出身とか、そんな所まで覚えるのか?」
「あくまで私は、ですよ。サグエさんは発声魔法の呪文を多く知っていますし、彼らがどういう人間なのか、覚えるのもさほど難しくないでしょ?」
「それとこれとは話が別だが…善処する」
「ふふ、まさに今のサグエさんは、悩める上司のそれですね」
「茶化すな。押しつぶされそうな重さだよ」
「サグエさんなら、良い上司に慣れますよ。あなたの考え方は、まさに私が初めて部下を持った時と変わりませんから。威厳を保つために厳しく接しようか、部下が思う様に動けるように優しく接しようか、その他多数」
「まさしくその通りだ」
「では1つの助言として、サグエさんはいつも通りでいいと思いますよ。今のあなたは、何というか悩むあまりに丸くなり過ぎています。それも悪くはありませんが、初めて会った時の、頼り甲斐のあるサグエさんになれば、なお良しですね」
---[20]---
「よくわからん。俺は変わったつもりがないからな」
「その内わかります。焦らず急かさずで行きましょう」
そう言い残し、譲さんは集まった部下たちの方へと歩いて行く。
悩みが増えたような、そんな気分だ。
「逃げずに来たな、フォー」
譲さんとの話を、その胸に留めておきつつ、俺はフォーとアレンの所へと足を動かす。
「そ、それはもちろんですよとも、隊長先生…」
着ている黒いマントが四方に広がって、それでいていつもの仮面を付け、体を地面に付くんじゃないかと思える程、前に倒しているものだから、何かしらの儀式の1つではないかと思える光景だ。
---[21]---
そんな体勢を一切崩す事なく、フォーは会話を続けた。
「私は、隊長先生の下で魔法を学びたいと思ったから…、それに必要だというのなら、体を張る事など造作もないでおじゃ…」
「おじゃ?」
「気にしないで…、疲れすぎていつものノリが出せないだけだから…」
「これから魔法の訓練をやるっていうのに、大丈夫か? まぁ頑張ってもらうしかない訳だが」
「心がないでござる…、隊長先生。魔法でこの疲労を取ってくれまいか…」
「それをやったら意味がないだろう。運動をして、それに耐えられるように体が作られていくのに、さっさとその疲労感を無くしたら、いつまで経っても鍛えられない」
「うぅ~…。これじゃ…、三日後に全身を筋肉痛が襲うにゃも…」
---[22]---
「そんな歳じゃないだろうが。俺より年下なくせして、年寄りみたいな事言うな」
「ふっふっふ…。それは身体を日頃から育てちょる隊長先生だからこそ言えるお言葉…。その点、私は全然できていないから、三日後に来るの…」
「そうかい。アレンはどうなんだ? 一緒にやっていたんだろ?」
死ぬ寸前のような状態のフォーに対し、その横で立ったまま澄ました顔をしているアレンは、いつも漂わせている頼りなさげな雰囲気を一新して、頼もしさすら感じさせていた。
「僕は普段からカヴリエーレ隊長の訓練に参加していますので、今回程度のモノなら全く問題ありません」
「頼もしいセリフだな。まぁ、俺のとこに来る以前に、お前は譲さんの隊の人間だからな。そりゃあそうだ。納得だよ」
---[23]---
「はい。それで、今日はこの後もカヴリエーレ隊長の訓練に参加しますので、魔法の訓練の方は…」
「譲さんから聞いてるよ。問題ない」
「ありがとうございます。師匠の教鞭のまとめは、机の上に置いておいたので、戻ってから確認してください」
「ああ。仕事が早いな、ほんと」
下に就いた連中に恵まれたと思う時はあれど、それをすぐに無に帰するフォーの存在。
残念なため息が自然と漏れた。
アレンが譲さんの方へ合流するからと、その場を離れ、俺は改めて未だ座り込んだままのフォーを見やる。
---[24]---
「そろそろ館の方に戻ろうと思うんだが、お前は動けるか?」
「動けるなら、こんな体勢でいつまでも座っていないぞなもし…」
「・・・」
また一段と深いため息が出る。
体を鍛えるために、あ~言ったものの、このまま館に戻ったとして、魔法の鍛錬に身が入るのか甚だ疑問だ。
まぁ、それは帰ってから考える事にしよう。
「仕方ない。俺が館まで連れてってやる」
「え!? マジで!? やったっ!」
その元気な声は、喜びのあまり振り絞られた最後の力と思う事にしよう。
「これはこれは、何たる幸運。数多くの女子が憧れるお姫様抱っこを体験する時! 姫を優しく抱きかかえ、大丈夫かと心配してくれる王子に! 照れくさくともその優しい顔から眼が離せないお姫様っ! その本の中でしか実現不可能と思っていた理想の運ばれ方を、今、ここで、私自ら体験できるとか、今日は特別な日か? 私の誕生季節は1年近く待たないと来ないというのにッ、前借りにしても気前が良すぎるぜ、旦那っ!」
---[25]---
「・・・」
何も言うまい…、何も聞くまい…。
「…ヒノ…カムイノミ…ゴーニグ…コシネ…シュターク…バイバハルトン…エイワンケ…」
「うんうん、隊長先生も訓練の後だもの、無理も無し。私に魔法をかけて、少しでも軽くする算段じゃな。よいぞよいぞ」
一時の間を置いて、フォーの体がうっすらと赤い光を放つ。
これで持ち運ぶ準備が終わった訳だが、フォーはあらぬ期待で胸いっぱい、そして残念ながら、当然俺にはそんな気などさらさらなく、魔法で赤子でも持つかのような軽さになったフォーを担ぎ上げる。
「ええッ!!? ち、ちょっと先生隊長ッ! 話が違うであります!!」
---[26]---
夢物語と違う状況にいつもの愛称が逆になる程度に、彼女は動揺する。
「ま、まって! まってくだしやですーッ! い、いやだっ! こんな豆の詰まった樽を運ぶみたいに肩に担がれるなんて、嫌だッ!」
耳から頭まで響く声は正直キツい。
でも、いくら軽くしているとはいえ、フォー自身が言った通り、俺も疲れがある身だ。
軽くとも彼女の願う持ち方よりも肩に担いだ方が楽、結論は出ている。
子供が駄々をこねるようにわめいた所で、俺の中のその決定が覆る事は無い。
幸い、フォーは疲れからか、叫ぶ事はあれ、暴れる事はせず、運ぶ事に関しては全く持って大変という事は無かった。
「痛い…、痛いでござるよ、隊長先生。周りの視線が私のマントを突き抜けて、体にグサグサとその柔肌に突き刺さるでごぜーますよ」
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