第一話…「勉強と勉強」【1】


「もうだめ、もう無理、これ以上できない…」

「ウチも…」

 カタンッカタンッと、小さいモノが落ちる音と共に、全身を覆うマントに仮面がただただ印象深い弟子の2人、フォー事「フォルトゥーナ・クリョシタ」と、青みがかったショートヘアに青い澄んだ目が特徴のシオ事「シオ・アパッシ」が、その場に倒れ込む。

「魔法が他より上手いって言っても、体力が追い付いてないんじゃ、話にならねぇなッ!」

 そんな2人を隣で笑う、一番大きい体がとにかく目に付くセス事「セ・ステッソ・フォルテ」。

「でもフォルテさんも、足の方、ガクガク震えてますよ」


---[01]---


 そして、優位に立とうとするセスに対して、何食わぬ顔でその穴を指摘する金髪のお河童頭がキノコを連想させるアレン事「アレン・プディスタ」。

 やり取りを聞いていて、俺事「ガレス・サグエ」は、自身の身の回りの変化を実感した。

 自身が所属する騎士団の小隊、その隊員が体を休めたり、食事をしたり、任務の準備をしたりと、任部以外での大半を過ごす館の一室に、俺は魔法を教える教室を貰って、今日もせっせと新しくできた弟子4人に魔法を教えている所。

 と言っても、魔法に対してその4人がどれだけできるかを知る試験から始まり、その結果を元に今は魔法を扱うための基礎を教えている最中だ。

 結論から言って、良くも悪くも一長一短といった感じで、魔力の制御にそれなりの才能が有っても、それをやり続けるだけの体力や魔力が無かったり、やり続けるだけのモノを持っていても、制御に関してはいまいちだったり…、それら全てをそこそこ熟せても全然抜け出せない奴がいたり…。


---[02]---


 正直言って、幸先は悪い。

 まぁ、元々魔法に関しての技術が無くても、魔力を多少でも扱えれば使う事ができる杖魔法、それが魔法の基本である国だっただけに、それを使わず、魔力だけで何かをできるというただそれだけの事でもいちいち喜び、それがきっかけになって、熱心に勉強に励む。

 それだけは、良かったと思える点だな。

 多少の辛い特訓にだって、熱心に励んでくれる、それは教える側としてはやりやすいし、教え甲斐がある事実だ。

「ブハッ!」

 新しく、カップにお茶を注ごうとした時、力尽きたセスがその場に膝を付く。

 4人にやらせていたのは、手ごろな拳より少し大きいぐらいの木の板を、魔法を使って宙に浮かせるというものだ。


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 村でジョーゼに魔法を教えてとせがまれた時、とりあえず基礎を固めさせるためにやらせていたモノと同じ。

 やる事自体は、村での一件で声を失ったジョーゼが、誰かと会話ができるように、宙に魔力を使って文字を描くものと大して変わらない。

 物があるかないかの違いだ。

 人それぞれ、得意不得意がこの4人のようにあるから、一概に楽か難しいかとは言えないが。

「体力があるだけあって、セスは長い間浮かせていられるな、それに浮かせ続けるだけの想像力も一応ある」

「当然だ」

「今のは良い点。自分の良い所は忘れず伸ばすように、悪い点は、安定しない事だ。確かに浮かせる事は出来ていたし、それを続ける事も出来ていたけど、ガタガタ。フラフラ揺れるし、落ちそうになるし、そういう点で集中力なのか、それとも想像力なのか、自分の欠点を見極めるように」


---[04]---


 できている点とできていない点、それがはっきりと見て取れるのはやりやすいの一言、セスは不満そうな表情を浮かべはするが、何も言わずに体を休めてという指示と同時に、その場に大の字になって寝転がった。

 セスは、良い点を話している瞬間は誇らしげな表情をするが、悪い点を言われている時は、露骨に表情を変える。

 我が強い、自意識が強い、自尊心が…その他諸々、わかりやすくはあるが、教える側としては強く出れない瞬間が出てきそうで不安要素だな。

「フォーはもっぱら体力付けだな。まぁ体力がそのまま魔力量に繋がるかといえば、答えは間違いになるんだが、魔法をやる事で体は疲弊する。その疲弊に体が全然追い付いていない。今までも魔法を使ったり勉強したりしてきただけあって、魔力量というか、その辺の問題はさほどない印象だな。走り込むなり、体力をつけてもらうのが第一目標だ」


---[05]---


「え? ほんとに!? やだっ! 嫌ですっ! 走ると死んでしまいます!」

「死なないって」

「でもこんな格好でやったら…」

 そう言ってフォーは、自分の格好を改めて俺に見せびらかすように、両手を広げて立ち上がる。

 こいつらに魔法を教え始めて数日、俺は未だマントと仮面のせいで、その中身を見た事が無い。

 普通に考えれば、そんな格好で運動なりしたら倒れかねないな。

「動きやすい格好になるって考えは無い…」

「ある訳ないですって、そんな事したら死んじゃいますから」

 俺が言い切る前に拒否をし始めた。


---[06]---


 こいつにとって、死ぬ要因はいくつあるのだと…、少なくとも全てを真に受けては、常人をはるかに超えるだろう。

「じゃあその格好でやるしかないだろう。隊の訓練に入れてもらえ、譲さんには俺から話しておくから」

「そんなぁ!? アリエス隊長の訓練に!? あんまりですよ! こんなに可愛い弟子を地獄に送るつもりですか!?」

「その格好で可愛いだのなんだのと言われても、反応できないからやめろ。それを言い訳にしたいのなら、まずマントと仮面を脱いでからにしてくれ」

「え!? 隊長先生いやらしいんだ~っ」

「なんでだよ…。とにかく決定は決定だ。逃げるなよ」

「隊長先生のあくまーっ!」


---[07]---


 我が強いセスに対して、フォーは個性が強すぎる。

 見た目もそうだし、自己紹介の時も感じたが、その中身もまたなかなかのモノだ。

 その2人が恐らく、一番の曲者だろう。

 というかその2人と比べたら、残りの2人が可愛く見えるって話だ。

「で、シオはフォーとは真逆だな。体力はあるが、魔法を使う…というか魔力を使うための体ができていない。だから魔法を使う事に対する魔力の負荷が他の連中よりも大きく、疲れるのも早い」

 シオは、悔しそうな表情をしつつも、素直に俺の言葉に頷いていく。

「はっ、その歳で魔法もろくに使った事が無いってか? 下の出は一体どんなド田舎の出なんだ?」

「はあっ!? 今なんて言ったっ!?」


---[08]---


 真面目に助言を聞いているシオを横からからかうセス。

 騎士団に入る前から、犬猿の仲、その間柄は良いとはお世辞にも言えない2人は、ここで魔法を習い始めても変わらない。

 俺がこの2人を初めて見た時は、普通の殴り合いの喧嘩をしていた、まぁ一方的なモノで、喧嘩というには無理があったけど。

「やるか下野郎っ! こっちでも格の違いを知って泣くのがオチだぞっ!」

「なんだと、てめぇっ!」

 そんな俺が見てきた喧嘩のきっかけも、こんな些細な事だったのかもしれない。

「はいはい、喧嘩は無しだぞ。今までは競い合う相手で、どう蹴落とすかとか、どう相手より良い成績を残すかとか、そんな事が優先されていたかもしれないが、今は競い合う仲間であると同時に、同じ魔法を学ぶ友、学友だ。これから命を預け合う仲間でもある。優劣をつけるなら、喧嘩ではなく魔法の成果で競え。過去とか、地位とか、そんな事は関係ない。競い合う事はあれ、潰し合う事は許さないぞ。あと、一応言っておくが、セスも尖っている所が違うだけで、人の事を言える立場じゃないからな」


---[09]---


「ちッ…、命拾いしたな、下野郎」

「どっちが…」

 2人の闘争心が、バチバチと火花を散らしながらぶつかり合っている、そんな気がする。

 シオは喧嘩を売られると、買う以外の選択肢が無いようで、今後、任務とかで何か騒動の原因にならないか心配だ。

 まぁそれはセスも同じなんだが。

 2人の冷めぬぶつかり合う空気に対し、小さなため息が漏れた所で、視線をさらに横へと移す。

 そこには3人と打って変わって、アレンが未だモノを宙に浮かせていて、視線で浮かせている木の板が割れそうな勢いで、凝視しながら集中していた。


---[10]---


 さっきまでは、セスに話しかけられる程の余裕があったけど、今は自分の限界とギリギリまで勝負をしている感じだ。

「お~、アレンちゃん新記録だよ、新記録っ!」

 彼の状況にフォーは興奮気味に声を上げるが、そんな声を気にも止めず、彼は木の板を見続ける。

 結果だけを見れば、4人の中で一番優秀なように見えるが、これがまたそうとも言えない。

「アレン、そろそろ終わっていいぞ」

「・・・」

 フォーの声に反応をしなかったように、俺の言葉にも彼は反応する事なく、木の板を浮かせ続ける。


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 確かに結果だけを見れば良い成績だ、魔法を勉強し始めて日が浅いにも関わらずこの状況、先生は鼻が高いと言いたくなるが、結果を得るために犠牲にしている事がなかなかに大きかった。

 一向にやめない…というか、周りの空気に気付かないアレンに対し、またかと思いつつ俺は腰を上げる。

 隣でやっていたセスの使っていた木の板を拾い上げ、アレンの浮かせている木の板の上に置く。

 すると、今まで安定して浮いていたアレンの木の板が、置かれた木の板と共に床へと落ちた。

「えっ!?」

「終わり」


---[12]---


 突然の事に驚くアレンだが、隠れながら置けるタイミングを計っていた訳でもなく、堂々と目の前に立ち、ゆっくりと木の板を置いた。

 アレンの欠点が原因だ。

「悪い、真剣にやっていたのに」

 立ち上がったついでに、4人全員に水の入ったコップを渡す。

「アレンは、譲さんの隊で任務に励んでいたから、体力も魔力も、安定して今の所問題ない…が、集中力が優秀な点であると同時に欠点にもなっている。集中し、想像し、頭を働かせることで、浮かせている木の板は安定していたし、他の連中よりもだいぶ長く浮かせられていた。が、時間が進むにつれて、必然的に体にも精神にも負荷がかかり、それを安定させるためにさらに集中していく。その結果、俺が前に立っても気づかず、集中していたモノに異変が起きた瞬間に、その瞬間の問題に気づく。そして、1つの事だけを強く想像するせいで、それに異変が起きた瞬間、容易くできていた事が崩れる」


---[13]---


「でも師匠、魔法を扱う事に当たって、集中力というのはあって困るモノはないのでは?」

「大事だな。魔法を形にするためには、はっきりとした形の想像力と集中力が必要だし」

「では、なんでその集中力が欠点になるのでしょうか?」

「ただ魔法を使うだけなら、いくらでも集中していればいいが、過度な集中は失敗につながる。自分のせいだけでなく、今みたいに外敵要因による失敗だ。魔法を使う時、使い続けている時、どうしても魔法使いは無防備になるし、魔法は強力だからこそ他への影響を考えなければいけない。だからこそ、魔法を使い続けていいのか、それともやめた方が良いのか、この場から移動した方が良いのか、それを判断する余裕が必要なんだ。お前たちは今後、魔法を騎士団の任務の中で使う事もあると思う。その場合、魔物や魔人が無防備な相手を待ってくれるかって話だ。集中し続ける事も重要だが、引き際も弁えてこそ。できないのなら、無理して使い続ける意味はない。必要だし、引けない時は、何かを犠牲にする覚悟も必要になる」


---[14]---


 そう言って、俺は自分の包帯がグルグル巻きにされた右腕を4人に見せる。

「魔法だって、剣士達と一緒だ。それを使って魔物や魔人を倒そうとすれば、その場に適した判断を迫られる。時には覚悟も必要。とまぁ話がズレ気味だが、ちょうど良かったから話をさせてもらった。長々しく話したが、要は魔法だけを見て、それだけしか見えない視野を作るなって事だ。そういう点では、浮かせる事は安定していなくても、出来なくなるまで周りを見る余裕を持っていたセスは正解だと言えるな」

 まぁセスの場合、それは意図的なモノではないだろうが。

「ガレス、1つ教えろ」

 セスが腑に落ちない表情を浮かべる。

「俺が入団試験でやり合った相手は、魔法を使い続けていたが、それでも普通に動き回っていた。あれはどういう事だ? お前の言う余裕があったって事か?」


---[15]---


「あ~、あれね」

 セスの視線が痛い…、こいつ自身は話し方からして、何か意図を込めている訳ではないだろうが、真剣だからこそその視線は俺に刺さる。

 なんせ、そのセスが敵意を向けている相手が、俺自身なんだから。

「魔法を使うといっても、継続して使い続けていないだけだ。魔法は魔力を注ぎ込み続ければ、半永久的にその効果を保ち続けるが、それをやらなければ効果が切れる。でも切れるといってもすぐに切れる訳じゃなく、魔法に使われた魔力が底をついた時に切れるんだ。セスの言う魔法を使いながら動きまわったっていうのは、魔法の効果を継続させずに、魔法が切れたら次の魔法、それが切れたらまた次の…と、意識を魔法ではなく戦う相手に集中させた結果だ」

「師匠、その場合、継続的に魔力を注ぎ込む方が良いのでは? 魔法の効果が切れてしまえば、その間魔法の恩恵はなく、不利な状況を作りかねないのでは?」


---[16]---


「それは状況次第だな。常に同じだけの魔法効果を得たいならその方が効率的と思えるし、状況次第で変化させるなら、その都度状況に合った魔法を使う方が良い。それに、継続的に魔力を注ぐって言っても、ただ魔力を注ぐだけだと、時間が経てば経つだけ効果があやふやになっていくんだよ。例えば、砂で山を作った時、風なり雨なりで、時間経過と共にその形が崩れ、同じ形に戻そうとして砂を上からぶちまけても、それだけじゃ同じ形にはならないだろう? 同じ形になる様に考え、形作っていかないといけない。つまりはそういう事だ。魔法は魔力をただ注ぎ込むだけで効果が変容して効果が変わる…なんて事は無いが、その魔法の形、在り方は薄れてしまっているから、効果は継続できても、効果自体は最初程濃いモノじゃなくなる。そこで最初に戻るが、じゃあ魔法の効果を継続して、常に同じ効果を得るならどうすればいいのか、それは魔力を注ぐと同時にその魔法をちゃんとした形に戻してやる必要がある。だから、正直手間があるんだよな。お前達に今後教えていく血制魔法は、自分で考えたモノを魔法という形にするモノだから、継続して使う時、同じモノをまた形作らせればいいけど、発声魔法とかは少し問題がある。決まった言葉、呪文を使う事で行使できる発声魔法は、頭の中のモノを形作る必要がない。呪文さえ間違わず唱えれば、勝手に決まった効果を得られるからな。だから何も考えずに発声魔法を使うと、継続させた時に、発動させた魔法の形と、継続させる時に自分の頭の中にある魔法の形が合わず、結果安定せずに効果が散漫になる。だから、発声魔法は継続させて使うのには向かない。同じ呪文を唱えるだけで、決まった効果を得られるのだから、継続させる事は基本考える必要がない。まぁ、いつ魔法が切れるのかとか、別に考える事が出てくるが」


---[17]---


「なるほど、同じ魔法を継続させるにしても、事は単純ではなく、継続させるならさせるで、別の問題が発生し、そう言った問題が発生しない様に、予め対策を取る必要があるという事ですね」

「まぁ答えだけ言えばそうだな」

 アレンは、俺が今まで喋ってきた事を全て書き込むかのように、メモ帳の上を走る筆が動く。

「お前はそういう所真面目だな」

「いえ、師匠の言葉は一言一句忘れてはいけませんから。それに答えが分かったとしてもその過程を理解できなければ、どうしてそういうやり方を取るのか、それを理解する事ができません」

「その猪突猛進的な意気は評価できるよ」


---[18]---


「ありがとうございます」

 まぁ、評価できると同時に、お前の欠点でもあるのだが…。

 今長々と喋った事を理解できて、それを実践できるのなら、同じ結果になる事は無いだろうけど。

「他はわかったか? 長々と喋ったが、わからない所とかはあったか?」

「てめぇが魔法の事となると言葉の嵐を降らせる事はわかったよ」

「あ~…、否定はしないがな」

「いやいや、隊長先生がそれだけ魔法に対して真面目に立ち会っているという証明だよ。私はそういう所とても素敵だと思う」

「お、おう」

 話がだいぶそれているな。


---[19]---


「シオはどうだ? 分からない事とかは…」

「特にない」

「そうか、それは有難い。でもまぁ、いっきに喋っている分、今は良くても後々頭から抜けるモノも多々あるだろうし、アレンは復習がてら書いたモノを複写して他の連中に渡してやってくれないか?」

「ええ、構いません。その任務、しかと受領いたしました」

「そんな重く取らなくても…」

 勉強熱心だからこそ、そのついででやってもらおうと思っただけなんだが、アレンは些細な事でも重要任務の如く真剣に受け取る。

「空いた時間でいいからな」

「いえ、明日にでも、今日の師匠の言葉は全てまとめて3人に渡そうと思います」


---[20]---


「だから…、いや、その辺は任せる。わかっていると思うが、魔法関連の事だけまとめればいいからな」

「はい、ではその部分だけ書かせていただきます」

「じゃあ頼むわ」

 アレンの熱意に押されつつも、今回の所はここまでだ。

 4人を見てみても、1人を除いて汗を手ぬぐい等で拭いても、また汗が出ている状態、3人がそうなら、除いた1人である問題児はもっとひどい事になっているだろう。

 そこから、4人の疲労状態を考えて、今回はここまでにしておく。

 と言っても、まだ昼手前だが。

 どこからか昼食の準備が風に乗って、匂いという形でこちらの鼻を刺激してくる。


---[21]---


 村を基準にしたなら、もう少しやってもいいとは思うけど、慣れてない連中にそれをやって、後に引いてしまっては元も子もない。

「まぁ今日までで。すぐに直すべき欠点は見えたからな。明日からはそれを無くす訓練をしていこう」

「今日は終わり…。師匠、自主的な訓練をしたいのですが、お付き合いいただきたく思います」

 終わりを告げて、椅子から立ち上がってすぐ、アレンが挙手と共に言葉を投げかける。

「お前真面目過ぎだって。悪いが今日はここまでだ。できる事なら自主練も無し。今日はそれなりに体を酷使させたからな。モノを浮かせただけだが、その疲労は相当なモノだろう? それを証明するのがお前たちの疲労だ。これは俺もはっきりと見たりした訳じゃないし、そもそも見れるモノではないんだが、魔力を扱うにあたって、体にはそれを扱うための仕組みが出来上がっているらしい。それが何なのか、血が流れている血管なのか、それとも心の臓なのか、そう言ったモノとは全く違う何かなのか、それは村の方でもはっきりしなかった。だがそれは身体と同じで負荷を与えれば傷つくし、酷い場合は、俺の右手のように魔法を使えなくなってしまう。まぁ魔法が使えなくなっても腕は腕として、ちゃんと使えている辺り、血管とかとはまた別の仕組み、機関が存在するんだろうさ。と、それは置いといて、とにかく、魔法使いとしてはとても大事なもんだ。使ったら休ませる、を心がけるように」


---[22]---


 この腕を診断した医者も、治癒魔法が利かないという事で、そういったモノ、存在が壊れたか、無くなったと言っていたし、その存在は村と同じで分かっていないんだろう。

 だからこそ、無理をさせ過ぎるのは良くない。

 自分だけの問題なら、状況次第で無理でもなんでもやってやるけど、それを弟子連中に強いる事は出来ないのは当然。

 だからこそ、使ったら休ませる、を心がけるようにと念押しした。

 ようやく全員が終わりを意識し始めた時、部屋のドアが叩かれ、トントンとぎこちないノックが響くと同時に、少しだけ開かれたその隙間から、2つの頭が生え出る。

 そして、俺達が明らかに魔法の勉強ないしは特訓をしていないと判断したのか、控えめに開かれていたドアが勢いよく開け放たれた。


---[23]---


「やあやあっご主人ッ! あなたの可愛いメイド2人がお昼ご飯の配達に参ったぞ!」

 静だった部屋が、一瞬にしてうるさい部屋に変わる瞬間だ。

 元気よく入って来たのは、俺専属のメイドとして何かと世話を焼いてくれるティカと、俺と同じく村の生き残りで、手伝いを兼ねてメイド見習いをしているジョーゼの2人。

「受け取れっご主人ッ!」

 入るや否や、反応を待たずに、こちらへ持っていたバスケットを投げ渡す。

 彼女は難なくそれが俺の手の中に落ちた事を確認する事もなく、すぐに自分の横に立っていたジョーゼを自分の後ろに移動させて、臨戦態勢を取ると同時に迫りくる脅威に備える。


---[24]---


 最初こそ、何をやっているんだと思ったその光景も、ここで魔法を教えるようになった次の日から続き、今となっては見慣れたモノというか、今日もか…と呆れる対象となっていた。

「ぐぬぬ…、そこをどけよ忠犬メイド~…」

「それは出来ぬ相談だと毎日言っているだろう、歩く低温暖房機…」

「なんだとぉ?」

「なんだぁ?」

 ティカが警戒している相手は、この集まりの中で一番の個性派であるフォーだ。

 顔合わせの日ではなく、魔法を教え始める日に、彼女自身がジョーゼの事をえらく気に入って、執拗に接近して可愛がり、それを見たティカが過剰防衛に入った。

 その結果がこの攻防だ。


---[25]---


 お互いが戦闘態勢に入って、睨みを利かす、いつもの流れならその内に収まるから、こちらが何かをする事は無い。

「お前達、昼はどうする?」

 だから、そんな2人のやり取りを横目に、他の連中と話をし始める。

「食堂」

「食堂」

「食堂です」

「そうか。じゃあ皆で昼飯にしよう」

 俺だけでなく、ティカとフォーの件は当たり前の光景となっていて、全員それを気にも止めず、食堂へ向かうために部屋を出た。

『幼き魔法使い、とても興味がある訳で…そこを退けーッ!』


---[26]---


『させないぞっ!』


 食堂には、すでに食事を始めている人がいるが、まだ少しだけ昼飯を食べる時間には早い事もあって、その人数もまばらだ。

 俺達が食堂に入ってきた事に気付き、皆が皆お疲れという言葉と共に、挨拶の言葉をかける。

 アレンはともかく、新参者に対して、逐一声をかけてくれるというのは、ここに来てから驚いた事の1つだ。

 騎士団に入る前から、数回ここに来る機会はあった。

 その時も挨拶をされていたが、それは譲さんと一緒にいたりとか、俺が客人みたいな立ち位置だからとか、そんな理由でされているもんだと思っていたからだ。


---[27]---


 出世がどうのとか、良くない話を聞く機会もそれなりにあったせいで、内情はもう少しギスギスした雰囲気を持っているモノだと思っていたが、中に入ってからそれが勘違いであると気づかされた。

 それもあって、周りの目は何だかんだ気にする必要が無く、何だかんだ気が楽な生活だ。

 適当な長テーブルに並んだ椅子に腰を下ろして、他の連中が自分の食べ物を持ってくる間に、ティカに投げ渡されたバスケットから自分達の昼飯を取り出す。

 1人で食べるには少々量の多いバスケット内の食事。

「ほれ、ジョーゼの分」

 そもそも食堂があるのに自前で食事を用意している事からも、少々変わっているが、その理由がこれだ。


---[28]---


 入団試験の日以来、ジョーゼは俺の傍にいる事が多くなった。

 当初は何処にでも付いてくる程だったから、今はだいぶマシになっているものの、今みたいに食事の時など仕事外で、一緒にいる時間を作る様にしている。

 だから、最初はこの館内で部屋を借りる予定だったが、未だ譲さんの実家住まいだ。

…この鶏肉を焼いたの、あたし…

「へ~。日に日に腕が上がっていくもんだな」

…とうぜん…

 ジョーゼは自慢げに胸を張る。

 昼飯を自前で用意するにあたって、ジョーゼ自身が率先して料理を作る様になり、この場はある意味でジョーゼの成長を肌で感じる場としても活用されている状況だ。


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