第9話 理加編(9)
ルイの部屋は、まるでモデルルームのようで生活感がにおわない空間だった。
「荷物は、適当にソファーの上でも置いてちょうだいね。はいエプロンは、これを使って。真樹斗の分も」
ルイから差し出されたエプロンは、あの純白のエプロンだった。
できることなら忘れたい、鯖の一件が蘇って一瞬、ひるんでしまった。
「私、エプロンは、持ってきてます。」
「僕もやだー。そのレースヒラヒラの白エプロン。女の子みたい。」
「二人ともそう言わず。この家では、このエプロンを使うのがルールなんだからお願い。」
「ルール・・・?」
「お姉ちゃん何も知らないの・・?るいるい説明してないんだ。」
真樹斗くんの言葉にルイの顔をみると、やや気まずい雰囲気が漂っていた。
「やっぱり言わないとまずいかしら。」
「るいるい、もう正直に言った方がいいよ。」
そこまで聞いて、こっちだってスルーなんかできないよ。
「あの、料理より、お話の方が聞きたいです。」
「ほら、お姉ちゃんだってそう言っているんだから、るいるい白状しなよ。」
「・・・・・」
「分かったわよ。その前にお茶を入れてくるから少しだけ待っていて。」
ルイの姿がキッチンに消えると、嬉しそうに真樹斗くんがソファーに座るように促してきた。
「とうとう、この時が来るなんて僕、もうドキドキが止まらない。」
ソファーの上で一回ジャンプすると足をバタつかせながらクッションを顔に押しあてている。
どう反応すればいいのか戸惑う私をよそに、真樹斗くんは、チラッとこっちを見るとまたクッションに顔を押しあてた。
待つ事20分 、私にはそれ以上に長い時間だった。
「おまたせ。空腹だとあれだから、軽食用意したから。二人ともキッチンのテーブルに来てちょうだい。」
案内されたキッチンは、シンプルで整理整頓されいて我が家と大違いで圧倒されてしまう。
さらに、びっくりしたのが軽食だと言っていたのに、テーブルには、しっかりとディナーが用意されていたことだった。
「早く、お姉ちゃん座って。僕、となりに座るね。るいるいは、お姉ちゃんの向かいだよ。」
「いただきます。僕、本当におなかペコペコだから本気で食べるよ。二人は先に話でもしてよ。」
「こら真樹斗、せかさないの。理加、料理食べながら話をしましょう。」
「いただきます。」
「どうぞ」
正直、料理より話のほうが気になって食欲がなかったけれど、一口食べると、その美味しさにびっくりした。
「すごく美味しいです。」
「本当!!嬉しいわ。」
ルイが満面の笑みで喜んでくれている。
そんなやりとりを続けている私たちにヤキモキした真樹斗くんが早く話せと言わんばかりにルイに視線を送っていた。
ルイの箸の音が止まると、直視してきたので私も箸を止めた。
「まず、何から説明しようかしら。」
少し考えこんでルイの口が再び開いた。
「見ての通り吉川料理教室のビル内に住んでいるのは、祖母がビルのオーナー兼料理教室の経営者なの。1階と2階は料理教室、3階と4階は貸店舗、5階と6階は住居ね。5階の各部屋に兄と私、6階に真樹斗と両親が住んでいるの。」
「すごいですね。こんなすてきな所で生活できるなんて。」
本当にセレブな人ているのだと驚きながらありきたりの返事しかできなかった。
「あのそれで、さっき話してたルールて何ですか?」
「そうそうルールね。祖母が勝手に決めたルールなんだけど、我が家では料理する時は、このエプロン着用義務なのよね。家族にも理由は教えてくれないけれど、前に違うエプロンしてたら大泣きされて困ったから。在庫なんて100枚以上あるのよ。」
「えっ!!100枚て」
「だから、替えはたくさんあるから理加も使ってちょうだい。たまに祖母が会いにくるから、このエプロンしてるとご機嫌なのよ。」
私の頭が凡人すぎるのか、この話がすっきり理解できなかった。
「話は以上ね。」
そんなー。以上て言われてもなんかすっきりしないよ。
料理教室を突然辞めさせられた理由とか聞かなくては。
それに真樹斗くんが言っていたドキドキと話がつながらないよ。
「ねえ、るいるい、ソースどこにあるの?」
「冷蔵庫の中よ。自分で取ってきてちょうだい。」
黙々と食事していた真樹斗くんが席を外すと冷蔵庫からソースを取り出して、歩きながらソースのキャップを開けている。
「あっ・・・・・」
本当に一瞬の出来事だった。
ルイの後方に立つと、そのソースをルイの頭のてっぺんに、かけたのだった。
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