第3話 罪人達

 もう、これで何度目になるだろう。薄汚い嘘で自分を取り繕うのは。

 体をゆらゆらと左右に揺らして歩きながら、男はぼんやりとそんな事を考えていた。

 バイトを休む男を心配して電話を掛けてくる店長に「頭痛が段々酷くなっている」と誤魔化す生活を始めて、もう三日になろうとしている。これ以上の仮病は、今の仕事場を失いかねない。

 ズル休みの理由はいたって単純だ。

 『人間と接するのに疲れたから』。

 例え普通に働いていても、人と接する以上、何かしらの嘘を吐かねばならない。

 嘘を吐き続ける生活をかれこれ二十年位やってはいるが、それでもやはり心理的ストレスにはなる。

 まるで嘘を吐くのは当たり前、と言わんばかりの口振りだが、致し方無い。

 この男にとって、それが当然の生き方だったから。

 それ以外の生き方を知らないから。

 例え周囲から疎まれようと。

 例えそれで誰かが傷付こうと。

 ……あまつさえ死んだとしても。

 この生き方を変えるつもりは無い。

 そう、例え……。

『それが、お前の『罪』か?』

 ……幻聴が聞こえるようになろうと。




*     *     *




 なんで俺はこんな所にいるんだろう。

 尋は何度目になるかも分からない自問を繰り返した。

 昨日の少女――翔子が転校してきた放課後、尋は彼女に呼び出され、周囲の羨望や嫉妬の目を背に受けながらも彼女に付いていった。

 そして今、尋は言われるままに翔子に付いて、来た事も無いようなビル群の間を突き進んでいる。

(『昨日の事で付いてきて欲しい』って言ってたけど、どこまで行くんだ?)

 学校を出てから駅とは逆の方向に向かい、裏手の道をどんどん進んでいく。

 長年ここに住んでいる尋でも、ここが何処なのか分かりかねた。

「……あの、三原、さん?」

 尋は堪りかねて翔子に尋ねた。

「何?」

「いや、その……これからどこに行くつもりなんだ?」

 翔子は振り向きもせずに答えた。

「着けば分かる。今は黙って私について来なさい」

「…………」

 何とも無愛想なものだ。

 自己紹介で「皆と仲良くしていきたい」と言っていたが、これ程無愛想では恐らく不可能に近いだろう。

(……にしても)

 悪態を吐きながらも、尋は昨日の事を思い出していた。

 話というのは、恐らく昨日の事だろう。

 昨日の出来事は、一体何だったのか。

 唯一分かっているのは、人智を越えたこの不可思議な力。

 そして自分の過去の『罪』が関係しているらしいという事だけ。

 昨日のあの男の事件は、その朝にテレビで言っていた放火事件と酷似していた。

(昨日の事件は……あの『不能事件』? だとすると……)

「着いたわ」

 そんな風に考えているうちに、翔子はそう言って立ち止まった。

「……ここは?」

 そこで尋の目の前にあったのは、不動産やすき焼き店の入った普通のビル。周りにあるのは、警察署とコンビニ位だ。

「えっと……すき焼きでも食べながら話……とか?」

「食べたいならそれでもいいけど、目的はそっちじゃない」

「え……じゃあどこに……」

 尋が言い終わらない内に、翔子はスタスタとビルに入っていく。

「ちょっ……待てって!」

 翔子はビルのエレベーターの前に立ち、その横にある『従業員以外立ち入り禁止』のドアの鍵を、何の躊躇も無く開けた。

「……え?」

 そしてドアを開くと、迷いなく中に入っていく。

(入って……いいのか?)

「来ないの?」

 ドアの前で尋がまごついていると、翔子が振り返って尋を見据えた。さながら、獲物を睨み付ける蛇のように。

「……分かったよ」

 噛み殺されたく無いので従う事にした。





 立ち入り禁止の部屋の奥にあった階段をしばらく降りていくと、『A・I・C』と緑色で書かれた古びたドアの前に着いた。

「……ここ?」

「そう、ここ」

 立ち入り禁止の地下空間といい、五、六歳児の男子であれば喜びそうな、如何にも秘密基地といった雰囲気だ。が、生憎ここにいる人間はどちらも精神年齢、実年齢共に高校二年生である。

「入るん……だよな?」

 尋が言い終える前に、翔子はドアを開けた。

「只今戻りましたー」

 部屋の中は、至ってシンプルだった。

 地下のために日光の届かないその部屋は白い蛍光灯に照らし出されている。部屋の中にあるのは受付のデスクと椅子、そして二つのドア。

 そのデスクの前に、グレーのスーツを着た男が一人、腕組みをして立っていた。

「やあ、お帰り翔子。この子が昨日の?」

「うん」

 翔子は、その……教室ですら見せなかった、輝くような笑顔をその男に向け、尋を指差した。

「連れて来たよ」

「あぁ、ありがとう」

 そう言って男が尋に向き直る。

 年齢は三、四〇歳位だろうか。にこやかな笑みを浮かべ、親しみやすい印象を与える。髪はオールバックにセットされ、一見すればサラリーマンと言われても遜色無いように思える。

 ……この人も、所謂『能力者』なのだろうか。

「私は唐澤、という者だ。昨日の事について色々聞きたい事もあるだろうが……その前に、君に謝らなくてはならないね」

「え……?」

「昨日は、勝手に部屋に入ってすまなかった」

 男――唐澤は正面から尋を見据え、礼儀正しく頭を下げた。

「そんな、唐澤さんが謝る必要無いですよ」

 が、不法侵入した当の本人は謝るどころか、唐澤を擁護した。というかこの唐澤って人に対する態度と俺に対する態度違い過ぎないか?

「別に、違法行為をしたわけじゃないんですよ?」

 いや、不法侵入は違法だと思うが。

「……まあ確かに、『合法』なのは事実なんだがね」

 その言葉に、尋は思考を止めた。

「『合法』……?」

「そう、我々は……」

 一呼吸置いて、唐澤は続けた。

「一応『警察』、だからね」

「警……察……」

「そう。ここ『A・I・C』は警察の部署の一つ。そして、警察の令状を取った上での家宅侵入は法的に認められてる」

 翔子がその後を続ける。

「だから、私達があんたに謝罪する義理なんて、無い」

「…………」

 何とも酷い言い分である。

「まあまあ……本人の許可を取ってなかったのは事実だからね……」

 翔子の傍若無人ぶりに、唐澤も苦笑いを隠さなかった。

「さて、本題に入ろう。君も気になっているだろうしね。昨日君が目撃した事だが……」

「『不能事件』」

 唐澤が言い終えぬ内に、尋は答えを出した。

「そしてその正体は、俺や三原さん、あの男のような『能力者』による犯行……で、合ってます?」

 『不能事件』。ここ横浜市を中心に数年前から起こっている、科学的説明の出来ない常軌を逸した事件だ。

 人混みの中、歩行者が突然全身をナイフで切り刻まれる、高層ビルの無い町中で上空から人が降ってくる……などなど。

 殺害方法はおろか、犯人の目星もつかず、警察も手を焼いていると言う。

 もしそれらの事件が所謂『超能力者』によって引き起こされているものなら。

 あの男の能力。朝のニュース。男の言葉。全ての辻褄が合う。

「……自力でそこまで辿り着けるとはね……」

 唐澤は感心した、というように頷いた。その横で翔子は一人フン、とそっぽを向いている。

「でも、どうしてこんな、普通じゃ有り得ない事件が……」

「そうだな……どこから話せばいいものか」

 頭をポリポリと掻きながら、唐澤はデスクにどっかりと座った。

「まぁ、最初から話すしか無いんだろうな。時に君は、宇宙人がいると思うかい?」

 唐澤はそう、何でもない事のようにそう尋ねた。

「…………へ?」

 あまりに唐突な話題に話の意図が掴めず、尋はポカンとしてしまう。

「お、おっしゃる意味がよく……」

「唐澤さん、端折り過ぎ」

「ん、ああ、すまんね。だが、今回の件と関わりのある事だ。君は宇宙人、と聞いて、どんなものを想像する?」

「え、えっと……」

 そう言われても、思い浮かぶのは……ETみたいなの位なものだ。

「うーん……痩せ細い頭でっかちで目玉の大きい奴……とかですか?」

 それを聞くと、二人は思わず吹き出した。翔子に至っては腹を抱えて抱腹絶倒と言わんばかりに笑い転げている。

「えっ? な……何か、まずかった、ですか?」

「ははは……いや、あまりに一般的回答だったからね。別に、からかっている訳じゃないんだ」

 いや、十分馬鹿にしていると思う。

「まあ、それはさておき……実際の所、宇宙『人』とは言うものの、人の形をしているとは限らない、というのが模範解答さ。というか、実際違った」

 唐澤の勿体ぶった言い方に、尋は少し違和感を覚えた。

 実際・・違った?

「えっと、つまり……」

「そう」

 尋の疑問に答えるように、唐澤は大きく頷いた。

「我々は宇宙人……正確には『地球外生命体』と呼べる存在を発見した。そしてそれこそが、『不能事件』の原因だ」

「『不能事件』の原因が、うちゅ……地球外生命体……?」

「『クリモイド』。私達は便宜上、そう呼んでる」

 翔子が言葉を紡ぐ。

「『クリモイド』?」

「当然、聞いたことはあるまい。一般には公表されていないからね。『クリモイド』は所謂細菌に近い生命体だ。ある時宇宙から飛来した『クリモイド』は、その時市内にいた人々ほぼ全員に付着した。とはいえ、『クリモイド』自体は別段害を及ぼすような生命体じゃない。が、まれに……」

 そう言いながら唐澤は胸ポケットから端末を取り出して操作すると、一枚の画像を見せてきた。人の脳の断面のイメージ図に、色々な文章が書き込まれている。

「原理は不明だが、『クリモイド』は人の感情に作用する事がある。厳密に言えば、人の『罪の意識』にね」

「罪の……意識? 人の感情が科学的作用をもたらすんですか?」

「人の思考は電気的な信号を媒介とするからね。『クリモイド』はその信号の一つ、『罪の意識』の信号に反応して……」

 そこで言葉を切ると、唐澤は続きを促すように尋を見た。

 あの時尋が見たもの、あの男は……。

「……『罪』を尋ねる……?」

「その通り。その反応を見る限り、君も会ったようだね。『彼ストレンジャー』に」

 唐澤は再び耳慣れない言葉を口にした。

「ストレンジャー……『見知らぬ人』、ですか?」

「そう。道を尋ねてくる見知らぬ人という事で、我々はそう呼んでいる。君も彼に聞かれただろう? 『罪をどうするか』と」

 ストレンジャー。それがあの男の名前なのか。

「あいつは……何者なんですか?」

「『クリモイド』が人を模して作った姿……つまり『クリモイド』そのものだ」

 唐澤は続ける。

「意思があるかは不明。目的も不明。能力に覚醒して以降、彼に会った者はいないから、本人に聞く事も出来ない」

「……成る程」

「そして、あんたも知ってるだろうけど」

 翔子が再び口を開いた。

「尋ねられた『罪』を否定した人は、昨日の男みたいな『ディナイアー』に、私達みたいに『罪』を受け入れた人は、『アドバンサー』になる」

「『否定者ディナイアー』と、『革新者アドバンサー』……」

 『罪』を受け入れた者が革新するとは、なんとも皮肉なネーミングだ。

「そしてどちらも、『罪』に纏わる能力を得る。あんたのもそうでしょ?」

「……ああ。けど……」

 尋は、ずっと持っていた疑問を口にした。

「この、能力? って、どうやって起きてるんですか?」

「諸説あるがね、分かっている事としては……」

 唐澤は腕組みしながら言葉を続けた。

「我々が能力を発動する時、体内にある『クリモイド』の一部が外気に放出されて、外気や自分の体、果ては相手の体に干渉して不可思議な現象が起こる。これが一連の『能力の発現』のプロセスだ」

「そこに、『ディナイアー』と『アドバンサー』との差異は無いんですか?」

「うん。強いて言うなら暴走状態に陥って能力をコントロール出来ず、周囲に撒き散らしてしまうか否かといった所かな……それ故、『ディナイアー』への対処は難航している」

 唐澤は辛そうな面持ちで腕を組んだ。

「君が見たように、『ディナイアー』になった者はその能力が暴走して、周囲に多大な被害をもたらす。対処方法は主に二つだ」

 そう言って顔の前で二本の指を立てる。

「一つは説得によって『アドバンサー』への覚醒を促す事……正直これは極めて希なケースだ。暴走する相手の説得なんて、心理学者の能力者でも現れない限り無理だろうしね……。大抵はもう一つの方法、戦力による鎮圧という方法を取らざるを得ない」

「私達は、その為の組織」

 翔子が続ける。

「『ディナイアー』を無力化し、『不能事件』を解決するための警察組織。それが私達『A・I・C』、『不能事件対策係アブノーマル・インシデント・カウンター』」

「つまり……対『不能事件』用組織、って事ですか」

「そう。相次ぐ『不能事件』に対抗するため、警察内の能力者が中心となって組織した部署だ」

「警察内に能力者がいたんですか?」

「うん。私だってその一人だ」

 唐澤は誇らしげにそう言った。

「警察組織って事は……警察は『不能事件』の全貌を知ってるって事ですよね? 何で公表しないんですか?」

「当たり前でしょ?」

 尋の発言に翔子が割って入った。

「こんな事を公表すれば、一般人は確実に混乱する。私達の隣に犯罪者予備軍がいる……あるいは全ての人がそうなり得る訳だから」

「だから我々が、秘密裏に事件解決に取り組んでいる。昨日もその一環であの男を追っていたんだが……」

 そう言って唐澤は再び端末を操作し、一枚の画像を尋に見せた。それに載っている顔写真を見る限り、昨日の放火犯のプロフィールらしい。

「本名、橘煉司。年齢三四歳。横浜市神奈川区神奈川三丁目在住。鶴屋町の釣具店に勤務している。家族構成は、妻の葉子と、娘の日苗がいた」

「いた・・?」

 何故過去形なのか。

「実は、今回の『不能事件』の発生前にある火災事件が起きてね」

 尋の疑問に答える様に、唐澤は告げた。

「火災現場は橘の自宅。被害者は……その妻と娘だった」

「えっ?」

「火災原因は煙草の吸殻。状況から見て、外部からの炎が原因で無い事は明らかだ。ついでに、橘の家庭内でのトラブルは一切無し。夫婦円満、虐待も無しの理想の家族だったらしい」

「じゃあ、事故……?」

 尋がそう言うと、唐澤は大きく頷いた。

「そう考えるのが妥当だろう。自身の吸殻の火の不始末で外出中に火災が発生、最愛の妻と娘を失う事となった。そしてそれが原因で能力に覚醒し、暴走」

「それで、俺と会った訳ですね」

「その通り。そこで、君に聞きたいんだが……」

 そう言うと唐澤は深刻そうな顔を尋に向けた。

「前道君、君は彼に一体何をしたんだ?」

「何を、って……?」

「とぼけないで」

 横から翔子がデスクをバン、と叩いて割って入る。

「監視カメラの映像から橘が犯人なのは間違いないけど、橘の体から『クリモイド』は検出されなかった。いえ、『クリモイド』が体内にあった痕跡は残されてたけど、『クリモイド』自体は跡形もなくなってた。その理由は……ただ一つ」

 そう言って翔子は昨日のように、剣を突き付けるようにして尋を指差した。

「あの場所にただ一人いて、『橘を倒した』と言ったあんただけ。あんたは一体、彼に何をしたの? あんたの能力?」

(そうだったのか……)

 翔子の話を聞きながら、尋は一人で納得していた。

 昨日尋があの男――橘煉司を気絶させた時、恐らく同時に能力を、つまり『罪』を奪ったのだろう。煉司の体内の『クリモイド』を奪う、という形で。

 尋が『罪を引き継ぐ』事を望んだからだろうか。

 憶測の域を出ないが、いずれにせよこのまま黙っているのは得策ではない。尋は、昨日起きた出来事の一部始終を話す事にした。

「えっと……俺自身、自分の能力について分かってない事もあるので、それを前提に聞いて欲しいんですが……」





「成る程……つまり、君のその、『死を教える』能力、によって橘の能力を奪ったかもしれない、と?」

 尋から話を聞き終えた唐澤はそう尋ねた。

「ええ、多分……ですけど。正直、試しようが無いから憶測しか出来ないですけどね……」

 尋がそう言うと、唐澤は腕組みをして

「ふむ……もう気付いているかもしれないが、『ディナイアー』や『アドバンサー』の覚醒する能力は、その人物の『罪』に依存する。もし君が『相手の力を奪う』事に関わる罪を犯したのなら、そのような力があってもおかしくは無いが……心当たりはあるかい?」

「ええ、まあ……」

 厳密に言えば、『罪を引き継ぐ』のだが。

「そうか……まぁ、詳しくは聞かんよ。我々はそれを暗黙のルールとしているからね。君もその事は頭に留めておいてくれ」

「はい。でも……」

 尋は、ずっと気になっていた事を尋ねた。

「こんな機密事項、俺なんかに話していいんですか? 同じ能力者だからってそこまであっさり信頼されてしまうのも……」

「あぁその事なんだが……まぁ、まだ話していなかったからね」

 唐澤はそう言うと、急に真剣な面持ちで話し出した。

「実はこっちが本題なんだが……前道尋君。我々の仲間にならないか?」

「仲間……ですか?」

「まあ、突然こんな事を言って、すぐに返事が出来ないのは分かっている。だが、我々はより多くの仲間が……能力者が必要なんだ」

 ある程度予想していた問いだったが、いざ面と向かって言われると、尋はまごつかざるを得なかった。

 超能力が原因の事件の解決を目的とする彼らが、能力者として事件に関わった尋に協力を要請するのは、当然と言えば当然だ。能力や事件について尋に話したのも、それを前提としていたからだろう。

 だが、当然尋の腹はまだ決まっていない。

 まだ、能力を得てから一日しか経っていない。まして、事件の実態を知ったのはつい今しがただ。

 それほど急に、決められる筈もない。

「いや、この際はっきり言おう。我々には、君の能力が必要だ」

「……はい?」

 突然の名指しに、尋は二の句が継げなかった。

「どういう……意味ですか? 何故、俺を?」

 恐らくこれまで、数多くの能力が存在していたであろうに、尋の能力『だけ』を欲する理由が、尋には分からなかった。

「……実は、昨日翔子から報告を受けた時点で、君の能力にあらかじめある程度の見当を付けていたんだ。相手の能力を奪う、もしくはそれに類似した能力なのだろうと。あるいは、能力でないにしても、相手の能力を取り除く何らかの技術を持っているか……まあ、この可能性は限り無く低かったがね」

 実際に違ったことだし、と唐澤は続ける。

「我々にとって『ディナイアー』等への対処は最大の目的だが、同時に最大の障壁でもあった。能力を根本的に無くす方法が無かった訳だから、先程言ったように戦闘による無力化以外の有効な方法は無かったんだ。仮に無力化出来ても、『ディナイアー』の状態から脱出出来なかったり、遂には自分の罪を悔いて自殺してしまうケースも実際にあってね。事件の対処は難渋を極めていたんだ。だがそこで、君が現れた」

 そう言って唐澤は尋を真っ直ぐに指差した。

「『能力を奪う能力』。それがあれば、我々はよりスムーズに事件を解決出来るし、無駄に命を奪う必要も無くなる」

「つまり……貴殿方が必要としているのは、あくまで俺の『能力』……」

「……まあ、言ってしまえばそういう事だ。当然、君の意思は尊重する。君が協力を望まないなら、それでも構わない。だが……」

 唐澤はそこまで言って、尋の顔を見据えた。

「もし君が協力を望むなら、我々は君を迎える準備が出来ている。選ぶのは、君の自由だ」

「……一つだけ、聞いてもいいですか」

 ポツリとそう、呟いた。

「うん?」

「昨日の男……煉司のような人間は……まだ沢山いるんですか?」

「……恐らく、ね」

 唐澤は顎を擦りながらそう言った。

「まだ未解決の事件もあるし、既に覚醒した能力者だけじゃなく、先程翔子が言っていた、所謂能力者予備軍もまだごまんといる。そういった人達がこれから事件を起こす確率は非常に高い、というのが現実だ。残念ながらね」

 それを聞いて、尋は考えた。

 尋は、罪を犯す人の罪を『引き継ぐ』為に、この能力を得た。

 ならこの能力を使う道は一つだ。

 これから先も、罪を『引き継ぎ』続ける事。

 それが、尋なりの罪の『償い方』だ。

 この人達となら、それが出来るかもしれない。

「まあ、結論は急がんよ。一晩、いや、数日間ゆっくり考……」

「やります」

 唐澤が言い終える前に、尋はそう答えた。

「え……へっ?」

「やります。いえ、手伝わせて下さい」

「いや、その……いいのかい?」

 予想外に早い答えに面食らっている唐澤に、尋は続けた。

「俺は……俺の力で多くの人つみを助けられるつぐなえるなら、何だってします。それがきっと……俺が力を得た意味ですから」

「……そうか……」

「言っとくけど」

 再び、横から翔子が割って入り、尋を睨んだ。

「生半可な覚悟でするならお断りだからね。遊びじゃ無いし、アルバイト感覚でやってもらっても困るわ」

 そう言って尋に対して敵意むき出しの目を向ける。

「……分かってるさ」

 尋は自分の右手の掌を見つめた。

(遊びなんかじゃない。これは俺の……生きる意味だんざいだ)

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