第9話 じゃあ、とっとと部活動始めちゃいましょうか



 雲ひとつ浮かんでいない、すっきりと晴れた午後。肌寒かった春風もだいぶ暖かくなった。少し足を伸ばせば田植えを終え水を張られた田んぼが、規律良く緑のストライプと銀色に輝く水面のドレスで着飾っている。今か今かと梅雨の舞踏会を待ち侘びていることだろう。

 そんな初々しい気分の者達が此処にもいた。新規で立ち上げる部活動の申請を終えた二人組のことだ。


「はい、はい…… っと。大丈夫です、条件は満たしていますね」

「よろしくお願いします」

「確かに、受け付けました」


 無事? 顧問も決まり書類の提出を終えた悠一が安堵の息を漏らす。一応、形式上は審査があるが城華高校じょうはなこうこうでは部活動に特に制限は無く、かなりゆるめだ。なので、結構ぶっ飛んだ部活動も承認されており心配はしていなかった。


「凄く緊張したよぅ。でもこれで一歩前にって感じかな、関部長」

「そうだね。これからよろしく頼むよ、朝比奈副部長!」


 立ち上げ当初から部長をお願いしていた関 悠一に加え、女子生徒のまとめ役に朝比奈 灯里を副部長とした。郷土芸能部(同好会)としては、男衆と女衆の踊り手がそれなりの数になる筈なので、男女それぞれリーダーが必要だと判断したのだ。


「さあ、みんなが待っているよ」


 生徒会室を出てからというもの、二人は今迄感じていなかった違和感を覚えていた。歩いている廊下の風景、やけに響く足音、周りの生徒達の視線などが何時もとは違って見えたのだ。


「みんなお疲れ様〜。手続き終わったよぉ」

「安藤先生もお疲れ様です。わざわざすみません、手伝って貰っちゃって」

「アハハ…… 良いのよ、別に。私も暇だったし、部室は綺麗な方が良いし」


 二人が必要書類の届出に行っている間、大輝達は部室の整理と掃除を買ってでていた。元々が剣道場の控え室だったため、道具や備品、剣道の武具等が雑多に放り込まれていたからだ。


「凄く綺麗になったねぇ。思ってたよりも広かったんだ、この部屋」


「結構大変だったんだぜぇ。隆が五月蝿くてさぁ、『それはこっちだ』とか『もっと大事に扱え』やら『貴様には武士道が欠けておる』なんて言うんだぜ…… 知るか!!ボケッ!」


 想定していたよりも良くなりそうな部室を見て、灯里が安堵していると…… 大輝が愚痴をこぼしている。しかし何だかんだ言っていても、率先して作業をこなしてる様は、さすが頼まれたら断われない頼りになるリーダーである。悠一が表立ってリーダーシップを発揮するのに対し、大輝は精神的な支柱になりうる裏ボスと言ったところか。

 隣に居る志穂も黙って防具を片付けている。長袖を袖までまくり上げながら、髪をポニーテールに結って額に汗をにじませている。妙に静かなところを見ると、やはり志穂は愛子に苦手意識が有るのだなと灯里は思った。そして部室の奥では隆が竹刀を持って佇たたずみ何やらブツブツ呟いていた。


 隆はうっとりしながら、「思い出すちゃー、渡辺部長の県大会初戦の大将戦の応酬……流れるような小手につぐ小手! そして部長の必殺技”小手ラーッシュ”が炸裂した時の相手の恐れを隠しきれない表情がまた……くぅ〜っ、痺れた!

『説明しよう!小手ラッシュとは、小手が取れるまでひたすら小手を狙いまくる恐ろしい技だ』

 ながに《なのに》部長が敗れるとは…… 相手もなかなかの手練だったという事だわ。ナヨナヨして弱者を装う戦法、誠に天晴……」


 隆は眼を潤ませ悔しがっていた。右手に握り拳を造り、左手に携える竹刀が震えている。まさに背中が語っていた……、語ってはいたけど、その後頭部に大輝が投げた防具がクリーンヒットした。

「いでっ!!」

「仕事しろぉ!馬鹿剣士。何だよ小手ラッシュって?」

「何ぃ?我が剣道部のレジェンド、渡辺 佑たすく前部長の必殺技やがいね。ことごとく部のピンチを救ってくれたスラッシュの唯一無二の使い手でもある」

「小手に執着しすぎだろ!何だその恥ずかしいネーミング。滅びて正解だ剣道部」

「こんのぉ!ダラがぁ!(馬鹿がぁ)」


 二人が竹刀で叩き合っているのを相手にせず、残った者達で黙々と片付けをすませた。


「うん、上出来」


 綺麗に整頓され、掃除も行き届いた部室に愛子は御満悦だ。何時の間にかデスク一式を運び入れ、私物で机が満たされている。

「ここが私の城よ。貴方達も棚に並んでるDVD、勝手に観て良いからね」

「……まるで別宅の様ですね」

 職員室の整理整頓された愛子の机とは、似ても似つかぬ最前線感が満載な、渾沌とした机……というより”空間”が出来上がった。

「職員室って肩がこるのよねー。下手な物を置いたら教頭に目を付けられそうだし、教師も大変なのよ」


 安藤愛子の隠れた?一面に戸惑いつつも、お姉さん的な親しみやすさを皆が感じていた。志穂は知っていたようだが……。


「じゃあ、とっとと部活動始めちゃいましょうか」

 そう言うと、愛子はDVD選んで再生し始めた。どうやら昨年の県大会の映像らしく、見聞きした事もある県内の有力校が映っている。

「あっ、井田川いだがわですね」

 井田川高校。富山市八尾やつお地区(旧八尾町やつおまち)に伝わる越中緒花節えっちゅうおはなぶしが全国的に有名で、毎年沢山の観光客が訪れる。井田川は八尾地域唯一の高校であり、当然ながら越中緒花節を得意としている。その群を抜いた完成度は追随を許さず、比較されるのを嫌ってか他の学校が越中緒花節の採用を避けるそうだ。

「うわぁ、やっぱり上手いね〜。流石、富山の双璧と呼ばれている井田川だわ」

 志穂が感嘆の声を挙げる。

「踊り手もいっぱい居るし、地方じかたの人達も層が厚そうだよぉ」

「今からプレッシャーを感じてどうする、朝比奈。僕達はここにも勝たないといけないんだよ」

「ふっ、笑止!同じ高校生のやる事ぞ」

 灯里の言いたい事も解る。踊り手から地方や裏方まで、かなりの部員が居るようだ。全国を狙う有力校なわけだし、悠一の指摘どおり、県大会ではガチンコでやりあうだろう。全国大会に進めるのは優勝校と準優勝校の二つの枠があるとはいえ、毎年の様に井田川と梨平なしだいらが占めているのだから。


 ――因みにフェスティバルには各県の出場枠が定められていて、

 県大会の規模や過去の全国大会の成績が考慮されて決まっている。参加校の多い北海道と、青森などの東北勢、東京や富山もグランプリを輩出しているが故に最大の二枠が与えられている。



「で、実際のところチーム作りもどうすれば良いのか手探りの状態な我が校としては、まず井田川高校さんに郷土芸能部のイロハを教わりに行きたいと思います」

『「ええー!!!」』

 全員驚いた。当然だと思うけど高校野球に例えるなら、部員もろくに揃っていない無名校が、大阪桐蔭高校に乗り込んで「貴校を倒して甲子園行きたいから、ノウハウ教えろ」みたいな感じか。

 余りにも身の程知らずではないか。俺達は固まって何も言えなかった。

「勿論、我が校の事情を話した上での、あちらさんからの申し出です。ここは甘えて井田川さんの胸を借りたいと思います」

「安藤先生、でもどうして井田川高校が?」

 俺じゃなくたって疑問に思ってるだろう。安藤先生は微笑んで得意気に教えてくれた。

「な〜に、井田川の顧問とね、ちょっとした因縁があるのよ」


 愛子の表情がどんどん陰湿になっていく。


(あ……多分これ、触れちゃ駄目なやつだ……)

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