第10話 やっと終止符を……
六月上旬の土曜日、午後から安藤先生の計らいにより、
「ええ〜、信じらんない!」
悔しそうに志穂は「いいじゃん!ケチ。今日は甘い物の気分だったのに。
「オイ!コラ、待て。さり気なくディスりやがって!勝手にモテない認定するな」
「クスクスクス。強がりは惨め《みじめ》だと思わんのかね、ウッホくん」
「誰がウッホじゃ!今迄、
「……それも勘違いだったんだもんね。嗚呼、可哀想に。やっぱり私が付き添ってあげようか」
「だが、断る!俺だってその気になりゃ、ハーレムの一つや二つ……」
「うぅ!哀しすぎる!大丈夫だよ、多少毛深くても、私達は貴方達を祝福するわ」
「だからゴリラ認定もヤメロ!なぁ、みんな!」
「…………プププッ……」
しつこい志穂のたかりをかわし、一本早い汽車で高岡へ向かった。高岡駅の程近くには、加賀藩の名残が残る
城華から井田川高校のある八尾へは汽車と電車を二度乗り換えなければならない。高岡から富山へ移動した俺は、次の乗り換えの為に
(今日は朝から曇ったまんまだな。雨、降らなきゃいいけど)
そんな時。ホームから駅の外に目をやると、裏路地に入った所で止まってる車が目に止まった。何故だか違和感を覚えてしばらく見ていると、車の近くで何か
(!! なんだか変だ!)
限りなく犯罪の匂いが感じ取れる光景に、血の気が引くような感じと、早くしなくてはという焦りと、何とかしなくてはと湧いてくる正義感がごっちゃごちゃになって俺を突き動かす。
「……っなして!」
「…………れるんじゃねぇ!」
「誰かっ……」
現場であろう場所に近付くにつれ、助けを呼ぶ声が聞こえてきた。止めてあったミニバンの後部座席へ無理やり乗せられようとしている女性と押し込めようとする男、男の方もかなり焦って居るようだ。二人を見つけると予断を許さない事態に思わず叫んでしまった。
「待てコラぁー!」
周りの空気を切り裂くような鋭い……そう、鋭い声で男を威嚇する。ジャックナイフの様な切っ先鋭い声で! その勢いに一瞬動きが止まった男と制服を着た女性、どうやら歳の近い女子高生の様だ。こちらに気づいた女子高生は悲痛の表情で「助けて下さい!助けて、たすけ……」と必死にもがいている。それを抑えながら男が俺を睨み「関係ねえだろ!ぶっ殺すぞ!」と吐き捨て、女子高生を車に押し込めようとする。
俺は周りに聞こえるような大きな声で「警察だ、警察を、呼んでくれ!」と助けを求めつつ、怯んだ男の背後に迫る。すると男は女子高生を抑えるのを諦め、俺の方に振り返り殴りかかってきた。
「おめぇー、ざけんなよ!」
ぐっと自分の身体が身構えるのが解る。それと同時に冷静になった自分が、相手の振りかざした右手を
「いでっ!いでででででっ!!ぐぁっ!」
「大人しくしろ!腕をへし折るぞ!」
俺は無我夢中で男の制圧にあたった。(まさか、こんなにもすぐに役に立つ日がくるとは……)
――ゴールデンウィークに
だが今回はたまたま上手くいっただけで、思い上がったりはしない。すぐに女子高生に応援を呼んで来てもらうよう頼んでいると、さっき助けを求めた声を聞きつけ警察官が走って来てくれた。
(助かったぁ……)
こうして男は警察官に取り押さえられ、救援要請を受けたパトカーに乗せられていった。
(こういうのを『ミイラ取りがミイラになる』って言うのか)
男が連行されるのを見届けたあと、急に足腰の力が抜けた。両方の震えが止まらない……。 無理もない、それだけ危険な賭けだったのだから。容赦なく襲ってくる悪寒と恐怖に、冷や汗を生まれて初めて実感した。
落ち着いたところで警察官に促され、駅の交番で事情を聞かれた。幸い目撃者も多数居てくれて、当事者の女子高生もしっかりと弁護してくれたようだ。事情を把握した警察官から感謝の言葉を貰うと同時に、自分のとった行為が如何いかに危険な行動だったのかと軽くお灸を据えられてしまった。
「今回は無事だったから良かったものの、もし強い相手だったら、武器を所持していたら、そして犯人が複数居たら大変危険な事態に陥っていた事を認識して欲しい。君の取った行動は勇敢で素晴らしかった。しかし万が一の事態に直面した時、悲しむ人達の事も覚えていて欲しい」
――実際この後、警察官から犯人がナイフを所持していた事を知らされ血の気が引いたのだ。
複雑な気持ちだった。警察官に指摘された事を、素直に反省し受け止める自分と、無我夢中だったとはいえ人を助けたのだから、褒めて欲しいと思う浅ましい自分に気づいたからだ。
「じゃあ、今日はもういいよ。また後日、話を聞かせて貰うかもしれないから、その時は連絡します。帰りは大丈夫か?」
「はい、両親と部活の顧問に連絡しました。家から迎えが来るそうなので、今日はこのまま帰ります」
「なら親御さんが来られる迄、此処で待っていればいい」
「お気遣いありがとうございます」
親の迎えが来るまでの間、交番の外に出て安藤先生に改めて連絡を取る。事の顛末を話して、身の安否を散々心配され、少しばかり説教をされた。
「はあっ……」
安藤先生は安堵のため息をひとつ吐いて、優しく言葉をかけてくれた。
「言いたい事は山ほどあるけど……
涙が出た…… 顔は硬直していて、視線は虚ろなのが解る。口だって半開きだ……。 頬を伝う冷たい物が、首筋に流れて初めて泣いているのに気づく。声は出ない…… ただ涙を見られまいと隠すので精一杯だった。
その日の見学会は中止になってしまい、申し訳ない気持ちで一杯だった。でも不思議と気分は晴れていた。あの日、東京で情けなく終わってしまった自分の負い目に、やっと終止符を打つ事が出来たと思えて嬉しかったんだ。
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