第7話 本気になったことある?





「俺、悔しいんです! もっともっと上手く踊れるはずなんです」


 今思えば、かなりのおごりだった。自分が恥ずかしい…… 自分勝手に満足して、努力の到達点を下げていたのだ。他人の評価はシビアなのに指摘されるまでは気付かない。


「ちょっと…… 貴方、本気になったことある? 簡単に”悔しい”なんて使わないで! 血のにじむ様な努力をしてきたのなら、もっと伝わるものがあるはずよ」


 安藤先生は全員を見渡すと、凛とした声で「貴方達からは”魂”が感じられないわ。ただ踊らされてるマリオネットなのよ」と言い残して職員室へと戻っていった。


「ぐうの音も出ないな……」

「俺が甘かったのかな」 

「『魂がこもっていない』か…… 見透かされてるよね。確かに僕達には甘えがあった」


 ある程事態は飲み込めても、やはりショックは大きく、ただその場に立ち尽くすことしか出来なかった。志穂という例外を除いて……


「ねえ、ちょっとこれ……」


 志穂が床に散らばった紙の束を見ている。何かの資料の様だったそれは、安藤先生お手製の城華節の指南書だった。


 写真や手描きのイラスト(可愛いキャラクター)が描かれた指南書には、所々に”ここが大事!” とか、”指先まで神経を張り巡らせて” とか、”目線に気を配る” など、こと細かく蛍光ペンを使ったり赤ボールペンを使ったりして書かれていた。



「これ物凄く時間かかっているよ。とてもわかり易いし、あらかじめ準備してあったのかな?」

「なーん〔いいや〕、作ったんだわ。愛ちゃん、目の下クマ出来とったぜ」


 灯里は目を輝かせて喜んでいる。隆は安藤先生の異変に気付いていたようだ。


「愛ちゃんはね、ものすご〜く! 城華節が好きなんだよ。あのヒト、凄いお婆ちゃん子でさ。で、そのお婆ちゃんてのが城華節の名人で……」


 志穂が言葉に詰まり、うつむいていた。きっと彼女にも思い出があるのかもしれない。城華節が好きだった祖母に、笑顔で話しかけている小さな安藤先生の姿が目に浮かんだ。子供の頃の日々は、かけがえのない宝物になっていたのだろう。


「チッ!…… なんだよ…… やる気満々じゃねーか」


 俺は思わず舌打ちしてしまう程、その熱のこもった指南書に見とれていた。そして、真っ直ぐに情熱をかける”何か”がある安藤先生が羨ましかった。


「こんな熱烈なラブレター、初めてもらったよ。これは無下にできないよね」


 悠一は指南書の情報量に感嘆し、灯里が散らばった資料を綺麗に整えてくれた。


「安藤先生に謝りに行こうよぉ。このままなんて悲しいよ……」

「そうよね、灯里の言うとおりだわ。愛ちゃんに言われっ放しなんてヤだし!」


 髪をかきあげた志穂の横顔には、始まりの頃とは見違える程の覚悟があった。それを見ていた俺には、少しだけまぶしく見えた。




「先生、せっかく時間をいていただいたのに申し訳ございませんでした」


「…………」


「沢山の資料を拝見させていただきました。先生のお気持も考えず、不様な醜態しゅうたいをさらし、恥ずかしい限りです」


「先生〜、私達は安藤先生に顧問になってもらいたいんです!」


「愛ちゃん…… いや、安藤先生、お願いします…… もう一度踊らせて!」


 五人全員で頭を下げた。短い沈黙のあと、安藤先生が溜息をついて苦笑いしていた。


「私も大人気無かったです。良いでしょう、もう一度だけチャンスをあげます」


 「ありがとうございます!」

全員が先生の顔を見上げ、再度頭を下げた。



「うおー! 何としてでも認めてもらおうぜ!」


 俺は、なんとも言えない不甲斐なさと、妙なモチベーションの上昇で、なんか…… もだえていた。


「うわぁ…… 『萌え』 と『悶え』 って、一文字加えるだけで嫌におぞましくなるわね」


 志穂が半眼で呆れている。ニコニコ笑ながら灯里がペットボトルのお茶を用意してくれている。隆はというと……


「うおぉ! 気合いだ! 気合いだ! 気合いだ!」


 ……ハイハイ、此処にも居ました。痛いひとが……


「やっぱり城華節がどんな物なのか、ちゃんと理解していないと駄目だと思うよ。せっかく資料や指南書が有るのだから勉強しようか」


「うげぇ!」「うひゃあ!」


 俺と志穂は”勉強”と聞いて同時に悲鳴を上げた。(おやおや、気が合いますなぁ、志穂さんや……)


「ウェーイ!」


 二人でハイタッチを決めた。(俺達は孤独じゃない。わかり合える仲間ともなのだ!…… おっと、誰かが来たようだ)


 悠一が怒り出す前に、真面目にやるか……


 資料の中には、関係各所から配布されているリーフレットもあり、悠一が「城華節を知る参考になれば」と読み聞かせてくれた。


「え〜と…… 『城華節の由来は、僕達の住む城華町の名前の由来にもなっている、歌詞の『かつて栄華極めし 京は今や 城に花が咲くばかり』から名付けられていると言われている。

 他にもいろいろな説があり、平家の落人が創ったという説や、『お紗枝さえ節』の主人公である、お紗枝が唄い広めた説などもある。

 しかし、やはり五箇山や城華が平家の隠れ里と言われている伝説が有力であり、かつて「平家にあらずば人ならず」と豪語していた自分達の悲しい運命と、栄華を極めたみやこを懐かしんで唄い踊ったと伝えられてきた。』」

「ここまではいいかな?」


(なるほど、今までは特に目にも止めなかったリーフレットでさえ、中々の情報量だな)


 自分達がいかに無知だったのか気付かされる。地元の祭事が当たり前の様に目の前にあり、その先には長い歴史がある。それが如何いかに恵まれているのか考えもしなかった。


「続きを読むよ……」


「『身形みなりは黒の紋付袴もんつきはかまで、白たすき、白足袋。長さ、一尺五寸のそま刀を差し、笠を操り踊る。黒と白のシンプルな色づかいが緋色の杣刀を浮き上がらせ、それを利用することで色の対比が体や手足の動きをはっきりと表現する。また、笠を回転させたり、上下に動かしたりする中に一瞬の静止を入れることで、静と動のメリハリを強調し、緊張感の出る格式ある踊りとなる……』 だそうだ」


「ありがとう、悠一。今更だとは思うが、城華節にも歴史が有って所作のひとつ取っても意味がある。当たり前だが、それさえも解っていなかった」

「大輝ばかりじゃないさ。僕も軽く考えていたのは否めない」

「愛ちゃんが伝えたかったんは、つまり心構えがなっとらんてことやろ」


 麗奈を見返したい一心で、肝心の踊りに向う姿勢をおざなりにしてしまった。それは城華節を守り伝えている人達、祭りに誇りをもってかかわっている人達に大変失礼な事だ。それは城華踊りを卑下し拒絶した麗奈達と何も変わらないのだ。


「よし、図書室にも参考となる書籍があるだろうから、調べてこよう」

「じゃあ私と志穂ちゃんとで、保存会の知り合いの人に踊りのコツとか聞いてくるね」


「よっしゃ! やるぞー」

「おおー!」



 全員で拳を勢い良く突き上げ、気合いを鼓舞した。資料を集めるチームと、城華節の保存会にツテがある志穂達のチームに分かれ活動を開始するのだ。


 仲間と力を合わせ活動することに、少しづつだが確かな手応えを感じて、俺の足取りも軽くなった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る