第6話 こんなのじゃ駄目だ!何も伝わらない……



安藤先生との話を終えた俺達三人は、二人が待っているであろう教室へ戻った。案の定、志穂と灯里は教室に戻って来ていた。

 志穂はこちらを一瞥いちべつしたのみで、無視を決め込んでいる。何が起きているのか薄々気付いているのだろうが、あえて触れない様にしているのだ。だが話さなくてはならないだろう。覚悟を決めて、俺達は安藤先生に同好会の顧問をお願いした事、その為の条件として城華節の踊りを先生に見せなくてはならない事を告げた。


「ハァー? 信じらんない!」


 こうなる事は予想出来ていた。彼女を傷つけることも……


「志穂ちゃん!待って……」


 灯里の静止を振り切り、志穂は廊下へと飛び出して行った。俺はみんなに教室で、待っててもらえるようお願いした。志穂をここまで追い込んだのは俺だ。本気で反対していたのを解ってて強行したのだから。二人っきりで、しっかり話し合うのが筋だと思うのだ。


 外を寂しげに見ている志穂を見つけたのは、屋上へ続く階段の踊り場だった。風に揺れる栗色の長い髪の彼女の姿は、その美貌もあって凄く絵になっていた。こちらの気配に気付いた志穂は慌てて逃げようとする。


「待てよ!」

五月蝿うるさい。ついてくるな」


 屋上へ向って必死に階段を駆け上がりだした。俺は慌てて後を追った。

 暖かくなってきたとはいえ、まだ寒々しい屋上は無人の様だった。花を植えたプランターの若葉だけが、そっと俺達を迎入れてくれる。


「なあ、志穂!ちょっと待てったら!」

「きゃあ、来ないでよ!あっち行け!バカ!バカ!」

「バカバカ連呼するなよ!今のお前の方が、よっぽど馬鹿に見えるぞ!」

「アホかっ! 死ね! なんで勝手に決めてくるのよ!」

「お前が居なくなるからだろ!」

「私、嫌だって言ったよね? 言ったよね! 知らないよ、絶対反対!安藤先生に断って来てよ」

「出来る訳ないだろ!やっと顧問の目星がつくかもしれないのに。お前が折れろよ」


(…… こんなのじゃ駄目だ。何も伝わらない)


「なら、私はやらないわ!他を当たってよ」

「だから駄目なんだよ。」

「何がだめなのよ!」


(―― 志穂が居ないのに、俺達のチームと言えるのか? 答えは最初から解っている。五人揃ってこそ意味があるのだ)


 ありったけの正直な気持ちを伝えよう……



「志穂、お前が必要なんだ!」

 

 ビクッ!…………


 急に志穂が止まった。きょとんとして目をパチクリしている。


「えっ…… なにそれ……」


「麗奈が引っ越してから、俺達は五人でやってきただろう。だったら誰も欠けずに、麗奈の前に立たなければ見返す事は出来ない!それにお前が居ないと…… 調子が狂う。ごめん、志穂」


 慌てて後ろを向く志穂。俺は何が起きたのか解らなかったが、話が通じたことだけは理解出来た。


「いいわよ、やってあげる」

「ありがとう、志穂」


 五月になっても、まだ冷たい風が身に染みる。身体を揺らして寒そうにしている。耳が真っ赤になって気の毒だ。俺は早く教室に戻って来るよう伝えてその場を後にした。


「風邪引く前に、教室に戻って来い」


 寒そうに校舎内に戻って行く俺を、志穂はそっと振り向いて見ていた。


「バカッ…………」




 学校の屋上。大輝は教室へと戻って言った。志穂は一人、校庭を走り回る部活動の生徒達を見ていた……


(大輝との出会いはよく覚えていない。物心ついた頃には一緒に遊ぶ仲だった。いつの頃だっただろう…… 確か小学校に上がって間も無い頃だったと思う。学校の帰り道、私は親から道草をきつく注意されていたのに守らなかった)


 少し強めの風が志穂の髪とスカートをなびかせる。髪とスカートを両手で抑える志穂。風邪が止んで空を見上げる。


(気付いたら知らない街まで来ていた。辺りも暗くなり雨も降ってきて、近くの公園の遊具の中で雨宿りをしていた。心細さと肌寒さで今にも泣き出したくなった。そんな時、あいつは来た。傘をさしてズボンは泥だらけ…… あちこち濡れて酷い有様だった。だけど…… そんなあいつが私を見つけ、真剣に怒ってくれた)


 志穂はフェンスに両手を添えて、顔を俯かせる。頬はほんのり赤らめていた。


(あの時から、あいつは私のヒーローだ……)



 創部前に最大の危機を迎え、何とか乗り越えた。かなりの疲労感を抱えつつ、志穂も戻ってきたので話し合いを始める。いや、ホント…… マジで勘弁して欲しい。


「全員揃ったので、安藤先生からの課題について考えよう。この中で城華節を覚えてる人?」


「悠一はどうなんだ? 俺は少しぐらいだったら覚えてる」

「僕は勿論覚えているさ。なんなら踊りの練習を見てあげてもいい」


(オイオイ、悠一さんよぉ…… 随分と上から目線だけど。もしかしてお前、自分のロボットダンスの事を言っているのか?)


「悠一、あんたの踊りロボットやろが。あんなん、城華節とは言えん」


(あ…… 言ってしまった)


「アハハハハハ…… 振り付けを忘れてフリーズしてた奴に言われたくはないね」


「止めるんだ、二人共!」

「喧嘩は止めようよ〜」


 こんなレヴェルの低い闘いに、構ってるほど力は残っていない。適当にあしらって、話を戻したい。


「私、踊れるよ。男踊りも何となくならわかるかも」

「本当か、志穂!」

「昔、愛ちゃんに思いっきり仕込まれたからね… ハハハ……」

「あ! その事だけど、お前、安藤先生と従兄弟だったのかよ?」

「まあね…… てか、お前言うな!」

「お、おう。悪い。で、仕込まれたってとこ詳しく!」

「そのままだよ…… だから嫌だったのに。覚悟しときなさいよ! 愛ちゃんは、踊りとなったら鬼のように厳しいから」

「え、あの優しい安藤先生が?どうせ志穂が怒らせたんだろう?」

「ハイハイ、後悔してもしらないからね」


 かくして、俺達は志穂の手ほどきを受けながら鬼の様に練習した。安藤先生が鬼の様に厳しいなら、練習も気合いを入れなくてはならないからだ。放課後約三時間くらい、毎日振り付けの確認をした。だいたい見れるくらいには踊れる様に仕上げたと思う。


 約束の一週間が経った。俺達はやれる事はやったと自負する。練習場(仮)に安藤先生を迎えて俺達は向かい合った。


「それなりに、お見せ出来る位にはなったと思います」

「そう、なら楽しみにしてるわ。志穂、またこんな形でやれるとは思わなかったよ」

「たはは…… 愛ちゃん…… 城華ここに赴任していたんだったら教えてよ」

「あら、教えたら城華ここに来なかったでしょう?」

「……」

「さあ、準備は良いかな? 貴方あなた達の出せる物を全て見せてください」


 悠一が皆の前に立ち、右手の甲をすっと前に差し出す。俺達は言葉は交わさずとも理解し、悠一の手の上に自分達の手を重ねていく。


「練習の成果を出し切ろう!」

『オー!!』


 悠一の掛け声に俺達はひとつになった。城華節の陣形になり、お囃子の入った音楽プレイヤー”アイ・ポッポ”のスイッチを押す。


『ヨッシャコーイ・ヨ〜シャコーイ、ヨッシャコーイ・ヨ〜シャコーイ……』


 全員が息をそろえて、右手で菅笠すげがさを床にちょんちょんと押し付ける。これは田植えをする村人達を表し、平家の落人だった彼等の哀愁を表現しなくてはならない。

 多少ぎこちなく菅笠を両手で操り演舞していく。男踊りと女踊りのポジョンを前後に入れ替え志穂と灯里が前に出る。志穂はなかなか様になった踊りをしている。灯里も久々とはいえ、一週間でよく形にしてきたなと感心した。俺達男子勢は何とか振り付けを追っているレベルだ。昔取った杵柄、全くの未経験なら踊りにもなっていなかっただろう。


 なんとか踊りきった。途中何度か危なかったけど、ミスは無かった筈だ。みんなで向き合って喜び合ったその時……


「ねぇ、真面目にやる気のあるの!」


 目付きの変わった安藤先生の姿が……


めてんじゃないわよ!本気で城華節を守り続けてる人達に失礼だ」


 手に持っていた資料の様な物を床に叩きつけ吐き捨てる。


「踊りは正直です。やればやるだけ形になる。やらない奴には見向きもしない。私は本気を見せろと言いましたよね!」


 青天の霹靂せいてんのへきれきだった。俺達は何が起きたのか理解出来ず、ただ言われるがまま固まっている。日頃の安藤先生とは想像もつかない、苛烈なほどに厳しい叱咤と、虫けらを見る様な軽蔑の冷た過ぎる視線が突刺してくる。


「ほ〜ら、言わんこっちゃない……」


 両手を組んだ志穂が冷めた目で呟く。俺に近寄り話しかけてきた。


「愛ちゃんは城華節になると人が変わるからね……」


「志穂!貴方もなんなの? 昔の方が踊れてたわよ!

「へい、へ〜い」

「返事は一回!」


 いかに自分達が甘かったのか思い知らされた。そしてこのままでは終われない、そう思える熱い気持ちが込上がってきたんだ。


「先生、もう一度、もう一度だけ、お願いします!」



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