第3話 転んだけど、ただじゃ起きないよ……
五月上旬後半。
富山に戻ってから数日が経った連休終盤の土曜日。今日は唯一の登校日であり、これが無ければ飛び石にならなかったのにと恨み節が聞こえてくる。
あれから外出はしなかった。出来なかった……
誰とも会いたく無かった、言葉を交わすのも煩わずらわしくて…………
だけど黙っていても腹は減る。喉が渇くし、トイレにも行く。風呂にだって入りたい。所詮は家族とも顔を合わせる事になるし、普段と特に変わらない生活を送っていた。
いつもの通学路も普段は何気なく通っていたのだが、今日は億劫でたまらなかった。いや、麗奈の事を根掘り葉掘り聞かれるのが嫌だったのだ。
(はぁ、帰りてー)
足取り重く歩いていると
「でぇえい!!」
後ろから志穂が体当たりを決めてきた。
少しよろけたけど抵抗するのも面倒だ……
「この幸せ者め!」
さっと反撃に備え身構える志穂。
「やる気か!フッフッフっ! …………あれれ?」
だが、そんなのどうでもよかった。俺は志穂を一瞥し、かまわず歩きだす。
「……なんなの、あいつ……」
以外な反応に志穂は立ち尽くしていた。
授業中の教室で、斉藤 志穂は悩んでいた。大輝の事が引っかかるのだ。
(なんか暗かったなぁ、あいつ。何時もなら『コノヤロー! どうやらクラスの平和を守る為、立ち上がる時が来たようだ』とか何とか言ってさ。呟きながら寒いキメポーズしてくるのに……)
志穂はさりげなく視線を”いつもと同じ” 方角へ移す……。そこにはずっと窓の外を見ている大輝の姿があり、志穂の心をざわつかせる。
(仕方ないなぁ、今日は午後から授業無いし、みんな誘ってカプリチョー助行こうかな……)
嫌々? ながらも、あれこれ企て始める志穂なのだった。
志穂の誘いで、俺と悠一、隆、灯里、志穂の五人は隣町のショッピングセンター・ファボーロに来ていた。新しい服が見たいとかで女子チームに振り回され、疲れた男子達は文句タラタラで歩いている。さすがに申し訳ないと思ったのか、志穂がランチにしようと提案してきた。
「美味い! 安い! ハズレな〜し! みんなの味方さ、カプリチョーすけー♪ 」
ここは飲食店の店内。志穂がご機嫌よろしくテーマソングを歌っている。カプリチョー助とは全国に多数のチェーン展開を繰り広げるピザとパスタのレストランである。ボリュームがあり、とても
店のキャッチコピーは……
”おめえら、満腹死させてやる! Go to hell !!”
「キャー! 嫌だよ!駄目だって!」
「肉ドーン!、ジョロキアもドーン!」
「志穂ちゃ〜ん! やぁ〜めぇ〜てぇ〜よぉ〜!」
「フフフっ、良いではないか!良いではないか!」
志穂が灯里の皿からナポリタンを略奪し、自分の”お気に入り”ジョロキアたっぷりペペロンチーノ(破滅級)をお返しとばかりに混ぜ合わせる。灯里には大迷惑なお返しだ。さりげなく嫌いなピーマンをリリースしてるあたりは確信犯だろう。キャッチコピーは彼女の為に有るのでは……
「美味し〜い♪最高やちゃ〜!」
「きゃうっ!!!」
理不尽な富山弁とカワイイ断末魔が響き渡る。
「あ、すいませーん、追加良いですか?」
「はい、お待たせ致しました」
「ホタルイカ墨パスタ、ひとつ」
「はい、かしこまりました、次行ってみよー!」
悠一がパスタを注文して苦笑いしている。
「この店変だよな、『次行ってみよー』 だぜ。俺には真似できないよ。ハハハッ……」
「…………そうだな。」
「『そうだな』って………………はぁ〜。」
――溜息をつく悠一。 場の空気が冷めていくのを感じた――
「なあ、大輝。何かあったのか? 休みの間メールの返事は全く返してこないし、今日だってなんか変だぞ?」
「何でもねぇよ……」
一瞬の沈黙が訪れる…… 顔を赤くした灯里が涙目ながら必死に気を使ってくれた。
「たひぃきぃぐぅん、はぁーにぃーかぁーあっひゃーのぉー??」
「灯里、無理はしなくていいぞ。 ほら大輝、灯里も心配してるじゃないか。」
「力になれると思う。うん。」
灯里の労をねぎらいながら、悠一はじっと見詰めてくる。隆は、いつも口数は少ないが心から思ってくれている。
「大輝、東京で何かあったんだよね。大輝の叔母さんから話聞いたよ」
どうやら志穂は、移動中にうちの母親に電話をしたようだ。
沈黙がしばらく続いたあと…………
俺は観念し、東京で出会った志穂の事、周りの仲間たちの事、全く相手にされなかった事…… 幼馴染みんなが侮辱されてしまった事、
もう話さずには…… いられなかったと思う………
短い沈黙、気がつくと悠一は顔を伏せている。隆は目を赤くして睨んでいた。灯里は涙が止まらないようだ…… 志穂が寄り添うが、その肩は震えていた。
志穂がらしくも無い、か細い声でつぶやいた。
「悔しいな……」
灯里が涙声で……
「麗奈ちゃん、あんまりだよう……」
悠一はさっきから無言で黙っている。
隆は拳を強く握っている。強く……強く……
だから嫌だったのだ。でも話したことにより、少しだけ重荷が降りたというか、分け与えたと言うべきか。自分の
重苦しい雰囲気に耐えきれず、無言のまま俺達は店を出た。ショッピングセンターの中心部にはイベント広場があり、親子連れで賑わっていた。
志穂は何気なく視線をステージ横のテレビモニターに向けていた。
「嘘っ…………」
そこには仲間と共に映る麗奈の姿が…… リポーターの紹介で手を振っている。
『これから紹介するのは、高校生による祭りの祭典、全国高等学校郷土芸能祭事競技大会・東京大会の優勝最有力候補、
「いぇーい!」「ヒャッハー!!」
モニターに全員が釘付けになっていた。
『皆さんは、常勝・中之島のフラメンコのチームとのことですが、大会に向けて今年の抱負をお願いします』
「はい」
あの時の仕切っていた女性がインタビューを受けていた。
「ご紹介に与りました、部長の
背後に控えた部員達が、歓声で盛り上げる。かなりの人数が居るのがわかる。
『ありがとうございました。もう一人聞いてみようかな?』
「では当校の新入生で初の、チームのセンターを任せる事になった……」
リポーターの横で麗奈が清楚で見惚れるお辞儀をした。
「小寺沢 麗奈です、よろしくお願いします」
『私、先程こっそり紹介VTRを拝見させていただきました。小寺沢さんは中学時代から、部活動のフラメンコチームで有名な選手だったと伺ってますが』
「有名なんて、そんな。ただ頑張って踊っていただけです。」
『
「ありがとうございます!練習の積み重ねがあっての
『実は、サプライズで麗奈さんのお母さんにもインタビューさせていただいたのですが、あの妖艶さは小学校時代のお友達と一緒に踊った
「えっ?…………」
麗奈の顔色が変わった。語気も荒く、凄く不機嫌そうだ。
「母親は何かと勘違いしていたんだと思います。私は幼少の頃からフラメンコの先生に師事していましたから。城華節? なんですか、それ。郷土芸能なんて興味ありませんし、そんな友人は居ませんでした。その頃、フラメンコの他には特に得る物も無かったです」
麗奈が
「オイ、俺、俺しゃべるぜ!」
―― いかにもガラの悪い男だった
『じゃ、じゃあ、全国のライバル校のみんなにひと……』
「ライバル?ハッ!アホくさ。居るわけないじゃん。古臭い踊りをしてる
「あ、…… ありがとうございます……」
リポーターの気まずい表情が全てを物語っている。中継が終わるやいなや、その場から志穂が駆け出した! 俺達も慌てて後を追う。
外へ飛び出した志穂は、力も無く立ち止まると、肩を震わせながら泣きだした……
「うわぁぁぁん! 」
ボロボロと涙の粒が落ちていた…… あの気丈な志穂が……
「悔しいよぉぉ!!」
(…… 志穂を泣かせたのは誰だ……!)
俺の中に言葉に出来ない熱い物が込み上げてくる。不快だ! いてもたっても居られな気分だ!
気がつくと自分の事なんてどうでも良くなっていた。
灯里が志穂の頭を撫でて優しく声をかけている。こんな時、本当に灯里が居てくれて良かった。志穂もそう思っているだろう。
「ちょっといいかな? 」
悠一が歩み出て皆んなの前で振り向くと、淡々とした声で語りだした。
そう…… みんな信じていたんだ……
「いや、びっくりしたよな。俺は昔の麗奈しか知らなかったから、大輝の話聴いても実感わかなかったんだよ」
このままじゃ終わらないと……
「―― だけどさ、悲しいよな…… 何もかも否定されて無かったことにされるなんて」
だから…………
「―― 悔しいよな、俺達の故郷を…… 城華の祭を貶けなされた事、そして仲間を侮辱した事!」
その言葉を…………
「泣かされた友人達の為にも!」
待っていたんだ……
「『このままじゃ終われねーよな!』」
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