第4話 さっそく取りかかろうって言ったのに……

五月中旬。

 


「さて、これからどうするか目標を立てよう」


 春祭りも終わり、気温も過ごしやすくなってきた。日中は日が照れば冬服では暑く汗ばんでくる。あれから数日経った放課後、俺達五人は「(打倒、小寺沢麗奈とその周り決起集会)」を開いていた。


「まずは敵を知らなくては話になるまい……」


「うわっ! 隆がやる気だ!」


 静かな巨人、隆のひしひしと伝わる闘志にみんなビックリした。てゆうか、奴のサムライスピリッツ半端ないんですけど。

 志穂もあれから多少引きずってはいるみたいだけど、立ち直ってくれたようだ。

(ん?…… 二人共、何だ? そのお辞儀は? こら、止めなさいって…… 灯里がおびえてるだろ。あ〜あ、二人共瞑想始めちゃったよ)

二人のサムライが現実に戻るまで誰も関わらないようにしていたのは言うまでもない。


「気を取り直して、まずは麗奈達が参加する全国大会について調べてみた」


 悠一が説明した内容とは…………



 麗奈達のチームが参加する大会とは、正式名称を全国高等学校郷土芸能祭事競技大会といい、通称”フェスティバル”と呼ばれている。

 設立の由来は、観光庁が来る二〇二〇年、東京オリンピックの年に、外国人観光客数の目標を四千万人とし、どうすれば日本に呼ぶ事が出来るか会議が開かれた。議論の末、目の肥えた海外の観光客に興味を持ってもらうためには、メディア展開が有効だと判断した。

 そのコンテンツの内容として決まったのが”お祭り”である。お祭りには色々あるが、特に踊りやパレードを主体としてイベントを立ち上げてはどうかという案だ。

 それを踏まえた上で、さらに問題となったのが、近年の少子高齢化による郷土芸能の伝承者の担い手不足、地方の観光業の衰退である。このままでは観光立国どころか、文化として多大な損失になる。

 危機感を覚えた観光庁は若者、特に高校生の継承者の育成を急務とし大会を立案したのである。


 内容に着目してみると、文化庁が開催している全国高等学校総合文化祭、通称”総文祭”との違いは、文化部のインターハイとも呼ばれている総文祭が、その名の通り文化部の多岐に渡る種目を設けている事にある。

 それに対し観光庁のそれは、祭りに関わる踊りとお囃子、またはパレード形式のみを競技にすることに特化し、よりエンターテインメント性におもむきを置いている。じゃあ、総文祭よりフェスティバルの方が、よりエンターテインメント性に優れているのか? 答えはYESでもあり、NOとも言える。設立の成り立ちも違うのだから、お互いに存在意義がある関係なのである。


 開催時期もしかり。総文祭と重ならないように配慮されてる為、近年参加する高校も増えてきた。

 そしてこの大会の最大のメリットは、グランプリには最高賞として高円宮杯の賜杯が贈られる。さらに優勝団体は観光庁斡旋のもと、専門プロダクションに登録が約束され、将来はプロとして国際イベントや国内イベントに参加できる事にある。ちなみにこの専門プロダクションは一般の社会人を対象としたオーディションも開催しているが、応募者も多くかなりの倍率である。また審査も厳しい事で知られかなりの狭き門である。そのことからしても高校生でプロへの道が開ける”フェスティバル”への注目度が高まっているのだ。


「よっしゃー! その大会に出れば麗奈のチームと戦えるんだな!」

「戦えるって…… 物騒だけどまあそういう事だ。ただし、そう簡単にはいかないよ」

 張り切りだす志穂に悠一が釘を刺す。ババッといきなり隆が身構えた!いったい彼は何に怯えているのか……

「麗奈が居る中之島総合はかなりの強豪だ。フェスティバルの大会自体はまだ今年で六回目だが、過去三度の総合グランプリと準グランプリ二回、つまり全大会で表彰台に登ってる。今年の大会は二度目の連覇がかかっている。しかも部門別では敵無しだ」

「はひっ!…… ねえねえ、麗奈ちゃんがそのチームのエースなんだよね……」

「そうらしい。彼女は中学時代もフラメンコでかなりの数の大会で賞を総なめにしてきたそうだ。そんな彼女に中之島も目を付けたんだろう。それに……」


 悠一がふと考え込んだ。すると今まで見えない相手に警戒を怠らなかった隆が(何と戦ってるんだ?お前は)悠一とアイコンタクトをした。(ムムっ!何なのそれ? カッコいいじゃん!)隆が悠一から代わって話し出す。

「全国には中之島にも劣らん強豪が沢山あるが。ソーラン節の余市輝星よいちこうせい、斎太郎節で人気の青葉城水産あおばじょうすいさん、郡上おどりの南郡上みなみぐじょう、炭坑節で盛り上がる潤野ヶ丘うるのがおかとか他にもいろいろあるがやちゃ」

 隆がバリバリの富山弁でなおも熱弁を続ける。

「でも一番の問題は、県大会やぜ」

「県大会? 富山でも県大会ってあるの?」

「あるもなにも、全国でも屈指の激戦地区やちゃ」

「ホントに!?」

 驚く大輝を見て、信じられないと溜息をつく隆。ここで三井 隆の白熱教室開講です!


「まずは…… そうだなぁ〜、越中小原節えっちゅうおばらぶし井田川高校いだがわこうこう新居側古大臣にいがわこだいじんで暴れまくる魚滑水産うおなめすいさんだろ〜。そらからサンサン節の冨山商業とみやましょうぎょう矢替節やがえぶしの高岡、そしてなんといっても富山県の雄、あの中之島の三連覇を阻止した梨平高校なしだいらこうこうが有名だな。」

「阻止したってことは、グランプリを取ったってことかよ!」

「きゃー!! ハイ、終わった〜!」


 俺と志穂は驚きと絶望感で何とも言えないテンションになってしまった。なんだよ、ヤバいじゃんかよ富山県大会。


「梨平高校かぁ。確かに梨平のある五箇山地方は民謡の宝庫だもんね」


「むふふふ…… それに梨平には灯里さ〜んの大切な……」


「きゃー! 志穂ちゃん駄目ーー!!」


「うぐっ! はあぁあ…… グギギギギィ……」


 子猫の様にじゃれ合う二人と、擬音を発しながら真っ白な灰になった隆…… 触れてはいけない青春のいちページが此処にある。南無南無南無南無……


「でも見方を変えれば、全国大会のレベルで県大会を競えるというのは悪いことばかりでもない。だってそうだろう、中之島に勝つという事は全国を敵に回すに等しいのだから」


「勝ち目は有るのか? 悠一」


「さあね? てゆうか、僕達は何も始まってないじゃないか」


「ソウデスヨネー」


 忘れていたが、まだチームというか、すなわち部活さえも立ち上げていない以上は何も始まってない。これが俺達のリアル……



「兎にも角にも、部活という形でチームを作らなければ麗奈達と同じ土俵には立てない。ということで、申請書類は生徒会から貰もらってきた。」

「ありがとう、悠一。そのまま部長も頼む」


俺はその場の流れを読み、華麗なスルーパスを決める


「ちょっと待ったー!!」

(ふん、やはり来たか!この目立ちたがり屋め!)

 志穂の目立ちたがり屋なところは皆知ることであり、彼女が仕切って上手くいったためしがない。子供の頃から幾度となく繰り返されてきたのに本人は罪の意識が無い!全く世話の焼けるお子ちゃまである。


 というわけで、無意味かつ不毛な部長選挙が候補者二名、投票のち即日開票にて行われ、悠一が部長で落ち着いた。


「君たちは解っていな〜い まず組織について重要なのは強力なリーダーシップであり……」


 暴走お嬢様(いろいろと残念な奴ではあるが、ああ見えて地元の名家のお嬢様だったりする。因みに残念なお嬢様の不名誉な称号は彼女の母親から引き継いでいたりする)は灯里に任せて、男衆三人で具体的な話に移る。


「まずは同好会を立ち上げることになるが、必要な人数は三人以上いるのでクリアーだ」


 悠一が書類に記入しつつ、チェックシートに印をつける。


「部長の選任よし、部室及び練習場所はと……」


「それなら当てがあるちゃ」


 聞けば三井 隆が所属する剣道部は今居る三年生が引退した後は、隆とバスケ部と兼部している二年生の幽霊部員が一人だけになってしまうそうだ。剣道部は名残惜しいが、広い剣道場は独りでは寂しすぎる。本当にラストサムライだったのか……


「じゃあ、練習場所は決まった。部室は剣道場の控室を使うことにして…… あと、残りは顧問を決めないと。大輝、心当たりないか?」


「うーん? 顧問かぁ。隆、剣道部の顧問の先生は空いてるよな?」


「な〜ん、元々いた顧問が他校へ転勤になってから、柔道部の先生に兼任して貰もらってたがいね」


 永年にわたり剣道部の指導に尽力してきた顧問の転勤も、剣道部の弱体化に拍車をかけていた。



「悠一くん、安藤先生はどうかな?」


 志穂の相手をしていた灯里が話に加わってきた。安藤先生とは国語教師の安藤愛子先生だ。明朗快活、眉目秀麗、スタイル良し!と、女子の人気もすこぶる高い全校生徒のアイドル。親しみやすさもあってか、愛ちゃんと呼ばれている。


「そりゃあ、安藤先生なら申し分ないよ」


「だけど灯里、愛ちゃんなら他の部が放って置かないんじゃないのか?」


「ふふふっ…… 甘いなぁー、大輝くん。甘々だなぁ、この灯里さんの情報網を甘く見てもらっちゃ困りますよぉ〜」


 こんな時でもイラッと来ないのが灯里の人徳なのかもしれない。コロコロと笑ながら楽しそうに説明し始める灯里を見ていた。これが他の奴だったら確実にイラッと来ちゃうね。なんなら手も出ちゃうかもね!


 おやおや? 殺気を感じるよ


(ん、なんだ志穂!やる気か!)


 はぁ…… 志穂が威嚇しているが、相手にしないよ。俺は大人だから。


「じゃあ、灯里さんの情報を聞こうではないか、カモン!…… あたっ!?」

「ハゲ大輝のくせに生意気だぞっ! キャッ、痛ぁーい。」

「ハゲ言うな! お前こそ、偉そうじゃないか!ゴリラ女! ぐぇっ、痛てぇなぁ!この馬鹿力」

「女子に向かってゴリラとかバッカじゃないの! ……!?イヤッ!イヤッ!死ね!」


(逃げちゃダメだ!逃げちゃダメだ!)「だったら少しは可愛げ見せろ!」


 ――かの偉い人が言っていたじゃないか!(負けられない戦いがここにある!)


「すいませんでしたァー!可愛く無くてごめんね、ごめんねぇ〜」

「黙れ、志穂のくせに!志穂のくせに! トリャ!てい!てい!てぇえい!」

 ――キックにパンチ…… ええ、一応出来ますとも!嗜む程度には。


「い い か げ ん に し な さーーい!!!」


「キャッ…… ハ、ハイ!」「お、おう!」



 灯里サンは怒ると結構怖かったりする……

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