第2話 嘘だよね……

五月上旬




 バスタ新宿には早朝に到着。彼女の住む野方には西武新宿線ですぐだ。

 (まだ訪ねるには早過ぎるし…… 腹減った……空腹に耐えきれないしなぁ。牛丼のらんぷ亭で時間を潰そう)

 ほかほかの牛丼・並盛に生卵をパイルダーオン! アッツアツの味噌汁に玄人泣かせのお新香。紅生姜を山盛りトッピングして七味を振りかければ、我…… 大輝たいきスペシャルの完成だ。

 (これでセット価格三百八十円は庶民に優しすぎだろ!らんぷ亭!)

 紅生姜が凄くピンク色で思いしかハートに見えるような。

(駄目だ、浮かれ過ぎ。いつか麗奈と一緒に食べに来たいなぁ。周りの御一人様達から(仲良し夫婦、ぜろ!) とか思われながらキャッキャウフフと牛丼つっついてさ。


 牛丼のらんぷ亭にてささやかなる歓迎セレモニーを開催し、大盛況のうちに幕を閉じる。

支払いを済ませ、上機嫌で店の外に目を遣った。すると……

 時間ときが止まる瞬間って、本当にあったんですね、ハイ。


 そこには凄くセンスの良いファッションを身にまとう美少女、小寺澤 麗奈の姿があった。随分雰囲気の変わった、だけどあの横顔は間違いない!


 俺は店を飛び出し麗奈の元へ走り出す。嗚呼ああ、胸が苦しい…… 鼓動がドクンドクンと頭の中に響き…… 顔が熱い…… 手が震えてる……

 (どうにかなってしまいそうだ。ちょっと待ってくれ、俺は此処に居るよ、気づけよオイ!…… )


 覚悟を決め、大声で叫んだ!

「麗奈!」

 振り向いたのは確かに麗奈だった。化粧をしてるから少し雰囲気が違って見えるが面影は変わらない。目頭に熱い物を感じながら麗奈の前に駆け寄って、再会の喜びを分かち合おうと……


「あの……どちら様ですか?」

「えっ?……麗奈だよね、小寺澤 麗奈」

「そうですけど…… ?」

「俺だよ、俺! 長月。長月ながつき 大輝たいき!」

「大輝くん?…… 」

「そう、そう、久しぶり。びっくりしたよ!」

 (写メで写真送ってたから大丈夫だと思ってたけど、大人びたからなぁ俺。用心しておいて正解だったよ。麗奈は恥ずかしがって写真送ってくれなかったけど、そこはほら……長い間彼氏として培われた経験値と記憶力でわかっ……)

「…… ホントに来ちゃったの…… 」

「えっ?来ちゃったのって?…… どういう…… 」


 どういう事だろう?麗奈の反応に混乱する俺…… その刹那、いきなり知らない男が肩を強引に組んできた。

「なあ、麗奈。誰なの、コイツ!」

 麗奈は冷えた眼差しで力無く答える。

「小学校の頃の同級生」

 気づくと、周りには同じような年頃の男女グループが取り囲んでいた。そのなかのリーダー格の様な女の子が……

「随分と馴れ馴れしいけど、麗奈さんと…… どういう関係?」


 どんな関係って……


「恋人同士だけど」

「やめて!」


 麗奈が吐き捨てるように叫んだ。


「そんなの本気にしていたの…… バカみたい、子供の頃の遊びじゃん…… 」

 肩を震わせながら哀しげな声で俺を睨んでる。

「今すぐ消えて……」


 何が起こっているのかわからない!俺は麗奈の肩を掴んで詰め寄った。


「ハハッ、びっくりしたぁ!ごめん、そんな冗談はいいからさ…… 」


「嫌っ!離して!!」


 俺の手を振り払う……


「オイ! コラァ!! 」


ドカン!! ガラガラガラン…… カラン……


 その時いきなり引っ張られ、そして突き飛ばされた。派手な音と共に俺は自販機に身体を打ち付け、空き缶を撒き散らしながら屑籠と一緒に転がった。


「オラァ! 俺の女に何してんだよ!殺すぞ!」

 男が吐き捨てる!睨みながら俺の胸ぐらを掴んだ。周りの奴等が敵意を剥き出しにして叫んでる!

「ビシッと言ってやれ、龍二りゅうじ!」

「何コイツ、凄くキモくない?」

「ちょーダサいんですけど」


 そして声を揃えて帰れコールをはじめた。

「ハハハハッ!ウケる。田舎もんはさっさと帰れ!」

「帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰ぇ〜れっ!かぁ〜え〜れぇ!」


気分を害したのか、リーダーらしき女の子が仲間を吐き捨てるように一喝した。


「馬鹿な事してないで、さっさと行くわよ!」


 奴等は面白くなさそうに、転がった空き缶を投げつけながら立ち去ろうとする。そこで目にしたのは、俺を突き飛ばした男、龍二に駆け寄り身を寄せる麗奈の姿だった。


 (嘘だろ、麗奈…… 嘘だって言ってくれよ)

「忘れたのかよ、引越す前の事。城華の事……灯里や志穂達のこと!城華踊りで一緒に踊ってたじゃないか、一緒にやってきたじゃないか!」


「五月蝿い!《うるさい》」

こちらを振り向いた麗奈は、哀しげな目で睨みながら……


「だからやめてって言ってるでしょ!そんなの忘れたわよ。あんな古臭い町……大嫌いだったから」


「うわ、マジかよ!待て!待て!」

 それを聞いていた龍二は、麗奈に向かって二タニタしながらおどけ始めた。

「そのナントカ踊りってさ、ジジィとかババァが喜んで踊ってる古臭〜い奴だよな! なに?麗奈踊ってたの? ブハハハ、マジウケるわ!」

 龍二は(どじょうすくい)の様な、かつ(阿波踊り)みたいな仕草を混ぜた適当な踊りをして麗奈の周りをまわっていた。


「するわけないじゃない!そんなダサい踊りもお祭りも知らないわよ! あなたも、いい加減にしてくれないかしら!」


 麗奈はこちらを振り向くと、軽蔑した目で……


「もう、私の前に現れないで! あなたもあの町も、ホント……もうウンザリだから!」


「おい、勘違い野郎! 二度と現れるんじゃねーぞ。田舎臭いのが伝染る」


「……あとね、少し痩せたら。カッコ悪いよ……」


「俺に勝ちたけりゃ、少しは人間に近づけ!豚男!」


 麗奈と龍二は踵を返し去って行った。リーダー格の女の子も冷たく鋭い視線で……



「わかったでしょ、身の程をわきまえなさい。じゃあね」


と言葉少なげに去って行った。


「馬鹿じゃねーの」

「消えろ!」

「麗奈さん、可哀想。ストーカーだよ、ストーカー」

「さっさと田舎に帰れ! サル踊りでも踊ってろ。これは命令だ!」

「アハハハハハ! ちょっとやめなよ〜」

「いやいや、私達悪者みたいじゃん!」


 周りの奴等も罵声を浴びせながらそれに続いていった。





 どれだけ時間が経っただろう…… いや、実際はそれ程でもないか……


 ただ何も出来ず、アスファルトの上で倒れ込んでいた。震えて涙が出てきた。悔しい…… 苦しい………… 情けない…… 浮かれてた俺が馬鹿みたいだった。


「だぁあああ!!」


 喉が裂けるくらい叫んだ!何度も何度も……拳で地面を叩き、血が出ようがどうでもよかった。


「うがぁああ!!! ちくしょう! ちくしょう! 畜生ーー!!!」


 通行人から通報を受けた警察官が周りを取り囲み声を掛けてくる。



 (もう…… どうでもいいや)


プシュー・バタバタン! チッカッ!チッカッ!


大きな排気音を立てて自動扉が閉まる。バスは静かに発車した。


『はい、お待ちどうさまでした。富山ゆき発車します。しばらく大きく揺れます、ご注意ください』


 それからはどうしたのか覚えていない。しばらく交番で事情を聞かれ、気がついたら富山行きの高速バスに乗っていた。手には痛々しい包帯がぐるぐる巻にされている。あちこちアザだらけだ。


 なぜだろう……… 勝手に涙が流れてくる……

予定よりだいぶ早い昼発の高速バスは空席が目立っており……


それがまるで俺の心の中を見てる様で。


もういい……


何も考えたくない………………




 新宿発富山行のバスは、ただ粛々と轟音をたてて走っていた。まるで東京から逃げ出すように……




 窓の外では涙雨が降っていた。


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