第1話 ここからはじまる……

四月下旬。

 


 ここは富山県の南西部にある南富市なんとし旧城華地区 きゅうじょうはなちく。古い街並みが美しい坂の町に長月ながつき 大輝たいきという、ごく普通の少年が暮らしている。彼はこの四月、地元にある偏差値がやや高めの城華高校にかなり無理して進学し、手に余る授業にボロボロになりながら、はや半月が過ぎ去ろうとしていた。

 小春日和の教室。昼休みの時間、暇を持て余していた大輝は机に頬杖をつき、ぼけーっと昔の事を思い出してニヤけていた。




 十年くらい前の事だ。観客席に立ち見客まで出る程、大盛況の城華踊り会場。押すな押すなと浮き足立つ保育園児の僕達。さあ出番だぞとばかりに、アナウンスが流れる。


「それでは、南新田町みなみしんでんまちの踊りを始めさせていただきたいと思います。まず初めに、子供達で”とんぴんしゃ節”です」




「よし、いこう。れんしゅうどおりにやるぞ」

「きゃ! ちょっ、おさないでよ!」

「……」

「こわくな〜い、こわくな〜いよぅ、こわ……ふひぃぃ……」

(わぁ…… 人がいっぱいだぁ)

「大ちゃん、がんばろうね」

「うん、ありがとう、れな。」



――トントト・トントン・トート・トントン・トンタンタン・トンタンタン―――




 蒼穹そうきゅうの空に三味線が勇壮に鳴り響く。


 とっても楽しかった。だって、悠一の踊りが変だから。灯里は泣きそうな顔で必死に踊ってるし、タカは下ばっかり見て動かない。


 四つよつたけの音色に小路こみちの人々は心躍らせ、尺八が人の流れをつくる。

 締太鼓しめだいこが小気味良く坂の街に秋の訪れを告げる。


 (麗奈の踊りが凄く上手くて、大人気だったんだよな。で…… そうそう、志穂の奴が意地張って……)


 麗奈を意識するあまり少しずつ振り付けが大きくなる。周りを置き去りにして踊る志穂は、かなりの悪目立ちだ。


 (――子供だったのに大人びた気分で見てたんだっけ。確か…… 「あ〜あ、また目立ってる。志穂は何度言ってもわかんない奴だ。『あれは家系だから仕方ない』と母さんが言ってた」とか言っちゃって)


 胡弓こきゅうは艷やかな哀愁を奏でる。

 子供の部、城華じょうはな踊りは大人達の暖かい笑い声に包まれていた。




 (懐かしいな……)


 僕達は保育園の頃からの縁で、気づいたら集まってたような感じだ。皆の前で議論している優等生のせき 悠一ゆういち。明るくて真面目な癒し系の小日向こひなた 灯里あかり、ひょろっとした背の高い、人見知りの三井みつい たかし、黙っていれば可愛いのにゴリラみたいな怪力女・斉藤さいとう 志穂しほ……





 ボーッとしつつ、教室を見渡していると……


 ジトー…………


 (ん!? なんか志穂がこっち睨んでるけど、ここはスルーしておきたい。…… 何にも見てませんよ〜。ジト目で構ってほしそうな雰囲気出しまくりなツンデレお嬢様なんて知りませんよ〜)



 ガスッ!……


 いきなり机に衝撃がはしる! 無言で志穂が蹴りを入れてきた!!


 ――(ここは大人の対応で、毅然きぜんとした対応が重要だ。まあまあ、志穂も子供というか、いい加減大人になれよって……)


 ガン!……ガン!……ガン!……ガン! 


 脚線美が嘘のような悪魔の脚さばきで容赦なく蹴り続ける!!


 ――(ちょっと待て……オイ! )


「痛てぇなぁ !ボケ! この、ゴリラ女!!!」


(母さん、ごめん。キレちまったよ!)


 すると、その暴君よろしくハツラツとしたゴリ…… 男前すぎる彼女は悪気も無く言い放った!


「やい、デブ。なにボーッとしてるんだよ!」


 (ハァーン?! マジむかつく!)

 やっぱり絡んで来たよ。一応説明しておくが、僕…… いや、俺はデブと言われるほど太ってなどいない。ちょっと小腹が筋肉質なだけで、日頃は柔らかいが力を入れると硬くなる! 灯里が言うには「ガッシリ引き締まった体格だよね」とのこと。「ガッシリ引き締まった体格だよね」だからな! 大事なことなので復唱してみた。

 そのゴリラ女…… (ゴホンッ!)もとい大人しくしてれば美少女と呼んでやれなくもない暴力女・志穂は、いきなり俺の首にチョークスリーパーを決めながら言い放った。

「ゴールデンウィーク、テラのトコに行くんだろ?」

「お、おう……」

 (何だよ、いきなり。苦しい…… 放してほしい)


 テラというのは、小学五年生の頃に東京へ引っ越して行った幼馴染、小寺澤こてらざわ 麗奈れなのことだ。物静かで気立ても良く眉目秀麗、フランス人形みたいと近所でも評判の女の子だった。ちなみに志穂も「お人形さんみたい〜」と言われていたらしいが、市松人形の方だったことは触れてはならない。


 志穂はスポーツ万能で適度に引き締まっている。なかなか馬鹿に出来ない腕力で首を締め付けてくる…… 

 (くぅ…… 背中の辺りに暖かく軟らかな弾力が。結構胸が有るんだよな、志穂のくせに! 志穂のくせに! けしからん! ふぁあ…… 長く伸ばした髪からシャンプーの良い匂いがするよ…… ニヤニヤ……)


 志穂の目が鋭く光る。


 「ハッ!? ぐはぁ! 今キュッと入ったぞ! そろそろ止めろおおお!! 逝きそうだぁ〜」


 俺は必死にギブアップのサインを示し、地獄から解放された。


「ゴホッゴホッ! 」


 (何なんだよ…… おい )


 志穂ときたら今日は虫の居所が悪いのか、朝からなにかと当たり散らして来てめんどくさい。


「止めろって! まともに話もできんのか!」

「ハイハイハイ! すいませんでしたぁ〜!」


 志穂は不機嫌そうに一瞥し自分の席に戻る。全く危ない所だった。


 (べっ! 別に、ちょっと喜んでなんかいなかったからな!!)


 そこに……


「もうすぐ東京行くんだねぇ。良いなぁ〜。テラちゃん元気にしてるかなぁ」


 ニコニコと灯里が歩み寄ってきた。志保と会話を交わし、俺の隣で立ち止まる。醸かもし出す軟らかな良い雰囲気は、さすがクラスの癒し系……人気者の灯里だ。癒されます。ホワホワ……


 (麗奈と灯里は家が近所だったこともあり、凄く仲が良かったっけ)麗奈の引っ越しが決まって、一番悲しんでいたのも彼女だった。


「えっ? ……元気にしてるかなんて? 麗奈とメール交換してるんだよね?」


 俺は思わず灯里に確認をした。麗奈の親友の彼女だから当然交流があると思ったのだ。


「ねぇ、あんたはどうなのさ?彼氏なんでしょ」


 そこに俺の横まで来ていた志穂が、怪訝な顔をして聞いてくる。


「私の方はね、返信ないんだよね。半年くらい前からかな」

 灯里がしょんぼりとしている。


「その事なんだけどさ、半年前から麗奈の奴スペインへ行ってたんだって。あいつ勘違いしてて、スマホ向こうじゃ使えないと思ってたそうだよ。」


 俺は麗奈から、以前聞いていた事情を伝えてあげた。


「な〜んだ、そうなのかぁ。麗奈ってけっこう抜けてる所あったりするからなぁ。私が居ないと駄目なのかな、フフフッ」


 志穂が灯里を、からかい始める。


「灯里も同じ種族だとわきまえた方がいい」

「ひどい、志穂ちゃん!」

 横でじゃれ合うのは止めて欲しい。なんか周りの視線が痛い……。そこにクラス委員長として確固たる地位を築く悠一が、満足気な顔をして歩いて来た。隆も一緒だ。


「大輝、明日行くんだろ。麗奈によろしく言っといてくれ」

「……… お土産」

「おう、わかったよ、よろしく伝えとく。隆は他に言う事無いのかよ。ヤレヤレ」


 明日からのゴールデンウィーク、俺は恋人の麗奈の居る東京へ会いにいく。引っ越して行ったのが小学五年生の頃だから、四年ぶりの再開だ。


 麗奈とは保育園時代には(ままごと夫婦)であり、家に帰ったらワイシャツのキスマークで一悶着ひともんちゃくというのがお約束で麗奈のお気に入りシチュエーションだった。ちなみに浮気相手役は志穂で、修羅場まで再現するのがワンセット。最後は二人から吊るし上げをくらい、周りから「サイテー」、「女たらし」、「クズ」、「ゴミ」、「大輝」!? (………なんか腹立ってきたな!)



 小学校では二人で交換日記を交わしてたっけ。その頃確か担任の高橋先生と生徒の間でも交換日記があって……うっかり(提出)してしまい………


―――――――――――――――――――――――――――――――


大輝君は麗奈ちゃんが大好きなのですね。先生もお嫁さんにもらってほしいな(笑)


―――――――――――――――――――――――――――――――


 ……大惨事である。新たな大人の女性の影に彼女から自由契約を勧告された。ええ、トライアウト受けましたとも! 泣いてもいいんだよね……


 なんだかんだと夫婦? の危機はあったものの、気の合う二人だったと思う。だからこそ、今でもメールのやり取りが続いている。


 スマホをそっと見る……



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




  小寺澤 麗奈

  2017 4/27 22:31



 大輝くん、学校はどう? 楽しいですか? 私の方はね、凄く楽しいです。GW、東京来てくれるの? 凄く嬉しい。久しぶりに会えるもんね。でも、大輝くんの方も忙しいだろうから無理はしないでくださいね。たとえメールでも私は幸せ者です。

  麗奈



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 俺には勿体ないくらい良く出来た彼女だと思うよ、ホント。胸の奥に暖かい温もりを感じでニヤニヤしちゃうね。そこの暴力女には少しは彼女を見習って欲しいものである。(キリッ!)



 学校から帰ると、ドキドキする気持ちを抑えつつ新調した服に着替え、妹のひやかしを受け流しながら夕食を終えた。

早る気持ちを抑えつつ城華駅に向い汽車に飛び乗る。がらんとした車内は貸し切り状態だ。適当なシートに座りソワソワしてみる。(フッフゥ〜ウ!)


 高岡駅で二十三時発の夜行バスに乗り換える。人生初の夜行バスに、軽く興奮気味だ。(ヒヤッハー!)


 (麗奈びっくりするかなぁ? メール送ってるんだから、それはないか。妄想が膨らむよ……)


「麗奈、俺だよ大輝!」すると麗奈は涙ぐみ……

「嬉しい…… 逢いたかった」こっちに駆け寄り、前髪を気にして直しニコリと微笑む。

 たまらず彼女を抱きしめる俺!……

(うぉおお!!顔が熱い!めちゃくちゃドキドキしてきた)



 深夜の高速バスが、勇ましく轟音をたてて北陸道に乗った。



 窓の外を流れる夜景が、大人の世界へ一歩足を踏み入れる…… そんな感覚を与えてくれた。


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