4.暗中模索の果てに
「あいつの話は二度とするなと言っただろう! そんなことより、大学の方はどうなっている? 真面目に通っているのか? 母さんからは、最近お前が夜更かししてパソコンに向かってなにか喋っていたり、ふらりとどこかへ出掛けて長いこと帰って来ないことがあると聞いているぞ? 養ってもらっている自覚があるのか――」
祖母に面会に行ったその日の夜。珍しく夕食を共にした父は、えらく上機嫌だった。
機嫌のいい今ならば、叔父さんの話も聞けるかも知れない。そう思って、祖母が叔父さんの話をしていたと何の気なしに言ってみれば、これだ。
父の剣幕は激しく、結局僕は、夕飯もろくに食べられぬまま、そのまま延々と一時間近く説教されてしまった。母はただオロオロしているだけだった――。
「……参った」
父の説教から開放されて自室に戻った僕は、精神的にくたびれ果てて、パソコンの電源を入れる元気もなくベッドに倒れ込んでいた。
ああやって父に怒鳴られるのは、何回目だろう? きっと二桁でも足りない。幼い頃から、僕は父に怒鳴られて育ったようなものだ。
聞く所によると、祖父もそうだったらしい。似たもの親子という訳だ。……どうやら僕は、父とも祖父とも似ていないらしいけど。
二人とも、超がつくようなエリート人生を歩んでいる。一流の大学に進み、一流の企業に就職。順調にキャリアを積んで……絵に描いたような出世街道というやつだ。
でも、今は時代が違う。良い大学に行くに越したことがないのは変わらないけど、一流の企業に就職したって将来が約束されている訳じゃない。名だたる大企業はどこも斜陽で、世の中は目まぐるしく変わっている。
――そう言えば、叔父さんも同じようなことを言っていた気がする。
バブルが崩壊して、一気に、あるいはゆっくりと色々なモノが壊れていった時代。叔父さんの世代には、それに翻弄されて人生を狂わされた人達が沢山いた。今までの常識が通じない時代だったんだ、と。
叔父さんより少し下の世代も、「就職氷河期」という大変な時代に世の中へ放り出されて、今も苦しんでいる人が沢山いるんだ、と。
今は、就職活動も学生側の「売り手市場」が続いている。でも、僕が社会に出る頃にどうなっているかは分からない。
数年前に東日本を襲った大震災で、前触れ無く人生を狂わされた人だって沢山いる。命を失った人達だって……。
次に何が起こるのか全く予測がつかない世の中だから、僕はせめて、僕の中にある「大切にしたいもの」を守りたかった。
***
それから数日の間は、何の成果もあげられなかった。
祖母が語りかけていた「叔父さんの友人」を探そうにも情報が少なすぎて何も分からなかったし、SNSの方も相変わらずだ。
変わったことと言えば、とあるアカウントから同じような文面のメッセージが何回も届くようになったことだろうか?
何やら片言の日本語で「すぐに叔父さん探すのやめなさい」とか「危険が危ない」だとか、意味不明のメッセージが届くようになったのだ。
「どうせいつものスパムだろう」と、その時は全く気にしなかったのだけれど……数日後、僕は背筋も凍るような思いをすることになった。
ある日、またいつものようにそのアカウントからダイレクト・メッセージが届いていた。
僕はまたスパムメッセージかと呆れ果てつつも、念の為それをチェックして――唖然とした。
『警告はした。叔父さんについてこれ以上調べてはいけない。危険だ。あなたはこちらに来てはいけない』
「こちらに来てはいけない」――この言い回しは、まるで叔父さんの日記に書かれた「異世界」を知っているかのような感じだ。偶然の一致と片付けるには、あまりにも符合しすぎている。
僕の目には、このメッセージが「これ以上調べると異世界に来てしまう。危険だからやめなさい」という意味に映ってしまったのだ。
もちろん、確証も何もない。
思わせぶりな、どうとも取れるような言い回しを使うのは、詐欺の常套手段だ。
明確に何のことを指しているのか分からない以上、このメッセージを鵜呑みにすることは出来ない。でも、放置することも出来ない。
だから僕は、リスクを承知でこのメッセージに返事をしてみることにした。
――けれども、その僕の覚悟は結局空振りに終わった。僕がメッセージを返信して程なく、そのアカウントは消えてしまったのだ。
もし詐欺が目的だったのなら、何らかの返信があったはずだ。それもなしにアカウントごと消えてしまったということは、ただのイタズラだったのか、それとも……。
少し怖くなってしまった僕は、異世界云々のことを伏せた上でエリーズにも相談してみることにした。
『――確かに不可解だ。十中八九イタズラだとは思うけど……用心に越したことはない。一時的にSNSのアカウントを、非公開モードに設定した方がいいかも知れないね。エイジもあんな性格だったから、どこかで恨みを買っていたかもしれないし……念の為、ね。
エイジの放浪時代の知り合いに関しては、私の方でも探してみるよ。何、心配しなくていい。君の個人情報は一切出さないし、信用出来る筋を使うから――』
エリーズのアドバイス通り、僕はSNSのアカウントを一時的に非公開にした。
元々、僕自身の個人情報は分からないように色々工夫はしていたけど、叔父さんの名前や写真を公開していたのだから、その線から辿られる可能性もある。今更ながら、僕は自分のしていたことのリスクの大きさを実感していた。
……ポジティブに考えれば、父に見つかる前に非公開に出来た、という面もあるかもしれないけど。
しかし参った。これで遂に僕に出来ることは無くなってしまった。
あれから何度か祖母の所にも通っているけれども、めぼしい収穫はない。
これは本格的に手詰まりだ……。
そして更に数日が甲斐なく過ぎた。
エリーズからも連絡がなく、僕の中で徒労感と無力感が膨れ上がったある日のこと。僕は意外な方向から、現状を打破できるかも知れないものを発見した。
大学からの帰り道、アンニュイな気分で電車に揺られている時、とある看板が目に入ったのだ。
『ヒバリーヒルズ』
ファミレスチェーンの看板だ。僕も何度か利用したことがあるし、叔父さんが定職を失った時にどこかの店舗でバイトしていたこともあるのだとか。
……そうだ。叔父さんは「ヒバリーヒルズ」でバイトしていた。そして叔父さんの葬式には、その店の店長がわざわざ来てくれていたはず。遺族席まで足を運んで丁寧に挨拶してくれたから、なんとなく覚えている。
しかし、よく考えれば一時期バイトに来ていただけの人間の葬式に来て、そんな丁寧に挨拶までしていくだろうか? 普通ならば、ちょっとお焼香して終わりなのではないだろうか。
もしかすると叔父さんと店長は、ただのバイトと上司の関係ではなく、もっと親しい間柄だったのでは……?
だったら、店長は叔父さんの交友関係についてもなにか知っているかもしれない。
流石に店長の名前は覚えていないけど、芳名帳に勤め先を書いていてくれれば、特定出来るはずだ。
――細い、蜘蛛の糸よりも細い手がかりだけど、今はこれに頼るしかない。
電車に揺られながら、僕は逸る気持ちを懸命に抑え続けていた。
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