2.奴らは群れでやって来る!
のどかな山道を、馬車はガタゴトと音を立てながら、ゆっくりゆったりと進んでいた。
――ああいや、ちょっと
幌付きの車を引いているのは馬ではなく巨大なトカゲなのだ。だから正しくは――。
のどかな山道を、トカゲ車はガタゴトと音を立てながら、ゆっくりゆったりと進んでいた――だな。
非常にどうでもいいような気もするが、言葉は正しく使わなきゃな!
――まあ、それはさておき。
俺はそのトカゲ車に揺られ、山奥の
街を出てから、体感で二時間ほど経っているだろうか? トカゲ車のゆったりとした速度を差し引いても、街からかなり離れたはずだ。
「村までは、あとどの位だい?」
俺は御者であるリザードマンに呼びかけるが、見事に返事が無い。手綱を握り前を見据えたまま、こちらを見向きもしなかった。
もしかして、言葉が通じていないんだろうか? 微妙に不安になるから、何かしら反応してもらいたいところなんだが……。
「オイラもこの辺りは専門外だから、よく分からないや~」
そして聞いてもいないのにガッカリするような、いらん情報を呟いてくるシリィ。
「案内妖精」の定義とは……?
「安請け合いし過ぎたか……?」
どんどんと山深くなっていく周囲の景色を前に、俺は昨日の自分の行動を軽く後悔し始めていた――。
***
「――あらあらエイジさん。よく来てくださいました!」
「おう、そちらも元気そうで何よりだ」
リンから「ギルドのオバチャンが蜂駆除の経験者を探している」と聞いた俺は、その日の内に冒険者ギルドへと赴き、オバチャンを訪ねていた。
オバチャンには色々と世話になったからな。恩返し出来る機会があるんなら、それを逃す手はないと思ったんだ。
「近くの村が蜂の被害に遭ってるんだって?」
「ええ、ええ! 今までに見たこともないような巨大な蜂が、村の傍の森に大きな巣を作って棲みついたらしいんです! 最初は村の方々が自力で駆除しようとしたらしいのですが……」
「失敗して蜂に襲われた?」
「ええ、ええ! 蜂が群れで反撃してきて、命からがら逃げ出したそうです!」
……このオバチャン、以前はもっと事務的な口調だったと思うんだが、こんなキャラだったっけか?
単に砕けた態度で接してくれてるのかもしれんが……ま、いっか。
「ギルド登録の冒険者の方の中には、害虫駆除に長けた方もいらっしゃるんですが……折り悪く全員出払っていまして。それに『今までに見たこともないような巨大な蜂』なんて言われたら、慣れてない方に対処いただくのも酷なお話でしたので、エイジさんに来ていただいて非常に助かります!」
***
――と、そのまま「話は決まった」とばかりに依頼の手続きを進めるオバチャンの勢いに負けて仕事を引き受けた訳だが……まさか「近くの村」がこんな山奥だとはな。
俺の世界と異世界との距離感覚の違いをなめてたぜ。
結局、更にそのままトカゲ車に揺られること約一時間ほどで、ようやく目的の村へと辿り着いた。
「へぇ、『村』って聞いてたからもっと辺鄙な場所かと思ってたけど、結構開けてるな」
俺は「山奥の
ゆるく広い斜面を切り拓き、しっかりと宅地造成されている。家はどれも大きな石造りばかりで、それらを結ぶ道もきちんと石畳が敷かれている。
「この辺りには温泉があってね! 街のお金持ちに人気なのさ~。村人の殆どは宿屋を経営していたり、街のお金持ちの別荘の管理人だったりするから、そこそこ裕福なんだよ!」
「この辺りは専門外なんじゃなかったのか……?」
急に流暢な説明を始めたシリィに胡散臭さを感じつつ、俺は直接の依頼主である村長の家へと向かった。
「おお、冒険者の方! お待ちしておりました!」
村長の家は村一番の高台にある、と聞いていたのですぐに見つかった。
他の家々に比べるとささやかな、こじんまりとした木造住宅なのがどこか印象的だ。
村長自身は七十絡み位だろうか? 見事に禿げ上がった頭が眩しい、温和そうな老人だった。
「蜂どものせいで温泉への客足も途絶えて、難儀していたのです! 本当に助かります!」
村長は感激しながら俺に握手を求めてきたが、まだ駆除が成功したわけでもないのにそんなに喜ばんでも……。よっぽど困っていたんだろうな。早く助けてやらんと。
「まずはお茶でも」という村長の申し出は丁重に断り、俺は早速仕事に取り掛かることにした。
まずは敵情視察だ。
村長の案内で、村の奥の森へと分け入る。
以前は村人たちが山の幸を求めて足繁く通ったという山道を通り、奥へ奥へと進んでいく。
まずは巣の大きさや群れの規模を確認するのが先だが、一応駆除用の道具も持ってきていた。
殺虫剤や防護服があれば良かったんだが、当然のことながら異世界にそんなものはない。
防護服代わりに、厚手の布を縫い合わせてポンチョ的な服をこしらえて持ってきていた。
殺虫剤の代わりに使うのは「煙」だ。
七輪によく似た携帯用コンロと炭、ついでに火種も持ち込んでいる。
この携帯用コンロで炭と、森の中から適当に枝やら葉っぱやらを集めて燃やせば、簡易煙幕装置の完成ってわけだ。
こいつを蜂の巣の真下に設置して二時間も待てばあら不思議、蜂どもは煙を嫌がって巣から逃げ出すか、煙に巻かれて窒息状態になるって寸法だな。
便利屋時代に「殺虫剤を使いたくない」って依頼人がいたんだが、その時に実際に使った手だ。殺虫剤より手間はかかるし確実性は落ちるんだがな……。
しかも自己流もいい所なので、良い子は絶対に真似しないように!
さて、森に分け入ってしばらく歩くと、段々と「ブゥゥゥン、ブゥゥゥン」という独特の怪音が聞こえ始めてきた――言うまでもなく蜂の羽音だ。
山の中なので反響して位置が掴みづらいが、すぐ近くに連中がいることは確かなようだ。
「この先です。奴らは耳が良いらしいので、出来るだけ音を立てずに……」
案内役の村長の緊張感もにわかに増す。
二人しておっかなびっくりしながら、更に山道を進むと……とんでもない光景が目に飛び込んできた。
「――っ!?」
驚きのあまり声を上げそうになり、慌てて自分の口を手で塞ぐ。
そうしなければ、情けない悲鳴を上げていたかもしれない。
少し先に立ち並ぶ森の木々、その枝から枝を横断するように茶色い縞模様の何物かが鎮座していた。
目算だが、高さは2メートル以上、幅にいたっては10メートル近くありそうだ。
あまりにも巨大なので、一瞬それが何なのか分からなかったが……俺にとってよく見慣れた物体だった。
「冒険者さん、あれが例の蜂の巣です」
――そう、村長の言葉通り、それは巨大な……あまりにも巨大すぎる蜂の巣だった。
こんなに馬鹿でかい蜂の巣にはお目にかかったことがない。
そして不意に、ギルドのオバチャンの言葉を思い出す。
『今までに見たこともないような巨大な蜂が――』
「巨大な蜂」と聞いて、俺はオオスズメバチ程度のものを想像していた。
連中は働き蜂でも4センチはある。十分に「巨大な蜂」と言えるが――。
――ブゥゥゥン、ブゥゥゥン。
そして、奴らが姿を現した。
巨大な巣の中から現れた、黒い体に赤い腹部を持つ巨大な蜂の群れ……その一匹一匹は、どうみても俺の顔よりも大きかった。
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