3.更に蠢くモノ達

 世界最大の蝶だか蛾だかは、はねを広げると三十センチくらいあるらしい。そんなのが目の前に飛んできたら、はっきりいって気絶モンだな。

 と言っても、体長は五センチ程度らしいから(それでも十分デカイが)、「化物」感はあまりないんじゃなかろうか?


 ――しかし、今俺の目の前に現れたは、どう見ても化物だった。


「おいおい、何の冗談だよ……」


 黒い体に赤い腹部を持つ巨大なそいつらは、どこからどう見ても「蜂」だった。

 だが、その大きさが異常過ぎる。

 体長は明らかに俺の顔よりも大きい。目算だが、三十センチくらいあるように見える。当然、翅も含めた横幅はそれ以上だ。

 そんな連中が十匹ほど群れをなして、これまたバカでかい巣の周りを飛んでいるんだ。悪夢のような光景としか言いようがない。


 あの大きさだ、恐らく毒針の方も中々えげつない長さだろうから……手持ちのやっつけ防護服じゃあ、なんの役にも立たないだろうな。いとも簡単に貫通されちまう。

 この世界に来てから蜂を見たのは初めてだが……もしかして全部あんなサイズなのか?


「村長さん、この辺りの蜂はみんなあんなにデカイのかい?」

「まさか! 私も長年生きていますが、あんな連中は初めて見ますよ!」

「……ですよね」


 確かに、ギルドへの依頼内容は「今までに見たこともないような巨大な蜂の駆除」だった。村側は一切嘘は言っていないわけだ。

 俺が見誤ったってだけの話、か。たかが蜂の駆除と甘く見てたのかもしれないな。

 よく考えたら、村長からろくに状況のヒアリングもしていないわ、俺……。

 ――まあ、今更悔やんでいても仕方がない。気持ちを切り替えて、まずは連中の習性について観察するとしよう。


 村長と二人、巣から少し離れた茂みから、そっと様子を伺う。

 そのまましばらく観察していると、巣の周りを飛んでいた群れが二組に分かれ始めた。

 大多数は森の更に奥の方へと姿を消し、残り四匹程度が巣の周囲をそのままブゥゥンブゥゥゥンと行ったり来たりしている。

 ある種の蜂は、巣の近くに「見張り役」を置くんだが、連中も恐らくそのたぐいだろう。


 見張り役は外敵らしき生き物を発見すると、まず警告の第一段階として距離を詰めてくる。「これ以上、巣に近寄るな」って意味だな。

 それでも相手が遠ざかろうとしない場合には、顎を打ち鳴らして「カチカチ」という警告音を出してくる。「お前を敵と認識した」ってことだ。

 それを無視すると……今度は仲間を呼び寄せて一気に襲い掛かってくるって寸法だ。スズメバチなんかがこの典型だな。


 巨大蜂は色や形は多少異なるが、顔付きはスズメバチによく似ている。おそらくはスズメバチの亜種――の特別バカでかい種類なんだろう。

 ニッパーか何かみたいな頑丈そうな顎は、人間の指くらいなら簡単に食いちぎれそうな凶悪さを秘めている。

 スズメバチは他の虫を捕らえて幼虫の餌にするらしいが……巨大蜂が何を餌にしているのか、考えるだに恐ろしいな。

 近付かれた時には、毒針だけじゃなくて噛みつかれることも警戒しなきゃならんな、これは。


 ――それに、巣の様子を観察していて非常にまずいことに気付いてしまった。

 スズメバチの巣は、基本的に出入り口を一つしか持たない。だからこそ煙でいぶす作戦が有効なんだが……困ったことに、巨大蜂の巣の出入り口はかなり上の方にあるようだった。


 巣の下側に出入り口があるのならば、その直下に煙幕装置を置いておけば、自然と煙が巣の中に入っていくんだが……上部にあるとなると、ダクトホースか何かをぶっ刺して直接煙を送り込まないといけない。

 ダクトホースなんて、日本ならホームセンターにでも行けば簡単に手に入る代物だが、残念ながらここは異世界だ。何かで代用するか、それとも煙幕以外の駆除手段を考えなければいけない。


「……村長さん、すまないが作戦変更だ。もう少し情報がほしい。一旦村へ戻ろう」


 村長と二人、俺は逃げるようにその場を後にした。

 俺達の背後では、ブゥゥンブゥゥゥンという巨大蜂の羽音がいつまでも響いていた――。

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