僕のおじさんは異世界英雄!?
澤田慎梧
プロローグ~ある冒険譚のはじまり
「おおい! ケンカだケンカだぁ!」
そんな誰かの叫びが呼び水となり、周囲には一挙に野次馬が押しかけてきていた。
見れば、そこかしこで「どっちが勝つ?」等と賭けまで始まっている始末だ。みんな一様に酒臭い息を吐きながら、俺達に「やれやれー!」等と野次を飛ばしていた。
やれやれ、と心の中で呟きながら、俺は対峙するケンカ相手に向き直った。
俺よりも頭一つデカイ大男で、傍から見ても分が悪いだろうが……問題はそれだけではない。
でっぷりとした体の上に鎮座する野郎の頭は、人間のそれではなく豚のそれなのだ。
「おっさんよう……覚悟はいいブヒか!?」
豚野郎が生臭い息を吐きながら俺を挑発する。
顔が豚なので年齢はよく分からないが、恐らく俺よりも若いのだろう。完全にこちらを舐めてかかっている。
――まあ、実際こちとら中肉中背のアラフィフオヤジだ。
俺に賭けているのは大穴狙いの博打打ちくらいのもんだろう。
だが――。
「オジサン、イイヨ! ニゲテヨ! ワタシはダイジョブダカラ!!」
俺の背中に隠れてガタガタ震えていた女が、それでも俺の身を案じ必死に勇気を振り絞ろうとしていた。
……こんなシチュエーションで逃げたら、男がすたるってもんだろう?
――そもそものきっかけは、まあ、よくある話だ。
盛り場をブラついていた俺の目に、嫌がる褐色美女を無理やり手篭めにしようとする豚野郎の姿が飛び込んできて、思わずこう言ってしまったのだ。
『おい豚野郎! その汚い手を離しな!』ってさ。
まあ、我ながら無茶をしたもんだが、どうしても見過ごせない理由があった。
この街では、褐色の肌の人間はその殆どが奴隷だ。
奴隷と言っても下働きみたいなもので、法律じゃあ人権も保障されているらしいんだが……盛り場ではその法律もあって無きが如しらしい。
奴隷がどんな目に遭おうが、基本みんな知らんぷりなんだとか。
特にこの豚野郎の同類共――確かオークとか言ったか? こいつらは盛り場を牛耳る悪たれ共の中でも質が悪いらしく、何らかの理由で主人とはぐれた奴隷を見かけると、何やかんや言いがかりを付けて暗がりに連れ込み、乱暴を働くのだという。
つまり、俺が声をかけなければ、この褐色美女も豚野郎にヤラれていたって寸法だ。
――そんなもん、日本男児として見逃せる訳がねぇよな?
「おい、どうしたよオッサン! かかってこないブヒか?」
「……一発だ」
「ああん?」
「一発で方を付けてやるって言ってんだ豚野郎!」
俺はファイティングポーズを取ると、ジャブ・ジャブ・ストレートの順でキレのあるパンチを見せ付けた。「この拳でお前を倒す」という挑発だ。
予想外に俺のパンチのキレが良かったからか、豚野郎は一瞬だけ怯んだが、すぐにニヤニヤとした表情を浮かべ両手を顔の前にかざすような構えを取った。顔面を守りつつ、体格差を活かして掴みかかろうとという目論見だろう。
「おら、行くブヒよ!」
豚野郎が不細工に吠えながら踏み出す。でっぷりとした体格の割に素早い踏み込みで、俺は一瞬にして距離を詰められ、両腕を掴まれてしまう。
「ブヒヒヒヒ! 捕まえ――っ!?」
ほくそ笑む豚野郎だったが、その言葉は最後まで続かなかった。
俺の両腕を掴み取った事でガラ空きになっていた豚野郎の下半身――股間に、俺の渾身の蹴りがめり込んでいたのだ。
「ブッビヒィィィィィ――!!」
豚野郎の文字通り声にならない叫びが響く。痛いよなぁ、そうだよなぁ。うん、俺も思いっきり蹴り込んどいてなんだが、ちょっと金●ヒュッとしたもん。
見れば、野次馬連中も皆一様に股間を押さえ、青ざめていた。
豚野郎はそのまま、電気ショックで気絶させられた豚のように泡を吹いて倒れてしまった。どうやらクリーンヒットだったらしい。
すまんな、安らかに眠れ。
「ほれ、お嬢ちゃん! 今の内に逃げるぞ!」
「エ? エエ!?」
目の前で繰り広げられた最低すぎる決着に目を白黒させていた褐色美女の腕を取り、俺はその場から逃げ出した。
豚野郎共の仲間が集ってきたら厄介だ。彼女の身の安全もそうだが、何より俺の命が危ない。
逃げるが勝ちだと言わんばかりに、褐色美女の手を引きながら走り続ける。すると――。
「――まったくもう、無理するんだから、エイジは!」
「キャッ!?」
いきなり目の前にアゲハチョウが……もとい、アゲハチョウの羽を持った妖精が現れ、褐色美女が驚きの声を上げた。
「おいおい、シリィ。いきなり出てくるなよ。お嬢ちゃんが怖がってるじゃないか」
「いきなりはどっちさ! 後先考えないでオークにケンカなんか売っちゃってさ……」
「あー悪かった悪かった! でも、仕方ないだろ? あのまま放っておいたら……」
「はいはい、女の子のピンチは放っておけないのね。分かった分かった。それは分かったけど、これからどうするのさ? どこに向かってるのかな? エイジは」
「……すまんが、治安のいい区域までナビしてくれ。この子を主人の所に返してやらにゃいかん」
「りょーかい! まったく、面倒掛けてくれるよね~」
こいつの名はシリィ。この異世界における俺の案内人にして相棒だ。
多少口うるさいのが玉に
さて、この後にも彼女の主人を探す途中でまた一悶着あったり、彼女とイイ関係になってしまう話があったりするのだが……まあ詳しくは、またいずれ――。
***
「……んん~?」
手にした日記帳に綴られていた、あまりにも予想外の内容に僕は絶句していた。
僕が読んでいるのは先日孤独死した叔父・
まさか、叔父が異世界で数々の冒険を繰り広げていたなんて!
仲間達との心躍る冒険の数々。人々を苦しめるモンスター退治。強大なドラゴンを手練手管で出し抜きお宝を手に入れる痛快なエピソード……。
数々の武勇伝から、叔父は異世界で「英雄」扱いされていたらしい――が。
「……いやいや」
冷静になろう。本当に異世界に行って冒険していたはずがない。
恐らくこれは……叔父の「妄想日記」だ。他の部分もパラパラとめくってみたけど、どれも荒唐無稽な内容だ。異世界ファンタジーとして見ても、世界観のディテールに欠けている。
豚面の大男だから「オーク」とか、ちょっと安直すぎやしないだろうか?
それでも、なんだろう? どこか「あの叔父さんならこの位やってたんじゃないか」という気もしてくるのだから不思議だ。
僕の記憶の中の叔父は、その位に型破りで豪快な人だったのだ。
他人の妄想黒歴史ノートを読むのは少々気が引けるが……ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ内容が気になるのも確かだ。
僕は少々の後ろめたさを感じながら、その日記帳を読み進めていくのだった――。
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