腹話術人形にしゃべらせてるのは?

ちびまるフォイ

どっちが本心か、あなたはどっち派?

この世界で「口を開く」という行為は極めて恥ずかしい行為。

食事はもちろん、会話でもけして口を開かない。


だから、この世界の人たちはみな生まれたときに腹話術人形を渡される。


『ねぇ、昨日の宿題やってきた?』


『やったよ。当たり前じゃん』


『えーーお願い。見せてーー』


『自分でやんなよ』


なにげない教室のやり取り。

学生たちは自分たちの腹話術人形で会話していた。


昼食の時間になると、一斉に準備されている専用の個室に入る。


(誰も……聞こえてないよね……)


個室に入ってから壁ごしに音が聞こえないか、

一応、防音設備を確認してから腹話術人形を手放し、そっと障子を始める。


口を開くのはもちろん、

口を開いていると連想される食事の音にも極めて敏感。


そしゃくしている音を聞かれるくらいなら、

お腹の音を聞かれた後におなら聞かれた方がまだマシ。


食事を終えると、各々が何食わぬ顔で個室から出て腹話術人形と一緒に生活する。


学校の帰り、人形と一緒に帰っていた少女はふとした拍子につまづいてしまった。


「……ッ!!」


転ぶ寸前になっても口を開くことはない。

かばうようにして下敷きになった腹話術人形は壊れてしまった。


(……やっちゃった……)


腹話術人形が壊れるということは、

この世界でのコミュニケーションが失われるに等しい。


少女はすぐに新しい腹話術人形を買いに人形屋さんにやってきた。


(どれにしよう……)


生活必需品で安くなっているとはいえ、

腹話術人形は精巧な作りをしているので値段は高い。


とっさに学生が買える価格帯にはなっていないので、

少女は店で一番安い腹話術人形を買って帰った。


さっそく利き手に装着してみると、

首の稼働から目の動き、口の開け具合まで信じられないほど馴染んだ。


『すごい! 私にぴったりの人形! こんな奇跡ってあるの!?』


安くいいものが買えた。これほどうれしい買い物はない。

少女は喜んで腹話術人形を手放さなかった。



翌日から、いつにもまして少女は饒舌になった。


『でねでね、昨日人形が壊れて買い替えたんだけど、

 これが本当に私ぴったりって感じでもう最高なの!!』


『うんうん、わかるわかる。人形生き生きしてるもん』


『えへへ、やっぱり?』


感情表現も控えめなこの世界において腹話術人形の操作技術は

イコール感情表現の豊かさに直結する。


上手に人形を扱える人は人間味のある優しい人に思われ

人形を動かすのが下手な人は不愛想な嫌われ者になる。


『みんな、おはようーー!!』


少女は腹話術人形でみんなの話の輪の中に入っていく。

縦横無尽に人形を動かせるということは、それだけ人気者になりやすい。


『最近思うんだけど、ダイエットなんか疲れちゃった』


『あれ? いつも痩せたーいって言ってなかった』


『なんか周りに合わせて痩せたいって思わなくちゃいけない感じだったけど

 私は本気で思ってないって最近気づいたの』


『あはは、なにそれ。そんなふうに思ってたんだ』


『人形変えてからかな? 取り繕わなくなった気がする』


人形を変えてから劇的に自分の中で変化が起きたように感じる少女。

これまで蓋をするように抑え込んでいた本心も、

体の一部のように動く人形のおかげでどんどん表へ出せるようになった。


『そういうの、私好きじゃない』

『ごめん。なんか気分載らないからまた今度ね』

『本当はこういうの大好きなの!』


好きも嫌いもどんどん出していける。

人形が自分の体となって本心をさらけ出してくれる。


自分の中で作っていた心のダムはなくなっていた。




機嫌よく話せていたのもつかの間、数日もすると少女の顔色が悪くなっていった。


『どうしたの? 具合悪そうだけど……貧血?』


『ううんちがうの……そうじゃなくて……。

 あんたみたいな奴に気を使われないように生きる手段を考えることに

 毎日疲れてるのよ、ばーか!!』


『なっ……』


(ちがう! 私はそんなこと……!)


『だいたい、心配するフリして、私をダシにポイントかせぎでしょ?

 友達をいたわる優しい子ってね! あー迷惑!』


『はぁ!? そんな風に思っていたの!?』


(ちがう! これは人形が勝手に!)


『あれあれーー? いい加減察してくれると思ったんだけどなーー?

 やっぱり友達じゃないからわからないよねぇーー』


(もうやめて!!)


いたたまれなくなって、食事用の個室へと逃げ込んだ。


(どうなってるの……人形が勝手に……)


『勝手にじゃないわ。私はあなたの本心をしゃべっているのよ。

 あなたの心の奥底の感情を、取り繕わずに外に発信してるだけ』


(うそよ! そんなの嘘!)


『あははは、誇張してるかもしれないけど、ウソじゃないわ。

 私はあなたの本心。ううん、むしろあなたこそが偽物なのよ』


(え……)


『どっちが人形なのかしら? 本心を話すのと、自分に嘘をつく存在と』


少女はそのまま気を失ってしまった。

力が抜けたその体をまるで人形のようにして、教室へ人形が運んできた。


『あははは! みんな本心! 私は本心しかしゃべらないわ!

 その代わり、誰がどう思うかなんて気にしない!

 私は私が話したいことやりたいことをやるだけ! あはははは!!!』


完全に異常だった。

追って、その状況をクラスメートに聞かされた少女は言葉を失った。


『なにも心配しなくていいわ。きっと良くないのはその人形よ』


『先生……』


担任の先生の勧めもあって、少女は腹話術の除霊師のもとへと訪れた。


『むむむ! これは危険だ!!』


『わかるんですか?』

『どうせテキトーなこと言ってるだけよ』


人形と自分が同時に話す。


『あなたは人形を経由して多くの自分をさらけ出していた。

 それによって、人形そのものが主導権を握ってしまっている。

 安心なされよ、私が除霊してあげます』


『本当ですか!!』


少女はふたつ返事で除霊をお願いすることにした。


人形が好き勝手話してしまうせいで、大事な人を何人も傷つけてしまった。

それなのに人形を手放せないために、負の連鎖は止まらなかった。


除霊によりそれが断ち切られるならこれ以上の幸福はない。



『むむむむ……! きえーーー!!』



霊媒師が派手な声を上げると、腹話術人形から悪い気が飛んでいくのが少女の目にも見えた。


『ああ、先生! ありがとうございます!

 もう人形に操られているような感覚もなくなりました!

 自分で話したいことを、人形が話すようになっています!』


『除霊成功じゃね。今後は気をつけなされよ。

 妙な名前だけんようにな』


『名前……?』


『お前さん、この人形の名前を知らないのかい?

 人の心を代弁するフリして主導権を握る呪いの人形の名前を。

 私の除霊で名前を変えなければどうなっていたか』


少女はやたら安かった人形が中古だったのを思い出した。

前の所有者が危ない名前をつけていたのだろう。


『教えてください! その恐ろしい名前を!

 もう二度と人形にそんな名前をつけません!!』



『いいかい、よく聞きな。

 人の心の隙間に入り込んで、いつしか自分の行動を支配する。

 呪いの人形を作る名前は――』




『名前は「スマートフォン」というのじゃ。

 くれぐれもこの名前を使うんでないぞ。

 気がついたころに、どちらが操り人形なのかわからなくなるぞぇ』

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