第32話 空を覆う青い光

 鍵を回し、エンジンをかけた。迷っている暇は無い。ベンツを発進させた。新宿までどれくらいかかるだろう。一時間もあれば着くだろうか。どの道を通れば早く着くだろうか。とにかくカーナビを信じて車を走らせた。

 十一月七日の立冬までもうすぐだ。そのとき何が起こるのだ。もしかしたら僕達の解釈が間違っていて、何も起こらないかもしれない。そもそも歌自体に何の意味も無いのかもしれない。不安でアクセルを踏みすぎてしまう。焦って事故でも起こしたら大変なことになる。落ち着いて進め。

 甲州街道に入った。車の流れは悪くない。順調に進んでいるはずだが、気持ちは逸る一方だった。

 レリは何をしているだろう。連絡はつかないままだ。「堕ちてきた者達」とは関係ないところで、のんびりしていてくれたら良いのだが。遠山邸の地下室で見た此原の手が脳裏をよぎる。レリ無事でいてくれ。

 ルフォンさんは大丈夫だろうか。鎖島さん達は援軍に向かっているのだろうか。そもそも松崎邸はセキュリティーがしっかりしていて侵入困難のはずだ。どうやって入るつもりなのだろう。

 そんなことを考えながら運転していたら、新宿御苑に着いた。路上に停め、車から外に出た。

 虎と亀がすれ違い白と黒が混じりあう日に、光と影が食べあい影の中の一筋の光の場所に来た。一体何が起こるのだ。

 新宿の夜は明るい。しかしさらに明るくなった。空を見上げたら、オーロラが輝いていた。

 そんな馬鹿な。オーロラは極地の方でした見えないはずだ。たとえ見えたとしても、青ではなく、赤く見えるはずだ。しかし、僕の頭上では青いオーロラが輝いていた。

 今度は地上の電気が消えた。不夜城新宿の電気が消えた。停電か。そういえば、オーロラは物凄い電磁波を発していて、地球の電子機器に影響を与えるという話を聞いたことがある。オーロラが停電を引き起こしたのか?

 テレビでもインターネットでも、オーロラが出るなんて全く言っていなかった。ルフォンさんの友は予測していたのか。

 松崎亨士郎の家は電子制御のセキュリティーシステムに守られている、とルフォンさんも鎖島さんも言っていた。だとしたら、今が侵入するチャンスだ。

 僕は既に閉園している新宿御苑の柵をよじ登った。当然警報装置も作動しない。柵から飛び降り、僕は走った。

 青い光が照らす黄色い道を進め。

 早めに紅葉し散り始めたイチョウが、黄色い道を作っていた。青く輝くオーロラに照らされて、幻想的な光景を作り出していた。

 息を切らせて僕は走った。黄色くなった並木道を走った。

 暗闇に囲まれ花は静かに光を待っている。

 花はどこだ。

 黄色い道の先に待っていたのは、目のない大きな顔の石像だった。

 僕は石像に近付いた。石像に僕の影がうつった。

 石像の鼻に触れた。

 花ではなく、鼻か。

 頭の上に手をかざしてごらん。

 両手をあげてバンザイしてみた。違う、こうではない。

 手の平を頭の上に乗せ重ねてみた。石像にうつる僕の腕と頭の影が、まるで目のように見えた。胴体から足は、目からこぼれる涙のようだ。

 わたしを見つめる二つの目は、何を見て泣いている。

 右の涙は彼の元へと続く道、左の涙は彼の内部に入る道

 僕は立ち位置を調節して、鼻と目のバランスが良くなるようにした。

 目と鼻のバランスが合った。僕の足元に悪魔を倒す武器が眠っている。

 足元のイチョウの葉をどかすと、その下は砂利だった。さらに砂利をどかすと、その下は土だった。

 手で掘ろうとしたが、結構硬い。車のトランクにスコップが入っていたのを思い出し、車の元へと走った。

 謎を解いた高揚感で全力疾走が全く辛くなかった。

 柵を乗り越え、車のトランクを開ける。工具やらハンマーやら折りたたみ自転車やら、ごちゃごちゃ入っている中からスコップを取り出し、再び石像の元へと黄色い道を走った。

 息を弾ませながら地面を掘った。硬い土はスコップをはじき返そうとしたが、僕は負けずに掘った。

 しばらく掘ると、スコップの先が何かに当たった。慎重に掘り出すと、一つの箱が出てきた。

 箱には鍵がかかっていなかった。蓋を開けてみる。中から一枚の鏡が出てきた。石像の側からすると、こちらは右の涙だ。彼の元へと続く道か。

 続けて反対側も掘ってみた。再び箱が出てきた。蓋を開けてみると、今度は一本の短剣が出てきた。刃渡りは十センチ程度。短剣というより、ナイフ、いやペーパーナイフだ。これが彼の内部へ入る道か。

 本当にこんなので、松崎亨士郎に、悪魔に勝てるのか。散々苦労して、意味の無いものを掘り当ててしまったのではないだろうか。不安感と絶望感が僕を襲った。

 無理やり不安感と絶望感を振り払い、僕はスコップと箱二つを抱えて走った。

 柵を乗り越え、車に乗り込んだ。吉祥寺の外れにある松崎亨士郎の家に向かう。電気は消えているが、オーロラに照らし出されて驚くほど明るかった。

 甲州街道に出ようとしたが、様子がおかしい。今は夜中のはずなのに、道路は車で渋滞し、クラクションの音が響いていた。車のラジオの調子もおかしいので、外の情報が入ってこないが、空にはオーロラ、信号も消えているのでは、人々が混乱するのも無理はない。当然電車も止まっているだろう。

 頭を抱えた。これでは松崎邸まで行けない。

 トランクに折りたたみ自転車が入っていたことを思い出した。この選択が吉と出るか凶と出るか。

 僕はベンツを歩道に乗せ。エンジンを切って外に飛び出た。鍵は付けたままにしておく。邪魔だったら誰かどかしてくれ。トランクから折りたたみ自転車を取り出し組み立てた。悪魔を倒す武器は箱から取り出し、トランクに入っていた袋に入れ肩にかけた。

 大きく息を吸って、僕はペダルをこぎ始めた。

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