第31話 別れの挨拶はしない

 ベンツに乗り込み、遠山邸から離れた。離れていく最中にパトカーのサイレンが聞こえた。遠山の悪事が暴かれるのだろう。何人の少年が生贄に捧げられたのだろうか。考えると気持ちが沈む。もっと早く情報を得ることが出来ていたら…。

 そして、屍蝋化した此原の手。あの傷は此原のものだった。菊池に刺されたときの傷だ。最悪の結末が頭から離れなかった。

「ルフォンさん。地下室で燭台に使われていた手。遠山は栄光の手と呼んでいましたけど、あの手は此原のものでした。見覚えのある傷が付いていました」

 しばらく車内に沈黙が訪れた。そして「そうか」とだけ、ルフォンさんは答えた。

ルフォンさんの指示で駐車場に車を入れた。助手席に座っていたルフォンさんが、こちらに顔を向け、真っ直ぐ視線を合わせてきた。

「圭介。俺は宇宙人だ」

 今更何を言い出すのだこの人は。だが、話に聞き入ってしまうような、そんな目をしていた。

「俺はある男を追って地球にやってきた。その男の名は、アムドゥスキアス。いくつもの星で悪事を働いてきた極悪人だ。やつは一九九九年、宇宙船に乗って地球にやってきた。アダムスキー型の円盤のようなタイプではないが、地球人が言うUFOになるな。アムドゥスキアスが乗ってきたのは緊急脱出艇のようなタイプだから、操作性は良くない。そのせいもあったのだろう、宇宙船と旅客機が衝突した。この広い空でぶつかるなんて物凄く低い確率なのだろうが、ぶつかるときはぶつかる。バイクのレーサーは、サーキットで転倒してバイクから投げ出されたとき、立ち上がってはいけないそうだ。立ち上がると後続のバイクが吸い込まれるように転倒した人にぶつかるらしい。これと同じことかもしれないが、ともかくUFOと飛行機が衝突した。旅客機も宇宙船も墜落し、旅客機の乗客も乗員もほぼ死亡した。その時、アムドゥスキアスは瀕死の重傷の松崎亨士郎の体に乗り移った。我々は、地球で活動するには適した形態をしていない。その為、地球人の体を借りることになるのだ」

 荒唐無稽な話だ。バイクの例えも相応しくない気がする。しかし、話に引き込まれてしまった。

「アムドゥスキアスは、松崎の体を使って、地球人を悪に導く為活動を開始した。奴本人が名乗ったのか、地球人が勝手に崇め奉ったのかは知らないが、奴は悪魔教団の教祖、もしくは本尊の様な存在になって悪事を働いている。麻薬、売春、殺人。まだまだ悪は加速していく」

 司祭が言っていた「一九九九年、悪魔は完全なる姿で降臨した」。遠山風吾が言っていた「悪魔は存在する。本物の悪魔は存在する」という言葉が頭に浮かんできた。宇宙人か悪魔かはわからない。ただ、人間以外の「それ」は存在するのではないだろうか。色々な事を体験し、僕は「それ」の存在を確信するまでになっていた。

 ルフォンさんは話を続けた。

「俺の友がアムドゥスキアスを追って地球にやってきた。友はアムドゥスキアスを倒す武器を地球に持ち込み、倒す機会を狙っていた。その時に、圭介の友此原に出会った。此原は旅客機墜落事故を調べているうちに、生き残りの松崎にたどり着き、奴の悪事を知ってしまった。此原もまた松崎、アムドゥスキアスを倒そうとしていたのだ。武器を隠す箱を作成したのは、彼の尽力によるものだ」

 その作成費用を工面する為に、僕に連帯保証人を頼んだのだ。おかげでこの件にかかわることになってしまった。訳を知らなかったときは此原を恨んだが、今はそんな気持ちは無い。打ち明けてくれれば良かったのに。

「友は武器の隠し場所を示す歌を残し、アムドゥスキアスに殺されてしまった。俺は友の仇を討つ為に、悪を滅ぼす為に地球まで歩いてきた。俺は抗争に巻き込まれ、瀕死の重傷を負っていた猛の体を借りた。正常な地球人の体を借りるのは難しい。完全に死んでいても駄目だ。俺は刑務所から帰ってきた鎖島の力も借り、組を何とか立て直しながら、復讐の機会を伺っていた。その時は近付いてきている」

「松崎亨士郎のところへ乗り込むということですか?」

「そういうことだ。俺はここから歩いていく。ここからだったらすぐに着く。圭介は車で新宿御苑に向かってくれ。アムドゥスキアスを倒す武器を見つけて後から駆けつけてくれ。車のトランクに色々な道具が入っている。使えるものを使え」

 ルフォンさんは、カーナビの一点を指差した。ここが松崎の住処なのだ。

「圭介世話になった。歌の謎は俺だけでは解き明かせなかっただろう。死ぬ気はさらさらないから、別れの挨拶はしない。だから、感謝の気持ちを伝えておこう。ありがとう」

 車のドアを静かに開け、ルフォンさんは車から降りた。そして僕に背を向けて歩き始めた。

 質問疑問、たくさん言いたいこと、訊きたいことがあったが、何を言って良いのかわからないまま、僕はルフォンさんを見送った。

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