第29話 エンディングまで泣くんじゃない

 そのまま眠ることも出来ず、ずっと壁を見ていた。色々なことがあり過ぎて、脳みそが処理出来なくなっていた。

 誰かが家に入ってくる音がした。レリが戻ってきたのだろうか。僕は部屋から飛び出た。

 そこにはルフォンさんが立っていた。

「圭介。白色矮星のような顔色しているぞ」

「例え方が、わかり辛いです…」

 ルフォンさんに、歌の謎に対する僕たちの仮説、そしてレリの刺青を魔女の刻印と間違えて怒らせたことを伝えた。

「お前は、過去の過ちに気付き、未来の希望を見つけ、現在を失った」

 確かにそんな感じだった。失った現在は、あまりにも大きかった。

「俺は井の頭公園のバラバラ死体について調べていた。バラバラ死体は、性別も職業もバラバラだ。だがバラバラではない共通点がある」

 ルフォンさんはパソコンを立ち上げ、どこからか手に入れてきたDVDをセットした。画面に若い男性の動画が映し出された。職場でも研修を録画したもののようだ。次の動画も若い男性の動画だった。インタビューを受けている。何かを受賞したようだ。

「この人達も被害者の人なのですか?」

「そうだ。前にも被害者の動画を見せたな。彼らの共通点はわかるか? 目で見てもわからないぞ」

「心で見るのですか?」

「いや。ただ耳で聞けば良い。共通点は歌声がきれいなことだ」

「でも、この人達歌ってないですよ」

「歌声と話し声は違う。普通の人間は話し声を聞いただけでは歌声はわからない。しかし、俺は話し声を聞いただけで、歌声もわかる。被害者達は、全員歌声がきれいだ」

 本当にそんなことがわかるのだろうか。動画からは、被害者達の声も入っている。話し声は特別きれいとも思わなかった。

「もしルフォンさんの説が本当だとしても、何故歌声のきれいな人を殺したのですか? しかも死体をバラバラにしてなんの意味があるのですか?」

「理由はまだわからない。ただ、死体をバラバラにしたのではない。発見された手足には生体反応があったそうだ。生きたまま手足を切り取られたのだ」

 思わず両腕を抱えた。生きたまま切り取られたのか。

「そういえば、此原も歌声がきれいだった…」

 ルフォンさんは無表情なまま、何も答えなかった。

「レリも、歌を気に入ってくれた人がいて、今度聞かせに行くと言っていました…」

 「堕ちてきた者達」の教祖的存在の松崎は、芸能事務所にも手を出していると、鎖島さんが言っていたのを思い出した。

 あわててレリに電話してみた。繋がらない。何回かかけてみたが繋がらなかった。僕の愚かな勘違いに腹を立てているだけなら良いのだが、嫌な考えが頭を過ぎった。

 携帯電話が鳴った。レリから返信があったのかと思ったが、木村瞳さんからだった。正直言って、木村瞳さんはもう頭の中から消えていた。一体何の用だろう。

 電話に出ると、木村さんの不安そうな声が聞こえてきた。

「ご無沙汰しております木村です。今お電話よろしいですか?」

 大丈夫ですと答えると、木村さんは話を続けた。

「うちの子供が、俊也が昨日の夜から行方不明になりました。ラッチーランドに出かけました。一緒に行ったお友達は帰宅したのですが、俊也は帰ってきませんでした。警察に捜索願いを出したのですが、一晩たってもまだ見つかりません」

 ラッチーランドは、アニメ映画監督の遠山風吾とおやまふうごが自宅を改造して作ったレジャー施設だ。週に一回だか、月に一回だか、抽選に当たった人だけが入場出来るという人気スポットだ。俊也君がいなくなったのは大変だが、そんなことを僕に言ってどうするのだ。

 木村さんは話し辛そうに言葉を続けた。

「俊也を探している最中に知り合いから聞いたのですが、ラッチーランドで子供が消えるという都市伝説みたいな話がありまして…」

 僕もその都市伝説は聞いたことがある。それが本当に起こったというのか。

「少し言いにくいのですが、その、裏の力を使って、いえ、やくざの力を使って、俊也を捜して頂けませんか」

 そういうことか。僕をやくざの一員だと勘違いしているようだが、それはひとまず置いておこう。やくざの力を借りなければならないほど、木村さんは精神的に追い込まれているのだ。

「お力にはなりたいのですが、僕に言われましても…」

 そこまで言ったとき、ルフォンさんに電話を奪われた。

「息子は助け出してやる。感動の再会の為に涙はとっておけ。エンディングまで泣くんじゃない!」

「猛君?」

 ルフォンさんは電話を切った。

「ラッチーランドにかちこむぞ」

 唖然とした。本気なのかこの人は。まだ証拠も何もない。

「錬金術師や悪魔の儀式の場所を思い出してみろ」

 思い出せって、何を思い出すのだ。少し考えてみた。そういえば、どちらにも場違いなアニメのDVDが置いてあった。どれも遠山風吾の作品だった。

「遠山風吾は「堕ちてきた者達」の一員だ」

 鎖島さんも、有名人の中にも「堕ちてきた者達」のメンバーがいると言っていた。遠山もそうなのか。

「ラッチーランドで子供を助けたら、次はアムドゥスキアスのところへ行く」

「本気ですか?」

「圭介、今日は何日だ?」

「十一月六日です」

「白と黒が混ざり合い、虎と亀が交差する。お前の一生のうちで一番頑張らねばならない日が来た。気合を入れろ」

 父が犯した殺人事件を調べに行ったら自分が犯人だったことがわかったり、自分の勘違いで失恋したり、そんな状況で気合を入れろと言われても、もう頭が破裂しそうだ。

「迷うな。行動しろ」

 ルフォンさんに促され、とにかく行動することにした。

 ベンツを運転してラッチーランドのある三鷹へ向かった。

「何故遠山風吾が悪魔崇拝などしているのですか。作風は全然そんな感じではないですよ」

「遠山風吾は、才能ある男だった。だが、作品に対する情熱が強すぎた、完璧を求め過ぎた。さらに上へ、さらに上へと作品を自分を高めようとした。その高すぎる向上心に、周りの人間はついて行けなくなり、遠山風吾の孤独感は増していったのだろう。そこへ、悪魔が囁いた」

 ルフォンさんは、ミュージカル映画だけではなく、遠山風吾のアニメ映画も観ていた。遠山を研究していたのか。

「少年愛の傾向は昔の作品からも読み取れるが、それは心のうちに秘めたものだっただろう。だが悪魔に心を売った遠山は、一線を越えてしまった。自宅を改造してラッチーランドと名付けた。そして、抽選で入場者を選ぶと言いつつ、自分好みの、それでいてなるべく身寄りの少ない少年を探し出していた。身寄りがいなければ、いなくなっても騒ぎは少ないからな。さらった少年を悪魔に自分に捧げていたわけだ。今のところ、俺の憶測でしかない。だから今まで動けなかった」

 いつものちゃらんぽらんなルフォンさんではなく、理路整然と話していた。

「俊哉君はしっかり家族がいますよ」

「余程好みだったのだろう。遠山は理性のブレーキが効かないほど、暴走し始めている」

 唾をごくりと飲み込んだ。ルフォンさんの憶測が正しければ、遠山は殺人を犯している。今までの麻薬や売春も、殺人に比べればまだましだ。

 本当に遠山風吾は「堕ちてきた者達」の一員で、少年を悪魔の生贄にしているのだろうか。乗り込んで間違いだったら洒落にならない。いや、間違いで不法侵入で捕まったほうが良いな。

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