第28話 青春の次に来るもの

 屋敷に着いて、僕たちは基地に入った。

 ルフォンさんは、僕の肩を軽く叩き、また外に出て行った。

 レリがひょっこり部屋から顔を出した。

「おかえりー。随分と遅かったね」

 陽気な声を出していたが、僕の様子を見て表情を変えた。

「どうかしたの?」

 レリが駆け寄ってきた。

 僕はレリに全てを打ち明けた。一九九九年の夏、僕の父が隣人を殺した容疑で捕まり、獄中で死んだこと。僕がずっとそのことで差別されてきたこと。しかし調べ直した結果、隣人を殺したのは父ではなく、僕自身だったことを。

 レリは最後まで無言で聞いていた。

「圭介のお父さんとお母さんが、証拠は全部消してしまっただろうから、今更証拠は何も出てこないだろうね。だから、圭介が殺したという確証はない。でも、圭介が殺してないっていう証明も、多分無理だろうね。だから、圭介が殺したって言うのなら、殺したのだろうね」

 僕の目を見たり、悲しそうに視線を逸らしたりしながらレリは言った。

 レリの言う通りだろう。証拠らしい証拠は何もない。僕が改造したエアガンに殺傷能力があったかどうかもわからない。僕が犯人でした、と言ったところで、相手にされない可能性が高い。

 二人の間に、なんとも言えない沈黙が訪れた。

「なんと言って良いかわからない。死んだお隣さんも可哀想だし、罪を被ったお父さんも可哀想だし、お母さんも辛かっただろうし、圭介だって…」

「そう。俺は可哀想だ。父さんに罪を被せてのうのうと生きて、何人もの人生を終わらせて、下らない人生を送っている。生きているというより、死んでないだけのような人生だ」

「死んでないだけとか言っちゃ駄目だよ。せっかくお父さんが庇ってくれたのだから、楽しく生きなきゃ。まだ青春真っ盛りでしょ」

「青春ね…。そういう言葉もあるな。俺の青春なんて、真っ暗なまま終わっちまったよ」

「それだったら、赤い夏、朱夏しゅかを輝かせれば良いじゃない」

「しゅか? なんだそりゃ」

「朱色の朱に夏で朱夏。青春の次は、真っ赤に燃える夏よ。楽しそうじゃない」

「そうなんだ。赤い夏ね。それじゃ、朱夏の次は何が来るの」

「えっと、白秋はくしゅう。白い秋だったかな。その次が、玄冬げんとう。黒い冬。五行説の四聖獣から来ているのだったかな。青龍、朱雀、白虎、玄武」

「そうか、青龍とかは、方角をあらわしているのかと思っていた」

 自分でつぶやいて、何かが引っかかったような気がした。

「玄武ってどんなやつ?」

「玄武は、蛇が絡みついた亀のはずだけど。何かした?」

 白と黒が混じりあい、虎と亀がすれ違う。

「季節のことか」

「え?」

「悪魔を倒す武器の隠し場所の歌だよ。白と黒が混じりあい、虎と亀がすれ違う。季節のことかも。秋と冬の間っていつだ?」

「秋と冬の間。冬至ではないね。冬至は冬真っ只中だ」

 僕とレリは同時にカレンダーに目を向けた。カレンダーは一月のままになっていた。今年の初めこのカレンダーを貼ってから、一回もめくっていなかったのだ。焦る気持ちを落ち着けるように、カレンダーをめくっていった。一月でも二月でもないようだ。三月から八月までは飛ばした。九月でも十月でもない。十一月で手を止めた。十一月七日、立冬。この日が、秋と冬がすれ違う日だ。

「場所は新宿。十一月七日…」

 何気なく見ていたものの記憶が繋がり始めた。

「天気予報で言っていたけど、今年の寒さは早めにやってくるらしい。だから紅葉も早くなるそうだ。新宿御苑のきれいな並木道はいちょう並木だったよな。俺たちが行ったときはまだ緑の葉が生い茂っていたが、早く紅葉が来て散り始めたら、あの並木道は黄色い道になる」

「そっか。青い光は…ちょっとわからないけど。花だったらたくさんあるね。頭の上に手をかざすってこうかな?」

 レリが両手でばんざいした。こうなのだろうか。

「私を見つめる二つの目は何を見て泣いている…」

 レリの目を見つめてみた。レリも僕の目を見つめ返してきた。吸い込まれてしまいそうだった。

「何が起こるのかは、まだわからないけど、多分この謎を解き明かして、悪い人をやっつける為に圭介が残ったのだと思う。その為に、他の人が犠牲になってくれたのよ」

 レリの言葉ほど前向きに考えることは出来ないが、優しい言葉にまた涙が出そうだった。

 僕たちは見つめ合っていた。少しずつ距離を縮め、唇を重ねた。

レリの唇は柔らかく弾力性があった。舌を入れてみる。レリも舌を絡めてきた。興奮して頭が白くなりかけてきた。舌を絡めたまま強くレリの体を強く抱きしめた。

 この人のことが好きだ。そう体の底から感じた。

 唇を離し、レリの体をゆっくりベッドに横たえた。

 頬が紅潮したレリは、さらに可愛く見えた。

「可愛い」と言ったら、「ありがとう」と返された。

 レリの服を脱がし始めた。シャツを脱がす。飾り気の無いブラジャーが出てきた。ブラジャーの周りには、レリのきめの細かい、美しい肌が広がっていた。興奮がさらに高まってくる。次にズボンを脱がす。勝負パンツではなさそうな下着が出てきたが、そんなことは全く気にならなかった。太ももの方に目が行ってしまう。

 僕も服を脱ぎ始めた。自分の気持ちを落ち着けるように、ゆっくりと脱いで、パンツ一丁になった。パンツの中身はこれ以上無いほど怒張していた。

 もう一度唇を重ねながら、背中に手を回しブラジャーを外す。乳房を見たい衝動に駆られたが、そのまま下着に手を伸ばし、足の方へ下ろしていった。唇を離し、下着を足から抜き取った。

「電気消して」

 レリが照れ臭そうに、少し笑いながら言った。

 僕は立ち上がり、電灯のスイッチに手をかけた。スイッチを切り、照明が消える瞬間、レリの体を見下ろした。腰の部分に刺青が見えた。

 刺青。

 僕はレリの横に寝転がり、再び口づけをした。しながらも刺青のことが気になっていた。刺青なんて、今どき珍しいものではない。レリは音楽をやっている。芸術系の人間は、刺青を入れる人が多い。珍しくはない。

 絵柄はどうだっただろう。一瞬で良く確認できなかった。

 悪魔崇拝組織の刺青、魔女の刻印だったのではないだろうか。

 先程までの性的興奮とは違う理由で、胸の鼓動が早くなってきた。

 レリは「堕ちてきた者達」の一員なのではないだろうか。

 そんなわけない。レリは違う。

 でも組の情報を得る為に、僕に近付いてきたのかもしれない。いや、そちらの方が辻褄は合う。

 だとしたら、僕は殺される。

 いや、大丈夫だ。このままいこう。この先には快楽が待っている。

 性欲と恐怖が戦っていた。

 一応僕の体は行為を続けている。手はレリの乳房を揉んでいる。股間もまだ怒張している。しかし、頭の中は色々な思考が渦巻いていた。

 どうする。今刺されたら、どうしようもない。

 なんで照明を消してしまったのだろう。せめて豆電球がついてくれる部屋だったら、刺青を確認できたのに。

 悪魔崇拝の錬金術師や司祭達が入れていた刺青の柄を思い出す。どうだっただろう。

 レリの腰を見てみる。暗闇に目が慣れてきて、少しは見えるようになっている。腰の部分に刺青が入っているのは確かだ。しかし、正確な形まではわからない。すぐに目を離した。腰の刺青に感付いたことを、レリに悟られるのは危険かもしれない。

 レリは、僕やルフォンさんとおおっぴらに行動を共にしていた。それなのに何故悪魔教団に襲われたりしなかったのか。悪魔教団に一緒にいる現場を見られなかった可能性だって無いとは言い切れない。だが、悪魔教団の一員だったら襲われない。

 今考えてみると、レリは色々な知識に詳しかった。いや、詳し過ぎた。オカルト好きなただの女性が、少し調べただけであれだけの情報を得ることは可能なのだろうか。「堕ちてきた者達」の一員だったら、それくらいの知識を持っているだろう。僕に近付いて、歌に隠された謎を解かせるのが目的だったのではないだろうか。黒い勾玉をくれたのも、そういうことだったのではないだろうか。そして、歌の謎は解けた。僕は用済みになったと言うことだ。

 電気を消して、という言葉も照れてではなく、刺青を見られたくなかったからかもしれない。

 どうする。いつ本性を現す。今すぐか。終わってからか。

 いや、レリを信じよう。僕はこの人の事が好きだ。殺されたら殺されたで良いじゃないか。どうせ大した人生ではない。

「やめる?」

 レリの突然の言葉に、僕は心臓が止まりそうになった。

「え?」

 辛うじてほんの少し声を出した。この人は突然何を言い始めたのだろう。僕は殺されるのか?

「全然上の空だよね」

 明かりのない中でも、レリの顔はぼんやりと確認出来た。とても悲しそうな、少し怒っているような顔をしていた。

「あ、いや、そうじゃなくて」

「何がそうじゃないの。他の事ずっと考えていたよね」

「腰のところの刺青が、魔女の刻印かと思って」

 レリの目が怒りに見開かれた。しまったと思ったが、既に遅かった。

「わたしを「堕ちてきた者達」の仲間だと思ったってこと?」

 上手い言い訳を考えようとしたが、良い言葉が何も出てこない。

「違う。そうじゃないんだ」

 レリは僕から目を逸らして、服を着始めた。

「ちょっと待ってくれ」

 肩をつかんだら、手で払われた。

 この人は、悪魔崇拝組織の人間なんかではない。僕の思い違いだ。そう確信した。

「俺は、お前のことが好きだ」

「私も圭介のこと好きだったよ。じゃあね」

 服を着始めたレリの刺青が見えた。魔女の刺青とは関係なかった。

 レリは服を着終わると、部屋を出て行き、家からも出て行く音がした。

 僕の恋は終わったようだ。

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