第26話 目指せアームストロング船長
ベンツを屋敷の敷地内に入れ、レリを組の人達に紹介した。無関心の人達もいたし、ひやかしの言葉をかけてくる人もいた。鎖島さんは、「なめた真似したらすぐ追い出す」と真顔で言った。レリも硬直していた。
レリは、ルフォンさんと僕と一緒に基地の方で暮らすことになった。僕が使っていた部屋をレリが使い。僕は居間で寝ることになった。
ルフォンさんに、歌の謎に対するレリの考えを伝えた。山手線と中央線の路線を太極図として考え、「闇の中の一筋の光」は新宿あたりを指すのではないかという考えだ。
「アームストロング船長にも誇れるくらい、大きな一歩になるかもしれない」
大げさ過ぎるお褒めの言葉を頂いた。
ルフォンさんは嬉しくなったようで、いつもにも増して歌って踊って、家から出て行った。いつもは一緒に歌い始めるレリでさえ、黙って見つめていた。
「わたし、やくざをなめていたわ。直接会ってみたら、皆凄い迫力の人ばっかり」
そう言ってレリは苦笑いした。
二人きりになって心臓がどきどきした。僕の気持ちを伝えるチャンスが唐突にやってきた。二人きりになる機会なんて中々訪れないかもしれない。しかし、今まで迫害され続けて来た僕の過去が、踏み込むことを躊躇させた。
「ありがとう。人に親身に接してもらったことないから嬉しい。わたしどちらかと言えば一人ぼっちだったから。どちらかと言わなくても一人ぼっちだったわね。親はわたしに歌の英才教育して一攫千金を狙っていたけど、途中で飽きてほったらかしにされた。わたし自身歌はうまいし、声もきれいだと思う。こういうところも駄目なのだけど、とにかくまわりに合わせるのは苦手。だから合唱は苦手だったし、音楽の成績も良くなかった。集団行動が出来ないから、教師はわたしの歌を握り潰したのね。学校は嫌いだった」
彼女の過去が想像出来た気がした。長所を伸ばすことよりも、短所を埋めることばかり要請され、才能を発揮する機会さえ与えてもらえなかった。そんな少女時代だったのだろう。僕とは違う苦しみだが、孤独は共通していた。
父親が殺人を犯し、周りから差別され続けてきた。君と同じく孤独だった。そう言おうかと思ったとき「余計なことしてんじゃねえよ。人殺しの息子が」その言葉と共に、助けたはずの相手から憎しみの眼差しを投げつけられたことを思い出した。僕の開きかけた心の扉は、再び音を立てて閉まった。
もし僕とレリが学校生活で一緒になったら、仲良く出来ていたのだろうか。子供過ぎる二人は、一人で歌いだす変な女、人殺しの息子とお互いを見下し、反目したのではないだろうか。
あの時、いじめられていた阿部を助けようとしたのは、正義を行いたいのではなく、自分より下の人間を助け、優越感に浸りたいだけだったのだろうか。そんなことはなかったとは言い切れない。嫌な自分は確実にいる。
だが、今は違う。本当に違う。レリを助けてあげたい。ほんの少しでも、苦しみを軽くしてあげたい。黙っていては駄目だ。言葉を発しろ。
「よ、よくわからないけど。レリの苦しみとかはよくわからないけど、レリの歌は好きだ」
結局出てきたのは、こんな言葉だった。自分が呪わしかった。
少し間が開いて、「ありがとう」という言葉が返ってきた。
僕達は若すぎなかった。僕達の出会いは早過ぎなかった。ちょうど良い時期に巡り合えた。だから心を開いても大丈夫だ。きっとこの人ならわかってくれる。
いや、まずは父の事件を調べ直してみよう。もし殺された隣人が悪魔崇拝者で、父は悪を防ぐ為殺人を行ったのなら、僕はレリに素直に心を開けるような気がする。
「一時期歌うことも嫌いになった時期もあったけど、やっぱり歌うのは好き。圭介が褒めてくれて嬉しい。この間のオーディション、駄目は駄目だったのだけど、わたしの歌に興味を持ってくれた音楽関係の人がいて、今度その人のところに歌いに行くの。歌を仕事に出来るようになれば良いのだけど」
「チャンスだね。応援するよ」
結局父の事件のことは告げられぬまま、その日は終わった。
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