第25話 闇の中の光

 基地に帰ると、電話が鳴った。レリからだった。

「テレビ観た? 井の頭公園のゴミ箱から足って、ルフォンさんが気にしてたゴミ箱だよね」

「ああ、観たよ。ルフォンさんは「堕ちてきた者達」の仕業だって言っている。組の偉い人の鎖島さんは、悪魔に生贄に捧げた残りだって言ってた」

 レリが電話の向こうで息を飲んだ。

「わたしたち、危険なことに首突っ込んでいるのね」

「ああ、俺もさっき公園で変な奴らに襲われたよ。多分「堕ちてきた者達」の一員だろう」

「大丈夫だった?」

「コンビニで買った物は全部ぶちまけちゃったけど、怪我はない」

「よかったね」

「ありがとう。もらった勾玉のおかげかな」

 僕は首にぶら下げていた黒い勾玉を指でつまんだ。

「そうかもね。わたし今白い勾玉眺めているよ」

 レリが電話の向こうで白い勾玉を見つめている。僕はこちら側で、黒い勾玉を見つめている。黒い勾玉と白い勾玉が合わさり、丸い円を描いているところを想像した。レリと僕がくっついているような気がして、少し幸せな気分になった。

 もう少し眺めていると、何かひっかかった。

「白と黒が交ざりあう…。この白と黒の勾玉って、あの歌と関係しているのかな?」

「あ、そうか。言われてみればそうだね。でも、白と黒の方じゃなくて、光と影が食べあうっていう歌詞の方かも。この勾玉が二つ合わさった図は、太極図っていうものなのだけど、白の中の黒いところは「光の中の闇」、黒の中の白いところは「闇の中の光」って言われているの。もしかすると悪魔を倒す武器を隠した歌と関係あるかも」

 思わぬところから一歩前進したのかもしれない。

「歌と太極図が関係していたとしても、まだ何が何だかわからないよね。ちょっと調べてみるね」

「ありがとうレリ。でも、好奇心で首を突っ込むには危険過ぎる。もう手を引いたほうが良いよ。レリを危ない目に遭わせたくない」

「そうだね。でも、もう遅いかもね。大っぴらに圭介とルフォンさんと一緒に遊びに行っちゃったから、そこ見られているかもしれない。この電話も盗聴されているかもしれない。携帯電話の電波は、傍受されやすいっていう話だし。とにかく先を見てみたい。このまま進まずに立ち止まっている方が怖いよ」

「でも…」

「守ってくれるんでしょ」

 体が熱くなって、恐怖はどこかへ消えた。

「俺が守るよ」

「ありがとう。また連絡するね」

 電話はそこで切れた。

 僕は電話を握り締めたままだった。中々熱くなった体が冷めてくれなかった。

 本当にレリを守れるのだろうか。悪魔教団「堕ちてきた者達」は現実に存在している。悪魔とか魔法とか呪いとか、そういうものが存在するかはわからないが、悪魔を崇拝する人達がいて、悪いことをしているのは確かだ。僕にも被害を及ぼそうとした。レリはこの件から手を引いた方が良いのではないだろうか。レリと離れたくなくて、「逃げろ」と強く言えないのではないだろうか。いや、ここの部分で迷っていても仕方ない。レリを守りつつ「堕ちてきた者達」と僕なりに戦うしかない。武器の隠し場所を示す歌を解読するところから始めよう。歌はルフォンさんが作り出した妄想だとしても、まずはこの謎を解かねば。

 そして、父の起こした殺人事件と、悪魔崇拝との関係を調べてみよう。ルフォンさんの世話をし始めて、最初に悪魔という言葉を聞いた瞬間からほんの少し引っかかっていた。悪魔教団の存在なんて、最初は完全な嘘だと思っていたし、ついこの間までは半信半疑だった。今は悪魔教団の存在を確信している。悪魔教団は存在する。もし父の殺人と悪魔崇拝が関係していたら、父が殺した隣人が本当に悪魔にとり憑かれた男だったら、父の殺人が正義の行いだったら、僕の灰色だった青春時代に色が戻るような気がする。不幸のどん底に落ちてしまった僕の家族が、少しだけ報われるような気がする。そしてレリにも心を開けるような気がする。過去の事件を調べなおしてみよう。

 まずはルフォンさんと鎖島さんに、この屋敷の中でレリを保護してくれるように頼んでみた。ルフォンさんは気軽に許可してくれた。鎖島さんはさすがに難色を示した。

「猛さんの歌の謎もただの妄想の可能性も高いが、何かの突破口になるかもしれない。そのレリって女と一緒に解いてみろ。ただ、自分の立場を忘れて浮ついたことしてたら、悪魔に呪われた方がましだと思わせてやるからな」

 凄みのある声で脅されつつも許可を得た。

 ルフォンさんは用があるということなので、一人でレリを迎えに行った。

 鎖島さんから聞いた元自衛官の殺し屋郷崎のことが頭に浮かんだ。自衛隊にいたのなら、銃の扱いや格闘術に秀でているのは間違いなさそうだ。「狙われたらお終いだと思え」鎖島さんの言葉が頭に響く。ハンドルを握った手が汗ばんだ。

 待ち合わせ場所にはいつもと同じレリがいた。ギターケースを背負ってにこやかに立っていた。

「迎えに来てくれてありがとね。本当にやくざの家にいけるなんて興奮しちゃうな」

 不安をかき消す為にお気楽を気取っているのか、本当に天然なのかはわからないが、レリは元気に車に乗り込んできた。

 ギターをトランクに入れようとしたら、スコップやらハンマーやら折りたたみ自転車やらぎっしりつまっていたので、後部座席に入れた。

 助手席に座ったレリは車を発進させると話し始めた。

「歌と太極図の関係を色々調べてみたの。「白と黒が交じりあう」の方ではなくて「光と闇が食べあう」の方を指していると思うの。東京は京都を習って風水を取り入れて作られた街なのよね。もともとは徳川家康が作ったのだけど、科学万能の現代も風水は取り入れられているらしいの。山手線は東京を丸く縁を描くように走っていて、中央線は山手線を二つに分けるように真ん中を走っている。図にするとこうなるのよ」

 ちょうど信号で止まったので、レリが書いた図を見た。丸い山手線の路線図を中央線が横切っている。中央線は真っ直ぐではなく、少し曲がって走っていて図にすると本当に太極図のようだった。

「山手線を太極図として捉える場合は、北側を闇、南側を光とするのが一般的なの。そうすると、歌に出てくる「闇の中の一筋の光」は新宿あたりになるのよ」

 新宿。無差別殺人を調べる為にこの間行った。新宿にそんな場所あっただろうか。

「新宿御苑のことかな?」

「そうかもしれないけど、あそこには虎はいないでしょ。亀は池にいたけど」

「暗闇の中で待っているという意味はわからないけど、花はたくさん咲いていた。探せば黄色い道もあるかもしれない」

 もしかしたら見当違いかもしれないが、出口が見えてきた気がした。

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