第22話 捏造された歴史

 町工場から帰っても、此原のことが頭から離れなかった。どこかで生きていて欲しいが、悪い想像ばかりしてしまう。司祭の言葉がまた甦ってきた。「お前は呪われる」。此原は殺されてしまったのだろうか。それとも「堕ちてきた者達」に捕まって監禁されているのだろうか。それだったら助けにいかねば。一刻も早く。

「ルフォンさん。堕ちてきた者達に殴り込みをかけましょう」

「急に好戦的になったな。友達が心配なのはわかるが焦るな。武器の場所もわかっていないし、アムドゥスキアスの住処は、電子制御のセキュリティシステムでがちがちに固められている。侵入するのは難しい。その時はまだ来ていない」

 もどかしくて仕方が無かった。ちっぽけな僕ではどうすることも出来ない。無力だった。

 携帯電話が鳴った。レリからだった。出てみると、陽気な声が聞こえてきた。

「あ、圭介。元気。悪魔教団について少し調べてみたの。色々わかったから、ちょっと会えないかな」

 親友が死んだかもしれないのに、お構いなしの明るい声が聞こえてきたので、怒鳴り散らしたい衝動に駆られた。しかし、何とか飲み込んだ。レリに悪気が無いのは確かなのだ。待ち合わせ場所の井の頭公園に向かった。いつもここだ。


 井の頭公園に着くと、レリは笑顔で待っていた。僕の顔を見ると、少し顔が曇った。多分、僕の表情がすぐれなかったからだろう。友達を心配して気持ちが落ち込んでいる。無理に笑顔は作らなかった。

「司祭が言ったという悪魔教団の歴史について、わたしなりに調べて、少し考えてみたの。司祭の話は、作り話だと思う」

 いきなり結論を言われて、僕は戸惑ってしまった。

 ルフォンさんは、何故か公園ゴミ箱の方を見ている。今重要な話をしているのですが。

「これを見て」

 レリが取り出した紙には、白黒の西郷隆盛像の写真がプリントされていた。像の表面には数多くの紙が貼り付けられていた。

「これは関東大震災のときの西郷隆盛像の写真。行方がわからなくなった人と連絡を取る為に像に伝言の紙を貼り付けているの。西郷隆盛像の除幕式が一八九八年、関東大震災が一九二三年。西郷さんの方が、二十年以上も前に出来ているの。関東大震災の時の虐殺を慰霊する為に作られたっていう話は、この時点でおかしいのよ。西郷隆盛像が作られたのは、西南戦争で反逆者とされてしまった西郷さんの名誉回復の為とか、上野で散った彰義隊の霊を鎮める為と言われているわ。悪魔教団は関係ないのよ。上野の山の方ではなく、街の方向いているのもおかしいじゃない。西郷さんの奥さんが、「こんな人ではなかった」と言ったのは、「こんな着流しで外出する人ではなかった」という意味で言ったというのが有力みたいよ」

 そうだったのか。確かに、あの像を江戸時代の霊能者という方が、無理がある気がする。

「それに関東大震災のとき上野動物園は、ほとんど被害が無くって、檻が壊れて動物が脱走とかも無かったそうよ。だから動物が殺された事実は無いの。上野動物園の動物が殺されたのは、第二次世界大戦の時。戦争末期の頃だから、一九四五年くらいかな。関東大震災のときの朝鮮人虐殺とか、戦争のときの動物虐殺とか、歴史の事実を混ぜ込んで、嘘の歴史を作り出しているのだと思う」

「それじゃあ、あの司祭が言ったことは全部嘘だということか?」

「江戸時代に流浪の呪術集団がいたということは、本当か嘘かはまだわからないけど、これも作り話だと思う」

「何故そんな嘘の歴史を作るのだ?」

「嘘の歴史を作って、その集団に歴史的深みとか、神秘性みたいなものを持たせようとするのは、そんなに珍しいことじゃないのよ。戦争の時の日本だってそうだし、フリーメイソンだってそうだし、新興宗教なんてみんなやっているわ」

 ゴミ箱を気にしていたルフォンさんがこちらを向いて、「俺もそう思っていた」と言った。

 絶対嘘だと思った。

「この間一緒に新宿の無差別殺人の現場に行ったでしょ。あれもおかしい気がした」

「あの事件も無かったというのか」

「いや、そうじゃなくて。花が供えられていたところに、悪魔の置物があったでしょ。三年前の事件にしては、あの置物汚れてない気がした。新宿のど真ん中で、甲州街道にも面しているのに、そこまで古くなってなかった。多分、あの事件は、「堕ちてきた者達」が堂垣悦郎にやらせたものではないと思う。堂垣が勝手にやったものを、自分達の仕業だと言って、箔をつけようしているだけだと思う」

「俺もそう思っていた」

 ルフォンさんの適当発言は無視し、武器を隠す特殊な箱と、此原とルフォンさんの友達の話をした。

「此原君、無事だと良いね」

 僕から視線を逸らし、レリが言った。絶望的とは言わないまでも、楽観視出来ない状況はレリも察したようだ。いつも陽気なレリにまでそんな顔をされ、僕の気持ちはさらに暗くなった。

 ルフォンさんは、まだゴミ箱が気になっているようだ。コンビニの前で若者とゴミの分別をめぐって争いになったことを思い出した。

「またゴミの分別間違えていますか?」

「うむ。悪のにおいがする」

 三人でゴミ箱を眺めた。何が悪いのかわからない。ゴミ箱に手を突っ込んでみる気も起きない。ルフォンさんの発言は流すことにした。

「悪魔教団の歴史は捏造かもしれない。でも、悪魔教団「堕ちてきた者達」は存在する。レリも気をつけてくれ。何だったらこの件から手を引いてくれても良いよ」

「大丈夫。もう少し先を見てみたい。危なくなったら、圭介が守って」

 心臓が大きく鼓動した。可愛い女性に目を見つめられ、「守って」と言われた。体の中を流れている血液の温度が上昇し、流れる速度も速くなった気がした。

「うん」

 もっと気の利いたことを言えたら良かったが、僕の口からは短い返事が出てきただけだった。

「そうだ。これあげるよ」

 レリはそう言いながら、首にかけていた首飾りを外した。首飾りは、勾玉の形をしていた。白と黒が一つずつあった。

「これ勾玉。魔除けになるのよ。悪魔教団から圭介を守ってくれるようにね。二つを合わせると、丸になるの。白と黒どっちが良い?」

 僕は黒を選んだ。魂のような形の勾玉の丸い方に穴が開いていて、そこに紐が通してあった。僕はそれを首にかけた。

「それじゃ、わたし歌のオーディションあるから。またねー」

 レリはそう言い残して去っていった。

 僕は黒い勾玉を握り締めて、レリの後ろ姿を眺めていた。

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