第20話 介錯はお前にまかせる
新宿の無差別殺人も「堕ちてきた者達」の仕業だった。麻薬や売春に手を出しているだけでない、本当に危険な存在だ。僕の父の事件との関係も気になるが、それ以前にどうにかしなければいけない存在な気がする。警察は知っているのだろうか。僕の口から警察に伝えることも出来なくは無いが、その場合、組の人達にも警察の手が及ぶだろう。捕まえた悪魔教団の人達の行く末。取り上げた麻薬の行く先。触れてはいけなさそうな部分がたくさんある。下手に警察に駆け込むと、僕が消されてしまう可能性もある。ここは慎重に動こう。
ルフォンさんの世話的なことはこなしていたが、頭の中身は「堕ちてきた者達」のことでいっぱいだった。そんなとき、ルフォンさんに呼び止められた。
ルフォンさんは、いつに無く真面目な顔をしていた。それでも宇宙人の銀色スタイルではあるが。もうこの格好も見慣れてきた。
「圭介。悪魔を倒す為の武器は、地球には無い物質だ。だから俺には場所を感じ取れるはずだ。だが、わからない。多分特殊な容器、箱のようなものに入れられている。そうやって武器が放つ波動を遮断しているのだ。悪魔教団の手から隠す為に」
「地球には無い物質はどうやって地球に来たのですか? それに武器ってどんな武器なのですか?」
今までこの質問をしてこなかった自分にも驚きだ。変人のたわ言だと思って、適当に受け流してきた。武器がどんなものかも訊いていなかった。
「俺の友達が、悪を倒す為に別の星から持ってきた。その友は、武器の隠し場所を示す歌だけ残し、消息を絶った。殺された可能性が高い。どんな武器かはわからない。だが俺が見れば、使い方はわかる。そんな気がする」
ルフォンさんは、表情も変えずにそう言った。それでも、悲痛な思いが少し伝わってきた。この話が本当なのか妄想なのかはわからない。しかし、ルフォンさんが友の死を悲しんでいるのは確かなのだ。
ルフォンさんは、友が残した歌だ、と言ってCDを取り出し、オーディオに入れて再生した。
何回も聴いた歌が流れ始めた。歌っている人の声は聴いたことが無い。この声の主がルフォンさんの友達か。
歌が終わると、ルフォンさんはまた喋り始めた。
「武器が入っていると思われる特殊な箱は、地球でも作成可能だ。材料も入手困難だし、加工技術も難しいが、現代日本だったら十分可能だ。その箱が作られていたら、そこから何かがわかるかもしれないと思い調べてみた。その箱の材料は日本では採れない鉱石なども含まれているから、輸入の記録などを調べた。個人で取引していたので、調べるのに手間取ったが、材料は日本に入ってきている」
「ルフォンさんの友達が輸入したのですか?」
「いや、輸入したのは、此原久人という男だ」
すぐには反応出来なかった。思いがけないところで急に此原の名前が出てきた。どういうことだ。
「わからないのか圭介」
「はい、全然わかりません」
「うむ。俺もわからん」
何だよそりゃ、と思ったが、すぐにルフォンさんが続けた。
「わからないが、点が線になってきたような気がしないか」
確かに、点が線になってきた気がする。だが、どんな絵が描かれているのかは、まだ見えてきていない。とにかく、此原はただ借金を残して消えたわけではないということなのか。悪魔教団の問題に関係しているということなのか。頭が混乱してきた。
「輸入した材料は、足立区にある町工場に持ち込まれたらしい」
「町工場ですか? どっかの科学施設ではなくて」
「あそこには腕が良くて評判の職人がいるのだ。設計図と材料を何とかすれば、何でも作ってくれるぞ」
僕達は、足立区の町工場に向かうことにした。
ベンツを運転しながら、僕は此原のことで頭がいっぱいだった。ルフォンさんの歌も耳に入らなかった。何故ここに来て此原の名前が出てくるのか。殺されたルフォンさんの友達とどういった関係だったのか。考えても答えは出てこなかった。ふと、昔の記憶を思い出した。
僕と此原は、中くらいの公立高校に進学した。同じ高校に行こうと話し合ったわけではないが、一緒にいたかったので嬉しかった。
僕は内心期待していた。新しい世界が始まるのではないかと。僕の過去を知らない人達の中で、差別されることの無い生活を送れるのではないかと。
実際は、すぐに情報はついてきた。同じ中学から進学してきた人達も何人かいたから当然だ。最初は薄っすらと、次第にあからさまに。拒絶されているような、敵対されているような空気を感じ始めた。
僕は一生人殺しの息子として差別されて生きていくのだろうか。
引越しをして、学校を変えても、中学から高校へ変わっても、人殺しの情報は追いかけてきた。ネットが発達した現在では、この日本に逃げ場なんてない。
僕はどこへ行っても、いつまで経っても差別され続け、永遠に幸福にはなれない。
閉塞感というのだろうか。前にも上にも行けない。頑張っても頑張っても、その場に留まることしか出来ない。もしくはそれすら出来ないように感じた。
年間三万五千人の自殺者が出るのが、よくわかった。
此原も辛そうだった。
彼に好意を寄せてくる女の子がいた。可愛い子だった。此原も悪からぬ感情を抱いていたようだ。だが、その女の子は、別の中学から進学してきたので、此原の父親の過去を知らなかった。人の口に戸は立てられぬとはいうものの、噂話は残酷にも彼女の耳にも届くことになった。彼女の心は秋の空のように変わり、此原から離れていった。
慰めようにも何と言ってよいかわからなかった。僕自身も押し潰されそうになっていた。
「もし自殺するなら、どの方法が良いと思う」
冗談めかして此原に聞いてみた。
一瞬此原は僕の顔を見た。冗談めかしていたものの、何かを感じ取ったのだろう。
「首吊りが確実みたいだけど、華がないよな。手首切るのは女々しい感じがして嫌だな。やはり焼身とか飛び降りとかが格好よいかもな」
「そうだな。せっかく日本に生まれたんだから、切腹も良いかな」
笑いながら言った。心は笑っていなかったが、笑いながら言った。
「切腹は、介錯無しだときついらしいぞ。一人で腹切って、首突いて、何時間ものたうち回ってようやく死ぬらしい」
此原は、何故か自殺について詳しかった。こいつも苦しんでいる。僕は横目で此原を見た。薄っすら微笑んで、遠くを眺めていた。
「それじゃあ、俺が切腹するときは、此原が介錯してくれよ。苦しませるなよ」
「わかった。練習しておくよ。俺が切腹するときは、圭介介錯頼むぜ」
「おう。まかせてくれ」
それから何回も自殺は頭をよぎった。しかし、結局腹を切ることも、首をくくることもなかった。
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