第19話 差別ランキング

 いじめられていた奴がいた。名前は阿部だったと思う。ものを隠されたり、小突かれたり、そんなことは日常茶飯事だった。

 ある時、阿部がいじめられている現場に遭遇した。

 僕は相変わらずまわりから避けられている存在ではあったが、此原の手を刺した菊池を殴り倒したことが誇張されて伝わり、少し恐れられる存在でもあった。

 いじめていたのは、不良でも優等生でもない普通の生徒だった。

「やめろよ」

 勇気を出したということでもないが、そんな言葉で止めてみた。

 いじめていた生徒は、ばつの悪そうな顔をしてどこかへ消えた。

 僕は善い行いをしたのだと思った。ちょっと誇らしい気分になった。

 いじめられていた阿部と目が合った。感謝されるのかと思った。

「余計なことしてんじゃねえよ。人殺しの息子が」

 阿部の瞳は、感謝どころか憎しみに満ちていた。

 僕は、何を言われたのか理解出来ず、その場に立ち尽くしていた。

 阿部はそのまま立ち去っていった。

 差別されている側にもランキングがあって、阿部の中では僕の方が下だったようだ。ランキングが下の人殺しの息子に助けられたなんて、思いたくなかったのだろう。

 最初は虚しさでぼんやりしていたが、徐々に怒りが浮かんできた。阿部に、自分より弱い者をいじめていた名前も知らない生徒に、そんな奴らより下にランキングされていた自分に。世界の全てに。

 怒りで体が震えて、目に涙が滲んできた。世界の全てに復讐したい気分だった。

 どうせこの体に流れているのは人殺しの血。憎い奴らの頭をかち割って、原型を留めないくらいぐちゃぐちゃにしてやろうか。頭の中に、僕を今まで迫害した奴らを殺すシーンが次から次に流れていく。

 憎しみの炎は中々消えず、一週間は大量殺害計画が頭の中を占めていた。

 此原そんな僕に話しかけてきた。何かを感じ取ったのだろう。僕は、あったことを話した。

「ああ、阿部か。あいついじめられているのは可哀想だけど、性格悪いからな。ちょっと自業自得なんだよな」

 此原は、僕の心境とは対照的に軽い口調で言った。

 それから深刻になりそうな僕の話を、此原はうまく軽い方向に持っていきながら会話を進めて行った。他の人にそんな事されたら怒りを覚えてしまいそうだが、同じような悩みを持つ此原だったし、彼は話すのも聞くのもとてもうまい人間だった。そうしているうちに怒りが消えたというわけでもないが、少しは収まっていった。言葉にして吐き出すことで、溜まっていたものを開放したのだろう。

「一線を越えるときは教えてくれ。一緒に行くよ」

「冗談に決まっているだろ。実際殺したりしねえよ」

 先程までは、本当に大量殺人してやろうかと思っていたが、此原と一緒にいたら、そんな気は失せていた。

 その後も、辛い生活は続いたが、僕は大きく踏み外すことなく、今に至った。


 そんな此原も僕を裏切ってどこかへ消えた。それを思うと悪魔に魅入られてしまいそうな気がしてくる。 

 ルフォンさんが立ち上がり、どこかへ歩き出した。僕もあわてて立ち上がり、後を追った。後ろから背中に付いた芝をレリが手で払ってくれた。僕もお返しに、背中に付いた芝を払ってあげた。

 園内は思っていたより広かった。イギリス庭園やら、フランス庭園、あとは和風の庭園もある。どこか遠くへ来たような錯覚に陥りそうになるが、木々の向こうに見える高層ビルが、都会にいることを思い出させてくれた。

 池をのぞくと、大きな鯉がたくさんいた。そして、亀もいた。亀を見たときに、歌の歌詞を思い出した。虎と亀の間。ここは、悪魔を倒す武器の隠し場所と関係あるのだろうか。案内図を見てみた。虎はいないようだ。青い光に照らされた黄色い道も、闇の中の光も、ここにはなさそうだ。

 ルフォンさんの顔を伺ってみた。何を考えているかわからない。

「ここって秘密の歌と関係あるの?」

僕の様子を見て、レリが聞いてきた。

「どうなのかな。わからない」

ルフォンさんは歩き続けるので、後に着いていった。

広い砂利の道の両脇に並木が続いていた。壮観だった。ここがフランス庭園のようだ。フランスには行ったことがないので、どこら辺がフランスなのかわからない。

フランス庭園の並木の奥に、大きな石の顔があった。かなりの大きさだった。高さは僕の身長より上だ。首から上だけが、地面から生えている様に存在していた。

 顔には鼻も口も耳あるが、目がなかった。最初からなかったのだろうか。それとも、雨や風に削られてなくなってしまったのだろうか。説明書きもなかった。

 今度はイギリス庭園に出た。こちらもどこら辺がイギリスなのかわからなかったが、きれいなことはきれいだった。

 再び芝生の広場に戻った。レリが笑顔で走り始めた。僕も後を追った。空気もきれいで日差しも気持ちよい。春先は桜が見事なことだろう。ルフォンさんが、物凄い速度で僕とレリを追い抜かした。抜かしてからしばらくして止まり、振り返って笑った。ただ走りたかっただけのようだ。

 さらに園内を散策していると、閉園の放送が流れ始めた。かなり奥の方まで来てしまったので、出口まで結構歩いた。

 新宿御苑から出て少し歩くと、アスファルトの上にビルが立ち並び、その下を隙間が無いほどに人がたくさん歩いていた。空気が悪くなった気がした。

 ハンマーを持った自分が、人々に殴りかかる想像をした。

 すぐに打ち消した。

 僕はそちら側には行かない。

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