第17話 魔女狩りの中学
ルフォンさんのもとへと帰り、レリを遠ざけるのに失敗したことを告げた。
「それが恋ってものさ」
どうすればそこにたどり着くのかわからない言葉が返ってきた。でも、少なからず僕はレリのことを気にかけているのは確かだ。少し胸の鼓動が早くなった。
ルフォンさんの言葉は受け流して、パソコンで悪魔について調べてみることにした。
そもそも日本人でキリスト教でもない僕には、悪魔というものに馴染みがない。日本人が恐れるものだったら、鬼、幽霊、妖怪あたりだろう。
悪魔とはキリスト教の神の敵ということらしい。サタン、ルシファー、ベリアル。他にもたくさんいる。
これらの悪魔を崇拝し、キリスト教での悪となされていることをするのが、悪魔崇拝だ。
中世のヨーロッパでは、悪魔崇拝者や魔女たちがサバトという秘密の儀式を行っていたらしい。夜中に秘密の場所に集まって、火を囲んで踊り狂って、最後は乱交。昔も今もやっていることはそう変わらない。
近現代にも、アレイスター・クロウリー、アントン・ラヴェイなど、悪魔主義者はたくさんいるようだ。しかし、大体は西洋の話で日本の話は出てこない。
魔女には、魔女の刻印という刺青のようなものがついているという記述があった。そういえば、「堕ちてきた者達」の儀式に潜入したとき、薬を配っていた女性の体に刺青が入っていた。あの女性は魔女だったのだろうか。とても魅惑的な女性だった。
調べていくと、今度は魔女狩りという記述に出くわした。中世ヨーロッパで起こった大量虐殺だ。農作物が不作。子供が死産だった。行動がおかしい。気に入らない。そんな理由で密告しあったらしい。魔女と疑いを持たれたが最後、拷問により無理やり魔女だと白状させられる。拷問のやり方も残酷だ。水責め。釣り落とし。針刺し。火あぶり。そして白状したら衆人環視のもと死刑。ローマ法王お墨付きの魔女判定ガイドブック「魔女への鉄槌」まで発売された。内容は非科学的で残酷なもの。ベストセラーになったというから恐ろしい。
司祭が語った関東大震災のときの虐殺を思い出した。日本でも魔女狩りが行われていた。人はどこまでも残酷になれるのだ。
中世だったら、父親が殺人を犯した僕も、魔女狩りの対象だったのだろうか。父親が操縦する飛行機が墜落した此原も、魔女狩りの対象だったのだろうか。
中世ではなく、中学の頃を思い出した。
僕や此原を遠巻きに見ている者、好奇心を持ってみている者、全く無関心を装う者、色々な人がいた。中には積極的にかかわってくる者もいた。まだ中学生だったし、皆幼かった。
「おい。人殺しの息子」
今思っても、随分と直球で挑んできたものだ。
菊池は、言うなれば不良の部類だった。髪を茶色く染め、制服をだらしなく着こなし、粋がってはいたものの、ひょろりと細く、強そうには見えなかった。
菊池が好きだった女の子が、此原に惚れていて、その嫉妬心からからんできているのは、誰の目からも明らかだった。
此原と一緒にいることが多かった僕も、それなりに絡まれた。基本的には無視していたが、面倒臭いこと極まりなかった。
ある時、同じクラスの人間が噂しているのが耳に入った。菊池が此原を公園に呼び付けたという噂を。
僕は、耳にした途端に鼓動が早くなるのを感じた。此原を助けなければ、と思ったものの、冷静に考えると、菊池より此原の方が強そうにも思えた。僕の出る幕なんてないのではないのだろうか。とにかく公園に行ってみることにした。
学校近くの寂れた公園についてみると、噂を聞きつけた見物人がちらほらいた。
「お前の親父は二百人も人殺したんだ。それなのにお前はのうのうと暮らしている。おかしいと思わねえのか。あぁ」
後にパイロットの操縦ミスではないと認められるが、その当時は此原の父親が事故を起こしたという説は否定されていなかった。特に学校では、此原の父親が飛行機を落としたという説以外は語られることすらなかった。
「てめえ何黙ってるんだ。死んだ人達に詫びろ。ここで土下座しろ」
僕のことを言われているようで、悔しくて仕方なかった。涙が出そうになった。ちらほらいた野次馬の何人かは、僕の方をちらっと見た。
此原は土下座しなかった。何も言わずに一歩踏み出した。菊池は一歩後ずさりした。
「てめえ、やる気か。あぁ」
菊池が怒鳴ったが、気持ちが押されているのは明白だった。
さらに此原が一歩前へ出た。菊池は懐からバタフライナイフを取り出した。人気のアイドルが出演していたドラマでバタフライナイフを使っていて、菊池はそれに影響を受けたのだろう。バタフライナイフをカシャカシャと回し、格好をつけて此原に向けて構えた。陰でたくさん練習したのだろう。びびりながらナイフを回す姿は、滑稽でしかなかったが。
此原は左手を開いたまま前に突き出した。そしてさらに歩を進めた。
菊池は脅えたところを見せまいと、必死に取り繕おうとしていた。それでも、誰の目にも明らかなくらい、菊池は脅えていた。
恐怖心から菊池はナイフを突き出した。ナイフは此原の手の平に突き刺さった。
ざわついていた野次馬が静まり返った。本当に刺すとは思っていなかった。
此原は、少し眉をしかめ、歯を食いしばったが、叫び声も上げず、そのまま手を突き出していた。
僕はものの見事に取り乱し、二人に向かって駆け出した。そして、ナイフを握り締めたまま呆然としている菊池に殴りかかった。僕の拳は菊池のこめかみ辺りを直撃し、菊池はナイフから手を離して地面に転がった。
その瞬間、関りあいになりたくない野次馬達が、一斉に逃げ出した。
それにつられたのか、立ち上がった菊池も逃げ出した。
菊池の背中を見つめ、僕は呆然と突っ立っていた。
公園には、僕と手の平にナイフが刺さったままの此原が残された。
「すっごく痛い」
此原は、目を充血させながら無理矢理笑顔を作った。
ナイフは手の平を少し貫通していた。なかなか抜けず、僕も抜くのを手伝った。ナイフが抜けたとき、此原は痛みで声も上げられずにのたうち回った。
此原は病院に行き治療をした。プラモデルを作っていて、手を刺したと適当な理由を付けた。骨にも腱にも異常はなく、消毒して縫って終わった。
その後、公園での出来事が問題になり、菊池は鑑別所行きとなった。僕と此原は注意で済んだが、同級生からも教師からもにらまれ、さらに孤立を深めてしまうことになった。
「悪いな。巻き込んじゃって」
手に包帯をしたままの此原が、申し訳なさそうな顔をして僕に詫びてきた。
「いいよ。もともと菊池のやつ嫌いだったからな。ただ…」
「ただ、どうした?」
「あのドラマ、今回のバタフライナイフ事件のおかげで再放送中止になったらしい。最終回見逃したから、楽しみにしていたのだけどな」
「そりゃあ、いてえな」
二人で笑った。二人とも疲れた笑い方だった。
随分と昔の思い出だ。あの時は確かに友情を感じていた。その後もずっと友達だと思っていた。高校も一緒だったし、高校でも色々苦労した。高校を卒業してからは、別々にだが、東京に出て職を求めた。自分の過去を知っている人から離れたかったからだ。人ごみにまぎれてこっそりと生きた。此原とは時々会っていた。僕より前向きに生きていたような気がした。裏切られるとは思わなかった。
だが、富士山麓旅客機墜落事件と「堕ちてきた者達」が関係していた。此原の失踪にも何か関係しているのかもしれない。僕は裏切られたのではないのかもしれない。希望的推論だということはわかっている。でも、裏切られたことを認めたくなかった。
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