第16話 カラスが告げる「オマエハノロワレテイル」

 鎖島さんから話を聞いてから数日が経った。少しずつ組の中が殺気だって来ているのが感じられた。「堕ちてきた者達」との抗争が激しくなってきているのだろう。

 今日は庭の掃除をしていた。しばらく庭師に整えてもらっていないのだろう。草木は必要以上に生い茂り、荒れた様相を呈していた。今はそれどころではないのだろう。植木屋の経験なんてないので、葉を刈るのはやめて、ゴミや落ち葉を片付けるだけにしておいた。

 抗争に敗北して一度は崩壊しかけたらしいが、こんな豪邸を都内に維持しているなんて、やくざというのは儲かるものだ。

カラスが一羽飛んできて、塀にとまった。カラスは近くで見るとかなり大きい。嘴も鋭く、真っ黒な体は不吉なものを感じさせた。

 カラスが僕の方を見た。感情を読み取れない目が、僕を見据えていた。

「オマエハノロワレテイル」

 カラスが鳴いた。いや、喋った。聞き間違いか。確かにそう言ったように聞こえたが。

「オマエハノロワレテイル」

 もう一度喋った。聞き間違えではない。確かに言った。「カア」ではなく、「オマエハノロワレテイル」「お前は呪われている」。

 僕は立ち尽くした。どういうことだ。カラスが喋る。そんな馬鹿な。司祭の言葉が頭に響いた。「お前を呪ってやる」。こいつは、このカラスは使い魔というやつか。「堕ちてきた者達」が送ってきた使い魔なのか。背筋が一気に凍りついた。

 僕は手に持っていた箒とちりとりを剣と盾のように構え、カラスと対峙した。

 勝てるのか。僕を見下ろしているカラスは、素早く飛べる羽、大きな嘴、鋭い爪を持っている。しかも、悪魔教団「堕ちてきた者達」の使い魔だ。何か変なことをしてきそうだ。

 僕の動揺を見て取ったのか、カラスは何も言わずに、じっと僕を見ていた。

 後ろを見せて逃げるのは危険だ。カラスの方が素早い。襲い掛かられたらやるしかない。攻撃の第一波をかわせばどうにかなるかもしれない。目玉を突付かれたりするのは避けねばならない。変な雑菌をもってそうだから傷を負わされたくないが、無傷で勝つのは難しそうだ。僕は腹を決めた。

 カラスは、感情を読み取れない目で僕を見て、「オマエハノロワレテイル」と一声発して、どこかへ飛んでいった。

 僕は、カラスの飛んでいく様を見送りながら胸を撫で下ろした。危機は去ったようだ。

 急いで室内に避難した。

「ルフォンさん。カラスが喋りました」

「かーわいいーなーなーつのこがあるかーらーよー、って喋ったのか」

「違いますよ。オマエハノロワレテイルって喋りました。悪魔教団の使い魔ですよ」

「それでは、生ゴミを出すときは気をつけないといけないな」

「真面目に聞いてくださいよ」

 次の瞬間、僕の携帯電話が鳴った。驚いて飛び上がってしまった。画面を見ると、レリからの着信だった。

「圭介? 海か山か空に行きたいからベンツ出して」

 のん気な声に少し怒りが込み上げてきたが飲み込んだ。

 そう言えば、鎖島さんが、危険が及ぶかもしれないから、木村瞳さんとはもう会うな、と言っていた。レリにも危険が及ぶかもしれない。「堕ちてきた者達」のことを説明して、もう会わない方が良いかもしれない。

 海にも山にも空にも行けないけれども、とにかく会う約束をした。

 ルフォンさんにそのことを言うと、「カラスの行水というくらいだから、カラスの弱点は風呂だ」と意味があるのかないのかわからないことを言われた。とにかく用があるから一人で行けということらしい。悪魔教団が怖いので、本当は付いて来て欲しかったのだが、仕方ない。

 ベンツを借りて、レリが指定した井の頭公園に向かった。

 到着すると、レリが一人で歌を歌っていた。透き通るようなきれいな声だった。一曲聴き終わるまで、そのまま声をかけなかった。

 レリは歌い終わると、ギターを仕舞い。場所を移動した。

 自動販売機でジュースを買い。池の近くのベンチに腰を下ろした。

 先程までは「堕ちてきた者達」の存在に脅えていたのだが、少し冷静になると、電波系の危険な話のような気がしてきた。それでも、レリに借金を抱えてルフォンさんの世話をしていること。錬金術師とか、秘密の儀式での戦い。司祭が語った「堕ちてきた者達」の歴史。やくざと悪魔教団の抗争などについて、かいつまんで説明した。自分の父親が殺人事件を起こしたことは省いておいた。

 レリは、興味津々で目を輝かせて話を聞いていた。

「面白い。こんなに荒唐無稽な素晴らしい話久々に聞いたわ。私も悪魔教団と戦いたいなー。わたし役に立つと思うよ。オカルト関係かなり詳しいから」

 そう言われるとは思わなかったので、何と言って良いかわからなくなってしまった。

「それで、カラスが喋ったって言うの?」

「そうなんだ。オマエハノロワレテイルって確かに言った。カラスが喋るなんて信じられないかもしれないけど、確かに言った。悪魔教団の使い魔だ。危険がそこまで来ている。レリも気をつけてくれ」

 レリは、僕の方を真剣な面持ちで見つめ返していた。「カラスが喋るわけないじゃない」という言葉が返ってくることを予想した。

「カラスが喋るなんて当たり前じゃない」

 予想外の言葉が返ってきた。

「日本では馴染みがないけど、外国ではオウムや九官鳥と同じく、カラスは喋る鳥よ」

 そうだったのか。全然知らなかった。

「カラスは頭が良いからね。九官鳥が二週間で覚えることは、三日で出来るようになるって話よ。考えられるのは、悪魔教団の人達が、オマエハノロワレテイルって言う言葉を覚えさせて、圭介のところで喋るように仕付けたのよ。悪魔教団に目を付けられているのは本当だと思うけど、呪いとか使い魔だとか、そんなもの気にすることないわ」

 悪魔教団の嫌がらせだから、根本的な問題は解決していないのだが、種明かしをされて、少しほっとした。

「カラスはゴミを漁るし、見た目怖いから敬遠されているけど、頭良いからコミュニケーションとれるよ。ちょっと見ててよ」

「え、そんなことはしなくて良いけど」

 僕が止めるのも聞かずに、レリは公園の木の方へ向かっていった。

「ああいう木は、大体カラスの住処よ」

 レリはそう言った後に、「カー」と大きな声で叫んだ。

 僕は他人の振りをしたくなった。

 レリの声に反応したのか、カラスが一羽木から飛び出してきた。

「カラス君、元気ィ?」

 レリはさらに大きな声でカラスに呼びかけた。

 カラスは、「ダレダー」と鳴いた。

「ね、カラスはカァカァ鳴くだけじゃないのよ」

 カラスとコミュニケーションとれている訳ではないと思うが、確かにカラスは「ダレダー」と鳴いた。カラスは、喋る。いや、人の言葉を真似することが出来るのは確かのようだ。使い魔とか、変に恐れる必要はないのかもしれない。

 レリは、「カラスの勝手でしょ、カァカァ」とカラスに言っていた。カラスは「アホー」と鳴いた。

 得意気な顔でレリは僕の方へ振り返った。

「悪魔教団堕ちてきた者達について調べてみるわ。大丈夫。わたしオカルト関係かなり詳しいから」

 危険だから距離を置こうと思ってきたのに、逆効果になってしまったようだ。

「何かわかったら連絡する。圭介も何か情報あったら、どんどんこっちに流して」

 そう言って、レリは意気揚々とどこかへ消えていった。

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