第14話 堕ちてきた者達と蔵守組の戦い

 青木ヶ原の樹海から帰宅した。

 悪魔、富士山麓墜落事故。僕の過去と現在の状況がつながり始めている。ただの偶然なのか。それとも。

 ルフォンさんは相変わらずの様子で、歌の謎について考えていたり、急に歌って踊り始めたりしていた。僕にとってはありきたりの光景になりつつあった。

 僕達が暮らす基地から出たゴミを片付ける為、母屋に行った。

 「堕ちてきた者達」の儀式に潜入した功績が認められたのか、ほんの少し組員の態度が暖かくなった様な気もしたが、必要以上の会話は生まれなかった。父親が起こした事件以来、なるべく人と深くかかわらないように生きてきた。組員と交流を持たないで済むなら、それに越したことは無かった。だが、「堕ちてきた者達」に関する情報は欲しい。自分に害が及ばないように近付くにはどうすれば良いか思案していた。

 そんな僕に鎖島さんが近付いてきた。体から放たれる威圧感に体が強張った。

「圭介。最近は猛さんと随分と出かけているようだな」

 鎖島さんは何を言おうとしているのだろうか。緊張しつつも肯定の返事をした。

「猛さんはあんな感じだ。だから、今までは他の組に狙われたりすることもなかった。だが、状況が悪化してきた。お前にも教えておいた方が良いと思うから、伝えておこう。悪魔教団「堕ちてきた者達」とうちの組は敵対している」

 求めていた情報が、あちらから近付いてきた。

「悪魔教団なんて馬鹿馬鹿しいと思うだろう。俺も冗談みたいだと思っている。だが、現実に存在する。教祖だか最高司祭だか忘れたが、親玉は松崎亨士郎という男だ。歌手をしていた時期もあったようだが、全然売れなかったようだ。その後は、芸能事務所を開いて、それなりに儲けていたらしい。その当時から裏社会とのつながりはそれなりにあったみたいだ。まあ、半やくざみたいなものだ」

 松崎亨士郎どこかで聞いたことのある名前のような気がする。芸能事務所と悪魔教団がどうつながっていくのだろう。鎖島さんの話に耳を傾けた。

「松崎が何かに目覚めてしまったのは、一九九九年に起きた飛行機墜落事故の時からだ。富士山の麓に飛行機が落っこちたあの事故だ。お前も覚えているだろう。松崎は、乗客乗員合わせて二百人以上死んだあの事故の唯一の生き残りだ」

 富士山の麓、青木ヶ原の樹海には、この間行ったばかりだ。それでルフォンさんはあそこへ行ったのか。そして「堕ちてきた者達」の司祭が、一九九九年に悪魔は完全なる姿で降臨した、と言っていた。それは、松崎が目覚めたことなのだろうか。

「壮絶な体験が影響したのか、打ち所が悪かったのかはわからないが、松崎は変貌した。おかしな儀式をし始めるようになった。歌って踊って、酒や薬を飲んで、セックスをしまくる。まあ、趣味程度にするなら問題ないのだが、大々的にやるようになり、それなりに金も動くようになってきた。要するに、少し形は違うが、麻薬と売春という俺たちのシノギに割り込んできた形になったわけだ。この間とっ捕まえた司祭が、色々悪魔教団の歴史を語っていただろうが、本当か嘘かは良くわからない。ただ、現在やっていることは、やくざとそう変わらないということだ」

 悪魔教団とやくざが戦うというのはおかしいと思っていたが、そういうことなら合点がいく。

「俺はその時塀の中に入っていたので、聞いた話なのだが、正直なめてかかっていたそうだ。変な宗教団体など、軽く手をひねれると思っていた。しかし、松崎の悪魔教団に返り討ちにされてしまった。その時生き残った奴らから聞いた話だと、松崎は不思議な力を持っているみたいだ。銃弾が当たらないとか、声を聞いただけで具合が悪くなるとか。そこらへんはただの迷信みたいなものだと思うが、松崎が人を惹きつける魅力を持っているのは確かなようだ。喧嘩が強い武闘派だけではなく、経済や芸術など金を生み出す仲間も集まっている。今では「堕ちてきた者達」と名乗って大きな組織になってしまった」

 暴力団と新興宗教が戦って、新興宗教が勝つなんて、実際にあり得るのだろうか。負けた方が言っているのだから本当なのだろう。

「ルフォンさん。いや、猛さんも、その時の戦いでやられてしまったのですか?」

「猛さんの昔の女に聞いたのか? お前が木村瞳と会ったことくらい知っている。まあ、そこは良い。先代の組長、猛さんの父親は抗争の中殺された。組員もたくさん殺された。猛さんは堅気の道へ進もうとしていた。音楽の道だ。しかし、抗争に巻き込まれ、瀕死の重傷を負うことになった。一命は取り留めたが、撃たれたところが悪くて、あんな感じになってしまった」

 ルフォンさんの悲しい過去を聞いて、気持ちが沈んだ。抗争に巻き込まれなければ、きれいな恋人もいて、輝かしい未来があったかもしれないのに。

僕の行動が全部筒抜けなのは少し怖かったが、ある程度そこは予想していた。

「組は潰れかけていたが、残っていた組員と帰ってきた俺で、猛さんを担ぎ上げて、何とか復讐の機会を伺っているという訳だ。だから、猛さんを精神病院に入れるわけにも行かないし、若い衆とは反りが合わないので、お前の出番となったわけだ」

「そんな凄まじい過去があったのですね。正直言って実感がわきません」

「まあ、そりゃそうだろう。しかし、ここに来て抗争がまた激化してきた。崩壊寸前だったうちの組も、なんとか戦えるまで復活してきた。猛さんもあんな感じだから、悪魔教団も他の組もなめてかかって、放っておかれたが、これからはそうもいかなくなるかもしれない。お前も気を付けろ」

 保証人になり負債を背負い、次は抗争に巻き込まれるというのか。どれだけついてないのだろう。逃げ出したい。しかし、逃げ出して行く場所もない。そして、ここにいれば、自分の過去の謎が解ける可能性がある。

「木村瞳さんは、猛さんが死んだと思っていたみたいでした」

「ああ、それか。あの女を抗争に巻き込むのも可愛そうだからな。死んだと伝えて、お引取り願った。今更猛さんが生きていることを知られるとは思わなかった。あの女とよりが戻るなんてあり得るわけもないが、こういう状況だ。あの女にはもう会うな」

 僕は肯定の返事をした。木村さんもまた会おうとは思っていないだろう。

「びびって逃げようなんて思うんじゃねえぞ」

 最後に脅しの文句を食らって、鎖島さんとの会話は終了した。

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