第13話 富士山麓旅客機墜落事故
木村瞳さんと会い、話をしたことをルフォンさんに告げたが、それといって反応は無かった。完全に忘れてしまっているのだろうか。
ルフォンさんの世話をする生活は続いた。
僕達が主に生活する基地はそう変化が無かったが、母屋の方は何やら不穏な雰囲気が漂っていた。「堕ちてきた者達」との抗争が激化してきているのだろうか。詳しく知りたい気持ちはあるが、組員の恐ろしい外見に阻まれ、声をかけられずにいた。
そんな中ルフォンさんが僕に言った。
「圭介、富士山に行くぞ」
突然のルフォンさんの申し出に、僕は言葉を詰まらせた。
「え、あ、登るのですか?」
「いや、麓だ。樹海に行く」
「樹海? 樹海に何しに行くのですか?」
「もちろん死体を捨てに行くに決まっているだろ。俺達はやくざだ」
司祭や錬金術師、「堕ちてきた者達」の人達の顔が思い浮かんだ。やはり殺されたのか。
本当に捨てに行くのかと思って、恐怖で硬直した僕を、「冗談だ阿呆」と言ってルフォンさんは小突いた。
「ちょっとドライブに行くだけだ。車を出せ」
ルフォンさんが友達も誘って良いぞと言ったので、レリも誘ってみた。さすがに富士の樹海には来ないと思ったが、面白そうだと参加が決まった。可愛くて、良い子ではあるが、変人でもあるようだ。
黒いベンツは用賀から高速道路に乗り、西に向かった。
再び車内はルフォンさんとレリの歌が始まった。「Born to be Wild」だ。
行くところは自殺の名所と言われるところだ。怪談話には事欠かない。よく陽気に歌っていられるものだ。
もう少し時間がかかるかと思ったが、車はすいすい進み、意外と早く着いた。
富士山は静岡県にあるものという印象だったが、富士の樹海こと青木ヶ原の樹海は山梨県だった。
山梨県側から見る富士山は、いつもテレビや写真で見る富士山とは、随分と違って見えた。
青木ヶ原の樹海には、普通に車や観光バスが止まる駐車場があり、ちゃんとした観光地になっていた。
車から降りると、東京よりは少しひんやりした空気が漂っていた。
体中に虫除けスプレーをかけ、軍手をはめて森の中へ入る準備をした。
最初は観光コース的な道を進んだが、ルフォンさんは途中から道から外れて、森の中へと進んでいった。僕とレリも後に続いた。
生い茂った木々に阻まれ、太陽の光は薄くなっていた。富士の樹海という先入観がなければ、美しい自然とも言えるのだが、今の僕には薄気味悪い森としか感じられなかった。
横を見れば、レリが「遠足みたいだね」と嬉しそうに歩いていた。可愛くて良い子だが、やはり変人だ。
ルフォンさんが、足を止めた、視線の先には白い置物のような物があった。近付いてみてみると、白いマリア像だった。三十センチ程の大きさだろうか、少々汚れていて年季を感じさせた。自殺者を供養する為か、自殺を思い留まらせる為か、誰かが置いたのだろう。とりあえず手を合わせておいた。
さらに道なき道を進んだ。とっくに観光ルートは見えなくなっている。ちゃんと生きて戻れるのか心配になってきた。
服、雑誌、空き缶、等、色々なものが落ちていた。僕達のような人達が置いていったものか、それとも自殺者の遺留品か。
樹海の中は起伏に富んでいて、歩くのは楽ではなかった。汗が噴出し、持ってきたタオルで額を拭った。
先頭を進むルフォンさんは、公園の遊歩道でも歩くかのように前に進んでいく。
細くてひ弱そうなレリだったが、遅れることはなかった。結構きついと言いながらも、楽しそうに歩いていた。
「どうした圭介。怖いのか?」
「そりゃ怖いですよ。自殺の名所ですよ」
「死んだ人間のどこが怖い」
「なんて言うか不気味だし、化けて出たら怖いじゃないですか」
「幽霊なんていやしないぞ」
「宇宙人が仲間を否定してどうするのですか」
僕の言葉にレリが大きな声で笑った。ルフォンさんも高らかに笑った。
再びマリア像に出会った。道に迷って一周してきたかと思ったら、腹の部分に「命を大事に」と赤で書かれていた。別のマリア像のようだ。また三人で手を合わせた。
ルフォンさんの後に続いて、さらに進んだ。段々慣れてきて、怖くは無くなってきた。そこまで険しい場所もなく、足元に注意していれば怪我をする心配もなさそうだった。
倒木に腰掛けて少し休憩した。レリが持ってきたお菓子を食べ、水を飲んだ。本当に遠足に来たようだった。
立ち上がって、さらに進んだ。
ルフォンさんが立ち止まった。
「何かありました?」
声をかけたが、特に返事がなかった。
足元を見ると、焦げた痕がある木が倒れていた。周りを見渡すと、焦げ痕がある倒木はあちこちにあった。
「ここって飛行機が落ちたところじゃない?」
レリの言葉で、富士山麓飛行機墜落事故のことを思い出した。
もう二十年近く前になる、一九九九年に起きた事故だ。二百人以上の死者を出した大事故だった。テレビの向こう側の話だったが、その現場に今立っている。そして、この事故は僕にとって無関係とは言い切れない事故だった。
父が犯した殺人事件の後、僕は転校した。しかし転校先にも情報は伝わり、疎外される存在になっていた。
僕が学校で孤立しているとき、もう一人孤立している人がいた。
それが
此原の父は、飛行機のパイロットだった。以前は裕福な家庭だったらしい。しかし、僕の父が人を殺す少し前くらいのことだっただろうか、此原の父が操縦する飛行機が墜落した。世に言う富士山麓旅客機墜落事故だ。
現在では、墜落原因は金属疲労から起こった、機体の破損とされている。だが、当時は色々な憶測が流れた。自衛隊機に撃墜された。UFOにぶつかった。そんな荒唐無稽な話もあったが、パイロットの操縦ミスという説もまことしやかに流れた。
此原も住んでいた街に住めなくなり、偶然僕と同じ学校に転校する羽目になった。そして、苗字を変えて転校したにも拘らず、噂は着いてきてしまった。僕と同じ運命をたどったというわけだ。
此原は、成績優秀、運動も良く出来た。見た目も格好良かったから、本来なら人気者だったはずだ。しかし、二百人以上の犠牲者を出した大惨事を起こしてしまった者の息子への風当りはきつかった。
僕達は自然と一緒にいるようになっていった。僕達は同じように差別される者だった。
「ここに落ちたのか…」
ルフォンさんがつぶやきで、僕は過去の記憶から現代に帰ってきた。
レリからもさすがに笑顔は消え、悲しそうな表情をしていた。
何か人工的なものが見えたので近付いてみると、石で出来た慰霊碑だった。僕達三人は、無言で手を合わせた。
目をつむり、手を合わせ、一回も会ったことの無い此原の父親を想った。僕を連帯保証人にして、借金を残して消えた男の父親だ。怒りが込み上げてきた。合わせていた手を離し、目を開け、何とか怒りを振り払った。
何かで聞いた話によれば、事故当時のここは、遺体や飛行機の残骸が散乱し、所々で火事が起き、地獄絵図そのものだったそうだ。森の奥ということで救助も困難も極め、夏場だったので、遺体の腐敗も早かった。僕には想像もつかない。
無言であたりを見渡しているルフォンさんに声をかけた。
「帰りましょう」
ルフォンさんには声が届いていないようだった。
「ルフォンさん。帰りましょう」
もう一度声をかけると、ルフォンさんはこちらを見て、そうだな、と言った。
帰ろうとして、歩き出すと、レリが何かを発見した。三十センチ程の像だ。しかし、今度はマリア像ではなかった。灰色の悪魔の像だった。どこかで見たことがある姿だった。
ルフォンさんもじっと見つめていた。何か思い当たる節があるようだ。
僕は思い出した。この悪魔は、「堕ちてきた者達」の儀式(実際には乱交パーティ)が行われていた場所にあった絵の中の悪魔とそっくりだった。
「ルフォンさん、これ」
全部言わなくてもルフォンさんはわかったようだ。
「ここに落ちたのか…」
富士山麓墜落事故と「堕ちてきた者達」はつながりがあるのだろうか。
「どういうことなのですか」
ルフォンさんは何も答えなかった。
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