第11話 飛び方を忘れた鳥とお互い様の宇宙人
「圭介。上野動物園にいくぞ」
ルフォンさんの言葉は、僕の予想の範囲内だった。悪魔教団「堕ちてきた者達」の司祭の話の中に、上野動物園が出てきた。武器の隠し場所を示す歌に出てくる虎も亀もいるだろう。
ベンツを運転して上野に向かった。
悪魔教団とか、悪魔を倒す武器だとか、最初はただのたわ言だと思っていたが、興味を覚えている自分がいた。
レリを誘ってみたが、都合が悪くて来られなかったので、今日は二人だった。
入園して案内図を見てみた。虎も亀もいる。黄色い道は案内図からはわからない。白と黒。青い光。とにかく動物園の中を探してみよう。
ルフォンさんに興味ある素振りを感付かれないように、平静を装ってまわりに目を凝らした。
上野の山というだけあって、東園と西園ではかなりの高低差があった。東園には虎がいて、西園には爬虫類館があって亀がいた。東園と西園をつなぐ傾斜のある連絡通路が、歌詞にある虎と亀がすれ違う場所なのだろうか。連絡通路は黄色い舗装ではない。青い光も見当たらない。
ここで虐殺が行われたのだろうか。「堕ちてきた者達」の司祭の話を思い出した。暴徒化した民衆が、人間や動物を殺す。本当にそんなこと起こったのだろうか。目の前の平穏な光景からは、想像するのが難しい。
ルフォンさんが、パンダの檻の方へと進んでいった。「白と黒とが混じりあう」という部分もあった。確かにパンダは白と黒とが混在している。僕もあとに続いた。
休日だと一時間も待ったりするみたいだが、平日だけあってすんなりパンダの檻の前に立てた。
パンダは寝そべってくつろいでいた。白い部分が薄汚れて黄ばんでいたが、確かに白と黒だ。愛らしいといえば愛らしいが、不気味といえば不気味だ。
ルフォンさんの方を見ると、パンダを凝視していた。
寝そべっていたパンダがゆっくりと体を起こし、ルフォンさんの方を見た。そして、牙を剥いた。愛らしいパンダの豹変にまわりの客達が騒然とした。
ルフォンさんがパンダに向かって微笑むと、パンダは元の温厚な状態に戻り、再び寝そべった。
それを見届け、ルフォンさんはパンダの檻から離れながら言った。
「笹ばかり食っているわけじゃない。俺は雑食だぜ、って言っていたぞ」
ルフォンさんは、多分適当なことを言っている。だが、パンダは熊の仲間だ。先程見た牙は人間をかじるには十分な凶器だろう。とにかく、歌との関係は良くわからないということか。
ルフォンさんのあとをついていくと、ペンギンの前に来た。ペンギンも白と黒だ。
ペンギンたちは、泳いだり日向ぼっこをしていた。思わず微笑んでしまいそうな、可愛らしい姿だ。
思い思いの行動をとっていたペンギンたちが、動きを止め一斉にこちらを見た。全員がルフォンさんを見ていた。ペンギンたちの表情は読めない。
「今度は何て言っているのですか?」
「飛び方を忘れたのか?って聞いたら、お互い様だろ、って言われた」
飛び方を忘れた鳥たちは、また各自の気の向くままの行動をとり始めていた。
その後、虎も亀も見た。像もキリンもゴリラも見た。だが、歌の謎は謎のままだった。
僕たちは自動販売機でジュースを買って、休憩することにした。
給料という程でもないが、ルフォンさんから金を受け取っていたので、僕も少額ながら金は持っていた。ジュースを買おうとして、財布から百円玉を取り出す。投入口へ入れようとして指を滑らせた。百円玉は地面に落ちて転がり、自動販売機の下へと入っていった。自動販売機の下を覗いてみる。暗くてよく見えない。舌打ちして顔を上げた。
もう一度財布から小銭を取り出そうとして、司祭の言葉が甦ってきた。「お前を呪ってやる」。これが呪い? 馬鹿馬鹿しい。たかが百円だ。僕は頭から司祭の言葉を振り払おうとした。しかし、僕の頭からべっとりとへばりついて取れなかった。これが呪い。そんなことはない。呪いなんてない。気を取り直してジュースを買い、ルフォンさんのもとへと戻った。
戻ってみると、子供がルフォンさんにまとわりついていた。
「宇宙人だー」
良くある光景だ。ルフォンさんもサービス精神旺盛に対応していた。
子供がルフォンさんに触りまくるため、母親が子供をたしなめにきた。
「こら、俊也。そんなに触っちゃ失礼でしょ」
そう言ってから、ルフォンさんに、すみませんと微笑みを浮かべ、軽く頭を下げようとして硬直した。ルフォンさんの顔を見て、目を見開き、驚愕の表情を浮かべている。多少驚かれることはあるが、こんなに驚かれるのも珍しい。
「こんななりですが、基本的には無害な人なので大丈夫ですよ」
僕の声が届いていないようだ。まだルフォンさんを見つめている。対するルフォンさんは、女性の顔を何事もないように見返していた。
「猛君?」
ルフォンさんの本名(本人は地球の名前と呼ぶ)を呼んだ。知り合いなのかな。
「猛君なの?」
「地球ではそう呼ばれたりもする。俺の名はルフォン。ミュージカル星人だ」
沈黙が流れた。少しの沈黙の後、女性は静かに嗚咽を漏らし始めた。
ルフォンさんは表情を変えず、女性を見つめている。子供も急な母親の異変を理解出来ず、呆然と母親を眺めていた。
女性が泣く理由は、息子だけでなく、僕も理解出来なかった。ルフォンさんを見ても、ぼんやりと女性を見つめているだけだった。そんな僕らの状況を感じ取り、あたりもがやがやし始めた。
ルフォンさんは女性に背を向け、歌いながら歩き始めた。
「Memory」だ。「CATS」の歌だったはずだ。近くの檻に猫はいない。何なのだこの人は。
この女性を放っておいて良いのだろうか。僕はどうして良いかわからず、その場でおろおろしてしまった。
「だ、だ、大丈夫ですか?」
声をかけてみると、女性は大丈夫だと泣き声で答えた。子供までつられてべそをかき始めていた。
この女性はルフォンさん、いや、猛さんのことを知っているのだろう。猛さんが宇宙人の格好をして、自分をルフォンと呼ばせている謎が解けるのかもしれない。
「僕は猛さんの世話係をしている者です。お聞きしたいことがあります。今はちょっと話し辛いので、電話番号を教えてくれませんか?」
普通だったら、こんな初対面の男に電話番号なんて教えないかも知れないが、その場の勢いだろうか、女性は電話番号を告げた。
僕はポケットから取り出しておいた携帯電話にその番号を打ち込み発信した。ほんの少しの間の後、女性のバッグの中から着信音が聞こえた。
「それ僕の番号です。また連絡します」
そう言って、女性とその息子を残し、僕はルフォンさんを走って追いかけた。
銀色の姿は目立つので、すぐに追いつくことが出来た。
「今の女性は誰なのですか?」
息を切らしながら訊ねてみた。
「地球人だろう」
「そりゃそうですけど、そうじゃなくて、今の人ルフォンさん見て泣いていたじゃないですか」
「花粉症だろう」
この人にまともな会話を求めても無駄だと思い、それ以上は何も訊かなかった。
帰りがけに西郷隆盛像を見た。司祭の話では、この像は西郷隆盛ではなく、江戸時代の霊能力者で、虐殺された悪魔教団の者達を鎮める為に建立されたものらしい。
「銭湯帰りのおっさんのようだな」
ルフォンさんが失礼な感想を述べた。僕は聞こえない振りをした。
しかし、この像は上野の山の方ではなく、上野の街の方を見ている。動物園の方で行われた虐殺の慰霊の為なら、山の方を見るのが正しいのではないだろうか。それとも何か意図があるのだろうか。
そのまま帰宅することになった。上野動物園探索は、歌の謎を解決するどころか、新たなる謎を生み出して終わった。
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