第8話 潜入!悪魔崇拝儀式

 いつも通りという言葉が出てくるほどに、ルフォンさんのお世話生活には慣れてきた。

 やくざの若い衆とは気が合わなかったのかもしれないが、ルフォンさんはそこまで気性の激しい人間ではないようだ。怒鳴られたり、強く殴られたりしたことは今まで無い。自由な時間はほとんど無いが、そこまでひどい環境でもない気もしてきた。

 基地の掃除をしていると、珍しく鎖島さんが基地に顔を出した。何やらいつもと雰囲気が違う。緩みかけていた気持ちが引き締まった。何か気付かないうちに不始末をしてしまったのかもしれない。

「圭介、話がある」

 迫力のある鎖島さんに見つめられ、体が凍りついたように動かなくなった。

「この間、猛さんと一緒に廃工場に行ったな。あの時合成麻薬を作っていたのは、悪魔教団を名乗っている奴らだ。あの時捕まえた奴らを締め上げたら、悪魔の儀式をやっている場所を白状した。お前にはそこに潜入してもらう。うちの者だと、やくざだとばれてしまう可能性があるからな」

 唐突な展開に、返事も出来ずに突っ立っていた。恐ろしい鎖島さんが真顔で話していたのでなければ、笑ってしまいそうな話だ。どう反応して良いかわからなかった。

 ルフォンさんが話しに混ざってきて言った。

「悪魔を倒すぞ」

結局拒否出来ず、悪魔崇拝儀式に潜入することになった。失敗したらどうなるのだろう。考えないようにしよう。

 僕の役割は、新規加入の信者の振りをして悪魔崇拝儀式に潜入する。そして、内側からドアのロックを解除するだけだ。簡単なのか、難しいのかも良くわからない。

 正直嫌だが、四の五の言っていられない。僕は用意された服を着て、教えられた合言葉を口の中で繰り返し唱えた。

 連れて行かれたのは、町外れの高級マンションだった。駅から遠い住宅街で、周りはひっそりとしていた。

 マンションのエントランスに入った。オートロックのドアが待ち構えていた。

 ドアの横に立ち、部屋番号を押し、続けて呼び出しボタンを押した。カメラの向こうにある目が僕を見た。教えられた指のサインをした。自動ドアが横にスライドした。

 僕がドアの中に入る。ルフォンさん、鎖島さん達も後に続いた。

 僕はエレベーターに乗り込んだ。他の人は監視カメラを気にして、階段で進むそうだ。

 僕は十三階のボタンを押した。最上階が十三階。日本とはいえ、おかしなマンションだ。

 恐怖と緊張で息苦しくなりながら、エレベーターは十三階に着いた。

 ルフォンさん達を待っていたかったが、怪しまれるのですぐに部屋に向かうように言われていたので、僕は部屋へと向かった。

部屋の前に着いた。壁の向こうから微かに音楽が聞こえてくる。多分防音の壁だ。中は大音響が響き渡っているだろう。

 ゆっくりとインターホンを押した。もちろんカメラ付きだ。中から僕の顔を見られている。緊張で手に汗が滲んだ。

「はい」

 インターホンから声が聞こえた。背後から音楽が聞こえる。

「悪魔は空より来たりて歌を奏でる」

 分厚いドアがゆっくり開いた。

 真っ黒い服を着た男が立っていた。僕が中に入ると、分厚いドアがゆっくり閉まった。

「まず儀礼金を」

 僕は組からもらった十万円を支払った。黒服は枚数を確かめると、小さい金庫の中に入れた。

「ではこちらへ」

 僕は隣の部屋へ連れて行かれた。薄暗いロッカールームのような場所だった。

「ここで全ての服を脱ぎ、荷物はロッカーへ入れてください。隣の部屋で身を清めたら、これを付けて儀式に参加してください。儀式には何も持ち込まないで下さい。携帯電話も財布も駄目です」

 僕は服を脱ぎ始めながら、頭を廻らせた。儀式には何も持ち込めない。ルフォンさんからの合図はどうする。黒服は突っ立ってこちらを見ている。何気ない顔をしているが、隙は見せない。

 僕はゆっくり服を脱ぎ、服をたたむ振りをして、受信機を手に持った。そして、気付かれないように服をロッカーに入れた。

「では、こちらで身を清めてください」

 黒服に促され、ガラス張りの浴室に入った。シャワーを浴び、体を洗いながら、尻の割れ目に受信機を隠した。馬鹿馬鹿しくて情けないが、この際仕方ない。割れ目から落ちないように、尻の筋肉に力を入れたまま歩く。黒服に気付かれないように、慎重に。

 浴室から出ると黒服がバスタオルを渡してきたので、それで体を拭いた。そして、次に渡された腰巻を付けた。

「では、儀式に御参加ください」

 分厚い防音扉が開かれた。中からは腹に響くような歌声と、色々なものが混ざった匂いが漂ってきた。

 部屋に入ると、後ろで防音扉が閉められた。部屋の中には、舞台のような檀があり、司祭の格好をした男が歌っていた。

禍々しい怪物の彫刻。今にも動き出しそうな動物の剥製が飾られていた。その中で、何組もの男女が、素裸で絡み合っていた。お互いに体をなめ回し、舌を絡ませ、腰を振る。恍惚の表情を浮かべ、嬌声を上げながら髪を振り乱す。

 点滅する照明。鼻を突く何かの匂い。部屋に漂う煙。雰囲気に呑まれ、僕は立ち尽くしていた。

 一人のすけすけの服を着た女が近付いてきた。腕に悪魔を模した刺青が彫られていた。手には盆が乗せられていて、その盆の上には錠剤が無数に乗せられていた。錬金術師が作っていたものと同じだ。合成麻薬というやつか。ここでは薬はやり放題のようだ。こんなもの飲みたくない。しかし、飲まなければ怪しまれる。

 僕は錠剤を一粒取り、口に放り込んだ。錠剤を舌の裏に隠し、喉を鳴らし、飲み込んだ振りをした。

 部屋の隅にあるテーブルには、アルコールの瓶も並んでいた。酒も飲み放題か。酒と薬を一緒にやったら、ぶっ飛んでしまうのではないか? まあ、そんなこと恐れる人は来ないか。

 すけすけ服の女が離れていったので、誰も見ていないことを確認して、口から錠剤を出し、床に捨てた。

 それにしても物凄い光景だ。完全なる非日常だ。薬は飲んでないのに、司祭がステージから発する音楽にやられてトリップしそうになる。特殊な香を焚いているようで、その影響もあるかもしれない。頭がぼんやりしてきて、自分の役目を忘れそうになる。まるで幻覚の中に入ってしまったようだ。

 一人の女が近付いてきた。着衣は何も身に着けていない。完全な裸だ。スタイルも良く、顔も整っている。肌理細やかな肌が、点滅する照明に照らされ、妖しく光っていた。何かを言っているようだが、音楽のせいで聞き取れない。ゆっくりと僕に近付き、唇を吸いつけてきた。僕の口の中に、女の舌が侵入してくる。侵入してきた舌は、僕の口の中を這い回った。女は手を下にやり、僕の腰巻を外した。僕の下半身は既に怒張していた。

 僕は女を抱き寄せて、自分からも舌を絡ませた。女の体はひんやりとしていて、吸い付いてくるようだった。

 女は舌を絡ませながらも、僕のペニスをさすってきた。強い快感が脊髄に走った。

 僕は快楽の中へ落ちていきそうになっていた。与えられた使命なんて、どうでも良くなってくる。このまま悪魔の懐で抱かれるのが、僕にとって幸せなのではないだろうか。堕落すれば良い。そう、堕落してしまおう。

 僕は押し倒されるように床に寝転がった。唇を重ねたまま乳房を揉んでみた。女は少し身じろぎした。

 音楽が頭をがんがんと揺らし、股間は名も知らぬ女に弄られ、はちきれんばかりだ。

 そのとき、尻の割れ目に隠していた受信機が振動した。尻への刺激は、僕に快感を与えず、意識を取り戻せさせた。

 合図が来たら、ドアを開けねばならない。

 どうする。いや、どうするじゃないだろう。正しき道はわかっている。

 僕は、女から身を離した。正直言えば名残惜しかった。しかし、今は快楽に溺れている場合ではない。酒か薬か、どちらか片方でも飲んでいたら、ここから抜け出せなかっただろう。

 僕が身を離すと、女は一瞬怪訝そうな顔をしたが、追いかけては来なかった。

 僕は防音扉を開け、黒服がいる部屋へ戻った。

「どうかなさいましたか」

 僕は間髪入れずに黒服を押しのけ、開錠ボタンを押した。

 黒服が怒鳴り声を上げてつかみかかってきた。僕たちは取っ組み合った。取っ組み合っていると、開いたドアから、ルフォンさんが飛び込んできた。

 ルフォンさんの一撃で黒服は伸びた。

「大した男だ圭介。全然縮こまっちゃいねえ」

 僕はあわてて怒張したままの股間を隠した。

 続いて鎖島さん達も乗り込んできた。そのまま儀式が行われている部屋へとなだれ込んだ。

 ルフォンさんが、司祭の前に立ち手を大きく広げた。そして司祭と一緒に歌い始めた。

 一緒に歌ってどうするのだ。僕はあっけにとられたが、司祭はルフォンさんが敵だと認識したらしい。腰に差していた短剣を鞘から引き抜いた。歌いながら、剣をルフォンさんの方へ向け、じりじりとにじり寄って来た。

 ルフォンさんも歌いながら、身構えた。口元には微笑みを浮かべている。

 横を見ると、鎖島さんが拳銃を出して構えていた。ルフォンさんと司祭が近くにいるので拳銃を撃ち辛そうだ。鎖島さんは険しい表情をしていた。

 周りの男女は性行為を続けていた。むしろ激しさを増している。あえぎ声というか叫び声というか、音楽と混ざり合い、頭も内臓も揺さぶられる様だ。

 司祭が短剣を突き出した。ルフォンさんは、人差し指と親指で短剣を無造作につかんだ。そのまま軽々と奪い取り、後ろに放り投げた。大音響の周りの音に、短剣が床に転がる音はかなり小さくされていた。

「貴様に悪魔の呪いが振りかからんことを」

 そう言った司祭の顔面にルフォンさんは拳をめり込ませた。

 司祭はステレオに突っ込み、昏倒した。司祭がぶつかった衝撃で音楽が止まった。部屋は急に静寂に包まれた。

「圭介照明を付けろ」

 ルフォンさんが指差した方を見ると、証明のスイッチがあったので、あわてて押した。

 部屋は明るい照明の下に姿をさらした。先程は物凄い迫力があった怪物の彫刻も動物の剥製も、明るい蛍光灯の下に出ると、なんだか滑稽な感じがした。

 絡み合っていた男女も行為を中断し、呆然と周りを眺めていた。

 一人の男性が小さい悲鳴を上げて立ち上がり裸のまま逃げ出した。それに感化されたのか、全員がパニック状態になり、我先にと逃げ出し始めた。

 ルフォンさんが一人の女の腕をつかんで引き止めた。

「何よ。離してよ」

「見ての通り警察じゃないから逮捕はしない。知っていること話してくれたら、帰っていいよ」

「私何も知らないよ。デリバリーの仕事って、あそこでひっくり返っているおっさんに言われてきただけだよ」

「まあ、そんなところだろ」

 ルフォンさんは、つまらなそうにつぶやいて、女性の手を離した。

 女の人は下着を装着しながら逃げていった。

 床のあちこちに錠剤が散乱していた。ルフォンさんが一粒つまみ上げ、ちょっと眺めてから指で弾いて飛ばした。

「鎖島。そこの歌うナイフ使いを捕まえておけ」

「猛さん本当に危ない真似やめて下さい」

 鎖島さんは、少し警戒しながら近付き、伸びている司祭の顔を覗き込んだ。

「簡単にのびやがって、情けねえないんちき司祭」

「いんちきって、どういうことなのですか?」

「ここでやっていたのは、秘密の儀式の名を語った会費制乱交パーティだ。男性はともかく、女性信者なんて一人もいやしない。全員金で集められたデリヘル嬢だ。酒とクスリと音楽とセックスで金集め。これが禁断の儀式の正体だ。神でも悪魔でもひっそり拝んでいる分には俺たちも気にしないがな、うちの領域で勝手に商売されると困るわけだ」

 悪魔崇拝教団と言っても、やっていたのは売春斡旋と麻薬密売みたいな感じか。それをやくざがつぶしに来たというのが実際の絵だ。なんだかちょっとがっかりだ。突入の合図、もっと遅くても良かったかな。

 そんな僕に、ルフォンさんがにやつきながら話しかけてきた。

「何だ圭介。もっと楽しんでおけば良かったと思っているのか?」

「そりゃあ思っていますよ」

「阿呆」

 そう言ってルフォンさんは笑いながら軽く小突いてきた。

 室内を少し歩き回ってみた。悪魔崇拝組織らしい調度品が飾られている。悪趣味な調度品に対して、電化製品はどれも最新型の高級品だ。結構儲かっているのだな。

 別の部屋に行くと、鎖島さんがDVDを再生していた。悪魔崇拝の儀式のようだ。覆面を被った司祭の男が、生贄の女性の腹に短剣を突き立てる。腹からおびただしい血が噴出し、司祭の顔面が血にまみれた。

 思わず声を上げてしまった。これは、殺人フィルムだ。

「本物ですか?」

「これは偽物だな。刺しても血はそんなに飛び散らない。引き抜いたときの方が血が出る。そもそも、この場所を刺しても、こんなに派手に血は吹き出ない。スナッフフィルム製作もしているという話は聞いていたが、ちゃちな偽物作りやがって。まあ、この中に本物もあるかもしれないがな」

 鎖島さんが指差した先には、大量のDVDがあった。タイトルが書いてないものや、普通の映画やアニメのDVDも置いてあった。本物の殺人映像なんて見つけたくない。僕は、もとの広間に戻った。

 ルフォンさんが壁を見て動きを止めていた。

「どうかしました?」

 壁には絵が描いてあった。悪魔が天から降りてくる様子だ。

「本物の禁断の儀式までつながるかもしれないな」

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