第7話 空気は読めない。宇宙に空気はないから
「圭介マザー牧場に行くぞ」
ルフォンさんが唐突に言い出した。
「何ですかマザー牧場って」
これだ、と言ってルフォンさんはパソコンの画面を僕に向けた。
マザー牧場は千葉県の南にある観光地のようだ。季節ごとの花が咲き、馬に豚に羊に牛、後は兎や犬などがいるらしい。どう見ても家族連れ向きの場所だ。自称宇宙人のやくざが行く場所ではない。
「何故ここに?」
「宇宙の男は花を見たい気分だ」
そう言って何かを投げつけてきた。車のキーだ。
「例の歌の謎ですか?」
ルフォンさんは何も答えずに、部屋から出て行こうとしていた。否定しないということは、そうだということだろう。
井の頭公園で出会ったレリという女性を思い出した。歌の謎を解くときは呼んでくれと言っていた。
ホームページを見る限り、男二人で行くのは少々きつい場所なようだ。レリを誘うことを提案すると、意外にもすんなりと許可が出た。
正直言っておしゃれな場所ではない。レリに拒否されるのではないかと思ったが、電話をしてみると、これまたすんなり一緒に行くことになった。
ナンバープレート5910(極道)のベンツで迎えに上がったが、レリはげらげら笑って車に乗り込んできた。変な子だ。
ナビの指示に従い高速道路に入った。
「どうした圭介、テンションもスピードも上げていけー」
ルフォンさんが、「A Whole New World」を歌い始めた。レリも一緒に歌い始める。二人の息はぴたりと合って、車内に響き渡った。
僕自身が所有することは一生無いだろう高級車は、魔法の絨毯のようにすいすいと走った。
アクアラインを通り、木更津を通過し、高速道路を降りてから少し山道を走った。
ファミリーカーが並ぶマザー牧場の駐車場に強面のベンツを乗り入れたのは、出発してから一時間程度だった。
都心に比べて空気が澄んでいる気がする。天気にも恵まれて、空は青く晴れ渡っていた。
僕たち三人は入場券を買って、入り口をくぐった。
東京ドーム三十個分の敷地が広がっていた。山の中に出来ているので、それなりに坂道が多い。名前から判断してなめてかかっていたが、結構素敵な場所のようだ。
「きれいなところだね」
レリも気に入ったようだ。ほっとした。
子供がルフォンさんの姿を見て、歓声を上げた。ルフォンさんは手を振って答えた。大人達は、笑顔を見せつつも遠巻きに見ていた。
ルフォンさんは、そんな家族連れの視線も気にせずどんどん進んでいった。
菜の花畑が斜面一面に広がっていた。その上には桜の花が咲き誇っている。木々のさらに上には青い空。きれいだ。
東京はもう散り始めていることを考えると、ここは東京より少し遅いようだ。
レリの横顔を見ると、レリもこちらを見て、視線があった。胸が震えるような感じがした。
一緒に自称宇宙人がいなければ、素晴らしい情景だったのだが。
ルフォンさんが菜の花畑に侵入しようとしていた。秘密の歌の中に「青い光に照らされた黄色い道を進め」とあった。ルフォンさんはこれを確かめに来たのか。
「駄目ですよ。入っちゃ。黄色いけど道はないですよ」
あわてて止めた。
「俺は宇宙の男。道なき道を行く」
そう言って歌い出し、花畑に入っていこうとする。僕は腰に抱きついて止めようとした。
「見つかったら怒られますよ」
「空気は読めないぞ。宇宙に空気は無いからな」
ルフォンさん意外と力が強い。引きずられてしまう。
「ルフォンさん。花を踏むのは宇宙の男じゃないでしょ」
レリの言葉でルフォンさんが止まった。
「それもそうだな」
ルフォンさんが別の方向へ歩き始めた。ほっと胸をなでおろした。
「やはり宇宙人と言えば、キャトル・ミューティレーションだろ」
ルフォンさんの進む先には、乳牛がのんびり草を食んでいた。秘密の歌の歌詞に「白と黒が混じりあう」というところもあった。しかし、キャトル・ミューティレーションは本当に洒落にならない。
「やめてくれー」
「なあに。道具などいらん。素手で十分」
ルフォンさんは腰を落として空手の構えを取った。
「その男は実在する」
空手バカ一代か。
ルフォンさんにつかみかかろうとしたら、冗談だ阿呆、と言って頭を叩かれた。
後ろではレリがげらげら笑っていた。
その後は三人で牛の乳搾り体験に参加した。宇宙人が牛の乳搾りをする姿は、とてもシュールだった。
ルフォンさんは、「チェストー」と言いながら乳を搾っていた。まわりの人は元ネタを知らないようだった。
どうやら井の頭公園の動物園に続いて、ここも不発だったようだ。
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