第4話 虎と亀を求めて

「圭介出かけるぞ」

 ルフォンさんの言葉に緊張が走った。また、悪魔崇拝組織のところへ出かけるのだろうか。

「びびるな。今日は、井の頭公園だ」

 平日の昼間に井の頭公園なら、特に危なくなさそうな気がする。少し安心した。

 黒いベンツを運転して、井の頭公園に向かった。後ろの座席に座るルフォンさんからは、緊張感が伝わってこない。錬金術師襲撃のときもそんな感じだったから油断は出来ないが、そこまで恐ろしいことはしないのではないだろうか、と楽観的に考えていた。

 近くの駐車場に車を停め、井の頭公園に向かった。どうやら、井の頭公園の動物園に行くつもりのようだ。そう言えば、悪魔崇拝組織を倒す秘密の歌の中に、虎やら亀が出てきた。虎や亀がいる場所と言えば動物園だ。ここに何かが眠っているのだろうか。

「ルフォンさん、ここに悪魔教団を倒す秘密があるのですか?」

「うむ、案ずるより生むが易しだ」

 かみ合っているような、そうでもないような返事が来た。

 ルフォンさんは、いつものように踊りながら歌い始めた。平日の昼間といっても、それなりに人はいる。人々の奇異の目が、僕たちに注がれてくる。恥ずかしい。

 池のほとりで歌っていたストリートミュージシャンが、ルフォンさんを見て、ちょっと笑った。可愛い女性だった。

 女性は笑いと驚きが混ざった顔でこちらを見ていた。ルフォンさんはそんなの気にすることなく、歌い続けている。僕は女性に視線を合わせ、「すみません、変なもの見せて」という意味を込め、苦笑いを浮かべながら頭を下げた。

 女性は僕に少し微笑み返し、手に持っていたギターを弾き始め、ルフォンさんと一緒に歌い始めた。とてもきれいな歌声だった。ルフォンさんと女性の歌声が調和し、視覚からの情報はおかしいが、聞き惚れてしまいそうになった。

「きれいな声をしているな地球人の女性。共に神秘の歌の謎を解き明かそう」

 歌い終わって、ルフォンさんが女性に声をかけた。

 さすがに怖がるかと思ったが、女性は笑顔だった。

「面白そうだね。謎とか大好き」

 見た目はとても可愛い人だが、この人もおかしい人のようだ。

 ルフォンさんは、そのまま歩き始めてしまったので、「悪魔教団を倒す為、秘密の歌の謎を解く為に動物園に来た」、と意味不明な説明を女性にした。

「それは謎を解かないといけないわね」と言って、女性は好奇心に目を輝かせ、ギターをケースに仕舞い、僕たちについてくることになった。類は友を呼ぶ、という言葉を実感した。

 女性は、レリと名乗った。年齢は僕と同じくらいだろうか。服装からは少しパンクな印象を受ける。ギターケースを背負って、軽やかに歩いていた。よくわからない展開になってきた。

 少し歩いて井の頭公園の動物園に入った。ルフォンさんが、どこからともなく一万円札を取り出し、僕はその金で入場券を三枚買った。ルフォンさんの格好でも止められることなく入園できた。

動物園があることは知っていたが、足を踏み入れるのは初めてだった。大きくはないようだが、それなりに動物園しているようだった。

 歌の謎。ルフォンさんのたわ言の可能性が高いが、何となく気にはなる。虎と亀の間。影の中の光。そして、青い光と黄色い道。ここに何かがあるのだろうか。

 僕は動物園のパンフレットを眺めてみた。じっくりと眺めて、大きな問題に気が付いた。

「ルフォンさん。ここには亀はいるけど、虎はいません」

 僕たち三人にしばしの沈黙が訪れた。少ししてから、沈黙を破ってレリがげらげら笑い始めた。

 とりあえず、動物園の中を回ってみた。亀はいたが、やはり虎はいなかった。青い光も黄色い道もなかった。暗闇で待っている花も良くわからなかった。

 ルフォンさんは、子供たちに「宇宙人だー」と言って懐かれたり、怖がられたりしていた。そんな子供たちに、ルフォンさんは笑顔で応じていた。少し変な格好の歌のお兄さんみたいだった。さすがにこの自称宇宙人がやくざだなんて思わないだろう。子供の親たちも微笑を浮かべて見つめていた。

 レリは、「アフリカで、一番死者を出す動物はカバなんだってさ」とフラミンゴを眺めながら言った。

 ルフォンさんは、「これは人類にとって大きな一歩になるだろう」とアームストロング船長の言葉を借りて、失敗をごまかしていた。宇宙つながりだから、関係なくはないかな。

 動物園を出て、レリとは別れることになった。「歌の謎解きには、私も参加させて」と言われて、電話番号を交換した。ルフォンさんの正体と、僕の置かれた状況を説明出来なかったのは、ちょっと罪悪感が残った。だが、可愛い子と知り合いになれて、少し嬉しかった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る