第3話 歌の秘密と悪魔教団錬金術師部隊

 ルフォンさんが突然歌い始めた。いつものことだ。今日は踊りはついていないようだ。


 虎と亀がすれ違い、白と黒が交じり合う。

 光と影が食べあい、影の中の一筋の光。

 青い光が照らす黄色い道を進もう。

 暗闇に囲まれ、花は静かに光を待っている。

 頭の上に手をかざしてごらん。

 私を見つめる二つの目は、何を見て泣いている。

 右の涙は彼の元へと続く道、左の涙は彼の内部に入る道


「圭介。今の歌の中に、重大な秘密が眠っている」

 突然言われたので、歌の歌詞を良く聴いていなかった。

「重大な秘密って、どんな秘密ですか?」

「悪魔教団を倒す秘密だ」

 悪魔という言葉を耳にして、一瞬胸につかえる思いがあった。

 ルフォンさんの顔をまじまじと見てみた。僕に対し何かを意図しているようには見えない。ただ、悪魔教団について真顔で語ろうとしているようだ。

 現代の日本で何を言っているのだ。この人は、本当は精神病院に入れなければいけないようだ。色々な事情があって、そうもいかないのだろう。僕はこの人に対して、どう接していけば良いのだろうか。

「悪魔教団って何をしているのですか?」

 とりあえず無難な質問を返してみた。

「そりゃ、悪いことをしているのさ」

 悪いことをするならやくざだって一緒だと思うが…。

「圭介、信じられないかもしれないが、悪魔崇拝組織は存在する」

「さっきは悪魔教団と言っていませんでした?」

「そこは重要なところではない。とにかく悪魔を崇める悪い奴らはいる。俺は悪魔教団錬金術師部隊の居所をつかんだ。今夜そこを襲撃する。お前も来い」

 悪魔教団錬金術師部隊。どれだけ胡散臭ければ気が済むのだ。多分ルフォンさんの妄想だろう。しかし、黙っているのもなんとなく気まずいので、ちょっと質問してみた。

「悪魔教団錬金術師部隊は、何をしているのですか?」

「鉛などの卑金属から、金を作ろうとしたり、ホムンクルスを作ったり、怪しげな薬を調合したりしている」

 今度はホムンクルスについて質問してみた。

「ホムンクルスは、人造人間だ。普通の人間よりサイズが小さい。ホムンクルスの製造方法は、人間の精子を蒸留器に入れて四十日かけて腐敗させる。そうすると、透明の人間の形をしたものが生まれる。それに毎日人間の血を与え、馬の胎内と同じ温度で四十週間保存すると、人間の子供が出来る。これがホムンクルスだ」

「そんなこと良く知っていますね」

「国会図書館に秘蔵された古文書に書かれていた。と言いたいところだが、さっきインターネットで調べた。普通に出てたぞ」

 まあ、そんなところだろう。とにかく、現代日本でそんなことをしている奴らがいるわけない。

「そういう訳だ圭介。錬金術師を倒しに行くぞ」

 どういう訳だか知らないが、僕が車を運転することになった。

 ルフォンさんに運転しろと言われたのは、黒塗りのベンツ。しかも、ナンバーが5910(極道)の笑ってしまうくらいやくざ仕様の車だった。

 免許は持っているが、車を所有したことはない。完全なペーパードライバーなのだが、拒否出来ない雰囲気だった。僕は緊張しつつ、運転席に乗り込んだ。

 助手席に乗り込んだルフォンさんは、手際良くナビゲーターを操作し始めた。

「よし。後はこいつが錬金術師のもとへ導いてくれる。思いっきりアクセルを踏み込め」

 威勢の良いルフォンさんの声を無視して、僕はゆっくりとアクセルを踏んだ。

 車が発進すると、ルフォンさんは高らかに歌い始めた。「TOP GUN」の曲だ。ミュージカル関係ないじゃないか、と思ったが、僕は歌に乗せられてアクセルを踏み込んでしまった。

 ナビの命ずるままに車を運転していくと、廃工場の前に着いた。かなり大きな建物だ。廃業してからかなり経過しているようだ。コンクリートは煤けて、草が生い茂っている。稼動していたときは、何を生産していたのだろう。今は不気味な雰囲気だけを生産している。

「ここに錬金術師がいるのですか?」

「いるぞ。夜な夜な金を作り出そうと研究している」

 錬金術師というと、金を作り出すというより、変な怪物とかを作り出そうとしている人というイメージがある。変なもの作り出していなければ良いが。

 錆付いた柵を乗り越え、工場の敷地に潜入した。柵から建物まで、駐車スペースが続いていた。昔はここにトラックでもとまっていたのだろう。

 扉は鎖と頑丈な南京錠で封鎖されていた。他の入り口を求めて、建物の裏手に回った。

 ガラスの割れた窓があった。少し高い位置にあるが、よじ登るのは簡単そうだった。

 ルフォンさんは身軽に窓に飛び付き、建物内に入っていった。僕も後から続いた。

 窓から月明かりが入ってくるが、建物の中はほぼ暗闇だった。ルフォンさんはそんな中でも進んでいくが、僕には何も見えなかった。車から持ってきた懐中電灯のスイッチを入れた。ぼんやりとした明かりの中に、打ち捨てられた工場内部が浮かび上がった。

 かなり広い工場だ。今は機械機器が取り払われて、がらんとしてしまっている。どこもかしこも埃が積もっていた。積もった埃の上に、足跡が残っていた。よくわからないが、最近のもののようだ。靴底の模様から判断すると、一人のものではないようだ。錬金術師たちのものか?

 ルフォンさんはずかずかと歩いていった。足音が大きく感じる。僕も恐る恐るついて行った。

 地下に降りる階段があった。足跡は降りていくものも、上ってくるものもあった。階段の下からは、人の気配を感じられた。

「今日もせっせと錬金術しているようだな」

 ルフォンさんは躊躇いもなく、階段を下り始めた。階段の下には鉄の扉が待ち構えていた。扉の向こうには確実に人がいる。

 ルフォンさんがドアノブをまわし引いた。ドアは軋んだ音を立てて開いた。

 明るい室内の中には、気味の悪い世界が広がっていた。壁には血で描かれた奇妙な文字。ホルマリン漬けの蛙や蛇。そして、見たこともない機械が並んでいた。何かを精製しているようだが、よくわからない。

 ホルマリン漬けの瓶の中に、小さな人間のようなものが入っているものがあった。これがホムンクルスか? 三十センチくらいだろうか。乳白色でぶよぶよした感じの肌をしている。頭と体のバランスから、人間の胎児ではなさそうだ。不気味さに吐き気をもよおした。

目を血走らせた二人の男が、何かの作業をしていた。こちらを見て一瞬ぼう然としていた。

「夜遅くまでご苦労様だ、アルケミスト君。ホムンクルスは出来たか?」

 一人はナイフを持ってこちらにかかってきて、もう一人は携帯電話でどこかに連絡し始めた。

 ルフォンさんはナイフで刺されそうになったが、余裕でかわし、男の顔面に拳をめり込ませた。ナイフを持った男は一撃で伸びてしまった。

 続けて、ルフォンさんは、携帯電話で助けを求めている男を、容赦なく殴り昏倒させた。

 男が持っていた携帯電話から声が漏れていたが、ルフォンさんは拾い上げて二つにへし折った。

 錬金術師二人が気絶したのを確認して、僕はホムンクルスへと近付いた。本物なのだろうか。

 ルフォンさんは何も言わずにホムンクルスの瓶を蹴飛ばした。瓶は床に落ちて割れた。

「なにするのですか」

「偽物に決まっているだろうが阿呆。鬼のミイラ。河童のミイラ。人魚のミイラ。大体動物の死骸を組み合わせて作ったまがい物だ。このホムンクルスなんてシレリン製じゃないか。安っぽい偽物だ」

 あんたも偽物だろ自称宇宙人。と心では思ったが口には出さなかった。

 よく見てみるとホムンクルスは完全な偽物だ。液体の中では何か迫力あったが、空気中だと作り物だと良くわかる。安心したようながっかりしたような。

 ルフォンさんは、折れた携帯電話を投げ捨て、機械の方に向かった。

 僕には良くわからないが、この機械は何かを精製して、最終的には何かの錠剤を作り出しているようだ。

 ルフォンさんが錠剤を一つ摘み上げ、指で弾いて飛ばした。

「合成麻薬だ。現代の錬金術師の正体はこれだ」

 苦笑いしながらルフォンさんはつぶやいた。

「悪魔崇拝教団が、金儲けの為に麻薬を作っているのですか? とんだ錬金術だ」

「それもあるだろうけど、儀式のときに使うのだ。儀式に陶酔する為にな。これを使い続けたら、ホムンクルスが見えるようになるぞ。こんなものを頼らなければハイになれないなんて、情けない奴らだ。そもそも錬金術師の実写版は無理があるのだ」

 最後の方は別のものを批判したようだが気にしないことにしよう。

 ともかく不必要に恐れていた自分が情けない。神秘的なイメージを抱いてきたが、実際はただの麻薬製造だ。錬金術が聞いて呆れる。

 地下室の中を見渡してみた。ホルマリン漬けの蛙や蛇。使うことのないだろう年代物の天秤やフラスコ。不気味な調度品で雰囲気作りには成功している。その中に、近代的なパソコンやテレビなどが置かれていた。場違いなアニメのDVDも置かれている。

 ルフォンさんが上を見上げた。

「こいつらのお仲間が到着したようだな」

 携帯電話の先の人だろう。再び緊張感で体が強張った。

 ルフォンさんはゆっくりとドアを出て、階段を上った。そしてスイッチを入れて工場の電灯を付けた。照明の下にさらされて、廃工場は寂れた姿を露にした。

 広い空間の先に、黒づくめの三人の男が立っていた。手には拳銃を持っている。

「ルフォンさん逃げましょう」

 逃げ道があるのかわからないが、とにかく言ってみた。

「どうせファッションで銃持っている奴らだ。俺には当てられない」

 ルフォンさんはそう言って、無防備に歩き始めた。

 男たちは容赦なく拳銃を撃ち始めた。

 銃弾が風を切ってルフォンさんの横を通り過ぎていく。

「地球の武器で俺は殺せねえなあー」

 銃弾が体をかすめていく中、ルフォンさんは手を広げ、おもむろに歌い始めた。

「Jesus Christ Superstar」の曲だ。悪魔教団との戦いだから、選曲はあながち間違いではないかもしれないが、それ以前の問題だ。

「ルフォンさん、戻ってー」

 叫んだ途端、僕のすぐ近くに着弾した。情けない悲鳴を上げて、すぐに顔を引っ込めた。

 ルフォンさんは、のりのりで歌いながらどんどん進んでいく。

 発砲音が止んだ。弾切れか?

 ルフォンさんの笑い声と、男達の叫び声が聞こえた。

「はははは、圭介―。悪い地球人を成敗したぞー」

 恐る恐る物陰から顔を出し、声の方を見つめた。

 悪魔教団の者達は全員その場に倒れ、ルフォンさんがその上に足を乗せ、勝ち誇ったように笑っていた。

 倒れている男達に目をやった。革ジャンやパーカーなど、三人とも服装は違うが、全員黒づくめの格好をしていた。悪魔教団と言えばそんな気もするが、よくわからなかった。

 また人がやってくる音がした。

「やばい。また来ましたよ」

 焦る僕に、ルフォンさんは落ち着いて言った。

「今度のは大丈夫だ」

 姿を見せたのは、蔵守組の鎖島さん達だった。あわてた様子で駆け込んできた。

「大丈夫ですか? 猛さん」

 冷静な印象の鎖島さんの顔が青ざめていた。悪魔教団員達が使っていた拳銃に一瞥をくれ、静かにつぶやいた。

「こいつらの腕と、この安物の銃じゃそうそう当たるものじゃねえ。それにしても、奇跡だな…」

 鎖島さんの表情が、どれほど危険な状況だったのかを物語っていた。

「ちょろいものだ」

「かちこむときは一言声をかけて下さい」

 怒気を含んだ声を上げる鎖島さんに、ルフォンさんは半笑いでごまかしていた。

「さすが不死身の猛さん」

 誰かがぽつりと言った。そんな異名も持っているのかこの人は。ただのおかしい人ではないのか。

 地下で合成麻薬を作っていた男達、ここでのびている男たちは、本当に悪魔教団なのだろうか。ルフォンさんの妄想ではなく本当に存在するのか。そして、何故やくざが介入しているのだ。

「圭介、帰るぞ。運転しろ」

 誰かにやくざと悪魔教団の関係を教えて欲しかったが、ルフォンさんに命令され、疑問を抱えたまま廃工場を後にした。


 悪魔教団錬金術師部隊との戦いについては、特に説明もなされずルフォンさんの世話係生活は続いた。

 この人と暮らしていると、歌って踊るのが、普通の人間に思えてくるから怖い。

 かといって、母屋の方は、バリバリのやくざがわんさかいる。ルフォンさんから何か言われているようで、悪い対応はされていない。それでも、負債を抱えて拉致された身だ。余計なことはしない方が良いだろう。

「どうだ。消えた友達の行方はわかったか?」

 ルフォンさんが話しかけてきた。

 全くわからないことを告げると、

「メロスはセリヌンティウスを残して逃げたということか」

 と言って、苦笑いを浮かべた。

 確かにそういうことだ。親友に裏切られた。此原が僕を裏切るなんて思っていなかった。

 此原とは中学生のとき以来のつながりだった。親友というべきか、唯一の友達と呼ぶべきか。とにかく僕の人生には重要な存在だった。同じような苦しみ悩みを抱える存在として、共に歩んできたと思っていた。だから、此原が連帯保証人になるように頼んできたときも、僕は印鑑を押した。此原は聡明な人間だったし、人を裏切るような人間ではなかった。頼ってくれるのを少し嬉しく思いさえした。まさかこんなことになるとは思わなかった。

「あいつは、金持って現れてくれますよ」

 本当は不安と猜疑心でいっぱいだったが、無理をして前向きな発言をしてみた。

「見上げた友情だセリヌンティウス」

 ルフォンさんは満面の笑みを見せた。「走れメロス」になぞらえたら、ルフォンさん暴君ディオニスですよね、という言葉は口にしないでおいた。

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