第2話 真の男は宇宙を歩く

 何日か過ぎた。僕の仕事は、ルフォンさんの世話係というか、付き人というか、監視役というか、一番しっくり来るのは、遊び相手のような気がした。

 ルフォンさんは、自称宇宙人だ。もともとなのか、途中からなのかはわからないが、精神に異常をきたしてしまった人のようだ。この人と一緒にいるのは大変なのだが、この仕事が駄目なら、マグロ漁船に乗り込むか、腎臓でも売る羽目になるかもしれない。とにかく、ルフォンさんとうまくやれるように頑張ってみよう。

 逃げ出すことも考えたが、警察に逃げ込んでも、連帯保証人の書類に押した印鑑が消えるわけでもない。

 ルフォンさんは住んでいる小屋のことを、秘密基地と呼ぶように言った。「秘密でもないような気がします」と言ったら、ただの基地と呼ぶことになった。

 基地はかなりしっかりしていた。母屋の方が大きすぎるので小さく見えたが、防音設備もしっかりしていたし、風呂もトイレもあり、部屋も何部屋かあった。

 基本的にルフォンさんと一緒にいて、寝るときは、ルフォンさんの部屋の隣の小さい部屋で寝る。食事は本館から若い衆が運んできてくれ、一緒に食べる。最初は緊張で味がわからなかったが、ある程度落ち着いてくると、それなりに美味しく感じ始めた。

 屋敷に表札を出してはいないが、蔵守組くらもりぐみというやくざの集団だということもわかった。

 やくざの人達も、僕をどう扱って良いのか迷っている様子だった。負債の為に働きに来たのは確かだが、一応ルフォンさんの近くにいるので、ひどい扱いも出来ないという感じだった。

 ルフォンさんは、今のところ朝起きて、特に好き嫌いもせずに食事をし、突然歌いながら踊りだしたり、考え込んだり、パソコンをいじったり、ホームシアターでミュージカル映画を観たりして、夜は寝るという生活を送っていた。時たまどこかへ消える時もあったが、いつの間にか戻ってきていた。

 日課である掃除が終わり、少し手持ち無沙汰になったので、ルフォンさんに話しかけてみた。

「猛さん」と呼びかけたら、「ルフォン、と呼んでくれた方が良いな」と返された。

 ルフォンさん…。口に出すのが恥ずかしい。

「ルフォンさん、と言うのは少し照れくさいのですが…」

「そうか、それならば、「おおキャプテン我が船長」と呼ぶのはどうだ」

「ルフォンさんと呼ばせてください」

 ルフォンさんは、「今を生きる」と言いながら甲高い声で笑った。

 今を生きるというよりは、今すぐ死にたかった。

「圭介、お前借金の為にここに来たのだろう。どうやって借金を作った? ギャンブルか?」

「いえ、友達の保証人になってしまって」

 猛さんは、ちょっと顔をしかめて言った。

「おお、友達に裏切られたか。そりゃきつい。その友達はどうした」

「行方不明です」

「そうか。それなら今から探しにいくか?」

 すぐにでも探しに行きたいところだが、此原このはらがどこにいるか情報はない。会社にも家にもいないだろう。あいつの両親も早くに亡くなっていたし。祖父母も亡くなったと聞いた。だから、僕のところに保証人を頼みに来たのだ。

 やはり女のところだろうか。結婚はまだしていない。前の恋人と終わったことは知っているが、現在付き合っていた人はいるのだろうか。

 いや、探しに行こうと持ちかけ、僕から此原の情報を聞きだそうという魂胆なのかもしれない。此原がみつかった途端に二人とも殺される可能性もある。ここは下手に動かない方が得策なのではないだろうか。

「まだ此原が、あ、僕を保証人にした友達は、此原って言う名前なんですが。此原の居場所がわからないので、もうちょっとしてから探しに行こうかと…」

 自分でも適当だと感じる言い訳を言ってみたが、ルフォンさんは「おう、そうか」と言って、その話題を終わらせた。僕のことに興味などあまりないようだ。

「ルフォンさんは、どこの星から来たのですか?」

 話を終わらせても良かったが、少し質問してみることにした。

「遥か遠くの星だ。故郷の星は、皆歌いながら踊っている。もしくは踊りながら歌っている。本当の名前は違うが、地球人の観点から見たら、俺達はミュージカル星人だ。だから俺はミュージカル星人のルフォンと名乗っている」

「そうですか」

 どう反応して良いのかわからず、出てくる言葉はそんなものだった。それでも会話を続けようと思い、次の質問をしてみた。

「ミュージカル星からは、UFOに乗ってやってきたのですか?」

「本当はミュージカル星という名前ではないのだが、前の星からは歩いてきた。宇宙を歩いてきた。宇宙船に頼る奴は軟弱者だ。真の宇宙の男に必要なのは、優れた科学力ではない。強靭な忍耐力だ」

「歩いてきたら、どれだけかかると思っているのですか。何光年も離れているのでしょう」

「まあな。俺も本当は宇宙船使いたかったのだが、手に入らなくてな。あったのは試作品の宇宙歩行靴だけだった」

 ルフォンさんが指差した先には、古ぼけた銀色の靴が床に無造作に置いてあった。

「どうやってこんな靴で宇宙空間を歩けるのですか?」

「さあな。圭介だって、靴を作ることは出来ないが、靴を履いて歩くことは出来るだろ。テレビを作ることは出来なくても、テレビを見ることは出来る。宇宙歩行靴の仕組みは良くわからないが、俺は歩いて地球にたどり着いた。靴の仕組みは、他の宇宙人に聞いてくれ」

 ルフォンさんは、「三歩進んで二歩下がるっ」と歌いながらムーンウォークし始めた。

 下らない会話に時間を費やしてしまった。まあ、これが僕の仕事なのだから仕方がない。


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