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「なんでこんなところにいるんだい。君のような人なら、もっと場所はあるだろう」
ただ微笑んでいると、静かに睨まれた。
いや、睨んではいないのかもしれない。ただ、心配だったのかもしれない。
もうそれすら、あたしにはわからなかった。きっと貧血のせいだ。そう思うけれど。
責めるような視線に、あたしは顔をそらして、答える。
「だって、かわいそうなんだ」
男の人が目を見開いたのが、見えた。
けれどもう、堰を切った言葉は止まってくれなかった。
こんなあたしが嫌いなら、どうぞ他の花売りさんのところへ行ってくれと、そう思っていた。
「あたしには、誰かの痛みがわからないの。あなたたちの、性欲とやらも、よくわからない」
そうだ。そもそも、あたしには自分の痛みさえ、きっとよくわかっていない。
小さいころからこけても平気だった。泣いたときにヒステリックに叫ぶ両親を見るよりは。
我慢するくらいどうってことなかった。怒鳴りつける先生を見るよりは。
だってあの人たちは、満たされないから、満足できないから叫ぶのだと、怒鳴るのだと。
小さいころに、とっくの昔にあたしは、そう感じていたから。
「だけどさ、満たされない人は叫ぶじゃないか。それはとっても、かわいそうだなって」
小さいころから周りはかわいそうだった。
だってみんな叫んで怒鳴ってがなり立てて、とっても大変そうだった。
あたしは黙ってさえいれば、それだけでよかったから。
満たされないなんて、これっぽっちも思いやしなかったから。
男の人は、ため息をつく。
「僕たちは、そこまで弱い生き物に見えるかい」
あたしはうなずいた。
「だからここに来てるんでしょう」
彼はもう、何も言わなかった。
ただ淡々と、自分の服を着て、荷物を持って出ていった。
「早くやめなさい、こんな仕事」
机の上に放られた封筒だけが、この部屋に男の人を残していた。
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